杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ナイル殺人事件

2022年02月28日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2022年2月25日公開 アメリカ 127分 G

エジプトのナイル川をめぐる豪華客船の中で、美しき大富豪の娘リネット(ガル・ギャドット)が何者かに殺害される事件が発生。容疑者は彼女の結婚を祝うために集まった乗客全員だった。名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)は“灰色の脳細胞”を働かせて事件の真相に迫っていくが、この事件がこれまで数々の難事件を解決してきたポアロの人生をも大きく変えることになる。(映画.comより)

 

ミステリーの女王アガサ・クリスティの名作「ナイルに死す」を、「オリエント急行殺人事件」に続きケネス・ブラナーの監督・製作・主演で映画化しています。
冒頭に登場する戦場で、若きポアロが上官に進言し、窮地を切り抜けるのですが、直後爆発に巻き込まれて負傷します。見舞いに訪れた恋人に傷ついた顔を見せて彼女を拒絶するポアロに「気にしない。髭を生やせば良い」と言われます。
あれ?ポワロは独身だよな~と思っていると、中盤でその理由がポワロ自身の口から語られるの。
この物語は狂おしいほどの愛がキーポイントになっていて、ポワロ自身、亡き恋人への想いを引きずっているのですね。
 
リネットとサイモン(アーミー・ハマー)の結婚を祝って集まったメンバーの誰もが秘密を抱えています。それはポアロも同様で、偶然を装ってメンバーに加わっているんですね。
リネットを殺した犯人の思惑を推理する中で、乗客たちの秘密が次々明るみに出されます。
 
ジャクリーン(エマ・マッキー )はサイモンに棄てられた元婚約者で、未練がましく夫妻の行く先々に現れ二人を苦しめます。
サロメ・オッタボーン(ソフィー・オコネドー)はブルース歌手で、姪のロザリー(レティ―シャ・ライト)はポアロの友人ブーク(トム・ベイトマン)と愛し合っていますが、ブークの母のユーフェミア(アネット・ベニング)は大反対しています。
リネットの使用人のルイーズ(ローズ・レスリー)はリネットの反対で婚約が破談になった過去があります。
アンドリュー(アリ・ファザル)はリネットのいとこで彼女の財産管理人ですが、裏で横領していました。
医師のウィンドルシャム(ラッセル・ブランド)はリネットの元カレでした。
マリー・ヴァン・スカイラー(ジェニファー・ソーンダース)は社会主義者でリネットの名付け親です。看護師のミセス・バワーズ(ドーン・フレンチ)はリネットの父親のせいで破産させられた過去があります。実は二人の関係は単なる使用人以上の親密なものでした。
 
それぞれに動機があるのは「オリエント急行殺人事件」と似ていますが、こちらは深い憎しみとは少し違った様相があります。
リネットの部屋から無くなった高価な宝石は、後にユーフェミアの部屋から見つかりますが、それを盗んだのはブークで、その動機はロザリーとの愛と自由を得るための金欲しさだったという 彼はルイーズを殺した犯人を知っていましたが、宝石を盗んだことがばれるとロザリーとの将来が閉ざされると思い口をつぐんでいたのです。結局その報いを受け犯人に殺されてしまうのですが さらにルイーズが殺された理由も犯人を脅迫したからなんですね。
 
リネットの死をきっかけに、ルイーズが、そしてブークまでもが殺され、残った乗客の誰もが疑心暗鬼になる中、ポワロの灰色の頭脳がフル回転して真相を導き出すのですが、更に死人が出る結末となります。 
犯人がわかってしまえば、確かに冒頭の酒場に登場する人物たちの表情から読み取れるわけで、至極単純明快な事件でもありました。
実は、1978年の映画も鑑賞しているのですが、犯人をすっかり忘れていたので、逆に犯人捜しも楽しめました。 (ちなみに1978年版とは人物設定も多少異なっています。)

舞台がナイル川を巡る極上《ミステリー・クルーズ》ですから、観光案内よろしく名所をスクリーンで堪能できたのも良かったです。


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クリスマス・ ウォーズ

2022年02月27日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年10月1日公開 イギリス、カナダ、アメリカ 100分 PG12

クリス・クリングル(メル・ギブソン)と妻のルース(マリアンヌ・ジャン=バプティスト)は、何百年もの間、雪深いアラスカの森の奥深くに身を潜めてきた。実はクリスはサンタクロースなのだ。しかし、近年は彼の存在を信じない子どもの増加に伴って政府からの報酬が削減され、彼が営むおもちゃ工場と従業員は深刻な財政危機に陥っていた。ある日、彼は危機を脱するため、米国陸軍から依頼された兵器の製造を受託することに。一方、クリスマスの朝、欲しいものはすべて手に入れてきた裕福な12 歳の少年ビリー( チャンス・ハーストフィールド)は、クリスマスのプレゼントへの期待を胸に目を覚ます。ところが彼に贈られたのはひとかけらの石炭だった。怒りが頂点に達し、復讐を誓ったビリーは凄腕の暗殺者ジョナサン・ミラー(ウォルトン・ゴギンズ)へサンタクロース抹殺を依頼する。果たしてクリスは愛する仕事とクリスマスを守り切ることはできるのか!?サンタクロースと米国陸軍、そして最凶の暗殺者による三つ巴の血で血を洗う死闘が幕を開ける――。(公式HPより)

 

武闘派サンタクロースが暗殺者と死闘を繰り広げる奇想天外なストーリーですが、少なくともファミリー向けでないことは確か。なのに、結末の緩さは何だ!中途半端過ぎて逆に笑えるかも。

サンタクロースを信じる「良い子」が激減し、贈り物の届け先が減少して資金難とか、サンタが実はアメリカ政府と成功報酬条件で契約しているとか、設定そのものに夢の欠片もない。しかも救済条件が陸軍の兵器製造なんだから・・ エルフたちの仕事ぶりは真面目で勤勉で互いを番号で呼ぶなど効率を重視しています。彼らの食事は炭水化物に偏り、睡眠時間も極端に短いシフト制で、ジェイコブス大尉( ロバート・ボックスタール)がもっと健康に気を使えと忠告するほど。軍隊より過酷な気が 

一方、優等生然としたビリーは、父親に顧みられないで放置されている寂しさには共感の余地があるものの、性根が腐っています。自分の立ち位置を脅かされると相手に脅しをかけたり(殺せと命じない点だけは評価するけど)、祖母(デボラ・グローバー)の筆跡を真似て大金をかすめ取ったり(それが暗殺者を雇う資金になってる)、それがばれそうになると祖母を殺そうとしたりと、大人顔負けの悪人ぶりです。

当然悪い子には希望の贈り物が届けられる筈もなく、クリスが贈ったのは「石炭」。一方ミラーも子供の頃に貰った贈りものに不満を持ちながら大人になり、サンタを憎んでいたので、ビリーの「サンタを殺して」という依頼を喜んで受けます。

世界中の子供たちから届く手紙の宛先を追って、ノースピークに辿り着いたミラーは、郵便局を張り込んでクリスを尾行。農場にある施設には陸軍の兵士が大勢詰めているのに、たった一人で全員殺しちゃうなんぞはありえない強さというか、兵士弱すぎ

エルフ7(エリック・ウルフ)から通報を受けミラーと対決したクリスですが、隠し持っていた刃に倒れたところを銃で撃たれます。サンタが死んだ?いやいや、サンタは不死身な設定だね。ミラーはルースに射殺され、依頼主を辿ってビリーを訪ねたクリスは、彼に十分な脅しをかけます。それでびびるタマかよ!とも思うけどね 

一件落着し、クリスとルース、エルフの仲間たちは、自分たちの仕事に誇りと自信を取り戻して工房の再建に取り掛かりましたとさ

めでたしめでたし・・・なのか??陸軍一個隊全滅させられて政府が黙っているのか?? 


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シラノ

2022年02月25日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2022年2月25日公開 イギリス=アメリカ 124分 PG12

17世紀のフランス。剣の腕前だけでなく、すぐれた詩を書く才能を持つフランス軍きっての騎士シラノ(ピーター・ディンクレイジ)は、自身の外見に自信が持てず、思いを寄せるロクサーヌ(ヘイリー・ベネット)にその気持ちを告げることができずにいた。そんな彼の思いを知らないロクサーヌは、シラノと同じ隊のクリスチャン(ケルビン・ハリソン・Jr.)に惹かれ、シラノは2人の恋の仲立ちをすることに。愛する人の願いをかなえるため、シラノはクリスチャンに代わって、自身の思いを込めたラブレターをロクサーヌに書くことになるのだが……。(映画.comより)

 

「シラノ・ド・ベルジュラック」をジョー・ライト監督が再構築して描いたロマンティックミュージカル作品。シラノ役を「ゲーム・オブ・スローンズ」のピーター・ディンクレイジが演じると知り絶対観ようと決めて初日初回に行きました。でも観客は自分を含めて2人で寂しかった。内容的にも満足の出来なので沢山の人に観てもらいたいなぁ。

映画の中に登場する劇中でのダンスや、シラノの隊の隊員たちが剣の稽古をする様をダンスで表現していたり、演出が斬新で良かったです。

自分の外見にコンプレックスを持つシラノが、もしかしたら告白されるのかもという期待を抱いてロクサーヌに会う場面で、彼女から予想もしていなかった告白を受けて表情が固まるシーンや、口下手なクリスチャンに変わってロクサーヌと愛の言葉を交わすうちに迸る感情を吐露するシーンなど、名場面での演技が胸に迫ってきます。

映画は舞台劇のストーリーを大きく変更することなく進んでいきます。もちろんシラノの容姿に関しては異なりますが

ブルゴーニュ座の芝居の冒頭で乱入してきたシラノが主演俳優を罵倒し芝居をぶち壊し、怒った貴族から決闘を申し込まれると即興の詩を口にしながら倒します。彼の行動は密かに恋焦がれるロクサーヌの気を引くためだと友人に言い当てられ狼狽するシラノでしたが、帰り道で彼を快く思っていないド・ギーシュ伯爵(ベン・メンデルソーン)の配下に襲われこれを撃退します。決闘もそうですが、一人で10人相手にしても勝てる腕前を持つことがこのエピソードで示されます。

