私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 82 獣がいないおにぎり山

2008-07-23 17:24:13 | Weblog
 まあどうぞと、言いながらおせんは部屋に入ります。
 「祖父がお園さんと宮内に旅をせんかとしきりに言うのどすが、そんなことお園さんできはるの。第一平蔵さんがおるし」
 「里の義母が、この頃体の具合が余りよくないと言っているので親不孝ばっかりしているし、出来れば帰って見舞ってあげたらとは思っていますのですが、でもどうして」
 「なんでもお園さんとは話がとっくの昔についているようなこと言ってますねん。毬がころころと転げこんだという長い回廊とやらも、お園さんと平蔵さんを結びつけはったお竈殿も見とうおますのや。あても、そのおにぎり山とやらの中に、できればいっぺん吸い込まれてみとうおすねん。あの人が・・・・・。鬼もいるかもしれしまへんな」
 淋しそうに、必死に政之輔のことを忘れようとしているのか、庭の楓越しに空を見上げます。お園は
 「あのお山には鬼どころか兎、猪、鹿何もいません。蛇一匹も、勿論、蝮だって。だって吉備津様の御家来の方が、おにぎり山に殺して埋めて置いた何か途方もない大きなシシを穴から掘り出すと、死んでしまっていたと思っていたそのシシが向こうの名越山に逃げて言って以来、このおにぎり山には獣は何も住んではいないのだそうです。昔からの言い伝えですが。それ以来、この地では、獣の肉を食べるとおにぎり山の神の祟りがあるのだそうで、今でも誰も食べないのです。お江戸の名高い絵描さん、そうあれは確か司馬様とかも申されていたと思うのですが、うち、いえ立見屋へお泊りになったことがありました。その司馬様、お名前はなんと言われたのか忘れましたが、江戸でも名のあるお絵描さんだと言う事は確かです。父の話によりますと、ある時、その司馬様が、足守の殿様に呼ばれて足守のお山で狩りをしたのだそうです。その時、射止めた鹿を一頭頂き、うちで料理をしてもらおうと持ち帰ったそうですが、立見屋の料理人が誰も、おにぎり様のたたりがあるといって手も付けず、折角、頂いた鹿が一匹丸ごと台無しになったのだと、苦笑いをしていました。それぐらい、宮内だけではありません吉備津神社の近くに住んでいる人は誰でも獣の肉は決して食べないのです。料理すらしないのです」
 「まあ、猪の肉もどすか。そんな所もあるのどすか。一度案内してくれますか。お園さん。祖父は須磨明石にも連れて行ってやる。いい所だぞ。美保の松原とどっちがきれいじゃろうかと言うのどす。源氏物語という大昔に書かれた本に出ているのだそうどす」