杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

チーム

2024年06月22日 | 
堂場 瞬一 (著) 実業之日本社文庫

箱根駅伝出場を逃した大学のなかから、予選で好タイムを出した選手が選ばれる混成チーム「学連選抜」。究極のチームスポーツといわれる駅伝で、いわば“敗者の寄せ集め”の選抜メンバーは、何のために襷をつなぐのか。東京~箱根間往復217.9kmの勝負の行方は――選手たちの葛藤と激走を描ききったスポーツ小説の金字塔。巻末に、中村秀昭(TBSスポーツアナウンサー)との対談を収録。(内容紹介より)


「ゴールの瞬間まで目が離せない ノンストップ駅伝小説」とありましたが、まさに駅伝が始まる頃からページを捲る手が止まらなくなりました。
予選会が行われた昭和記念公園や、箱根駅伝のコースにある地名は馴染もあり、情景を思い浮かべることができたのも親近感を覚えます。

予選落ちした城南大の主将の浦 大地は、吉池 から学連選抜チームの誘いを受けます。浦は長野の高校時代に左膝を痛めた後遺症に苦しみ大学の2年間を棒に振り、昨年アンカー10区を任されながらも失速して順位を落としたことが負い目になっていました。自分だけが本戦に出場しても良いのか葛藤の末、選抜チームに入ることを決断する浦。

吉池は監督を務める美浜大が予選会で11位になったため、学連選抜チームの監督になります。(そういうルールなのね😲 )監督歴30年の「大学陸上界の名伯楽」と呼ばれる吉池ですが、率いるチームを箱根駅伝本戦に出場させたことがないまま今年で定年を迎えるため、最後の希望を寄せ集めのチームに託すのです。

選抜チームには、東京体育大学 の絶対的エース山城がいます。1年生で5区を、2年で3区、3年では2区で10人抜きをし、いずれの年も区間新記録を出した山城は、他の選手たちとは異次元の走りをみせますが、その唯我独尊の性格はチームに不協和音をもたらします。キャプテンに指名された浦は何とかチームをまとめようとしますが、山城だけは遂に皆と交わることはありませんでした。ここまで尊大だと周りはほんと引くわな。😞 

港学院大の門脇 は浦の高校時代のチームメイトで、陸上に対する強い思い入れもなく、卒業後は故郷に戻って高校の教員になる予定です。

東都大の1年生・朝倉 功は広島出身。3区を任され張り切って飛ばし過ぎてペースを崩し大きく順位を下げてしまいます。初めての箱根駅伝で、自分のペースを見誤るという初心者あるあるな展開です。😓 

関東教育大3年の松岡 は5区に抜擢されますが、合宿後に膝を傷めて出場を断念することになります。松岡にとっては断腸の思いに違いありません。松岡の代わりを自ら申し出た門脇はクロカンを得意としていて、山登りの5区においてその実力を発揮します。これまでの飄々とした態度の裏にあった一種の諦観が払拭され、走りたいという純粋な思いに突き動かされていくその変化が伝わってきます。3区で下げた順位を門脇は一気に4位まで浮上させるのです。😃 

浦はキャプテンとしての使命感もあり往路の応援に出ますが、門脇のゴールを出迎えた時に群衆に押され左膝に痛みを感じます。それは彼を悩ませてきた古傷の再発を予感させます。チームと自分の思いのどちらを優先させるか悩んだ末に浦は走ることを選択します。浦の異変を察知した選抜チームの裏方スタッフを務める同じ城南大の青木は吉池に彼を走らせて欲しいと訴えます。3年の時に膝を痛めて主務に転身した青木は、浦の気持ちが誰よりもわかるんですね。

寄せ集めのチームに思い入れもなく、自分の記録だけが目的だった山城ですが、9区を走っている時にアクシデントで足の痛みを感じます。これまで怪我や故障の経験がなかった彼は、どんなに万全の準備をしていても起きる時は起きるのだと思い知るんですね。浦がこれまで抱えてきたであろう痛みや苦しみにも思いを巡らせます。痛みが強くなっていく中、ここで棄権しても構わないとの考えが頭を過りますが、自分の記録のためだけではなく仲間(浦)にトップで襷を渡すのだという思いを力に変えていくのです。
浦に襷を渡した後、これまでの山城だったら自分の身体のメンテを第一に考えたでしょうけれど、大手町のゴールで浦を迎えようと行動します。そこに個人主義の傲慢な彼はいません。チームの仲間としての彼がいます。😀 

途中までは快調だった浦ですが、踏切で長野出身でライバルだと思っている中央大の広瀬と並んだ時にアクシデントに見舞われ左膝の痛みが出ます。どんどん強くなる痛みに苦しみながらもトップでゴールが目前となった時、彼は遂に力尽きて倒れ込んでしまうのね。思わず駆け寄る吉池でしたが、浦は自力で立ち上がりよろめきながらゴールします。

浦を広瀬が抱きとめます。
名門の復活という重責を担い浦と競り合ってきた広瀬にとって、この勝利は嬉しくもあり悔しくもあったのではないかしら。もし浦の膝の故障がなければ結果は変わっていたのですから。

チームの仲間も浦を囲みます。もちろんその中に山城の姿もありました。

物語は一年後の箱根駅伝ゴールに。
選抜チームの応援にきた浦は吉池と出会います。浦は実業団チームに入り膝の手術を受けてリハビリをしています。去年のチームとはメンバーも違いますが、応援せずにはいられない気持ち、わかる気がします。
朝倉は東都大のアンカーとして10位に入りました。
そして・・・今や日本長距離界の絶対的エースになりつつある山城の姿もありました。

駅伝の様子が本当に見ているかのように描写されていて、選手がどんな思いで何を考えて走っているのかも伝わってきてとても興味深く読みました。

同じ釜の飯を食べて来た仲間とは違い、寄せ集めの選抜チームで一体感を作り上げていくことの難しさは山城という飛び抜けた異分子の存在で強調されていますが、そんな彼が駅伝本番で自分のためだけではなく仲間のために、そして仲間の存在に力をもらって走り抜ける姿がとても印象的です。山城の他、門脇や浦、そして朝倉とメンバーそれぞれの成長が感じられる作品でした。

これまでTV中継もあまり見ていませんでしたが、来年は最初からゴールまでみてみようかな😊 

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薬屋のひとりごと9

2024年06月20日 | 
日向 夏 (著), しの とうこ (イラスト) 

壬氏の一世一代の行動の結果、とんでもない秘密を共有することとなってしまった猫猫。折しも後宮は年末年始の休暇に入る時期。実家に帰りたくない姚は、猫猫の家に泊まりたいと言い出した。とはいえお嬢様を花街に連れていくわけにもいかず、姚と燕燕は紹介された羅半の家に泊まることになる。
一方、口外できない怪我を負った壬氏のために、猫猫は秘密裏に壬氏のもとに通わなくてはならなかった。できる範囲で治療を施していくが、医官付き官女という曖昧な立場に悩まされる。壬氏が今後さらに怪我を負わないとも限らないが、医官にはなれない猫猫は医術を学ぶことはできない。そこで、羅門に医術の教えを乞おうと決めるのだが――。(内容紹介より)



皇帝と玉葉妃の前で、脇腹に焼き印を押し付けた壬氏。猫猫以外の女性に肌を見せられない身体になったのは、皇帝になる意志がないことを宣言するほかに猫猫を娶るという意志表示でもあります。

猫猫は壬氏の火傷を秘密裏に治療させられるのですが、彼女は薬師であって医官ではありません。多少の医療知識はあっても、正しい治療を行えているのか不安もあり、さらにこの先壬氏の身に何かあっても処置することができません。考えた末、猫猫は羅門に教えを乞うことを決意し、壬氏も了承します。

実家に帰りたくない姚に頼まれ、燕燕と共に羅半の家に泊めることになりますが、すなわちそこは変態軍師の家であり、羅門が暮らしていた家でもあります。屋敷は何度も暴漢に襲われたらしく、羅漢がいかに恨みを買っているかがわかりますね。😓 

羅門から出された課題の「華佗の書」を3人の知恵を合わせて探し出しますが、それは羅門が書いた人体解剖書で、この国では禁書扱いです。これを受け入れる覚悟があるかを試されたわけですが猫猫はもちろんパスします。
医官達の解剖実習への参加を許された猫猫は鶏→豚→牛の解剖を経て罪人の解剖の立ち合いを許可されます。料理もしたことのない姚は、まずは包丁の使い方から。お嬢様命の燕燕は自ら学びたいという風ではなさそう。

壬氏の火傷も順調に回復してきた中、帝と玉葉妃の命で西都へ行くことになり、猫猫も医官手伝いとして随行することになります。見習い医官の天祐を含む数名の医官の中には後宮医官のやぶ医者がいて驚く猫猫。
変人軍師も一緒だと聞いて憮然としますが船は別。さすがの変人も船酔いには勝てないようで船旅は平穏です。

壬氏は水漣と桃美、馬良とその妻の雀を従えています。(桃美は高順の妻で雀は嫁姑の関係。)もちろん高順も随行していますが馬閃は陸路で別行動らしい。

壬氏との会話の中で、自分は変人軍師の懐柔の餌だと気付く猫猫。けれど、彼女を守るためでもあると知り、またやぶ医者が羅門の身代わりに仕立てられたことにも複雑な感情を抱く猫猫です。

今作で登場する雀のキャラも強烈。ちゃっかりした面もありますが、実は裏と表の顔を使い分けるかなり優秀な女性のようです。それにしても壬氏の周囲の女性は特異な才の持ち主ばかりだな。

亜南の宴では、猫猫は壬氏の毒見役を務めますが、羅漢の毒見役の雀が、パクパクと食べて殆ど残っていない皿に失笑です。

翌日、やぶ医者が町でトラブルに巻き込まれた際には、得意の知識を駆使して救う猫猫。一緒にくっついてきていた変人軍師の考察力も一役買います。人の顔を認識できない分、他の特技があるんですね。でも彼と雀は自由に動き回っていて副官があたふたしてる様子が可哀相でもあり可笑しくもあり・・

亜南は夢遊病騒ぎの時の芙蓉姫の国。彼女が下賜された武官と共に国に戻れたのは壬氏の尽力があったことが示唆されます。
猫猫は壬氏の優しさや気遣いに対してガツンともの申します。
半端な気遣いはかえって邪魔。誰かのお荷物になるくらいなら道具として使われる方がまだましだと。バルコニーでの二人きりの会話はもちろん甘いものにはなりません。壬氏は自分にカツを入れるために猫猫に頬を差し出します。(やっぱマゾヒスト)

羅漢の元副官の陸遜君は今回はさわりだけ?