ロクサーヌに呼び出されたシラノは料理店の一室でもしや告白ではと胸を高鳴らせて臨みますが、彼女からシラノの隊に新しく入った美男のクリスチャンに恋していると打ち明けられ、彼を守って欲しい、彼からの手紙が欲しいと頼まれます。胸が張り裂けそうな悲しみを抱きながらも、シラノは二人の恋の仲立ちをすることに。クリスチャンに自分がロクサーヌに宛てて書いた恋文を渡し、彼が書いたものとしてロクサーヌに送るよう指示し、三人の奇妙な関係が始まります。

恋に浮かれたクリスチャンは、シラノ抜きでロクサーヌと会いますが、気の利いた言葉一つ掛けられず、幻滅されてしまいます。焦ったクリスチャンはシラノに助けを求めます。バルコニーに立つロクサーヌに向かって、クリスチャンに言うべき言葉をささやいて教えるシラノでしたが、感情の高まりを抑えきれず身を隠しながら自らの声で美しい修辞に彩られた愛の言葉を告げます。それがクリスチャンだと疑わないロクサーヌは彼の言葉に陶酔しクリスチャンに接吻を許します。シラノの胸中はいかばかりか…想像するだに胸が痛みました。

ド・ギーシュ伯爵が、シラノの隊を戦場へ送ると知ったロクサーヌは一計を案じます。シラノを戦場に出さないことが彼を辱めることになると説得するのです。それはとりもなおさずクリスチャンを戦場に行かせないためです。しかし、ロクサーヌへの劣情を抑えられなくなった伯爵が司祭を差し向け結婚を強要してきます。ロクサーヌはその裏をかいてクリスチャンと結婚するのですが、それを知った伯爵は激怒し、シラノたちを戦場に送ります。

アラスの戦場でも、シラノはロクサーヌへ恋文を毎日送ります。やがて、先発隊として名誉の戦死をしなければならない状況となった時、クリスチャンはシラノの秘めた想いと、ロクサーヌが愛したのは彼の綴る言葉でありシラノ自身なのだと気付きます。絶望したクリスチャンは前線に飛び出て戦死。シラノも傷を負います。

戦争が終わり三年後。修道院でひっそりと暮らす未亡人となったロクサーヌのもとを、シラノは土曜日ごとに訪問してその週の出来事を報告していました。ある土曜日、いつものようにロクサーヌを訪れたシラノ(その前に部屋で血を流す場面と道で倒れる場面が出てきますが、直接的な表現がないため、何故?という疑問が残りました)は、クリスチャンからの最後の手紙を見せて欲しいと言います。途中から眼鏡を外しスラスラ読み上げる姿に、ロクサーヌはその手紙を書いたのは誰か、かつて自分がバルコニーの上から聞いた声は誰かをはっきりと悟ります。ロクサーヌの腕のなかで息をひきとる間際、シラノが口にした「誇り」という言葉に全てが集約されているように感じました。

彼は確かに容姿を気にしてロクサーヌに告白することができませんでしたが、それは拒絶されることで自分の存在自体を否定されるという屈辱に耐えられなかったからでもあるのです。それほどにシラノのプライドが高いということでもあります。

クリスチャンのロクサーヌへの想いは本物でも、彼女自身は彼の外見を愛していたわけで、内面だと信じていた愛の言葉は全てシラノの想いです。それに気づいた時のクリスチャンの絶望をシラノは考えることができなかったし、それができるくらいなら、初めからこの茶番を引き受けなかったでしょう。また外見に惹かれたロクサーヌ自身にも落ち度はあるにせよ、彼女が愛したのは機知とウィットに富んだ言葉を持つ人だったのですから、愛すべき人をまっすぐ愛せた筈です。そう考えると、シラノのプライドこそが3人の運命を狂わせた元凶ともいえるのかも。

子供の頃に読んだ時には思いもしなかった三人の心情を、本作で改めて振り返ることが出来た気がします。


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リアム16歳、はじめての学校

2022年02月21日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2019年4月27日公開 カナダ 86分 PG12

シングルマザーのクレア(ジュディ・グリア)と仲良く暮らしてきた16歳のリアム(ダニエル・ドヘニー)。有名大学に入ってホーキング博士のような天文学者になることを夢見るリアムは、小さい頃から学校には行かず、毎日クレアから英才教育を受けていた。勉強が終わると自宅の壁を相手に一人でサッカー、一緒に遊ぶ友達はいない。クレアが唯一の親友なのだ。でも最近、リアムは友達がいないことに寂しさを感じるようになっていた。ある日、高卒認定試験を受けるためにはじめて足を踏み入れた公立高校で、リアムは人生ではじめて恋に落ちる。一目惚れした義足の美少女アナスタシア(シオバーン・ウィリアムズ)に近づくためわざと試験に落ち、リアムは高校に通学することを決意するが…。(公式HPより)

 

カナダ製の学園コメディのジャンルらしいですが、母子の結びつきの異常なほどの強さに引いてしまいました。

クレアは公立高校に通っていた時に妊娠しリアムを生んだようです。公立校は悪という意識を持ち、リアムを自宅教育で育てた設定ですが、シングルマザーの彼女の生計や、教育能力はどこから?という疑問が浮かびます。おばあちゃん(マキシン・ミラー)と暮らしている家にもリアム以外の男性はいないようだし・・・。

リアムが16歳までクレアとべったりの生活ができたのは刷り込み効果でしょうか?天文学に関心を持つ彼は、大学で学ぶために高卒認定試験を受けることになります。さすがに大学教育までは自宅でできないのね。この時点でクレアはリアムと一緒に大学へ行こうと思っているのがわかり、さらにどん引き

本来なら余裕で試験に合格する能力を持つリアムなのですが、アナスタシアに近づくためにわざと試験に落ち高校に通おうとします。ケリー校長(アンドリュー・マックニー)の対応が実にいい加減。現実にこんな設定あり得ないと思うのだけど、マリア・サンチェス(エヴァ・デイ)という生徒が病欠になっているので、彼女の代わりに通学することになります。

期待と不安を抱きながら学園生活を始めたリアム。最初にウェス(アレックス・バリマ)に声をかけられ、トイレでBDC(アンドリュー・ヘール)に意地悪されますが、授業ではアナスタシアと一緒のクラスになります。今まで同世代と交流したことが殆どないリアム(クレアのママ友の娘オータム(アンドレア・バン)くらい?)は学校生活への適応に苦労しながらも、何とかアナスタシアと親しくなろうと密かな努力を続けますが、彼女はいつのまにかBDCと交際していて・・。思うようにいかないのも青春あるあるですね。ちなみに彼女の義足は癌によるものでした。

一方のクレアも息子の変化に戸惑いながらハラハラして見守ることになります。通学の送り迎えだけでなく、昼食までおばあちゃん同乗で一緒に食べるのもびっくりですが、ダンスパーティにまでついてきたり、マリファナを勧めて一緒に吸ったり、果てはコンドームの使い方まで練習させるとかぶっ飛び過ぎでしょ!!いや、カナダの親子関係ってこんな風にあけすけなの?? このあたりのやり取りがPG12に引っかかるのね。

マリアが病死したというニュースが流れ、学校ではリアム自身として認知されるようになります。アナスタシアとも会話できるようになったリアムは遂にキスまで漕ぎつけます。でも友達としてなんだけどね。ところが、マリア自身が現れた(交換留学していたのに校長が忘れていたという・・公立校への悪意ある偏見が露骨に出ているぞ)ことで、リアムの席が無くなり、改めて高卒認定試験を受けて、当然のことながら合格し大学へ進学します。もちろんクレアは抜きでね この校長ってばクレアに猛アタックして最後はデートに漕ぎつけてるしなぁ~~彼の存在がクレアの子離れにも影響しているようですね。

日本人の感覚とは少し・・いえ、かなり違いますが、親離れ・子離れの話でもあったというわけですね


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トスカーナの幸せレシピ

2022年02月20日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2019年10月11日公開 イタリア 92分 G

海外の超一流店で料理の腕を磨き、開業したレストランも成功させた人気シェフのアルトゥーロ(ヴィニーチョ・マルキオーニ)。しかし、共同経営者に店の権利を奪われたことで暴力事件を起こし、順風満帆だった人生から転落。地位も名誉も信頼も失った彼は、社会奉仕活動を命じられ、自立支援施設「サン・ドナート園」でアスペルガー症候群の若者たちに料理を教えることになった。 無邪気な生徒たちと、少々荒っぽい気質の料理人の間には、初日からギクシャクした空気が流れる。だがそんな生徒のなかに、ほんの少し味見をしただけで食材やスパイスを完璧に言い当てられる「絶対味覚」を持つ天才青年グイド(ルイジ・フェデーレ)がいた。祖父母に育てられたグイドが料理人として自立できれば、家族も安心するだろうと考えた施設で働く自立支援者のアンナ(ヴァレリア・ソラリーノ)の後押しもあり、グイドは「若手料理人コンテスト」へ出場することになった。アルトゥーロを運転手にして、グイドは祖父母のオンボロ自動車に乗り込み、コンテストが開催されるトスカーナまでの奇妙な二人旅が始まる。
「コンテストで優勝すれば、賞金がもらえて、車を買えて、恋人ができる!」とハイテンションなグイドに対し、運転を任されたアルトゥーロは道中ずっと同じ曲をエンドレスで聴かされたり、ホテルの部屋は殺虫剤の臭いがキツいからと車中泊を強いられたり、天真爛漫だがこだわりの強いグイドのペースにすっかり巻き込まれてしまうのだった...。
道中トラブルに見舞われながらも何とかトスカーナに到着し、多くの人々が注目するなか、いよいよ3日間にわたる料理バトルがスタート。一次予選はグイドお得意の「試食による材料当て」。二次予選は「課題料理の調理」。これらを勝ち抜いた2名だけが決勝戦に臨むことができるのだ。才能のすべてをかけた大一番に挑むグイドだったが、ちょうど時を同じくしてアルトゥーロ自身にも再起をかけた大きな仕事が舞い込み、コンテストの途中で帰らざるをえない事態に陥る。今や師弟関係以上の絆で結ばれたアルトゥーロとグイド。果たして二人の“夢”は叶えることができるのか......。(公式HPより)
 
