杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

政と源

2023年05月21日 | 
三浦しを(著) 集英社オレンジ文庫

東京都墨田区Y町。
つまみ簪職人・源二郎の弟子である徹平(元ヤン)の様子がおかしい。原因は昔の不良仲間が足抜けすることを理由に強請られたためらしい。それを知った源二郎は、幼なじみの国政とともにひと肌脱ぐことにするが――。
弟子の徹平と賑やかに暮らす源。妻子と別居しひとり寂しく暮らす国政。ソリが合わないはずなのに、なぜか良いコンビ。
そんなふたりが巻き起こす、ハチャメチャで痛快だけど、どこか心温まる人情譚!

一、政と源
二、幼馴染無線
三、象を見た日
四、花も嵐も
五、平成無責任男
六、Y町の永遠

『政』こと有田国政は銀行員として仕事一筋真面目に働いてきたのに妻にも娘にも愛想を尽かされ、妻は数年前に家を出ていき長女一家と暮らし、二人の娘も孫も殆ど顔を出さず一人寂しく過ごしています。
つまみ簪職人の『源』こと堀源二郎は、政とは正反対の破天荒でやんちゃな性格。妻に先立たれて独り身ですが、弟子に慕われ、周囲の人にも不思議と愛される魅力ある人物です。
二人は東京下町に住む73歳の幼馴染みで子供の頃に戦争を経験しています。焼け野原から復興していくなかで必死に生きてきた世代です。

政は、娘たちの養育も親の介護も全て妻の清子に任せきりで、家にお金を入れることが一番の愛情であり責任だと信じてきた仕事一筋のTHE昭和の男です。姑に言われたこと(男の子ができない)で傷ついたことを夫に訴えても受け流されて何もしてくれなかったことなど不満が積もり重なり、夫に愛想を尽かして出て行った妻の気持ちを全くわかっていなかったのですよね~。

自分と同じく独り身の源が、若い弟子に慕われ賑やかに暮らしているのを、政は羨ましく思っています。真面目に生きてきた自分がどうして寂しい老後を送ることになったのか、理不尽に感じてしまうのです。そのくせ、気が付くと源の家に足が向いていて、一緒に飯を食べています。
徹平が昔のワル仲間に脅されていると知れば、二人で押っ取り刀で駆けつけて蹴散らしたり、問題が起こる度にその解決に奔走しますが、理性的に穏便に済まそうとする政と突拍子もない解決策を持ち出す源の対比が面白かったです。二人は互いに違うからこそ長く付き合って来られたのかもしれませんね。

後半は、徹平と彼女の恋人のマミの仲人を頼まれ、別居中の妻に引き受けてくれるようあの手この手で頼む政が描かれます。昔、源と彼の恋女房の花枝のために尽力した政は、その後見合いで妻の清子と結婚しましたが、自分には源のような情熱があったのだろうかと自問します。その上で、彼は自分なりに妻や娘を愛していたことを再認識するのです。
政は毎日清子に葉書や手紙を送ります。もう半ば日記みたいなものになっていて、その末尾に決まって書かれる「仲人の件云々」に笑ってしまいました。今の気持ちを素直に書いた手紙に清子が折れて仲人を引き受けてくれることになった時の政の様子がまたいじらしいというか微笑ましいというか。結果的に元鞘とはいかなかったけれど、夫婦の距離は少しだけ近付いたのではないかな。

自由奔放に見える源の方も、彼なりの人生に対する達観した思いがありました。もしかしたら政よりずっと「大人」なのかもしれません。日本一(世界一)と表現される源の作るつまみ簪を見てみたくなりました。もちろん徹平の現代風にアレンジされた作品も。😍 

政の「心の声」には思わず噴き出してしまいながら、「そうそう」「あるある」と相槌を打ちたくなることが沢山ありました。それにしてもめまぐるしく変わる源の頭髪の色には、政じゃなくても目が点になりそうです。 

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