序話
一話 姚の頼み
二話 離宮
三~五話 華陀の書 前・中・後編
六話 西都への誘い
七話 禁忌
八話 秘密の教室
九話 告発
十話 実技訓練
十一話 腑分け
十二話 数学の秘密
十三話 玉鶯 という男
十四話 選抜
十五話 旅の準備
十六話 船旅
十七話 雀(チュエ)
十八話 亜南の宴
十九話 消えたやぶ医者
二十話 壁凸
終話


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薬屋のひとりごと1

2024年06月12日 | 
日向 夏 (著), しの とうこ (イラスト)

 大陸の中央に位置する、とある大国。その皇帝のおひざ元に一人の娘がいた。名前は、猫猫(マオマオ)。
花街で薬師をやっていたが現在とある事情にて後宮で下働き中である。
そばかすだらけで、けして美人とはいえぬその娘は、分相応に何事もなく年季があけるのを待っていた。
まかり間違っても帝が自分を“御手付き"にしない自信があったからだ。
そんな中、帝の御子たちが皆短命であることを知る。今現在いる二人の御子もともに病で次第に弱っている話を聞いた猫猫は、興味本位でその原因を調べ始める。呪いなどあるわけないと言わんばかりに。
美形の宦官・壬氏(ジンシ)は、猫猫を帝の寵妃の毒見役にする。
人間には興味がないが、毒と薬の執着は異常、そんな花街育ちの薬師が巻き込まれる噂や事件。
きれいな薔薇にはとげがある、女の園は毒だらけ、噂と陰謀事欠かず。
壬氏からどんどん面倒事を押し付けられながらも、仕事をこなしていく猫猫。
稀代の毒好き娘が今日も後宮内を駆け回る。(内容紹介より)


中世の東洋を舞台に「毒味役」の少女が宮中で起こる難事件を次々に解決する物語は、先にアニメで知りましたが、途中からだったので改めて内容を知ろうと手にとりました。TV未放送の分も小説で読めるのは嬉しい。

猫猫は、かどわかされて後宮で下女として働くことになりますが、帝の御子の病気の原因を見抜いたことから壬氏に興味を持たれることとなります。

白粉に含まれる鉛中毒が原因と見抜いた猫猫。遊郭で生まれ育った彼女にとっては、呪いでも不思議でもないのです。この事件のあと、猫猫は玉葉妃の侍女となり毒見役を務めることになります。また、帝から衰弱した梨花妃を診る(治す)よう頼まれ、原因が禁止された筈の白粉だと気付いた猫猫は、妃に白粉を塗り続けていた侍女を恫喝します。(以来彼女は水晶宮の侍女たちから恐れられるんですが😁 )毒を体内から排出させるための手段も理に叶ってたな。子を喪い気力も落ちていた妃ですが、猫猫の看病で回復します。

白粉の一件で、猫猫の才能を知った壬氏は彼女を自分の駒として利用しようとします。その微笑みで後宮の女性のみならず宦官までもが虜になる壬氏の魅力が全く通じない猫猫は壬氏にとって使い道のある珍しい玩具のような存在です。元々マゾ気質なようだし😁 

媚薬を依頼したり、幽霊騒ぎの真相を探らせたりと様々な頼み事を猫猫に押し付ける壬氏と嫌々ながら好奇心に負けて引き受ける猫猫。

園遊会では盛られた毒が里樹妃 を狙ったものであることに気付きます。
里樹妃と阿多妃の衝撃の関係も判明。😁 (先帝のロリコン趣味、怖いぞ)

園遊会では壬氏、梨花妃、武官の李白から簪をもらうのですが、その隠れた意味には気付こうともしない猫猫は、李白を使って里帰りをします。それを知った壬氏と猫猫のずれまくった会話は爆笑もの。

蜂蜜を巡って、梨花妃が狙われた理由が明らかになります。更に阿多妃と壬氏の本当の関係に猫猫が気付いてしまうのね。身分違いの二人の更なる障害になっていく理由の一つでもあります。
暗号や毒を持つ枝のエピソードも登場します。

毒殺を目論んだ犯人が自首したことで、彼女の実家に関わる者たちが後宮から解雇されることになり、猫猫もその対象になります。壬氏は猫猫の気持ちを優先しようとしますが、二人の会話はここでも噛み合わず・・・
落ち込みいじける主を見兼ねた高順 が手を回し、妓楼に帰っていた猫猫は宴に呼ばれた屋敷で壬氏と再会することになります。
「そうだよな、おまえ、そういうやつだよな」
「なんですか。それは」
「言葉が足りないっていわれないか?」
「……よく言われます」
この会話が良いのよね~~。
猫猫の唇に伸ばした指先についた紅を自分の唇に移して微笑む壬氏。
知らず猫猫の頬も桜色に染まる・・アニメの方をまた見たくなったぞ。😍 

一話 猫猫
二話 二人の妃
三話 壬氏
四話 天女の笑み
五話 部屋付
六話 毒見役
七話 枝
八話 媚薬
九話 カカオ(可可阿)
十・十一話 幽霊騒動 前後編
十二話 恫喝
十三話 看病
十四話 炎
十五話 暗躍
十六~十八話 園遊会 其の壱~参
十九話 祭りの後
二十話 指
二十一話 李白
二十二話 里帰り
二十三話 麦棹
二十四話 誤解
二十五話 酒
二十六話 自他
二十七~二十九話 蜂蜜 其の壱~参
三十話 阿多妃
三十一話 解雇
終話 宦官と妓女

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雲を紡ぐ

2024年06月12日 | 
伊吹 有喜 (著) 文春文庫

羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。
いじめが原因で学校に行けなくなった高校2年生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショール。
ところが、このショールをめぐって母と口論になり、美緒は岩手県盛岡市の祖父の元へ行ってしまう。美緒は、祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。
「時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。
その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、『雲を紡ぐ』を書きました」と著者が語るように、読む人の心を優しく包んでくれる1冊。
文庫版特典として、スピンオフ短編「風切羽の色」(「いわてダ・ヴィンチ」掲載)を巻末に収録。(文庫解説・北上次郎 )


美緒は、自分の思いを伝えるのがとても下手です。繊細過ぎて逆に相手の感情を読み取り先回りして何も言えなくなってしまいます。学校での「いじり」も嫌だといえずに笑いで誤魔化しているうちに、学校に行こうとするとお腹が痛くなり、家に引き籠るようになります。美緒の心を支えていたのは、彼女の誕生祝いに父方の祖父母から贈られた赤いホームスパンのショールです。それを頭から被ると、繭の中にいるようで安心できたのです。

中学の教師をしている美緒の母は、殻に閉じ籠って逃げていると娘を責めます。同じく教師だった母方の祖母も母と同じ考えでした。
学校に相談に行った母は一応の解決を得たとばかり登校を促しますが、そんな単純なことじゃないわけで・・・母も中学校の生徒たちの裏サイトで攻撃され苦しんでいるのですが、「逃げ」ずに立ち向かおうとしているんですね。だから余計に娘が不甲斐なく思えるのかな。

父の会社ではリストラの話が出ています。家でも会社でも寛げない父は、仕事帰りにコーヒーショップで時間を潰して帰宅していました。

勇気を振り絞って登校しようとした美緒を、父が学校まで車で送ってくれます。この時の父娘の描写に、会話不足で互いの気持ちが伝わらないもどかしさを感じます。美緒の寡黙で口下手なところは父譲りなのね。
結局教室に行けずに家に逃げ帰ってきた美緒でしたが、大事なショールがありません。「また」母が私の大事なものを勝手に処分したと思い込んだ美緒は、衝動的に祖父の所に行こうと家を飛び出します。(以前にも大事にしていたものを棄てられたことがある。)美緒のもう一つの心の拠り所はスマホの待受にしている緑の草原と羊たちの写真。それは祖父母の家・岩手県の山崎工藝舎 の景色でした。

家庭で紡いだ糸で織った織物を意味するホームスパンは、 明治14年頃に、イギリス人宣教師により伝わったそうです。小説に登場するショールームのモデルとなったのは、盛岡市鉈屋町にある盛岡町家「大慈清水御休み処」 です。

18歳で家を出た父は祖父との確執もあって殆ど交流がなかったので、美緒は初めて祖父と会います。内気で人見知りな美緒ですが、祖父や父の従姉妹の裕子先生と息子の大学生の太一とは父母と接するより自然に会話をするようになっていく様子が、岩手山の伏流水が流れる川や、彼らのお気に入りの喫茶店やパン屋などの盛岡の街の情景とともに描かれます。

「紘のホームスパン」と名付けられた祖父の布は人気を博していました。
自宅の工房にある羊毛はふわふわで雲のようで、美緒の心を掴みます。
自分で作ってみたいと祖父に願い出た美緒は裕子のところで学ぶことになります。汚毛を洗うことから始め、糸を紡ぎ、機を織る・・・学ぶほどに羊毛の魅力に取り憑かれていく美緒は、その表情まで明るくなったように感じます。

美緒が岩手に行ったことを、母は「逃げ」だと捉えます。自分の母から「逃げること」を許されずに育った彼女にとって、娘のことをどこかで「狡い」と感じているんですね。気が強く自分の意見をはっきり口にする彼女と反対に夫は思いを口に出せない人で、それが夫婦の間に誤解を生んでいきます。一本の赤い薔薇と離婚届のエピソードはその端的な例ですね。

娘を迎えに来た時も、口論から「泣けばすむと思っている。あなたは女を武器にする、そういうところが嫌い」と本音をぶちまけてしまう母。いやいや、それ言っちゃダメだよ~!!😱 

東京の家での両親と祖父と母方の祖母と5人の食事の席でも美緒のことで喧嘩腰になり不穏な空気になりますが、穏やかに助け船を出しまとめる祖父が素晴らしい!無口で無骨な職人気質の祖父ですが、その裏にある優しさが伝わってきます。

祖父は仕事の方針を巡って妻と激論の末、袂を分かちましたが、美緒の誕生がきっかけて復縁の兆しが出てきた頃に妻を事故で亡くしていました。孫の美緒の声は亡き妻にそっくりで、その気質や才能も似ているのです。
疎遠になっていた息子への思いもちゃんとあります。言わなくてもわかる、じゃなくて言わなきゃわからないこともあるんだよな~~と思うようになった祖父。

この翌日、祖父が上野のホテルで倒れて右半身麻痺と言語障害が残ります。
話し合いの末、岩手の病院に転院となった祖父。
美緒はホームスパンの職人になると決意します。
美緒が初めて作り上げたショールは不出来なものでしたが、祖父は褒めてくれました。母も・・・。母は昔自分がイギリスに夢中になった頃の想いを思い出しました。