 
〝グルメ界の神〟になりそこねた不器用で怒りっぽい性格の中年男と〝神の舌を持つ天才〟でありながら、恋愛に不慣れなピュアな青年が、料理を通じて心を通わせていくバディものであり、トスカーナを目指す旅はさながらロードムービーでもあるハートウォーミング作品です。
 

アルトゥーロは短気で喧嘩早い性格が災いして成功を逃した“三流店には腕が立ちすぎ、一流店には評判が悪すぎる”シェフです。そんな彼がグイドと出会い、彼が挑戦する料理コンテストに指導役として同行するはめになります。アルトゥーロはグイドを特別扱いしたり、同情したりしません。それが二人の間にある種の友情を育み、また料理人としての師弟関係が生まれていくのです。物語が進むうち、どちらが誰の付き添いなのかわからなくなる瞬間が出てくるのが面白いです。

コンテストの審査員長マリナーリ(ニコラ・シリ)はかつての共同経営者で、波乱の予感がします。 (彼とは兄弟弟子の関係でしたが、ずる賢いマリナーリに店を奪われて激昂し、暴力沙汰を起こしていたのね。)一次審査はグイドの能力が発揮される素材当て。他の参加者と同じ行動ができずにハラハラさせられますが、結果は順当に勝ち上がり最終審査に残ります。グイドがコンテストのアシスタントのジュリエッ( ベネデッタ・ポルカローリ)の好意を勘違いして迫り拒絶されるというエピソードが、後の「ほどほど」が言えるようになったグイドの成長を感じさせる伏線になっていました。

アルトゥーロの仕事の日程が早まり決勝当日と重なってしまいます。師匠のチェルソ(アレッサンドロ・アベル)に代役を頼み、グイドを励まして仕事に向かったアルトゥーロでしたが、彼の不安そうな顔が気になり戻ってくるんですね。(地理的な距離感がないのでわからないのですが、そんなに短時間で行き来できるのかがちょっと気になりました

決勝のお題は「ティンパッロ」という定番パスタ料理です。審査委員長のレシピは仕上げにココアをかけるのですが、グイドはアルトゥーロが以前話していた「トマトソースが全て」という教えに忠実に従った結果優勝を逃します。勝負には負けましたが、チェルソが味見して認めたことで、グイドもアルトゥーロも満足します。この一件からもマリナーリの料理人としての才能はアルトゥーロに劣ることが示されていました。だからこそ彼はアルトゥーロに嫉妬し追い出したのかもね。

場面は、チェルソが新しくオープンした店で、アルトゥーロとグイドや自立支援施設の仲間たちが生き生きと笑顔で働くシーンに。そこへアンナがグイドの祖父が倒れたという知らせを持ってやってきます。病院へ向かうグイドは涙を浮かべながらアルトゥーロに何を話せばよいのかと訊ねます。彼に感じたままを話せばよいと言われたグイドは、コンテストで励まされたアルトゥーロの「フルパワー」に決め笑顔になります。障害者の彼を守り育ててくれた祖父母の存在はとても大きいけれど、この苦難をも彼はきっと乗り越えていけると感じるラストでした。


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空中ブランコ

2022年02月20日 | 

奥田英朗(著) 文春文庫

伊良部総合病院地下の神経科には、跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗り、尖端恐怖症のやくざなど、今日も悩める患者たちが訪れる。だが色白でデブの担当医・伊良部一郎には妙な性癖が…。この男、泣く子も黙るトンデモ精神科医か、はたまた病める者は癒やされる名医か!?
直木賞受賞、絶好調の大人気シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

前作での強烈な伊良部先生の個性に引き付けられ、続編も手にとってみました

前回「バチスタ」シリーズの白鳥を連想したけれど、伊良部は彼とはやはり違っていることに気付きました。

白鳥はクレバー過ぎて周囲を下に見ている感があるけれど、伊良部はまさに五歳児のような、良い意味で単純・純粋な好奇心の塊です。彼は医師という上段から患者を見下ろすのではなく、彼らと同じ地面で同じことをして見せることで、客観的な視点を持ち込みます。患者たちは「他人の振りみて我が振り直せ」を実践することになり、それが「治療」に繋がっていくのです。伊良部が意識して行動しているなら、名医と呼んでも良いけれど、ただ自分がしたいことをしているだけなら・・・いやいや、少なくとも医学部を出て国家試験に受かって医師になっているのだから、やはり名医なのかも

・空中ブランコ

サーカスの花形である空中ブランコ乗りの山下公平は最近失敗ばかり。受け手の内田のミスが原因と決めつける公平に、妻のエリや上司の勧めで伊良部の診察室へやってきます。いきなりホットドッグほどの太さのビタミン注射を打たれ、ろくに話も聞いてくれない伊良部に不安を覚えますが、公平が空中ブランコ乗りと知って目を輝かせた伊良部は、翌日、公平の職場の新日本サーカスへ看護師を連れて往診にやってきます。そして公平が止めるのも聞かず、空中ブランコに挑戦するのです。連日やって来る伊良部は、推定100kgを超える体重で運動神経は無いけれど怖さを知らないジャンプで団員たちに溶け込み人気者になっていきます。一種の見世物状態だな 一方、公平のミスは続き、周囲との関係もぎくしゃくしていきます。新しく入ってきた内田とその仲間を疑う公平に伊良部が発した一言に触発され、彼はエリに頼んでビデオで隠し撮りして貰もらいます。しかしそこに映っていたのは腰が引けた演技をする公平自身の姿でした。それを見て自分こそがミスをしていたことに気付いた公平は、その原因が、新しい人を警戒し勝手にバリアーを張っていたことだと悟ります。両親も団員の彼は生まれた時からサーカス団の中で育っていましたが、組織が世間の流れで会社化していく中で、昔からの身内意識の高さが邪魔をして、内田を信用していなかったのです。大切なのは相手を信じて無心になることだと気付いた公平は内田に謝罪します。

一方、伊良部はというと、たった一週間でショーに出ることに わざわざ豹柄の衣装まで用意しているのですが、同行するマユミが豹柄の服で豹の檻から離れず観ていた姿を覚えていた公平が思わず豹が無事か確認するのが笑えました。本番でも気負わずジャンプする姿(見た目もインパクト大)に会場は沸きます。でもオチもしっかり用意されていて・・・その姿が目に浮かび観客同様爆笑してしまいました

・ハリネズミ

紀尾井一家の若頭・猪野誠司は尖端恐怖症になり、内縁の妻・和美の勧めで伊良部総合病院を受診します。ヤクザの自分を恐れるどころか、羽交い絞めにされて注射を打つ伊良部とマユミに驚き、言われるままに伊良部の提案に従いサングラスをかけてみることに。不安感は多少軽減したものの、今度はサングラスの弦が恐くなりスキーゴーグルにしますが、さすがに部下にも不審がられます。そんな時、血判状(短刀で自分の指を切らないといけない)を送るために招集がかかり、追い詰められた彼は咄嗟の機転で何とか切り抜けます。

伊良部は誠司を「ハリネズミ」のように相手を威嚇し続けなければならないヤクザ稼業に疲れたのではと分析します。自ら望んでこの道に入った彼は否定しますが、心の中では肯定する部分もあるのです。

一難去ってまた一難。和美が新たな店を敵対する組のシマに出そうとしてトラブルになります。話し合いの場に伊良部を伴い乗り込みますが、相手の吉安が短刀がないとパニックになるブランケット症候群と見抜いた伊良部のお陰で無事手打ちができました。この時の伊良部のフィクサー然としたいでたちの描写にも笑ってしまいます。相手にも人に言えない弱点があることを知り、誠司の中で憑きものが落ちるのですね。吉安も伊良部のところを受診することにする展開も何だか愉快です。家に帰って和美にこれまでのことを話すと、引退を勧められます。恩があるからと言いながら、高齢の頭が亡くなったらそれも悪くないと思うのでした。

相変わらず診察室に入ってくるなり注射のパターンですが、先端恐怖症の患者ですから必死に抵抗します。それを力ずくで押さえつけるために人を雇ったり、「注射はしない」と嘘を付いたり、まぁおよそ医者らしくない振る舞いの伊良部に呆れつつ、でも彼の治療方針は間違っていないので、やっぱりただ者ではないな、伊良部一郎!!

・義父のヅラ

麻布学院大学医学部の同窓会が開かれ、池山達郎は学部長となった義父・野村栄介の挨拶を聞きながら、栄介の一目でヅラと分かるそれを剥ぎたい衝動と戦っていました。会場には同期の伊良部も来ていて、彼の通ったあとにはウニもトロもローストビーフも空になっています。同期の間でも変人ぶりは変わらないようです。彼が医学部に入れたのは父親のコネのお陰と噂され、彼が国家試験に通ったことが何かの陰謀のように思われていること、小児科で子供の患者と喧嘩して持て余され精神科に回されたらしいということが語られ、妙に納得してしまいました。

伊良部は達郎の不審な様子に気付いて自分のところに受診するよう勧めます。達郎も精神科医ですが、何故か伊良部になら相談しても大丈夫な気がしたんですね。そういう気持ちにさせる何かが伊良部にはあるのです。でもさすがにヅラのことは言えず、達郎の学生時代を知る伊良部から、昔は明るく悪戯好きだったことを指摘され、羽目を外すようアドバイスを受けます。でも対面を気にして実行できない彼に、伊良部は達郎が子供の頃に思っていた表示板の書き換え(『金王神社前』を『金玉』に変える)をしようと誘います。まさに悪ガキの悪戯ここに極まれり!です。この一件は確かにストレスの発散に一役買いますが、調子に乗った伊良部は行動をエスカレートしていきます。病院でも看護師におやじギャグで話しかけたり欽ちゃん走りをしたりする達郎の行動は逆に周囲から奇行と受け取られてしまいます。

ヅラへの「誘惑」も耐えがたく、ついに伊良部に本当の悩みを告白した達郎に、伊良部はあっさりと「じゃあヅラを取ろう」と言います。悩みの根源であるヅラを取ることが何よりの治療になるというわけです。確かに一理あるかも!!

