2018年12月22日公開 スペイン=アルゼンチン 93分
88歳のユダヤ人仕立屋アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)は、子どもたちや孫に囲まれ、家族全員の集合写真を撮っても浮かない顔をしていた。その翌朝、住み慣れた仕立屋兼自宅を引き払い、老人施設に入ることになっていたのだ。最後に1着だけ残ったスーツを見てアブラハムはあることを決意する。家族が皆帰ってしまったその日の深夜、家を抜け出しブエノスアイレスからマドリッド行きの航空券を手配、早速飛行機に乗り込むのだった。ブエノスアイレスから、マドリッド、パリを経由して、ポーランドに住む70年以上会っていない親友に最後に仕立てたスーツを届けに行く旅が始まる。アブラハムは、決して「ドイツ」と「ポーランド」という言葉を発せず、紙に書いて行く先を告げていく。飛行機で隣り合わせた青年、マドリッドのホテルの女主人。パリからドイツを通らずポーランドへ列車で訪れることができないか、と四苦八苦していたアブラハムを助けるドイツ人の歴史学者など、旅の途中で出会う女性たちは、アブラハムの旅を支えようとそれぞれの環境の中で受け入れることで、アブラハムの尖った部分を柔らかくしていく。ポーランドに住む親友は、ユダヤ人であるアブラハムが第2次大戦中、ナチスドイツによるホロコーストから逃れたアブラハムを助け、匿ってくれた命の恩人であった。アブラハムが70年前に受けた足の傷が悪化し、看護師から車いすを押されて、過去の壮絶な思い出と一緒にたどり着いた場所は、70年前と同じ佇まいをしていた。アブラハムの人生最後の旅に人と人が繋ぐ“奇跡”が訪れようとしていた。(公式HPより)
ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の老人が、70年の時を経て、友人との約束を果たすためにアルゼンチンから故郷ポーランドへ旅する姿を描いたロードムービーです。監督・脚本を手掛けたパブロ・ソラルスは、自身の祖父の家が「ポーランド」という言葉がタブーであったことから発想を得たそうです。
アブラムは、自分を高齢者用の施設に入れようとする子どもたちから逃れ、故郷ポーランドを目指して旅に出ます。旅の目的が明かされるのはラスト近くになってから。第2次世界大戦時、ユダヤ人である自分を匿いナチスの手から救ってくれた親友のお陰で《別の人生》を生きることが出来たことをアブラムは片時も忘れたことはありませんでした。それでも迫害を受けた辛い記憶の呪縛から故郷に足を踏み入れることができなかったのです。しかし、人生最後の時が訪れようとしている今を逃してはもう二度と機会が巡ってこないかもしれません。あの日、親友と交わした約束(自分が仕立てたスーツを渡す)を果たすため、アブラムは一大決心をして旅立ったのです。
彼にとってドイツ人は加害者であり、憎むべき対象でした。しかし、旅の中で彼を助けてくれる女性たちを通して、彼の頑なな心が和らいでいきます。
車椅子で辿り着いたその場所で待っていた、親友と互いに手を取り合い再会を喜ぶ“奇跡”のラストシーンに胸が熱くなりました。 長い長いアブラムの「人生の旅」は重い荷物を降ろしてようやく安らぎを見つけたのですね。