3月。祖父が逝き、雪が残る墓所での納骨で、祖母が織った赤いショールに包まれた祖父の骨箱・・・何だか二人が紡がれたように感じます。

娘が巣立った後の夫婦の会話も良かった。リストラと介護の可能性に悩み、妻を思って離婚届けの紙を渡したものの、自分から出す勇気はないという夫に、無口で何を考えているのかわからないと感じていた夫の見えないところで気遣ってくれていた優しさに気付いた妻は「一緒に年をとっていこう」と言います。
紘治郎は、「水仙月の四日」の雪童子のようだと真希は言いました。迷い彷徨っていた家族の心を結び付けたのは確かに祖父だったのかも。「せがなくていい」(急がなくていい)。ゆっくりと自分の心に向き合えば、自ずと道は拓ける。そういわれている気がしました。

タイトルの「雲を紡ぐ」は羊毛を紡ぐという意味の他に、バラバラだった家族の心を紡ぐ意味も込められていたように思います。

宮沢賢治の絵本「銀河鉄道の夜」と「水仙月の四日」の一節が随所に引用されています。「おどる12人のおひめさま」「のばらの村のものがたり」も含め、いつか読んでみようかな

それにしても「ナルニア国ものがたり」に登場するターキッシュ・ディライトがくるみゆべしに似ているとは😊 

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薬屋のひとりごと 8

2024年06月08日 | 
日向夏(著)  しの とうこ (イラスト) 

毒で体調を崩した姚が医局勤めに戻れるようになった頃、猫猫のもとに大量の書物が届いた。送り主は、変人軍師こと羅漢。碁の教本を大量に作ったからと、猫猫に押し付けてきたらしい。興味がないので売り飛ばそうかと考える猫猫の考えとは裏腹に、羅漢の本によって、宮中では碁の流行が広がっていくことになる。
一方、壬氏はただでさえ忙しい身の上に加えて、砂欧の巫女の毒殺騒ぎや蝗害の報告も重なり、多忙を極めていた。そんな中、宮廷内で碁の大会が企画されていることを知った壬氏は、羅漢のもとに直接交渉をしかけに行く。開催場所を壬氏の名前で提供する代わりに、さぼっている仕事をこなすように説得するのだが――。(内容紹介より)


今回の壬氏様は、猫猫と周囲を納得させようと本気で頑張ります。
その決意表明の方法はマゾ過ぎるけど愛が溢れていました。

猫猫の元に送りつけられた大量の書物は羅漢が出した囲碁の本。これも父ちゃんの愛情表現とも言えますが、娘には届いていない。さっさと売ろうとするし、壬氏に届けたのも在庫整理のためだろうし。貰った壬氏の感想に同意しつつも同情も。

こんな本売れるのか?との猫猫の予想は外れ、宮中でも街でも大人気となり、遂には碁大会が開催されることになります。羅漢の借金(妓女の身請け代と後宮の修理代)返済もあるので、養子の羅半は稼ぐ気満々。「勝ったら羅漢に一度だけ願いを聞いてもらえる」という噂まで流しています。 それを真に受けた壬氏が参加しちゃうのね。

壬氏は、主上の碁の指南役の『棋聖』の指導を受け、大会に臨みます。
6勝すれば羅漢への挑戦権が得られるルールです。大勢から恨みを買っている羅漢の護衛のため武官も配置され、いざという時のための処置に羅門もいます。猫猫も理由をつけて会場にお使いに行かされます。

覆面姿で会場に現れた壬氏は、元プロの相手とあたり敗色の場面で覆面を外し動揺させて勝ちを拾います。
棋聖が教えたのは、囲碁の打ち方だけでなく「どんな手段を使ってでも勝つ方法」でした。変人対変態(羅漢対壬氏)の一戦が始まります。するとなんと羅漢が自爆し壬氏優勢の展開に!

壬氏は大会開催の会場を提供することを条件に羅漢にさぼっていた仕事をさせ、羅漢の睡眠時間は通常の半分になっていました。更に、猫猫に水蓮が作った菓子(酒入り)を壬氏に届けさせることで、甘い物&猫猫を愛する羅漢が横取りして食べることまで想定する念の入れようで、終盤で眠気と酔いで疲れがピークに達していた羅漢の隙を作ったのです。まさに周到な罠を張ったわけ。

このまま大差で勝てる筈でしたが、邪魔が入ります。
以前羅門により罪を暴かれた3つ子の兄弟が父親を巻き込み厄介毎を持ち込んできたのです。息子たちの見分けすらつかない父と我儘に育った兄弟。更に事件の背景には毒白粉が禁止されたことで、新たに毒葡萄酒が出回っていることがありました。まるでモグラたたきだね。
優しい羅門に代わり猫猫が真相を解き明かしてみせますが、この騒動で対局はお預けとなりました。

後日続きをしますが、睡眠をとり元気になった羅漢に、壬氏はあっさり逆転されてしまいます。しかし羅漢は普段はしない感想戦をし、「何が目的か知らないが手段は面白かった」と言います。彼には壬氏が仕掛けた作戦もお見通しなのね。それでも少しは壬氏を認めたようです。
軍略の基盤を動かし再配置していった羅漢は、軍の強化を望む壬氏の願いを汲み取ったわけね。

後日、猫猫は壬氏に呼び出されます。そこには主上と玉葉后もいました。
そこに壬氏の爆弾発言が投入!「皇族辞めて、臣下になりたい」怒りを爆発させた主上は壬氏に強烈な一発を。更に自らの脇腹に火かき棒で焼印(玉葉后の紋)を押します。 それは絶対服従の証です。
猫猫は思わず「このマゾ野郎!」と叫びます。密談室のあちこちに置いてあった漢方の材料は火傷の処置のために壬氏が用意していたのね。

以前猫猫が「玉葉后の敵になりたくない」と答えていますが、それなら敵対しないことを証明しようと考えたわけね。更に奴隷の焼印を見せるわけにはいかないから、妻も医官も限られる→猫猫だけでいい!というわけです。
玉葉后が「あなたには半分くらい責任があると思うわ」と言ったのも頷けますね。

手当を寝室でと連れて行かれ危機感を感じる猫猫に壬氏が邪悪な笑顔で「どうせ俺はそこそこだし……」と言ったのは、3巻のエピソードに関連してのようですが…未読だ~!読まなきゃ
でもって、そういうことを根に持つタイプなのね~壬氏様😁 

今作では馬閃の弟の馬良(優秀な文官)と姉の麻美が登場します。壬氏の周囲も次第に頼もしい味方が集まってきているような。

序話と終話は玉葉妃のモノローグ。彼女も家族関係に難ありの女性なのね。簪の一件は毅然と立ち向かう覚悟を促すものでした。

序話
一話 碁教本
二話 街歩き
三話 流行
四話 馬姉弟
五話 礼
六話 雷鳴
七話 遠征
八話 嫌がらせ
九話 壬氏の思惑
十話 白湯
十一話 戯れと恐れ
十二話 不味い料理
十三話 簪泥棒
十四話~十六話 囲碁勝負 前編、幕間、後編
十七話 変人対変態
十八話 指の持ち主
十九話 棋聖
二十話 王手
終話

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薬屋のひとりごと 7

2024年06月01日 | 
日向 夏 (著), しの とうこ (イラスト) ヒーロー文庫

里樹妃との一件が片付いたのもつかの間、猫猫の元に高順が厄介ごとを持ってやってくる。どんな用事かと言えば、猫猫に女官試験を受けないかというものだった。猫猫は、半ば強制的に試験を受ける羽目になる。新しく医官専属の女官となった猫猫の前に現れるのは、面倒くさい変人軍師に厳しい上司の医官たち、それと同僚たる同じ女官たちだが――。猫猫は同僚たちにお約束の通り嫌がらせを受ける。特に、女官の首領である姚(ヤオ)は猫猫に対して突っかかってくるのだった。(内容紹介より)

序話
ジャズグルという少女が登場。生まれつき口がきけないけれどどうやら予知能力のようなものがあるようで・・。

一話 宮女試験
猫猫が強制的に受験させられたのは医官付の官女試験です。
やり手婆の監視下、スパルタの受験勉強の甲斐あって見事合格。
薬屋は、偶然再会した克用に時々来てもらうことで見習い君も一安心。

二話 嫌がらせ
宮廷では早速いじめの洗礼を受けますが、猫猫にとっては屁でもない😁 
嫌なのは羅漢がしょっちゅう覗き見に来ることです。

三話 医官手伝い
医官付きの宮女は猫猫、姚 と彼女の侍女の燕燕他5人です。
猫猫は他の2人から掃除と包帯の煮沸消毒を押し付けられますが、上司の医官に見抜かれ他所に移され3人になります。

四話 後宮
後宮の妃たちの健康診断に医官とともに赴きます。
砂欧からきた愛凛妃から土産に渡されたクッキーには文字の書かれた紙が入っていました。

五話 運命クッキー
クッキーに入っていた紙の謎を解くため3人は協力することにします。
姚 と猫猫のクッキーに入っていた紙と燕燕の包み紙を合わせると
「白い娘の正体を知りたいか?」になりました。

六話 軍師倒れる
羅漢が医局に担ぎ込まれてきます。毒を盛られたと思いきや、自分の唾液で腹痛起こしていたという。そりゃ、暑い中、口をつけた中身を長時間そのままにしていたらねぇ・・・。

七話 愛凛妃の思惑
下級妃の香水キツ過ぎ事件の後、羅半に呼び出された猫猫は、砂欧では巫女は王と
並び立つ存在であること、今の巫女はアルビノであることを聞かされます。白娘娘もアルビノ・・・2人の関係は?