翌日、大学にやってきた伊良部は、中庭で居眠りをしている栄介のヅラを本当に取って達郎に写真を撮らせます。達郎を心配していた同期の倉本がその様子を見て伊良部に激怒し取っ組み合いが始まり、ヅラを戻そうとした達郎に二人がぶつかり絶体絶命の中、奇跡的にヅラが元通りに被さります。目を覚ました栄介は、伊良部を見て愛想を振りまき事なきを得るのです。何しろ伊良部の父の権力は絶大で、一郎自身がそのことをちゃんとわかっている様子に、やはりこいつはただの能天気な馬鹿ではないと思わされます。大学の権力者である学部長への悪戯を密告するような恐いもの知らずは絶対にいないと確信しての所業なのですから大したものです。

ヅラの呪縛から解放された達郎は、自分らしく振舞おうと決意します。その夜、息子がTVに映ったカツラのCMを見て「じいじ」と言ったことがきっかけで妻もそのことで悩んでいたと知り夫婦の距離も縮まった気がするのでした。

・ホットコーナー

プロ野球選手の坂東真一は名三塁手として活躍していましたが、ある日突然一塁への送球コントロールが出来なくなり伊良部の所へ受診します。症状を説明すると、伊良部はイップスと診断します。頭で考える通りに体が動かない症状なのね。伊良部に野球を教えて欲しいと強引に突き合わされる羽目になりますが、伊良部はまともにキャッチボールが出来ないのに、ゴロはストレートで返球できるのを見て首を傾げます。

球団には怪我と嘘の届けを出し、同期入団で親友の福原だけには打ち明けて練習に付き合って貰いますが、症状は悪化するばかり。真一のポストにはルーキーの鈴木がついて連日活躍する姿にプレッシャーが募ります。とうとう、若く容姿もアイドル並みで人気のある鈴木への嫉妬心が自分のプレイの乱れの原因と気付くのですが、そんな時、食事会が催され、酒にも強く優等生然としていた鈴木が実は酒癖が悪いことがわかります。トラブルに巻き込まれそうになった鈴木を一度は見捨てようとしたものの、結局助けた真一は、彼に対する印象を改めます。

その後、伊良部の病院の草野球チームの試合に呼ばれた真一は、野球本来の楽しさを思い出し、自然とスローイングも治っていました。

伊良部は守備も打撃もからきしで相手にやじられていましたが、悪球を見事に打ち返します。まるでドカベンの岩鬼じゃないか!!

ちなみにホットコーナーは野球のポジションの通称で、強烈な打球が飛んでくる事が最も多いサード(三塁手)を指すそうです。

・女流作家

人気恋愛小説家の星山愛子は、ある時から新作を書いている途中、設定が過去に書いたものと同じではないかとの不安に駆られるようになります。それが高じて嘔吐するようになり伊良部のもとを訪れますが、彼だけでなく彼女の読者年齢層のマユミにも認知されていないことにショックを受け肝心の話をし忘れます。更に後日、小説家になりたいと伊良部がマユミの挿絵が付いた小説原稿を渡してきて、閉口した愛子は編集者の荒井に丸投げします。

伊良部は愛子に「書きたい話」を書けばと言いますが、過去に自分で傑作だと感じた『あした』が売れなかったことがトラウマとなっている愛子は筆が進まず症状はますます悪化していきます。一方、伊良部は書籍化をして欲しいと編集部に日参するようになり、困った荒井は愛子に助けを求めてきます。苛々が募っていた愛子は誰かを罵倒したい気分になってその求めに応じ、出版社に乗り込んで伊良部を叱りつけますが、その場に居合わせたフリー編集者の親友の中島さくらに考えの甘さを指摘され説教されてしまいます。その言葉に励まされ自信を取り戻した愛子。伊良部の診察室を出た愛子にマユミが、『あした』は良かったと声を掛けてきます。彼女の作品に全く興味を示さなかったマユミからの思わぬ誉め言葉に、愛子は言葉の持つ力を確信し、自分の仕事への誇りを取り戻すのでした。

これまでの患者たちは、伊良部のキャラに度肝を抜かれっ放しですが、愛子だけは伊良部に臆することなく、逆に叱りつけたりします。彼女のような反応の方が「普通」で「自然」だと思いました。

伊良部の元を訪れる患者たちは、根は真面目過ぎるほど真面目な人たちです。だからこそ自分の中のルールや誇りが侵された時に心身のバランスが崩れてしまうのでしょう。伊良部は五歳児がそのまま大人になったような好奇心の塊で、自分の欲望に忠実です。他人の目を気にすることもなく、無邪気である意味純粋な伊良部だからこそ、その対極にあるような患者たちを惹きつけるのかも。ただ、伊良部は単純馬鹿というわけではなく、自分の境遇(親の権力や財力)を十分に意識して行動しているようでもあり、なかなか複雑な人物なのかもしれません。

でももし自分が心身のバランスを崩したとしても、伊良部のショック療法的治療は受けたくないかもな~~


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ノースライト

2022年02月18日 | 

横山秀夫(著) 新潮文庫

一級建築士の青瀬は、信濃追分に向かっていた。たっての希望で設計した新築の家。しかし、越してきたはずの家族の姿はなく、ただ一脚の古い椅子だけが浅間山を望むように残されていた。一家はどこへ消えたのか? 伝説の建築家タウトと椅子の関係は? 事務所の命運を懸けたコンペの成り行きは? 待望の新作長編ミステリー。(あらすじ紹介より)

 

映画化もされた「64」を書いた作家さんで、TVドラマ化もされているのね。

一級建築士の主人公が、「自分が住みたいと思う家を作って下さい」というクライアントの言葉に触発され、眠っていた建築家としての想いを注ぎ込んだ家が、一度も住んだ形跡もないまま放置されていることに気付いて、その謎を探る話です。

作中の地名や場所が、これまで行ったり見たりした所が数多く登場するので、青瀬と一緒に謎解きに参加しているような気持ちになりました。

青瀬稔は一級建築士です。バブル時代は高級マンションと外車を乗り回していましたが、バブル崩壊で仕事が激減して退職に追い込まれ、妻でインテリアデザイナーのゆかりとも離婚します。その日暮らしの仕事をこなす日々を過ごした後、大学の同級生だった岡嶋の誘いで彼の事務所で働くようになった彼にある日舞い込んだのが「Y邸」の依頼で、眠っていた情熱を呼び覚まされて手掛けたその家は建築雑誌にも掲載された自慢の家でした。ところが誰も住んでいないようだとの情報が入り、青瀬は自分を否定されたような気持ちになると同時に何故という疑問が沸き上がります。

吉野夫妻には三人の子供がいて、とても仲睦まじい家族に見えました。家が出来上がるのを心待ちにし、引き渡しの時も幸せそうに見えたのです。それが何故?と探し始めた青瀬は、彼らが住民票を移していないこと、以前住んでいた田端の家にもいないことを知ります。大家から、夫妻は離婚して妻は子供と出ていき、夫も引っ越していったこと、手に包帯をした男が探しに来たことを聞きます。何か事件に巻き込まれたのではないかと心配になった青瀬は、さらに夫妻の消息を追って調査を続けます。

同じ頃、岡嶋は弱小事務所飛躍のチャンスを狙って、孤高の画家・藤宮春子の記念ミュージアム建設のコンペ参加の権利を獲得するために奔走して、勝ち取ります。Y邸で名を残した青瀬に刺激され、自分も息子に誇れるように名を残したいと岡嶋は青瀬に協力を頼みます。その思いを汲んだ青瀬は彼のコンペ参加への強引さを懸念しつつも協力することにします。

Y邸に残されていた椅子が吉野夫妻への重要な手掛かりになっていきます。それはドイツに家族を残してエリカという女性と日本へ亡命してきた建築家ブルーノ・タウトの設計図から作られた椅子だと判明します。(タウトは日本の伝統工芸に感銘を受けて多くの家具や建築物を残した歴史に名を刻む建築家なのだそうです。)タウトがエリカと暮らしていた群馬・高崎の少林山達磨寺洗心亭から熱海市の日向利兵衛の別邸、仙台の商工省工芸指導所(現・産業技術総合研究所)を訪ね、吉野が仙台でタウトが椅子の設計図を渡していた吉野伊佐久の息子であることを突き止めます。吉野伊佐久の墓に供えられた花を見て吉野の無事を確信しホッとする青瀬ですが、謎はまだ解けません。

その頃、岡嶋がコンペ参加のために市長への賄賂疑惑が持ち上がり、事務所はコンペ辞退に追い込まれ、心労で岡嶋が入院する事態になります。
岡嶋を見舞った青瀬は、岡嶋から愛息子は妻と他の男性との子供で、それを知った時は驚いたが、血の繋がりより共に家族として過ごした時間が大切で愛しているのだと告白されます。そしてその夜、岡嶋は病室の窓から転落して死亡します。

