私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

シチセキ

2008-07-07 21:35:51 | Weblog
 ヒチセキというと何を思われますか。そうです。七夕様です。  
 この七夕様の伝説が日本に入ってきたのは奈良に都があった頃だといわれています。最初は「ヒチセキ」と言われていたのだそうですが、どうも江戸の頃から「たなばた」と一般に呼ばれるようになったのではないかということです。 
 気巧奠(きこうでん)とも呼ばれていたようです。気巧とは、巧みにならんことをこいねがうという意味だそうです。織姫のように裁縫が上手になりますようにとか、手習いが上手になりますようにお祈りする祭りでもあったのです。  
 私の子供の頃は、朝早く起きて、サトイモの葉の上に溜まった夜露を集めて墨をすり色とりどりの短冊に字を書いて、笹の葉に吊るしていたことを思い出しました。 
 農家の藁屋根の家ですから深い軒端に、五色の短冊をつけた笹を2本立て、それに差し渡した竹の棒に、瓜・玉蜀黍・栗のいが・ほうずき・ささげなどを吊り下げ、キュウリで馬を、茄子で牛を、茗荷で鶏を造りお供えしたのを覚えています。   
 もう今ではこんな奠(おまつり)はお目にかかるのも珍しくなりました。でも、吉備津神社では、今年は。お屋根替えの行事が忙しいのかやっていませんでしたが、昨年まではただお飾りとして立ててはいました。ちなみに、吉備津彦神社では参拝者が願い事を書いた短冊を竹に吊るしておいていました。一般家庭では見ることは少なくなりました。  ちなみに、わが吉備地方の「たなばたさま」は、一月後れの8月7日に行う家庭が多かったように思います。    

 蛇足; 
 この「たなばたまつり」については、かの藤井高尚先生は、神社が行うことはよくないと「松の落葉」に書かれていす。そのわけは、中国の祭りをよりによって日本の神社でやることはない、とお書きになっておられます。(昨年の七月七日の記事参照)