八話 思惑の思惑
生娘の筈の巫女が白娘娘の母であれば大問題。それを確かめたいというのが羅半の依頼。隣国へ行けと?と問う猫猫に、向こうからやってくると答える羅半。

九話 皇后
后となった玉葉妃とその子供たちの健康診断に赴く猫猫たち。

十話 暗躍
月の君がちょっと部屋を出ていた間に毒のお茶が。冷静に銀の匙で調べる辺り、手慣れたものです。壬氏様、やっと登場だ~。
多忙を極める壬氏様に副官と侍女を増やすよう勧める乳母の水蓮はさり気なく妃を娶れとせかします。

十一話 祭りの前
燕燕が姚 に主人として以上の感情を抱いていることに気付く猫猫。姚 の性格も何だか可愛く思えてくるのね。

十二話 異国の娘
医官たちのおやつの買い出しを頼まれた3人は、迷子になっていた異国の娘と出会います。この娘が序話に登場したジャズグルです。

十三話 皇弟付侍女
月の君の侍女に燕燕が選ばれます。
彼女はお嬢様命!ですから月の君にとっても都合が良いわけ。

十四話 巫女との対面
砂欧からきた巫女の診察に出向いた宦官の羅門、猫猫、姚 。
触診を許された猫猫ですが、特に異常はありません。妊娠線もなく、経産婦かも不明なままです。

十五話 おかあさん
宦官の羅門が甥の変人軍師の世話をやく姿は「ばあやみたい」by姚 
渾名は「おかあさん」に決定です。
その変人軍師の毒見薬が回ってくる猫猫。

十六話 食事会
巫女の歓迎食事会の席で巫女の毒見役をした姚 が毒にあたります。
巫女ともう一人の毒見役も倒れます。

十七話 容疑者
愛凛が焚く香の成分が毒として使われたのではと容疑者として拘束されます。
巫女たちは軽症ですがヤオは重症です。猫猫は激怒します。

十八話 男女の駆け引き
月の君と猫猫が久々に二人きりに。
色々あった猫猫は、はっきりしない彼に思わず「はっきり言えばいい」と口走ってしまいます。で、遂に言いましたよ、「お前を妻にする」宣言。

十九話 真実の真実
姚 は後遺症が残るかも状態ですが一命はとりとめています。
一連の事から猫猫は巫女が実は男であることに気付きます。
そういえば巫女の診察でいくつかの宦官の特徴が現れていたんだよな~~。伏線になってたのね。

二十話 茸粥
巫女はアルビノとして生まれたが故に、先代の巫覡(巫女の付き人 )に利用され赤子の時に去勢され男の自覚もないまま育ちました。 王の権力を抑えるために特別な存在が必要だったからです。ところが政敵である王派に感づかれたため、自殺して役割を次代に託そうとしたのです。自国では死後遺体を調べられたらわかってしまうので東宮のお披露目を利用してやってきたのでした。巫女が用いたのは遅効性の毒茸で、死なない程度の量でした。巫女見習いとして仕えたこともある愛凛に殺されかけたことに失望して自殺という筋書きでした。愛凛もグルなのね。

二十一話 巫女の告白
全てを聞き取った猫猫は巫女にある提案をします。
巫女の計画はご都合主義であり、姚 を巻き込んだことを糾弾するあたりは権力者だろうと許せないものは許せないという確固たる信念があるのよね。

二十二話 未来の巫女
白娘娘と愛凛を人質とされた巫女は表向き「死んだ」ことにされ、王派の情報を壬氏たちに流すスパとして阿多の離宮に匿われます。新しい巫女はジャズグルかな。彼女が描いたという三枚の絵の最後の一枚の意味は続編のどのあたりで明かされるのかな?

終話
姚 は自分がお咎め無しなのは何か大きな隠し事があるらしいと気付いています。 見舞った猫猫にそれを指摘しつつも燕燕には黙っているよう頼むあたりはまさしくツンデレお嬢様。💛負けず嫌いだけど相手を認める素直さがあり、そこが猫猫は可愛く思えるんだな。そして家が没落してけっこう苦労している娘でもありました。

変人軍師はますます危ないおっさん化してるし、甘いもの食べ過ぎて糖尿病予備軍間違いなしですね。これだけ一途に娘を想っている姿は何だか可哀相に思えてくるぞ。

壬氏様がはっきり言葉にしてしまった以上、猫猫もちゃんと応えてあげないとですね~。でもまだまだ前途多難な様子ですね。😝 

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ダー・天使

2024年05月30日 | 
一雫 ライオン (著) 集英社文庫

妻と幼い娘とともに、慎ましくも幸せに暮らしていた二郎。だが、ある日、通り魔から家族を守ろうとして命を落としてしまう。天国で神と交渉し、「天使」として地上へと戻るが、誰からも姿は見えず、手助けも出来ないまま、ただひたすらに妻子を見守り続ける二郎。小さかった娘は、中学生になり、高校生になり、そして――。すべての人への慈しみがあふれる、心温まる現代のファンタジー。(内容紹介より)


昔はやんちゃしていた二郎ですが、妻と出会い結婚し娘が生まれて平穏な日常に最大級の幸せを感じていたある日、通り魔から妻子を守ろうとして亡くなってしまうところから物語は始まります。

二郎が意識を取り戻した先は天国。そこにいたのは少年の姿をした神様で、天国についての一通りの説明を受けます。先に亡くなっていた母や兄とも再会した次郎でしたが、そのまま妻子がやってくるのを待つのではなく、天使となって地上に降りて妻子を見守る選択をします。

天使になっても、妻子に声が届くわけでも姿が見えるわけでもない。ひたすらに見守るだけです。もし何かが起こっても手を出すことも守ることもできないのです。それでも二郎はずっとずっと妻子を見守り続けます。

娘が小学生になり中学生になり、高校生になった頃、通り魔事件の犯人の少年が自殺したことで、再び世間の注目を浴びる家族の姿に胸を痛めた二郎は、天国に戻り加害者の少年を問い詰めますが、彼も苦しんできたことを知ります。ちなみに死んだら「生きもの」は皆天国に来るという設定です。

やがて妻が病気で亡くなり天国にやってきます。
しかし、妻といられたのはわずか一日だけでした。天使になる条件が、生まれ変わることだったからです。天国で妻がいつかやってくる日を待てばその後はずっと一緒にいられたのに、二郎は傍で見守ることを選んだのです。

天国や神様の設定は面白かったけれど、確かにファンタジーではあるけれど、個人的にはちょっとな~~という感じでした。
天国にいても毎日地上の様子は見られるわけだし、傍にいても何もしてあげることはできないというのに、それでも妻子の傍にいることを選んだ二郎は後悔ないのでしょうけど、やっと夫と再会した妻や母の思いについて考えなかったのかな~とかね。😔 

神様曰く、殆どの人は天国に留まることを選ぶらしい。それでも敢えてと言う人も少数ながら存在するとのこと。自分は間違いなく前者だろうな~~。
少年の姿の神様は数千年生きている設定で、人間に限らずあらゆる生き物の運命をルーレットで決めているという。更に神様を作った存在も示唆され、何だかドラゴンボールを連想してしまったぞ。あと、ドラマ『ブラッシュアップライフ』の神様もね。😁 


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DRY

2024年05月27日 | 
原田ひ香(著) 光文社(発行)

北沢藍は職場の上司と不倫して、二人の子供を置いて家を出た。十年ぶりに実家に戻ると、男にだらしない母と、お金にがめつい祖母がうら寂しく暮らしていた。隣に住む幼馴染の馬場美代子は家族を見送り、今は祖父をひとりで看ている。介護に尽くす彼女は、孝行娘とあがめられているが、介護が終わったその先はどうやって生きていくのだろうか。実は、彼女の暮らす家には、世間を震撼させるおぞましい秘密が隠されていた。
原田ひ香が、満を持して挑む、堕ちていく女の果ての果て。(内容紹介より)


これまでの作風から一転、著者が初めて手掛けたクライムノベルらしい。
不倫、貧困、毒親、介護と次々重苦しい展開になり、極めつけはミイラ製造の描写。淡々と描かれると逆に不気味で恐いです。

藍の状況は自らが招いた行動の結果なので、同情する気にはなれないのですが、そもそも家庭環境が劣悪なんですね。

母親の貴子は男を作っては家を出、別れるとふらっと戻ってくることを繰り返してきた人で、娘より男=自分の幸せを優先させています。
藍を育ててくれた祖母のヤスも見栄っ張りなくせに家の中が荒れ放題でも平気で、大学へ行けと言いながらお金は出してくれませんでした。

そんな二人から逃げ出すように家を出、結婚した藍でしたが、義父母は藍や彼女の家族を嫌い、夫も彼らのいいなり。夫の浮気で心の隙間を埋めるように職場の上司と不倫した挙句、離婚され子供も夫側に取られてしまいます。

実家に舞い戻ってきていた母が祖母を刺して捕まっていると弁護士から連絡を受け、義父母が職場に押し掛けてきたせいでクビになったこともあり、仕方なく実家に戻ってきた藍は、母の保釈金を不倫相手と夫からせしめて払います。
祖母や母の存在が疎ましくて逃げ出した筈なのに、捨てきれないのは愛?

3人の同居が始まりますが、顔を合わせれば喧嘩を始める母と祖母にうんざりの藍は、事件の際に面倒をみてくれた隣家の幼馴染の美代子(みよちゃん)と親しく付き合うようになります。
みよちゃんは、家族の介護で就職も出来ず独身のままで、今は高齢の祖父の介護をしている孝行娘と評判でしたが、その祖父は110歳を超えている筈。行政の支援を受けられるのではと単純に疑問を持った藍でしたが、ある日衝撃の事実を知ることになります。

ここからネタバレ


実は美代子の祖父はとうに亡くなっていました。彼の年金だけが収入の全てだった美代子は祖父の身代わりの老人を連れて来て介護をしていたのです。年金の搾取ですね。何も知らずに訪れた藍が祖父と思っていた老人に突然襲われ、助けようとした美代子と共に彼を圧し潰してしまったことで秘密が明かされます。翌日老人が亡くなったと知らされ、藍は「後始末」を手伝わされることになるのです。しかも美代子が連れて来たのは彼が3人目で、二階の部屋には3体のミイラがありました。

このミイラの作り方の描写がエグイ!!
いつか子供を引き取りたいと思っている藍は、脅されて手伝わされるうちに、次第に「はまって」いきます。夫から「お前は乾いた女だ」と言われた藍のまさにDRYさが顔を出していくのです。

美代子はかつて行政から冷たい仕打ちを受けたことで今の状況に陥っていました。
彼女は藍に祖母が生活保護を受けられるようアドバイスします。世帯分離をして独り暮らしを装うため、格安の部屋を見つけてきます。月4万の年金より生活保護の12万の方が断然生き易いのね。金にうるさい祖母はこの話に乗ります。

一方で、藍と美代子は次の身代わりになる老人を探します。
藍が見つけてきた老人は呆けてはいるものの少し条件が悪かったのですが、美代子は受け入れます。しかしこの老人がきっかけで彼女たちの犯罪が明るみに出ることになるのです。

警察に連行された美代子は藍が共犯であることを隠し通します。
美代子は藍に、骨折死した老人は実は自分が絞殺したと告白し、藍には何の責任もないと言いました。

センセーショナルに報道されたこの事件は、老人の骨折がわかると単なる殺人と見なされ世間の注目は急速に薄れます。
ホテルに身を潜めていた藍が実家に戻ると母は荷物と共に消えていました。藍は母が自分を捨て二度と戻って来ないだろうと思います。祖母の姿もなく、借りていたマンションに行くと、そこにはボケが始まった祖母の姿がありました。