自分に隠れてゆかりと連絡を取っていた岡嶋のことを初めは疑った青瀬でしたが、自分を事務所に誘ったのはゆかりに頼まれたからではないという彼の言葉を信じ、また建築への情熱を失っていた自分に仕事の場を与え救ってくれた岡嶋への感謝の気持ちにも揺るぎはありません。自殺ではなく事故だと感じた青瀬は、葬儀の後、事務所を閉めるという岡嶋の妻から病室で書いていたというスケッチを見せられて、岡嶋がやり直そうとしていたと確信し、彼女にもそう伝えます。遺された子供のためにも父親が自殺ではなく事故だったと信じることが重要だという彼の考えにとても共感しました。

青瀬は岡嶋の残したコンペ案を事務所総出で練り上げた上で競合他社(昔の職場の同僚でゆかりを争ったライバル)に持ち込ん譲ります。ただ一つ岡嶋の名が残るよう条件をつけて。 この落としどころはです。

冒頭で登場する月に一度面会する娘の日向子との会話の中に鍵となる謎解きのヒントも隠されていました。

日向子の家にかかってくる謎の電話、吉野を追う謎の男・・・わかってみればなるほどそうか!なのですが、吉野一家は事件に巻き込まれたのでもなんでもなく、そもそも「一家」でもなかったというのは意外性があります。それでいて、登場人物それぞれが家族を想う気持ちが伝わってきて温かな余韻を残しています。

吉野と青瀬との因縁というか、何故彼が青瀬にあのような依頼をしたのかも明かされますが、その後の吉野の人生計画に狂いが生じたための未入居だったというのは何だかな~~ そして青瀬がY邸を買い取る展開は、復縁したにしても仕事するには二人とも距離的に不利じゃないの?それともリモートが進む今なら有りなのかな?とか余計なお世話だけどつい頭に浮かんでしまったぞ。

謎解きが本筋というより、タウトという偉大な建築家の軌跡を辿りつつ、青瀬が建築家としての情熱と才能を再び開花させていく旅に思えてきました。何より建築に関する蘊蓄に溢れていて、興味のない人は冗長で読み飛ばしてしまうかもしれませんが、この作品がきっかけでタウトや建築デザイナーに興味を持つ人も出てくるんじゃないかな~。Y邸の描写や記念ミュージアムの外構や内部の展覧室やバックヤードのアイディアなどは素人でも行間から目に浮かぶような気がするほど具体的な描写でした。

またタイトルの「ノースライト」とは北向きの採光の意味です。ダム建設に関わる父と全国を渡り歩く子供時代を過ごした青瀬が描く「住みたい家」の象徴となる北から差し込む柔らかな光への郷愁の象徴でもありました。

以前、少林山達磨寺に行ったことがあるのですが、今度は洗心亭にも足を延ばしてみようかな


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ワン・モア・ライフ!

2022年02月15日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年3月12日公開 イタリア 94分 G

イタリア、シチリア島。パレルモ港で技師として働くパオロ(ピエールフランチェスコ・ディリベルト)のお楽しみは、交差点を赤信号ですり抜けること。ある日の仕事帰り、いつものように交差点をスクーターで通過中、同じように赤信号を猛スピードで突っ込んできたバンに衝突され、あっさりと即死した。死の瞬間、脳裏によぎったのは愛する妻アガタ(トニー)と子供たちのこと。ではなくて、恋人に告げられた深すぎる一言や、客待ちタクシーの列の謎など、人生の最期に思い出すには取るに足らないことばかり。しかし、そんなことよりも、予想外に短い寿命に納得できないパオロは、死者でカオス状態の天国の入口で「健康のためにジンジャー入りのスムージーを飲んでいたのに!」と役人(レナート・カルペンティエーリ)に食ってかかる。すると、寿命計算システムにデータが反映されていない前代未聞の計算ミスが発覚し、92分間だけ寿命が延長されることになったのだ。
 監視役の役人に付き添われて天国のエレベーターで自宅に戻ったパオロは、午後7時20分きっかりにもう一度死ぬという事実は秘密にして、タイムリミット寸前まで家族と一緒に過ごそうと決意する。しかし、普段通りに仕事と家事に忙しそうな妻や娘のアウオラ(アンジェリカ・アッレルッツォ)も息子のフィリッポ(フランチェスコ・ジャンマンコ)も、突然、センチメンタルになったパオロに違和感を感じていた。というのも、パオロは生前、来る者拒まず、後先考えずにママ友や手近なところで火遊びを繰り返しては、家庭サービスを全力で拒否。家族ぐるみで仲のいい友達にも、自分勝手な振る舞いをして呆れられていたのだ。特に思春期真っ盛りのアウオラは、威厳も存在感もゼロの父を毛嫌いしてバカにするほどだった。
 身から出た錆とはいえ、家族から相手にされない悲しい現実に打ちひしがれたパオロは、最期の時が迫る中、家族の絆を取り戻すと一念発起。今さら過去の過ちは変えられないが、残された時間で今までよりは少しでも良き夫で良き父だったと偲んでもらえる人間になりたい。しつこくつきまとう役人の監視をかいくぐり、パオロは92分間一本勝負の人生やり直しゲームに挑むのだった。(公式HPより)

 

ダニエレ・ルケッティが監督・脚本を手がけてイタリアで大ヒットしたコメディで、思いがけず人生のロスタイムを手に入れた中年男性の奮闘を通して「幸せとは? 家族とは?」を問いかけている作品だそうですが、あまりにもダメ父、ダメ夫過ぎてため息が出てしまいます。

そもそも、双方が赤信号になった瞬間を狙って交差点を通り抜けることが楽しみって、子供かよ!!いつも成功していたからといっていつまでもそのラッキーが続くわけじゃないわけで、あっさり事故死しちゃうのですが、死の瞬間に思う浮かぶこともしょうもない思い出ばかり。

そんなパウロが天国に行けるとは思えないのですが、入口で難癖をつけて地上に戻ることに成功します、92分だけ。 (せめて日単位じゃないのかよと思ったのはパウロだけじゃありません。)

これまでの人生(現実と過去を行ったり来たりで忙しい場面展開は疲れます)を振り返り反省したパウロは、せめて残された時間を家族と一緒に過ごして絆を取り戻そうと考えるのですが、息子も娘もとっくに父親に期待することを止めていたので、いつもと違うパウロの行動に戸惑い迷惑げ。妻も忙しい日常を邪魔され不満げです。時間が無為に過ぎて行き焦るパウロを役人が急き立てます。不審に思い問い詰めるアガタに、実は・・と告白したパウロに動揺するアガタ。これまで夫の浮気に散々悩まされてきながらも見て見ぬ振りをして家族を守ってきたアガタですが、夫への愛は揺るがないのは、ちょっと男に都合が良い解釈にも見えてしまいますが 子供たちもお父さんが嫌いなのではなく、本当は構って欲しい、遊んで欲しい、自分を見て欲しかったというのが本心だし。良い子たちじゃん

パウロは客観的に見ても自分勝手な浮気男で家庭人失格の烙印を押したくなりますが、何となく憎めない愛嬌があります。それは彼の楽天的な性格にもよるのかなぁ。そんなパウロが死と直面して初めて何が大切かに気付いて、何とか取り戻そうとする姿が可笑しくもあり切なくもあり。

タイムオーバーとなり、スクーターで事故現場へ向かうパウロと役人でしたが・・・この結末はまさにハッピーエンドかも。本当は神様が敢えて92分という時間を区切って、パウロの改心を誘ったのかも

でも、元々の性格がこの一件で劇的に改善するとは思えないなぁ。喉元過ぎれば何とやらでまたまたダメ夫ダメ父になりそうだけど

映画の舞台となる、シチリアの名所(不倫相手とデートしたシチリア州立美術館や、プレトーリア広場、カーポ市場、町と海を一望するモンテ・ペッレグリーノなど)も見所です。


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ウエスト・サイド・ストーリー

2022年02月14日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2022年2月11日公開 アメリカ 157分 G

1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドには、夢や成功を求めて世界中から多くの移民が集まっていた。社会の分断の中で差別や貧困に直面した若者たちは同胞の仲間と集団をつくり、各グループは対立しあう。特にポーランド系移民の「ジェッツ」とプエルトリコ系移民の「シャークス」は激しく敵対していた。そんな中、ジェッツの元リーダーであるトニー(アンセル・エルゴート)は、シャークスのリーダーの妹マリア(レイチェル・ゼグラー)と運命的な恋に落ちる。ふたりの禁断の愛は、多くの人々の運命を変えていく。(映画.comより)

 

1961年に映画化されたブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド物語」が再び映画化されました。

トニー・クシュナーの脚本でスティーブン・スピルバーグが監督、ジャスティン・ペックが振付を担当し61年版でアニータ役を演じたリタ・モレノもトニーが働く店の店主バレンティーノ役で出演しています。

元々が「ロミオとジュリエット」をモチーフに現代(といっても1950年代ですが)に置き換えた物語ですから初めから悲劇的な結末が予想されます。 1961年版も舞台も観た事はないけれど、劇中で歌われる曲はどれも一度は耳にしたことのあるものばかりで、心が浮き立ちました。

対立するグループに属する二人が運命に逆らい乗り越えようとした“禁断の愛”の物語は、まさにロミジュリの世界です。 “異なる立場を越えて、私たちは手を取り合えるのか?”というメッセージがストレートに伝わってきます。

ミュージカル映画ですから、もちろん歌やダンスも素晴らしかった!!

