私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 87 羊羹3つ

2008-07-29 09:53:20 | Weblog
 ぶそんでおせんは羊羹を3っつも買い、「これ平蔵さんと食べて」と言ってから、あの真夏の夕立の宋源寺の山門にちらりと目をやり、無言で、また、ちょっと目を伏せるようにしながら通り抜けていきます。今日はあれから二度目の山門の前でしたが、おせんの今度の歩みの方がなんとなく今までには感じられなかったどことなく軽やかさのある歩きではないかとお園のには思えました。その足取りを眺めていますと、年の差こそあれ、やっぱり大旦那様が乗り移られたのではないかと思われるような足取りです。
 「そうだ。今、おせんさんは政之輔様の死をどうにか心に受け止められ、それに自分が絶えるように懸命にご自分と戦っておられるのだ。これだったら、大旦那様からもう一度あのにくったらしい銀児とかいう親分の話もしてもらったほうがいいのではないのか。それも出来るだけ早い方が。諦めているとはいえ、例え同じことであっても、一人の人から聞くより二人から聞くほうが、心に受ける痛みが軟らかくなるのでは。大旦那様に帰ったら早速知らせて見ましょう」
 と、大旦那様と見紛うようなその足取りを見ながらお園は思います。
 「平蔵さんを呼ぶさかい、お茶でも一緒に」という、おせんと分かれて我家に向かいます。お店の角を曲った所で偶然に平蔵に出くわしました。
 「ああ。今お帰りか。ご苦労さんでした。どないやった」
 「丁度よかった。ここで立場話はげきしまへん。ちょっとお願いがあるのです。何処かいいところない。本当にわたしはついているは。こんな所で私の旦那ンさんに会えるなんて。やっぱし吉備津さんが守ってくれているのやわ」
 こんなところにと思われるような街中ですが、小さな道祖神をお祭りしている祠が立っています。真っ赤なこれも小さな鳥居の下を通ります。
 「話は後でするから。今から直ぐにでも大旦那様にお会いたいのです。なんとかならないかしら。おせんさんのことで至急にです。たのんますわ」
 「帰ってみなくては分らんが、早ようか。今お店におられるかどうかは分らんが、兎に角帰ってみよう。話はそれからじゃ」
 と、平蔵とお園は駆けるようにお店にとって返します。
 胸に抱いているお土産に頂いた羊羹もお園と踊っています。