物語はここで幕を閉じます。
藍は祖母を棄てるのか?それとも年金目当てに介護が始まるのか?
おそらく藍は後者を選ぶ気がします。

藍に共感はできません。育ってきた環境には同情を禁じ得ませんが、その性格は受け継いだDNAも大いに関係していると思えるから。夫から子供を取り戻したいと望んだ筈の藍ですが、一番は自分なのです。おそらく子供たちは母と暮らしたいとは思わないでしょう。藍の母性や断ちがたい家族への愛情は理解できますが、逆に彼女を追い詰めていく要因にもなっていました。

むしろ藍よりも美代子の方がよほど純粋です。彼女は藍に自分が殺したと言いましたが、検死で老人が絞殺された証拠は上がっていませんでした。それは美代子が藍を庇ったということ?
介護だけが美代子の生きる術だった。そのために全力で彼女は生きて来た。とても哀しい選択ですが、そうさせたのは同情はしても手を差し伸べることはなかった周囲の責任でもあると感じました。

タイトルとは程遠いじめじめした感情が湧いてくる後味の悪いお話でした。😩

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薬屋のひとりごと6

2024年05月24日 | 
日向夏(著) しのとうこ(イラスト)ヒーロー文庫

西都にて、壬氏に求婚された猫猫。今まであやふやだった関係が大きく変わろうとしていた。今までと変わりなく接したい猫猫に壬氏は焦る。皇弟として、政に関わる者に恋という自由はない。猫猫もまた、壬氏の心を知りつつも、己の立場を考えると首を縦に振ることはできない。軍師羅漢の縁者、それが西都で用意された猫猫の肩書だった。猫猫は重い気持ちのまま、ある決断をくだすのだが――。(あらすじ紹介より)


順番を飛ばしたため、前作の流れがわからないところもあるけれど・・

序話
猫猫から受けたディープキスで「負けた」と思った壬氏が、馬閃相手に愚痴ったのが間違い。練習相手を志願した馬閃は筋肉馬鹿の武官なんだよな~~。互いに勘違いしたまま事が始まり、壬氏が何か変だと気付いた瞬間、阿多が部屋に入ってきて二人の様子を見て勘違いされるという、なんとも間抜けというか笑い誘うエピソードから始まります。

一話 西都 四日目
宴の席で獅子が暴れ柵を飛び出して里樹に襲い掛かったのは、彼女にかけられた香水に獣へ興奮作用があったから。壬氏の使いとして馬閃が猫猫に真相を探る依頼をしてきます。香水は里樹の異母姉が悪戯のつもりでかけたことがわかります。それを彼女に譲った相手の人相書きに描かれた履を見て、猫猫は相手が纏足をしていると推理します。

二話・三話 浮かぶ花嫁 前編 後編
結婚式に招かれた壬氏は、花嫁が纏足をしていると知り猫猫を伴います。ところが花嫁の自殺騒ぎに巻き込まれることに。猫猫は状況の不自然さに気付いて自殺は偽装と見破ります。この一族は代々異国との関係を保つために娘を嫁がせてきましたが、彼女たちは奴隷のように扱われてきたのです。宴の席での事件は、婿が連れて来た獅子が暴れたらその責任は婿が追うことになるために計画されたのでした。

四話 帰路
西都に残る壬氏と別れて羅半と帰ることになった猫猫。船旅は旅程を縮められるけど羅半は船酔いに苦しみます。猫猫は平気だけどね。疱瘡であばた顔となった男・克用に遭遇し、医者だという彼が持っている酔い止め欲しさに乗船を許す羅半。

五話 西都の後始末
一方、壬氏は玉葉妃の父に「名」を受けに都に来るよう告げます。長旅になる不在の間の治安を心配しながらも、避けられない儀式なようです。

六話・七話 羅の一族 前編 後編
羅半が猫猫を連れていったのは羅一族の屋敷です。
そこには羅漢が拉致されていました。彼は愛する妻が亡くなり腑抜け状態なところを当主の座を奪い返そうと考えた父親に連れ去られたようです。でも羅漢の弟(養父の羅門に似た穏やかな人柄)もその息子(羅半の兄)も当主の座には興味もなく、農夫として甘藷の栽培に取り組むことに喜びを見いだしています。抜け殻のようになっている羅漢を正気に戻したのは彼と妻が交わしていた碁の棋譜です。父親を嫌い抜いている猫猫の彼への塩対応には羅漢への同情心が湧いてきますね。
羅半は父と兄が作る甘藷を蝗害対策の要にしようとしています。

八話 里樹妃の旅の終わり
二か月の間不在にしていた里樹は、後宮に戻る前に「証明」が必要となります。

九話 帰宅
花街に戻った猫猫。クソガキ趙迂も嬉しそう。
風邪が流行ったため、留守(薬屋)を頼まれていた左膳は疲労困憊していました。

十話 傷んだ餡餅
趙迂は猫猫が留守していた間に画家の弟子になっていましたが、その画家が倒れて助けを求められます。腐ったおやきで食中毒になったと思われましたが、実は、西に旅立とうとする画家を引き留めるために助手が毒キノコをおやきに混ぜていたことに猫猫が気付きます。ところで、画家の描いた絵は「白蛇仙女」そっくりで・・。

十一話 踊る水精
猫猫は、画家が見かけたという女がいた村に薬の原料を取りに行きます。
まとわりつく趙迂を連れて行ってやれとやり手婆に言われ渋々承諾する猫猫。代替わりした村長から蛇や飛ぶ鳥は殺すなと言われ不思議に思う彼女は、羅門の旧い知り合いの爺さんから薬草を買う中で、「人柱」の話を聞きます。底なし沼を渡る巫女の話の真相を解いた猫猫は、鳩小屋の鳩が白蛇仙女の伝達手段だったと気付きます。

十二話 里樹妃の受難
生理不順な里樹妃は、月のものが来ないことから不義を疑われます。潔白を証明するために猫猫が呼ばれます。
それは大丈夫でしたが、意地悪な元侍女頭が里樹が主上以外の男に書いた恋文を見つけたと騒ぎだします。

十三話~十五話 醜聞 前編・中編・後編
下女のために書いてあげた恋愛本の写しを恋文だとでっちあげられた里樹妃。塔に幽閉された里樹に付き添ってきたのは侍女頭の河南一人でした。ただでさえ気弱な彼女に、上階に捕まっていた白蛇仙女が素貞と名乗り、香を使って言葉巧みに追い込んでいきます。河南の事も信じられなくなった里樹は素貞の罠に嵌り、急を聞いて駆け付けた壬氏と猫猫の目の前で塔の上のバルコニーから落ちてしまいます。彼女を救ったのは、両足と左手を痛めながらも身をもって落ちて来る里樹を庇った馬閃です。

十六話 馬閃と里樹
獅子を素手で殴ったことといい、常人にはできない芸当ですが、これも恋のなせる業でしょうか。人見知りの里樹が思わず馬閃の胸に顔を埋めて泣くんですね。

終話
里樹には、一年間の出家の裁定が下りました。
帝に呼ばれた猫猫は、里樹に相応しい相手を聞かれます。
その結果、馬閃には、望むもの(者)は何でも与える&考える時間は1年との下知が。

里樹が陥れられた物語は「ロミオとジュリエット」が下敷きになっていると思われますが、こちらは悲恋ではなく成就しそうですね。不幸続きの里樹にもやっと「春」が訪れるのでしょうか。
ちなみに猫猫はこの物語を「理解できん」と感じています。それは壬氏も同様です。彼はもっとやり方があっただろうと思うのですが、猫猫は恋愛自体に懐疑的なんですね。
この二人、まだまだ平行線なのかな。

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ランチ酒

2024年05月19日 | 
原田ひ香(著) 祥伝社(発行)

へこたれてなんていられない。食べて、飲んで、生きていく!
犬森祥子の職業は「見守り屋」だ。営業時間は夜から朝まで。ワケありの客から依頼が入ると、人やペットなど、とにかく頼まれたものを寝ずの番で見守る。そんな祥子の唯一の贅沢は、仕事を終えた後の晩酌ならぬ「ランチ酒」。孤独を抱えて生きる客に思いを馳せ、離れて暮らす幼い娘の幸せを願いながら、つかの間、最高のランチと酒に癒される。すれ違いのステーキとサングリア、怒りのから揚げ丼とハイボール、懐かしのオムライスと日本酒、別れの予感のアジフライと生ビール……etc.今日も昼どき、最高のランチと至福の一杯! 疲れた心にじーんと沁みる珠玉の人間ドラマ×絶品グルメ小説集。(内容紹介より)


祥子は、元同級生の亀山太一の会社で『見守り』の仕事をしています。一人娘の明里を元夫のところに残して離婚した彼女は、娘との面会日が楽しみなのですが、再婚した夫から暫く娘とは会わないよう頼まれ、もやもやした気持ちを抱えています。
見守りは夜間の仕事が主なため、仕事終りの午前中にどこかの店に入って食事とお酒で一息つくのがささやかな楽しみの祥子の日常が美味しそうな料理とお酒を交えながら描かれます。

第一酒 表参道 焼き鳥丼
依頼主は外国暮らしの田端史江の娘・時江。前泊して高齢の史江の通院に付き添う仕事です。母が娘を想う気持ちは立場が違っても同じなのよね~。

第二酒 秋葉原 角煮丼
秋葉原のタワマンに住む新藤から再度の要請が入ります。(前回気まずく別れたらしい)この男、高収入でそこそこの容姿なのですが性格に難が大あり。女性蔑視傾向で俺様な奴。今回は契約結婚を提示されて唖然とする祥子でしたが、彼の条件に一瞬心が動いてしまったのは将来の展望もなく娘にも会えない焦りからでしょう。彼女の反応に冗談だと言った彼は彼なりに傷ついている様子。根は悪い奴じゃないんだろうなと。

第三酒 日暮里 スパゲッティーグラタン
中一の女の子の夜の見守りの依頼。シングルマザーだけどタワマン住まいということは夜のお仕事?全く手のかからない少女ですが、逆に張り詰めた糸の危うさを感じてしまう祥子。朝食を作ってあげたことでほんの少し心を開いてくれた少女に自分の娘を重ねてしまいます。