ジェッツのリフ(マイク・ファイスト)を先頭に一人二人と仲間が増えて行き、指を鳴らしながらダンスする冒頭シーンはあまりにも有名ですね。 (個人的にはトニーよりリフが好み

ベランダ越しのマリアとトニーが、やがて手を取り合って歌い出し、次第に声が重なっていく「Tonight」は、しっとりとした余韻を残し若い恋人たちを祝福したくなります。

マリアの兄ベルナルド(デビッド・アルバレス)らシャークス(演者は全員がラテン出身者だそう)の男子とベルナルドの恋人アニータ(アリアナ・デボーズ)たちプエルトリカーナが街中を練り歩きながら歌とダンスに身を任せる「America」はアップテンポで、女性たちが身に纏っているカラフルなドレスも華やかで目を奪われます。このシーンは旧作では屋上だそうですが、本作ではまるでカーニバルのような熱っぽさがありました。(シャークスのメンバーを演じている俳優は全員がラテン出身者だそう。彼らの話すスペイン語もまさに本物なのね。こういうニュアンスを味わえるのも字幕版ならでこそ)悲劇を知る前のマリアたちが閉店後のデパート?で掃除をしながらの歌やダンスも高揚感があって

背景となるスラム街は、資本主義による再開発でどんどん潰されていき、ジェッツやシャークスの若者たちも行き場を失い追い詰められていました。その焦りや不満を彼らは縄張り争いと言う形でぶつけていたわけですね。 本作では移民問題、人種差別、経済格差、宗教やジェンダー問題など、“今”のアメリカになぞらえて物語の根源とその虚しさを訴えています。

ベルナルドは自分たちプエルトリコ系が移民の中でもとりわけ差別されていると感じています。実際、双方の喧嘩の仲裁に入るシュランク警部補(コリー・ストール)もどちらかというとジェッツに甘い感じですものね。でもアニータは故郷のプエルトリコよりアメリカの方が自由があり素晴らしいと思っています。 

ベルナルドは親友のチノ(ジョシュ・アンドレス)をマリアの相手に押し付けますが、ダンス会場でマリアとトニーは互いに一目惚れしてしまうんですね 初めて二人が踊るシーンは初々しくてとても素敵です

トニーは喧嘩で相手に傷害を負わせて刑に服した後出所していましたが、自分の行為を深く反省していてジェッツから距離を置いていました。でも、仲間であり家族とも呼べる存在の親友リフの頼みを断ることができなくてダンス会場にやってきたのね

このダンスの時、リフはベルナルドに決闘を持ち掛けます。それを知ったマリアはトニーに仲裁を頼むのですが、それが悲劇の幕開けになりました。

前半は、トニーとマリアの燃え上がる恋心が歌に乗せて描かれます。トニーの身元引受人のバレンティーナは白人と結婚しましたがプエルトリコ出身なので、二人のことを心配しながら見守っていました。

決闘は武器無しの前提なのですが、どちらも相手を警戒して武器持参。リフは拳銃まで手に入れてます。それを知ったトニーがリフから拳銃を取り上げようとするエピソードも歌とダンスで魅せてくれます。アニータもベルナルドに喧嘩は止めてと訴えますが、聞く耳持たないのよね~これだから男って奴は・・・

決闘の場に遅れてやってきたトニーとチノは協力してシャッターを持ち上げます。しかし、トニーの説得を遮り殴りかかるベルナルド。妹を敵に渡すものかという憤怒が彼を支配し、険悪な状態の中、些細なきっかけでナイフを手にしたベルナルドとリフ。リフが刺され、トニーは反射的にベルナルドを刺してしまいます。警察が駆けつけ、散り散りになる中、銃を拾ったのがチノです。頭の中では結末が見えてきますね

トニーが兄を殺したと知っても彼への愛は消えないマリア。二人は結ばれます。それを知ったアニータは激怒しますが、「愛を知っている貴女ならわかる筈」と言う(歌う)マリアの真っ直ぐな想いに打たれます。女同士、憎しみより愛です。

けれど、マリアの伝言を伝えにバレンティーナの店を訪れたアニータをジェッツのメンバーが襲ったことで、彼女は正反対の嘘(マリアがチノに撃たれて死んだ)を伝えます。アニータを助けようとしたジェッツガールたちは男たちに外に放り出されるの。愛する者を殺された者同士で女性たちは通じ合えるのに男たちはなぁ

自暴自棄になったトニーはチノを探し回り自分も撃てと叫びます。そこへ現れるマリア・・・しかし背後からチノがトニーを・・・

チノから銃を取り上げたマリアの次の行動はちょっと予想外でした。ロミジュリなら自分を撃つ場面ですがマリアはそうしなかったから。

この街が消えていくのと同様、彼らも街にはいられなくなるでしょう。崩壊は完成したのです。まさに悲劇です。だからこそ美しく哀しい物語が胸を打つのです。

エンドロールは劇中に登場する音楽が流れ、映画の余韻を噛みしめることが出来ました。

 


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5月の花嫁学校

2022年02月13日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年5月28日公開 フランス 109分 PG12

1967年。美しい街並みとぶどう畑で有名なフランスのアルザス地方。小さな村にあるヴァン・デル・ベック家政学校に、18人の少女たちが入学した。校長はピンクのスーツを粋に着こなすポーレット(ジュリエット・ビノシュ)。経営者は夫のロベール(フランソワ・ベルレアン)だ。講師陣は迷信を信じる修道女、マリー=テレーズ(ノエミ・リヴォウスキー)と、ポートレットの義理の妹で料理長のジルベルト(ヨランド・モロー)だ。2年間で完璧な主婦に変身させる授業は、女性解放運動の風を感じる少女たちには時代遅れで、納得できないことばかり。美容師になりたい、法律を勉強したい、親が決めた結婚なんてしたくないと反発しながらも、お金も学歴もない彼女たちは大人の決めた道に進むしかなかった。
 ある日、莫大な隠れ借金を遺してロベールが急死した。日々、夫の事業を支え、夜のお勤めにも渋々おつきあいしていたのに、こんなひどい仕打ちが待っていたとは……。ポーレットは破産寸前の学校を救うために、取引先の銀行に駆け込む。そこで待ち構えていたのは、第2次世界大戦で彼女と死に別れたはずの恋人、アンドレ(エドゥアール・ベール)だった。30年振りの再会に興奮を隠せない彼はウルトラC級の解決法を提案。ポーレットを破産危機から救出し、心の奥にしまっていた情熱に火をつけたのだった。
 学校再建に必死なポーレットは経営を学ぶうちに、ロベールが前時代的な考えで自分とジルベルトを家に縛り付けていたことに気づく。そして、ある生徒の1人が起こしたトラブルをきっかけに、ポーレットと生徒たちは自分らしい生き方に目覚めていくのだった。
 折しもパリを始めフランス全土では、社会変革を求める五月革命が勃発し、大混乱に陥っていた。ポーレット率いる新生ヴァン・デル・ベック家政学校の運命やいかに!?(公式HPより)

 

フランス・アルザス地方の花嫁学校を舞台にしたコメディです。重要なのは1968年5月に起きた学生主導の労働者や大衆が一斉蜂起したパリでのゼネストにより政府が政策転換をした年の話だということです。五月危機ともいわれる意識革命なんですね。

当時の農村部の少女たちは、花嫁学校に行くことが裕福な家庭の男性との結婚や都会で家政婦として働くための手段であり、農家の嫁として過酷な労働の担い手になることから免れる希望でもあったそうです。それでも徐々に旧態依然とした父権的な権力に疑問を投げかけ平等を求める空気が高まりつつあったことが、冒頭の「今年は入学者が18人」というセリフに現れています。入学希望者が年々減っていることを示唆しているのね。

ポーレットが生徒たちに教える良妻のための7つのルールは、今でこそ「何の冗談?」と思うことばかりですが、当時は社会全体が「妻は家を切り盛りして子供を育て、夫に従順であるのが当然」という意識の中にありました。 妻である女性の権利は無いに等しかったのです。

映画の前半は、この良妻賢母を育てるための授業や、時に疑問や不満を抱えながらも粛々と従う生徒たちが描かれます。でもそこはやはり若い少女たちですから、集まってお喋りに興じたり、中には同性愛嗜好の少女がいたり

ところが、ロベールが頓死(ウサギ料理の骨が喉につかえての窒息死)したことで事態が変わります。彼は賭博で借金を作り破産していました。(彼は映画の中で普通にスケベな親父として描かれています)何とか学校を存続させようと相談に訪れた銀行で、ポーレットは戦争で死んだと思っていた恋人アンドレと再会します。未亡人となった彼女が恋愛するのは自由なのですが、彼女の中の貞淑な妻の意識がそれを邪魔します。でもそこは男女の仲ということで、結局二人はくっついちゃうんですね(そういうシーンがあるからPG12指定なの) 義妹のジルベルトも彼に恋しちゃうんですが、二人の仲を知るとショックを受けながらも応援する側に回るし、お堅いマリー=テレーズさえも最後は「革命」に参加しちゃうあたりがいかにもフランスらしいというか・・・このあたりの彼女たちの気持ちの機微が全く描けていないので凄く唐突な感がありました。

ポーレットは学校経営の勉強を始めますが、それまで経営や金銭管理は夫が管理し、通帳を見せてもらうことも自分の口座を持つことも出来ませんでした。独身のジルベルトは実家に住まわせてもらう代わりに学校で働いていて給料も払ってもらっていませんでした。自分たちがいかに抑圧され搾取されていたのかに気付いていくポーレットに呼応するかのように、生徒たちにも意識の変化が見られます。

ヴァン・デル・ベック家政学校が優秀な花嫁学校としてパリで表彰されることになり、テレビ局?が取材に訪れますが、その最中に親子ほど年の離れた相手と結婚させられそうになった生徒の自殺未遂事件が起こります。ショックを受けたポーレットの中で大きな変化が起きます。バスでパリに向かう途中、ストで封鎖された道路に降りて、彼女たちは「私たちは自由だ」と高らかに歌い宣言するのです。このシーンはハリウッドのミュージカル風というよりボリウッドダンスに近い印象を持ってしまいました でもみんな微妙にダンス下手

映画の話を時代錯誤と笑ってばかりもいられません。フランスでは全体主義の台頭や極右思想の影響で、女性たちを再び公の場から家庭に戻そうとする動きがあるそうです。今一度自由と平等の意味を考えてみるべきかも