第四酒 御殿場 ハンバーグ
今回の仕事は荷物を届けることで三度目。依頼主の角谷から御殿場アウトレットでグッチの小銭入れをプレゼントされたり、有名ハンバーグ店(絶対「さわやか」だよな~~😍 )で食事したりとデートのような時間を過ごしますが、下の名前も知らないまま別れます。
次に依頼が来ても断わるよう言われて理由を尋ねた祥子に議員秘書をしている彼は何も知らない方が良いと答えます。後日彼が贈賄容疑で逮捕のニュースが・・・

第五酒 池袋・築地 寿司、焼き小籠包、水炊きそば、ミルクセーキ
高校三年生の男子の見守り(夜食を作り、模擬試験会場まで送る)の後に訪れたのは、末期がんで入院中の作家の樋田の病室。夜の見守りの依頼で、食通・グルメで売れた彼女は祥子が食べた池袋の店の料理やお酒の話に目を輝かせ、久々に安眠します。彼女から築地で食事をしてまた話して欲しいと言われ訪れた水炊きそばの店と市場の端の喫茶店の懐かしい味のミルクセーキ。築地を愛している作家に想いを巡らせる祥子です。

第六酒 神保町 サンドイッチ
ネットで誹謗中傷されたことがきっかけでエゴサーチをやめられない女子大生・実咲の見守りを頼まれた祥子ですが、一夜で彼女の心を開くことはできません。
編集者の小山内から連絡を受けて神保町の喫茶店で会った祥子は彼の母の元子の近況と樋口のその後の話を聞きます。樋口は小康状態になり自宅に戻っていると聞いて心から良かったと思う祥子でした。

第七酒 中目黒 焼肉
買物依存症の青年・蒼汰の見守りでまず頼まれたのは彼の腕を縛ること。変なプレイではなくネットで買い物をしないためです。祥子はIT大手に勤める彼に実咲の件をそれとなく相談します。すると警察に相談していると匂わせれば誹謗中傷していと一緒に駅に歩く途中で彼が教えてくれた有名焼肉店のランチを食べながら、元子や咲や角谷のことを考える祥子は、ある決心をします。

第八酒 中野 からあげ丼
亀山と腹を割って話すことした祥子は、角谷の件を問い質します。彼は薄々危なさに気付いていたけれど、ここまでの事件になるとは思っていなかったと詫びます。飯を驕ると言われて連れて行かれた店は、第一酒で彼女が行こうとして店がなくなっていたあの唐揚げ店でした。飲み食べする中で、亀山は祥子が頼んだ角谷の消息を調べることと実咲の件の解決に協力すると言いました。

第九酒 渋谷 豚骨ラーメン
実咲と母親を交えての話し合いの末にようやく解決の糸口が見えてきます。画像を流出させたのが疎遠になっている親友というのがいかにもな感。人間は輝いている相手に嫉妬と焦燥感を覚えるものなのよね。😞 
編集者の小山内から告げられた好意に対しては、娘を理由に婉曲に断ります。互いにはっきり示さないのが大人の対応ってことで。

第十酒 豊洲 寿司
再入院した樋田の依頼で豊洲市場の見学と食事に出かけた祥子。
水族館を覗き見るような見学コースには違和感を覚えるものの、仕事場と観光客を分けることについては納得するのね。
廻らない寿司屋でのおまかせコースはどれもとっても美味しそう。カウンター席に座った2組の女性客との連帯感の様なものも生まれます。
最後は、仮釈放される角谷から届いた手紙に心揺れながらも出かけて行く祥子。
小山内には断っておきながら、なんですが、恋心は杓子定規にはいかないものです。

娘と会いたい思いに悩む祥子は、見守りの相手からアドバイスを受けながら、元夫の再婚相手とも徐々に友好な関係を築いていきます。自分も誰かの役に立ちたいと思うようになった彼女の人間的な成長も描かれます。
何より、仕事終わりに入る店の美味しそうな料理の数々とそれに合うお酒の描写が素敵です。土地勘のある人なら「あぁ、あの店だ」とわかるよね😁 

人生まさに色々ですが、美味しい料理と美味しいお酒がご褒美なら頑張れそうと思える作品です。😀

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虫たちの家

2024年05月12日 | 
原田ひ香(著) 光文社(発行)

九州の孤島にあるグループホーム「虫たちの家」は、インターネットで傷ついた女性たちがひっそりと社会から逃げるように共同生活をしている。新しくトラブルを抱える母娘を受け容れ、ミツバチとアゲハと名付けられる。古参のテントウムシは、奔放なアゲハが村の青年たちに近づいていることを知り、自分の居場所を守らなければと、「家」の禁忌を犯してしまう。(あらすじ紹介より)


面白いタイトルに惹かれて手に取ってみました。
「虫たちの家」は、インターネットで傷ついた女性たちが社会から身を潜めて暮らす九州の孤島にあるグループホームです。ここでは互いに本名も過去も明かさず、マリアが付けた虫の名前で呼び合っています。

オーナーのマリアと古参のテントウムシ、それからミミズとオムラサキの4人で暮らしていましたが、新しくトラブルを抱えた母娘(ミツバチとアゲハ)を受け容れることになります。大人たちの中に未成年のアゲハが加わることで自分たちの暮らしに変化が起こるのではと心配するテントウムシの予感はやがて現実になります。

アゲハが村の青年たちと親密になっていると近所の老人から聞かされたテントウムシは、自分の居場所を守りたい一心で「家」の禁忌を犯しネットでアゲハの素性を調べてしまうのです。そもそもネット閲覧禁止を決めたのはマリアとテントウムシだったのに、どうして?と感じてしまいましたが、唯一の居場所を失うかもしれないという恐怖が理性を凌駕してしまったということでしょうか。

アゲハは傷害事件の被害者であるだけでなく、痴態画像をネットにばらまかれた過去をテントウムシに打ち明けていたのですが、そんな目に遭ったのに異性に近づくアゲハの行動が理解できないテントウムシは、アゲハの言葉をそのまま信じられなくなっての行動でした。そして調べるほどにアゲハの裏の顔が見えて来るのです。

物語は、過去の出来事の回想と現在が交互に描かれます。現在パートはテントウムシの視点ですが、過去は誰の視点なのか?初めはテントウムシの子供時代だと思っていましたが、実は・・・な衝撃が待ち構えていました。

ミツバチとテントウムシは過去に接点がありました。
過去を語る少女の母が神経を病んでいたことが伏線になります。

日本ではないどこか遠くの国で暮らす駐在員とその家族。政情不安なため壁で囲まれた敷地の外に出る事は出来ず、狭いコミュニティーの中で心理的に追い込まれていく少女の母。少女自身も友達ができずに現地人の家政婦と両親だけの世界の中で、大人の軋轢に巻き込まれていき、やがて彼女の一言がきっかけで母が自殺し、少女は父親と日本に帰国します。

アゲハが通っていた高校の生徒から話を聞いたテントウムシは、アゲハが自ら画像をばらまいたのか?今一つ信じられないまま島に戻ってきますが、マリアたちにネットを使ったことがばれていて、禁を破ったことで島を追い出されてしまうのです。
自分の居場所はここだ!と固く心に決めて戻ってきたのに逆の結果になったわけですね。
島を去る彼女にアゲハは「おばさん!」と叫びます。
一度もそんな言葉で呼ばれたことが無いテントウムシは、もう一つの意味(叔母)に気が付きます。

それから数年後。
清掃の仕事をして暮らしているテントウムシは、アゲハと再会します。
アゲハの母ミツバチはテントウムシが二年前に自分の父親に会いに来たことで、彼女が父の子供ではないかと疑い、アゲハを使って「虫たちの家」に潜り込んでテントウムシの居場所を奪おうとしたのでした。ミツバチ自身がその母と同じように心を病んでいる女性であり、そんな母に育てられたアゲハは、母の病の原因となったテントウムシを憎んでいたのですね。
だからといって自らを傷つける行為をするというのは、やはりアゲハにも同じ「血」が流れているからでしょうか。何だか切ないなぁ。
親たちの複雑な関係が娘たちに大きな影響と傷を残し悲劇を生む構図が哀しかった。

テントウムシが島を出た後、マリアは亡くなりミツバチ母娘は金目の物を盗んで出て行き、「虫たちの家」は崩壊していました。でもせめてもの救いはミミズとオオムラサキが元気に暮らしていること。そしてテントウムシと再び交流が始まりそうなことです。

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薬屋のひとりごと 4

2024年05月03日 | 
日向夏 (著), しのとうこ (イラスト) ヒーロー文庫

壬氏が宦官ではないと知ってしまった猫猫。
後宮内で皇帝以外のまともな男がいるのはご法度、それがばれないようにどきどきする毎日を過ごす。そんな中、友人の小蘭が後宮を出て行ったあとの就職先を探していることを知る。猫猫と子翠はそんな小蘭のために伝手を作るために後宮内の大浴場に向かう。その折、気弱な四夫人里樹妃が幽霊を見たという話を聞いてそれを解決すべく動き出す。
一方、翡翠宮では玉葉妃の腹の子が逆子だとわかる。ろくな医官もいない後宮でこのまま逆子を産むことは命に関わると、猫猫は自分の養父である羅門を後宮に入れるよう提案するが新たな問題が浮上する。
後宮内で今まで起きた事件、それらに法則があることに気が付いた猫猫はそれを調べようとして――拉致される。宮廷で長年黒く濁っていた澱(おり)、それは凝り固まり国を騒がす事態を起こす。(あらすじ紹介より)

TV放映されていたアニメを見て興味を惹かれました。
ラノベは現在15巻まで発売されているようです。先は長い😓 

序話から終話の間に22話あります。
一話 湯殿
二話 赤羽
三話 踊る幽霊
四話 噂の宦官
五話 氷菓
六話 逆子
七・八話 巣食う悪意 前後編
九話 狐と狸の化かし合い
十話 足跡
十一話 狐の里
十二話 鬼灯
十三話 祭り
十四話 取引現場
十五話 砦
十六話 羅半
十七話 蠆盆  
十八話 飛発(フェイファ)
十九話 行軍
二十話 奇襲作戦
二十一話 事の始まり
二十二話 狐につままれた
 
序話が誰の視点なのは読み進めるうちにわかってきます。
そうか~~彼女だったのか!

浴室に出るという幽霊の調査を頼まれた猫猫は壬氏 と共に湯殿へ。幽霊の正体は銅鏡の凹凸が映し出したものでした。里樹妃は鏡に映し出された亡き母親に似た姿に涙します。
里樹妃は侍女たちに虐められていますが、侍女の簪が妃から奪ったものだと気付いた壬氏は侍女たちを窘めます。

玉葉妃の赤子が逆子かもということで、猫猫の推薦で羅門が召喚されます。
かつて羅門が注意喚起した毒おしろいの張り紙が剥がされていることを疑問に思った
猫猫は、診療所の年配者である深緑を訪ねます。診療所は先帝のお手付きとなった者たちの居場所となっています。一度でも寵愛を受けたら後宮を出ることは許されない彼女たちにとって、寵を受ける妃たちは憎悪の対象で、そのため数々の妨害行為をしていたと考えた猫猫でしたが、そこに死んだはずの翠苓が現れ、子翠を人質にとって蘇りの秘薬の作り方を知りたくないかと言います。

猫猫がこの誘惑に逆らう筈もありません。拉致されていく道中、彼女は翠苓と子翠が姉妹のように仲が良いことに気付きます。実は子翠の正体は上級妃・楼蘭 で、翠苓は異母姉でした。ちなみに子翠は虫好きですが翠苓は蛇を異常に怖がります。

楼蘭の故郷の森の中の隠れ里に連れて来られた猫猫。
豊穣の神の狐神を信仰する里の祭りの様子は楽し気ですが、お面に描かれた赤と緑の色彩の違いが意味するのは子一族の遺伝的な色覚異常です。

猫猫は幽閉されますが、クソガキ・響迂の手引きで抜け出し、「里長の倉庫」で動物実験の痕跡と解体された飛発を見つけます。ところが楼蘭の母・神美に見つかってしまうのね。😟 極度に脅える翠苓の様子がこれまでの彼女とは全く違って見えます。楼蘭が猫猫は三十路を超えた薬師だと嘘をついたので、神美から「不老の妙薬」を作ることを命じられ難を逃れました。この母親がとんでもないモンスターキャラ。😖 折檻が趣味で翠苓を苛め抜き、夫の隣室で男娼に耽る彼女が望むのは不老です。でもその容貌は既に衰えているんですけどね。

響迂が猫猫を逃がそうとして見張りに見つかり、それを庇った翠苓が神美に水牢に入れられそうになって、思わず「クソババア」と言ってしまった猫猫は神美の怒りを買い蠆盆 の罰を受けることになります。でも彼女にとってはむしろ嬉しいプレゼントなわけ。子翠から貰った笄を錐に壬氏から貰った簪を小刀代わりに毒蛇を殺した上で悠々と蛇を焙って頬張る猫猫。この処刑を母に提案したのは猫猫のことを良く知っている楼蘭です。また翠苓の蛇嫌いは以前この罰を受けたからなのでした。普通の神経では耐えられないよな~~😓 

一方、後宮から姿を消した猫猫を探す壬氏たちは、子昌が反乱を企んでいる証拠を握ります。愛娘を攫われ怒り狂った羅漢に罵倒される壬氏。養子の羅半の機転で呼ばれた羅門のとりなしで事なきを得ますが、羅漢は壬氏に立場をはっきりさせるよう迫ります。ここで遂に壬氏が皇弟であることが明かされます。

禁軍の指揮をとる壬氏。軍師の羅漢の奇襲作戦で砦は陥落します。羅漢自身は馬車から飛び降りた際にぎっくり腰になって途中退場ですが(^^;

反乱の無謀さは誰の目にも明らかです。楼蘭はその結末を危惧し、地下の火薬製造工場で働く者たちを逃がし火薬に火を点けます。翠苓に頼まれた見張りによって牢から助け出された猫猫が楼蘭と再会します。彼女に連れて行かれた部屋には毒を飲まされた5人の子供たちがいました。反逆者は一族郎党女子供も処刑台が待っています。
楼蘭は猫猫に子供たちを「託し」ます。(この意味はもう少し後になってわかるの。)
猫猫は壬氏に貰った簪を楼蘭に渡し「いつか返して。それ貰いものだから」と。彼女なりの願掛けですね。

禁軍の奇襲(雪崩を起こした)と火薬の爆発音に驚いた子昌ですが、外の様子を見るためには妻の部屋を通らなければならず・・・ここで彼の妻への思いが吐露され、腹黒狸キャラの彼の意外な素顔が明かされます。
そこに現れた楼蘭は母に毅然とした態度を示し、棚に縛られ閉じ込められていた翠苓を助け出し、父には責任を持つよう促します。

覚悟を決めた子昌は、最期まで悪役を演じきって息絶えます。
楼蘭によって神美と引き合わされた壬氏 。楼蘭は神美の知らなかった真実を語ります。
かつて神美の父が禁止されていた奴隷交易で女帝に目をつけられ、娘の神美が人質として後宮に入れられたのです。子昌は婚約者を取り戻そうと、奴隷交易に代わる事業として後宮拡大を提言しました。後宮に抜け穴を作って神美を逃がそうとすらしましたが、想いは最後まで届かなかったのです。先帝から侍女との間に設けた娘を娶るよう頼まれ断れなかった子昌でしたが、神美の方は自分が後宮にいる間に妻子をもうけていた子昌を恨み憎悪し、翠苓とその母を虐め抜いてきたのですね。

楼蘭の挑発にキレた神美は飛発の暴発で命を落とします。これも楼蘭が仕組んだことでした。モンスターな母親ですが、それでも彼女なりに母を愛してはいたのですね。

楼蘭は壬氏 に重要な情報と引き換えに二つ頼み事をします。
一度死んだ者は見逃すことを了承した壬氏は二つめも甘んじて受けるのです。それは母が憎んでいたその美しい顔を傷つけることでした。
皇弟・壬氏を傷つけたことで撃たれた楼蘭は砦の屋上から落ちていきます。

馬車の中、死んだ子供たちと共に眠る猫猫を訪ねた壬氏。その傷を見た猫猫との会話で抑えきれなくなった彼が迫ろうとした時、物音が!子供たちが飲まされたのは甦りの薬だったのね。猫猫が攫われた理由はこのためだったのです。そして一度「死んだ」子供たち(翠苓も)は見逃すと壬氏は約束しています。全ては楼蘭が仕組んでいたわけで、その聡明さ凄すぎ!

その後、玉葉妃 が無事皇子を出産したことでお役御免となった猫猫は花街に戻り、薬の後遺症で記憶を亡くした響迂(趙迂 と名を変えています)と緑青館 で暮らしています。他の子供たちと翠苓は、阿多が引き取って南の離宮で匿われています。
子の一族は処刑されましたが楼蘭の遺体は見つかっていません。

花街にやってきた壬氏は、猫猫に約束の履行を迫ります。簪の行方に呆れながらも納得してしまうの彼が可愛いぞ。結局彼は猫猫の首に噛みつくのですが、それってディープキスの変形かい!もっといい雰囲気になりそうなところで趙迂に邪魔されるのは今後もお約束になりそうな…扉の隙間から覗いている遣り手婆と高順も面白すぎ😁 
それでも猫猫の膝枕はGETした壬氏様なのでした💛

終話では都から遠く離れた港町 での露天商と娘の会話が登場します。
玉藻と名乗る娘が交換を持ち掛けた簪には穿ったような跡が。これってあの簪ですよね!やっぱり生きていたんだ~楼蘭。彼女は海の向こうに興味があるようで、また違った舞台で再登場するのかな。そして簪は巡り巡って再び猫猫の元に戻るんだろうな。😀

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慈雨

2024年05月02日 | 
柚月 裕子 (著) 集英社文庫

警察官を定年退職し、妻と共に四国遍路の旅に出た神場。旅先で知った少女誘拐事件は、16年前に自らが捜査にあたった事件に酷似していた。手掛かりのない捜査状況に悩む後輩に協力しながら、神場の胸には過去の事件への悔恨があった。場所を隔て、時を経て、世代をまたぎ、織り成される物語。事件の真相、そして明らかになる事実とは。安易なジャンル分けを許さない、芳醇たる味わいのミステリー。


警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子と四国巡礼の旅に出ます。それは彼の贖罪の旅であることが徐々にわかってきます。
初めは一人で行くつもりでしたが、同行したいという妻への長年の苦労に報いたい思いもあって一緒に行くことにしたのです。飼い犬の老犬マーサの世話は同居の娘・幸知が面倒を見てくれ、二か月以上の長旅が始まります。

神場は16年前に解決済みとされた『純子ちゃん殺害事件』で口外できない苦悩を抱えていました。

旅に出て早々、愛里菜ちゃん殺害事件が起こります。犯人は小児性愛者と考えられ、現場近くで白の軽ワゴン車が目撃された点など16年前と酷似していることに胸が騒ぐ神場は思わず後輩刑事の緒方に捜査状況を尋ねます。
緒方にとって神場は今も尊敬する刑事で、かつ恋人の幸知の父親でもあります。捜査が難航するなか、緒方は神場に助言を求めてきます。
神場は緒方が立派な男だと認める一方、娘が刑事の妻になって辛い思いをすることを考えると交際を認めることができずにいました。

以後、神場と緒方はそれぞれ別々の場所で二つの事件に向き合っていくことになります。

二つの事件が同一犯による可能性に気付いた神場。純子ちゃん殺害事件で逮捕した犯人が冤罪だったのではないかと疑念を抱き続けてきた彼にとって、
愛里菜ちゃん殺害の犯人を追うことは、警察の不祥事を暴くことになり、刑事を引退した彼にとっても他人事では済みません。同時に妻子にも迷惑をかけることになります。強い葛藤を抱きながら巡礼の旅を続ける夫に香代子は不安を覚えながらも敢えて問うことはせずについていきます。

旅の途中途中で、夫婦の過去や関わった事件のエピソードも登場します。
幸知が夫婦の実子でないことは名前の「幸」という字から察知できました。
夫婦が三度出会う遍路の男性の過去は哀しかった。温かくもてなしてくれた老婆の壮絶な過去の話も・・・不躾と承知していながら敢えて問う神場への返答が彼の背中を押します。

刑事として一生を全うする覚悟で、このまま真実から目を背けては人間として失格だと心を決めた神場は同じ後悔を抱える鷲尾捜査一課長に話し、共に被害者や遺族の無念を晴らそうとします。立場上表立っては動けない鷲尾は神場の推薦のもと、緒方を秘密裡の捜査に引き入れます。

権力の失墜を恐れた上層部から再調査を禁じられ抗えなかった神場と鷲尾の後悔を知った緒方は、恋人の父親を追い込むことになるかもしれない捜査に苦悩しながらも刑事を続けていく覚悟を神場に伝えます。
神場は緒方に娘が実子でないことを告白しますが、緒方から幸知は既にそのことを知っていると聞かされ驚きます。夫婦は幸知が苦しむのではないかと考えずっと伏せてきたのです。全て自分の杞憂だったと知った神場は緒方に娘との交際を許します。