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三千円の使いかた

2022年02月13日 | 

原田ひ香(著) 中公文庫

就職して理想の一人暮らしをはじめた美帆(貯金三十万)。結婚前は証券会社勤務だった姉・真帆(貯金六百万)。習い事に熱心で向上心の高い母・智子(貯金百万弱)。そして一千万円を貯めた祖母・琴子。御厨家の女性たちは人生の節目とピンチを乗り越えるため、お金をどう貯めて、どう使うのか?(あらすじ紹介より)

 

3000円というお金をどう使うかの節約本かと思っていたら違いました。

登場するのは御厨家の4人の女性たちです。

社会人2年目の美帆(24歳)は、十条の実家を出て祐天寺で一人暮らしを楽しんでいました。会社にもそこそこ満足していたのですが、職場の親切な先輩・街絵さんがリストラされたことで自分の将来について考えるようになります。(この街絵さんは後半に、それまで会社しか知らなかった彼女が、リストラされたことで新たな生きる目的を見出し、以前より生き生きとして再登場して、美帆にも良い影響を与えます。)交際していた彼氏とも認識のずれが生じて別れることになります。この彼氏のような、今風な若者なのに変に昔の男尊女卑的意識が残っている人いるよね~~

姉の真帆(29歳)は消防士の夫・太陽と初恋同士で結婚し3歳の娘を育てている専業主婦ですが、証券会社に勤めていた経験から将来設計についてもしっかりした考えを持っていて家族の相談に乗ってアドバイスをしてくれる頼もしい存在です。しかし、彼女も友人が裕福な家の息子と婚約したことで、他の友人たちからの思わぬ言葉に傷つき自分の選択に迷いが生じてくるのです。彼女の祖母や母の世代では結婚=退職が当たり前でしたが、真帆たちの世代になるとよほどの金持ちでない限り共働きが普通の感覚で、結婚で仕事をすっぱり辞めた真帆の方が珍しい存在なのです。(実は彼女は仕事のノルマに息詰まっていた時にプロポーズされ、結婚に逃げたという意識があるのね)

姉妹の母の智子(55歳)も専業主婦として家庭を切り盛りしてきましたが、病気で入院したことで料理も家のことも何もできない夫とのこれからの生活に不安を覚えます。さらに親友の離婚の相談に乗る中で、自らの蓄えの少ないことにも気付いていくんですね。800万あった貯金が長女の結婚や何やらであっというまに目減りし100万しか残っていない現実あるあるです

姉妹の祖母の琴子(78歳)は、夫に先立たれたものの、持ち家があり、貯金も1000万ほどあり、ささやかに暮らしていく分には問題ありません。しかし将来必ず起こるであろう病気や介護問題を考えると、決して余裕があるわけではないという不安を抱えていました。

それぞれがお金のことで悩みを抱える中で、家族に相談しながら解決方法を自分で見つけていく展開です。

琴子は働くという選択をすることで、自分が必要とされている満足感とささやかなお小遣いUPを叶えます。

真帆は羨んでいた友人が嫁ぎ先の親の考え方に違和感を覚え破談となったことで、自分の選択は正しかったのだと納得します。この話のオチは真帆が仕事の愚痴を言ったからプロポーズしてくれたのではなく、そのきっかけを探していた夫が乗っかったというなものでした

琴子が趣味の園芸で知り合った安生は、根無し草のような生活をして将来の展望のない40歳近い男性ですが、10年来の彼女・きなりに子供が欲しいと言われて逃げ出した先で一夜の浮気をします。しかしその女性に妊娠を告げられ結婚を迫られたことで、自分が本当に一緒に生きていきたいのはきなりであることに気付くのです。いつもは冷静で大人な対応をする琴子も安生にはかなり厳しい忠告を与えます。

保護犬を飼うために家を買うという目的を持ち、実家近くに引っ越してきた美帆は、節約ブログの中で家族のことや今彼・翔平に起きたトラブルの事を書きます。彼は美大を卒業していますが、親が彼には言わずに奨学金を借りていてその返済の残り550万円(利子を入れると700万以上)を彼自身に払うよう言ってきたのです。結婚を考えていた二人にとって寝耳に水の話です。家族に相談した美帆は母から結婚を強く反対されます。翔平の実家を訪れた美帆も、彼の家族が悪い人ではないけれど借金に対してルーズな考えの人たちだと気付いたことで不安を覚えるのです。しかし、翔平が仕事で作成したポスターを両親が認めたことで事態が好転します。家に呼んで翔平の人となりを確認した両親は、琴子とも予め相談した上で、彼に奨学金返済の一括返済の肩代わりを提案するのです。もちろんタダでというわけではなく、美帆と翔平が祖母と両親に返していく前提ですが。

舞台となる十条は何度も訪れたことがあり、それだけで親近感を覚えます。10円ミートボールや掌より大きなチキンカツなどはTVでも何度も紹介されてましたね 安売りの洋服屋さんも 

御厨家の人たちはそれぞれ堅実な人生を送っていますが、関わる人達もそうとは限りません。彼らを反面教師にするか、同じだ~!と共感するかは人それぞれですが、個人的には安生や翔平のような相手は選びたくないかも 安生は家庭を持って子供の親となれば、地に足付けた生き方をするかと問えば、否と感じてしまいます。きなりはそれでも良いと受け入れるのでしょうけれど

翔平の人間性に問題はないように思えますが、彼の親兄弟には不安要素が満載です。彼らのような人たちは金銭感覚がそもそも違っていて、借金も抵抗なさそうだし、困ったら平気で息子を頼ってくると想像できるから。結婚は当人同士の問題だけでは収まらないということは重々承知の美帆の親たちもそれはわかっているけれど愛娘の幸せのために受け入れようとしているのですが、結果として苦労するのも目に見える気がすると言ったら冷たいでしょうか

さて、御厨家の女性たちは家計簿をつけることで人生設計も具体的に描いていきます。でもどうせならその家計簿の内容をもっと詳しく紹介して欲しかったかも


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海辺の金魚

2022年02月07日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年6月25日公開 76分 G

児童養護施設で育った花(小川未祐)は18歳になり、施設で暮らせる最後の夏を迎えていた。そこに新たに8歳の少女・晴海(花田琉愛)がやってくる。晴海にかつての自分を重ねた花は、晴海と多くの時間を過ごすが、そのうちに今までになかった感情が芽生えてくる。(映画.comより)

 

小川紗良の長編映画初監督作で児童養護施設で暮らす少女たちの世界と心の成長を描いた人間ドラマということですが・・・。

冒頭の、花が波打ち際で泣きじゃくるシーンは結びにも登場します。観客に何故泣いてるのかと興味を抱かせる演出です。

次のシーンで、小さな金魚鉢の中にいる一匹の金魚(鉢のサイズに比べて大きめで窮屈そう)に餌を与える花の姿が。そこに晴海が登場します。

もうすぐ18歳になる花が暮らしているのは『星の子の家』という児童養護施設で、様々な事情で親と暮らせない子供たちが集まっています。施設長の高山勉(芹澤興人)はタカ兄(にい)と呼ばれて慕われていて、子供たちは自分より年下の子の世話をしながら暮らしていて、最年長の花は、高山を手伝いながら皆のまとめ役をしているのね。

新しい環境に慣れず誰とも打ち解けられずにいる晴海が、施設に来たばかりの頃の自分と重なって気になり何かと声をかける花に、晴海も次第に心を開くようになっていきます。

高校を卒業すると施設を出ることになっている花は、高山にどうするのか聞かれて「働こうかな」と答えます。それまで進学を考えていた花でしたが、奨学金を貰うには親のサインが必要だと知って諦めようとしたのです。

花と親の関係はどうなっているのかと疑問が湧きますが、その答えは新聞の見出しにありました。どうやら花の母の京子(山田キヌヲ)はある事件の犯人として収監されているようです。回想シーンには母と近所の人とのトラブルが出て来ます。母は冤罪を主張して再審請求をしていましたが棄却され、花との面会を望んでいることを弁護士が伝えにきますが、花は答えられませんでした。彼女の中で母は有罪なんですね。

花は晴海の背にあった痣から、彼女が母から虐待を受けていると気付きますが、施設で暮らす間に痣は消えていきます。

夏がやってきます。夏祭りの縁日で晴海は金魚すくいをします。店の人がサービスだと言って一匹の金魚をくれました。それを見た花は突然昔の記憶が蘇り倒れてしまいます。10年前、花はお祭りの金魚すくいで一匹の金魚を貰いますが、近所の人とトラブルを起こしていた母がかき氷に殺虫剤を混入する事件を起こして逮捕されたことで、花は施設に預けられたていたのでした。あの金魚鉢にいる金魚はその時のだったのね

子供たちがお盆の一時帰宅で親元に帰りますが、晴海の痣のことを知っている花は心配になります。母と面会する予定の日、花は晴海を訪ねていきます。晴海の体に再び出来た痣を見て、花は晴海を連れ出しますが、見つかって引き離されてしまいます。どうにもならないと落胆した花は金魚鉢の中の金魚をコップに入れて海辺へやってくると金魚を海に放して泣きじゃくるのです。ここで冒頭と繋がります。そこへ花を呼ぶ声がして晴海が現れます。「おかえり」「ただいま」と二人は抱き合うのでした。

・・・って、なんで金魚を海に放しちゃったの??ここ、理解不能です。海で金魚は生きられないでしょ???それって一種の自殺ですか?花なりの母との決別を意味しているの? どこが自立で成長なのかさっぱりわからなかったです。この手のマイナー作品って、意図がイマイチ伝わってこないのよね


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トゥルーノース

2022年02月05日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年6月4日公開 日本=インドネシア 94分 G

絶望の淵で、人は「生きる意味」を見つけられるのか? 1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民した家族の物語。平壌で幸せに暮らすパク一家は、父の失踪後、家族全員 が突如悪名高き政治犯強制収容所に送還されてしまう。過酷な生存競争の中、主人公ヨハンは次第に純粋で優しい心を失い他者を欺く一方、母と妹は人間性を失わず倫理的に生きようとする。そんなある日、愛する家族を失うことがキッカケとなり、ヨハンは絶望の淵で「人は何故生きるのか」その意味を探究し始める。やがてヨハンの戦いは他の収監者を巻き込み、収容所内で小さな革命の狼煙が上がる。(公式HPより)