旅が終わりに近づいた頃、喫茶店で目にした男の子の行動にヒントを得た神場はすぐに緒方と鷲尾に連絡します。これがきっかけとなり執念の捜査が実り愛里菜ちゃん殺しの犯人が逮捕されます。それは即ち純子ちゃん事件の犯人であることも示唆されますが、結末では触れられていませんでした。
全てを捨ててでも刑事として生きることを決めた三人の執念の物語でもあります。

人間には八十八の煩悩があり、四国霊場を八十八ヶ所巡ることで煩悩が消え、願いが叶うとされる巡礼の旅の様子はちょっとしたガイドブックのよう。
妻と共に辛い道のりを歩き、人の温かい心に触れるうちに神場の中の迷いも消えていきます。
上意下達の警察組織の中で声を封殺された神場と鷲尾の苦悩は自分たちの正義の挫折でもあります。二人が悪夢にうなされるのはその後悔から来ているのですね。冤罪となれば彼は全財産を被害者遺族と犯人として服役している男に渡すと決めていますが、この点に関してはそこまでする必要があるのかとの思いもあります。そもそも犯人とされた男には多数の性犯罪の余罪があり、同情できないということもあるので。ただ、冤罪はやはり許されることではないことも承知しています。十数年前ということでDNA鑑定の不確かさという要素も含まれていてなかなか難しい問題でもありました。

神場は旅を通して妻への感謝を改めて感じることになります。刑事の妻として夫を支え続けた香代子の大らかさや人に対する捉え方が神場の心の支えとなっていたことに彼は気付くのです。刑事の娘である幸知の緒方に対しての心遣いも母譲りと言えるでしょう。

表題の「慈雨」は結願寺の手前で降ってきたお天気雨。まさにラストに登場するそれは、物語の締めくくりに相応しい優しく降り注ぐ慈しみの雨なのでした。


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夫妻集

2024年04月12日 | 
小野寺 史宜 (著) 

娘が婚約者を連れてきた。他人の分の寿司も遠慮なく口にする、だらしのない男。娘が選んだ人ならば。自分は、心が広く先進的な父親。そう思っていたはずなのに。神保町にある出版社、景談社で働く佐原滝郎は、娘の結婚に心が揺らぐ。「娘が結婚すべきではない」と感じた婚約者は、意外にも滝郎の妻には好印象。妻もあの婚約者のことは気に入らないと思っていたのに、一体なぜ?
積み重ねてきた夫婦生活の中で初めて見えた、自分と妻の間にあるひずみ。もしかして、妻と自分はーー。
社内の三組の夫婦の姿を見ていくうちに、滝郎はある決意を固める。(アマゾン内容紹介より)


4組の夫婦が登場します。

佐原夫妻
娘の彼氏と対面した時の佐原氏の反応は父親としてはごく普通だと思います。
彼が会社で人事部長をしていることを抜きにしても、遅刻して悪びれることもなく、芸人と役者両方の道を目指しているユーチューバーとあっては経済的な不安も感じさせられます。自分が彼の立場だったらやはり受け入れ難く思うだろうな。😔 
でも妻の和香は彼が気に入った様子。どうして??滝郎は混乱し妻との間に初めて溝を感じます。

足立夫妻。
結婚2週間で妻の結麻が転勤となり、東京と名古屋の別居生活になります。思わず結麻に退職を提案した道哉には、無意識にではありますが自分の方が稼ぎも会社の知名度も上という気持ちがありました。それを察した妻との間に微妙な空気が流れます。彼の勤め先の景談社(講談社だよな~😁 )は確かに大手出版社だもんな。互いに熟考し、こどもを作るかどうかも含めての将来に対する明確なビジョンを持つことで二人はこの別居生活を受け入れるんですね。前向きな若夫婦という印象です。

船戸夫妻
編集部で働く美奈は、8歳年下の幹人と再婚します。バツイチ・年上を気にすることなく連れ子の太志を本当の自分の子のように可愛がってくれる姿に惹かれたのですが、結婚してみると気になることも出てきます。
偶然会った元カノに誘われもんじゃ焼きを食べに行ったことを屈託なく話したり、体調の悪い太志をひとり残してバンドの練習に出かけてしまったり・・美奈の気持ちや息子の体調急変の可能性を考えない浅はかさ・・・根は優しくていい人だけど、まだ大人になりきれていない夫。それでも二人でならカバーしながらやっていけると思う美奈でした。8歳の年の差は大きいな~😓 

江沢夫妻
夫の厚久から植木職人になるため会社を辞めて沖縄で造園業を営む学生時代の先輩の下へ行く。だから離婚したいと突然言われた梓乃。驚き非難し翻意を促しますが、彼の決意は変わりません。そもそもどうして離婚?と思ったら、修業中は無給で夫としての責任を果たすことができないかららしい。😩 
梓乃は仕事(出版社勤務)にやりがいを感じていて、収入も安定しているので一緒に沖縄に行くという考えはありません。東京で生まれ育った自分が沖縄で暮らすという選択肢もありません。話し合いの末離婚が決まりますが、子供たち(中3の亮吾と小6の理子)に話すと二人とも(3年間だけ)沖縄に行くと言い出します。両親の離婚を冷静に受け止め、新しい環境を自ら選択する子供たちに寂しさと誇らしさを感じる梓乃・・・って、住む家は先輩の持つ空家をタダで借りられるとしても生活費その他もろもろ大丈夫なのか?
ぽっかり空いた自分時間を前向きにとらえた梓乃は、幹人のバンドで高校時代にやっていたベースを始めるのです。

美奈が担当する作家の小倉琴恵 が各章に登場し、出版社で働く男女との関わりが次第にわかってきます。

滝郎は、同じ部で働いたことのある美奈や梓乃、彼が面接をした道哉との会話や、昔彼が面接で落とした小倉琴恵と彼女の作品の参考のための面談を通して、自分たち夫婦の関係や娘の婚約者に対する見方を考え直します。3組それぞれの夫婦の前向きな考え方に感化されてもいるのかな。

断章では、『夫妻集』を執筆する小倉琴恵自身のことが書かれます。
かつて不倫相手の妻とサシで飲んで意気投合したことのある彼女は再び連絡してきた男をきっぱり退けます。五音でという表現がなんかイイ!✌
彼女の視点を通して出版社の内部事情が示され、人事部長である佐原の就活生への評価の基準など、なかなか興味深い話を知ることができました。物語はフィクションだけど、ほぼリアルなんじゃなかろうか😁 



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花水木: 東京湾臨海署安積班

2024年04月08日 | 
今野敏(著) ハルキ文庫

五月も終わりかけた東京湾臨海署に喧嘩の被害届が出された。ささいな喧嘩でなぜ、被害届が?疑問を抱く安積班の須田は、事件に不審な臭いを感じ取る。だが、その頃、臨海署管内に殺人事件が発生。殺された被害者からは複数に暴行を受けたらしい痕跡が…。殺人事件の捜査に乗り出す安積たちだったが、須田は、傷害事件を追い続けることに―。それぞれの事件の意外な真相とは!?(「花水木」より)五編を収録した新ベイエリア分署・安積班シリーズ、待望の文庫化。(内容説明より)


この文庫本が出版されたのは2009年(単行本は2007年)ということで、まだお台場が開発途上の頃の話なんですね。TVドラマで佐々木蔵之介が安積を演じた「ハンチョウ」を何作か観た記憶があるのですが、原作を読んだのは初めてかも。

お台場に新設された東京湾臨海署(通称ベイエリア分署)を舞台に安積警部補と部下たちが活躍する警察小説になっています。

安積警部補は刑事課強行犯係係長で、別れた妻との間に娘が一人います。
彼の部下は4人登場します。

須田部長刑事は小太りで動作も緩慢でおよそ刑事らしくない容貌ですが、頭の回転は速く、独特の視点を持つそのひらめきが事件解決に一役買っていて、安積のひそかなお気に入り。

村雨部長刑事は真面目で規律正しい最も刑事らしい刑事なのですが、須田と正反対に黙々と仕事をこなす優等生タイプのため、安積は性格的にソリが合わないと思っています。

黒木巡査は須田の相棒で、精悍な体つきをしていて寡黙な性格です。二人の相性は良くて互いに信頼しています。

一番若い桜井巡査は村雨と組んでいて、その関係はまさに上司と部下に見えますが、案外本人たちは気が合っているようです。

安積の親友?悪友?の速水警部補は、本庁直属の交通機動隊小隊長で部下たちからヘッドと呼ばれ慕われています。

安積は率先して陣頭指揮するタイプではなく、部下に任せながら要所では自分が判断する感じかな。2組の部下たちそれぞれを信頼しているからこそで良いチーム(班)になっています。😀 事件の度に速水がタイミングよく登場し安積に絡んでくるのも楽しい。

本作は5つの小編から成っていますが、特に推理力は必要なく軽く読める感じでした😁  

・花水木
一見関連の無さそうな喧嘩事件と殺人事件でしたが、須田が「ハナミズキの匂い」という被害者の言葉に感じた違和感がきっかけとなり結びつきます。殺人を隠すためにもう一つの「事件」でアリバイ作りをしようとしたのね。

・入梅
コンビニ強盗事件が発生して捜査にあたる中、須田と村雨がそれぞれ感じた引っかかりを元に犯人確保に乗り出す安積班。
上司から村雨に昇進試験の打診を依頼された安積が何とかタイミングを掴んで切り出すのですが、あっさり断られます。それは今の安積班を気に入っているということなんですよね。

・薔薇の色
馴染みのバーに揃った安積・村雨・須田と速水。一同が揃うなんてめったにない。そこで速水が店内に飾られている一輪挿しの薔薇の色の意味を知っているかと3人に問います。須田と村雨が推理を披露しますがそれぞれの個性が出ていて面白い。〆はもちろん安積で見事に解いたご褒美はもちろん貴重なウィスキー😋 

・月齢
蒸し暑いフルムーンのお台場で次々起こる事件に駆り出される安積班。刑事事件にはならず地域課に後始末を頼んだまでは良かったが、今度は「狼男」出現の情報に署全体が振り回されることに。須田の冷静な推理を信じた安積の判断で騒動は沈静します。まさに満月は人の感性を狂わす魔力がある?

・聖夜
日曜のクリスマスイブに傷害事件が発生。加害者は逃走し緊配がかかりますが、被害者までも病院からいなくなり双方を探すはめに。病院着の上にシーツを被った被害者は長髪で髭の容貌もあってキリスト降臨のような効果を安積班にもたらします。
事件解決の後、安積は元妻と娘と久しぶりに食事をすることになるようで・・。


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