 

北朝鮮強制収容所の過酷な環境で生きていく家族とその仲間たちが成長していく姿を、生存者証言を参考に描いた長編アニメーション作品です。清水ハン栄治監督が、収容体験をもつ脱北者にインタビューして、10年かけて作り上げた作品です。

タイトルの『トゥルーノース』には2つの意味があり、ひとつは英語の慣用句「絶対的な羅針盤」。人間として進むべき方向や生きる真の目的を、究極の環境でも見失わない主人公たちの葛藤に込めているそうです。ふたつめは「ニュースでは報道されない北朝鮮の現実」です。今日でも12万人以上が収容されているという政治犯強制収容所での人権蹂躙と、抑圧の中でも健気に生きる北朝鮮の人々のヒューマニティーを表現したかったのだそうです。

これが実写だったら、とても直視できません。あえて優しいタッチの寓話的なアニメーションにした意図は充分伝わってきました。

冒頭、一人の男性が登壇し、徴収に「ある家族の真実」を語りかけます。

ヨハンの家族は、在日朝鮮人の帰還事業で金正日体制下の北朝鮮に渡り暮らしていましたが、父親が政治犯として逮捕されたことで、母子は強制収容所に入れられます。家族も一蓮托生で幼い子供までが同罪とされる、この時点で道理が通らない国だと示されます。同じく連行されてきて弁護士の男性が「裁判も無しにこんなことが許されるのか」と抗議しますが、暴力で封じられます。ハン所長が君臨する極寒の地にある収容所の生活は苛烈で、わずかな食料で重労働に従事させられ、栄養失調から病気になり死んでいく者が絶えません。替えの利く消耗品扱いで、人としての尊厳も奪われているのです。脱走者や反抗する者は容赦なく処刑され、その様子を目を背けず見届けるよう強制されます。

ヨハンの母ユリと妹のミヒは、母親が処刑されて孤児となったインスを救い、乏しい食事をより困っている人に分け与えるなど、収容所の過酷な生活の中でも他人を思いやり健気にふるまう優しい心を失っていません。しかしヨハンは家族をこんな状況に追い込んだ父を恨み、生き抜くためにチェ・ドンス率いる監視グループに入って他者を欺くようになります。貧すれば鈍すと言いますが、まさに心が貧していくのです。

ところが、彼の密告を恨んだ女性がユリを襲い、傷がもとで亡くなってしまいます。母の死は自分のせいだと自責の念に駆られ自暴自棄となったヨハンは次第に追い詰められていきますが、死に際に母が遺した「誰が正しいのではなく、誰になりたいのか、それが問題なの。それを考えなさい」という言葉を思い出し、本来の自分を取り戻していくのです。

ミヒが看守のリーに襲われたことを知ったインスがリーを襲おうとして捕まり完全統制区域に送られて拷問にかけられます。ここでは看守が慰みに地下牢の囚人たちをもて遊んでいたのです。戦争など非日常が続く世界では正気を保つこと自体が難しいのかもしれませんが、それでもどうしたらこんなにも非人間的になれるのか?信じ難い思いになります。

坑道での作業に従事させられていたヨハンはトロッコを使った脱走計画に誘われます。トロッコには二人しか乗れませんが、身籠ったミヒはこのままでは処刑されるため、ヨハンと二人を逃がすことになります。計画実行の前に奇跡的に釈放されたインスが帰ってきます。彼は地下牢で死んだと思われていたヨハンの父親に会い、彼から家族への思いを聞き(10年以上も拷問に耐え生き延びていたというのも凄いことです。)ヨハンに父親の思いを伝えました。ヨハンは三人で逃げようと言います。(あれ?トロッコには二人しか乗れないのに・・・)

決行日は多くの人がパーティーに参加し警備が薄くなる4月15日の太陽節です。ヨハンはミヒとインスに互いの気持ちを聞き祝福します。パーティにやってきた高官たちの前でヨハンは所長らの不正を告発し騒ぎになります。ミヒとインスはそのどさくさに紛れて逃げ出しますが、追ってきたリーに見つかってしまいます。「あなたは以前は誠実な人だった」とミヒが言うと「人民を守るためだ」とリーは答えます。ミヒは「ではお腹の子も守って下さい。父親の姿を見せたいのです。」と返します。ハッとするリー。彼の中に残っていた良心が二人を行かせるのです。

場面は再び、登壇している男性に戻ります。彼はヨハンではなくインスだったのです。ヨハンはインスが戻ってきた時点で自分ではなく二人を逃がそうと決意していたんですね。インスは今なお多くの同胞が苦しんでいる真実を世界に訴えかけます。客席ではミヒが子供と共に、インスの姿を誇らしげに見守っていました。

さて、ヨハンはどうなったのか?場面は完全統制区域に移り、倒れた仲間を励ますヨハンの姿が。希望を感じさせるラストになっていました。

彼らが置かれた状況は自分には無関係と、他人事でいられるのか。ある日突然これまでの日常が喪われ、過酷で非人間的な状況に追い込まれることが皆無だと誰が言えるでしょう。一人の力は小さいけれど、その力を独裁的な人や国に譲り渡すことだけはしたくないと思いました。


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大怪獣のあとしまつ

2022年02月04日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2022年2月4日公開 115分 G

人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死んだ。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付けるなど国全体が安堵に浸る一方で、河川の上に横たわる巨大な死体は腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが判明。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねない。終焉へのカウントダウンは始まった。しかし、首相や大臣らは「大怪獣の死体処理」という前代未聞の難問を前に、不毛な議論を重ね右往左往を繰り返すばかり・・・。絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは、数年前に突然姿を消した過去をもつ首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタだった。そして、この死体処理ミッションには環境大臣の秘書官として、アラタの元恋人である雨音ユキノ(土屋太鳳)も関わっていた。果たして、アラタは爆発を阻止し、大怪獣の死体をあとしまつできるのか!?そして彼に託された本当の〈使命〉とは一体―!?(公式HPより)

 

巨大怪獣の死体処理を題材に描いた空想特撮エンタテインメントです。「平成ゴジラ」シリーズや「ウルトラマン」シリーズの若狭新一が怪獣造形を担当しています。東宝と松竹がタッグを組んでる時点でオチを推測できたことに観終わって気付きましたが・・壮大なる政治コメディであり、偉大なる怪獣&ウルトラマンシリーズへのオマージュになっていました。冒頭から「エヴァンゲリオン」を連想させる説明文をぶっこんでるしなぁ 怪獣やヒーローが壊しまくった後始末も気になるところですが、巨大怪獣の死骸が残されたら、そりゃ難儀な状況ですよね。 

それにしても山田君、顔が綺麗過ぎです。戦闘員らしい骨太さはなく、華奢な外見が余計に目立ってます 太鳳ちゃんはあざと可愛過ぎです。 

ユキノは元特務隊員です。アラタと恋人同士だったのが、3年前の突然の光を正彦の制止を聞かずに飛び出して行って巻き込まれ、その際アラタは姿を消し、正彦は片足を失う怪我を負います。その贖罪からの結婚という流れ キスシーンで体を逸らしていることで、夫を全く愛していないことが伝わってきます。これじゃ、夫も浮気する筈だと変に納得してしまったぞ。3度キスシーンがありますが、それぞれ相手が違うというのもシュールブラック

この3人の微妙な三角関係を軸に、「あとしまつ」にあたる大臣たちの思惑が入り乱れる「会議」シーンがコントのようで面白い!癖のある大臣たちの名前を聞いただけでも笑えます。西大立目総理大臣(西田敏行)を筆頭に、杉原公人官房長官(六角精児)、竹中学文部科学(矢柴俊博)、道尾 創国土交通大臣(笠兼三)、甘栗ゆう子厚生労働大臣(MEGUMI)、五百蔵 睦道国防大臣(岩松了)、中垣内 渡外務大臣(嶋田久作)、財前二郎(笹野高史)、その中でも蓮佛(容姿を含めて某女性政治家を連想させます) 紗百合環境大臣(ふせえり)は狂言回しの役回りですね まさに体を張った演技が楽しめます。

地味で割を食う(らしい)環境大臣が、ここぞとばかりにアピールしていく姿が滑稽に映ります。彼女の下で働くユキノは逆に冷静沈着な女性として描かれますが、夫がいる身で元彼に未練たっぷりって

他にも特務隊長の敷島 征一郎(眞島秀和)、国防軍の川西 紫(有薗芳記)、中島 隼国防軍統合幕僚長(田中要次)、真砂 千国防軍大佐(菊地凛子)や特務隊のスナイパー・椚 山猫(SUMIRE)やブルース行きつけの食堂で働く女性(二階堂ふみ)、ユキノとブルースの母(銀粉蝶)など豪華な俳優陣でした。

責任の押し付け合いをする大臣たちが、大怪獣の死骸が無害と聞くと態度が一転し観光資源として活用しようとします。それは他国も同様で、日本の対応を非難して責任を擦り付けていた国が、突然引き取ると言ってきたりも 誰も彼も目先の利益や保身を考えるばかりです。まぁ現実も似たようなものなんだろうなぁ

国防軍と特務隊の主導権争い(専ら国防軍が面子に拘っている図式でしたが)が処理の遅れに拍車をかけ、対策が後手に回るのも何だか「あるある」です。

使われていないダムを破壊して怪獣を押し流す計画が立てられますが、ここでも省庁の権利が絡んできたり。ブルース ことユキノの兄の青島 涼(オダギリジョー)は元特務隊員で爆破のプロのため、呼び戻されます。ところで何故にドレッドヘア?? 臭いものに蓋ではなく水洗トイレのように流してしまえという発想が日本人らしいともいえるかな。

中途半端な爆破になったのは、旧いダムの設計図を渡されていたため。これも省庁の権力争いの弊害ってこと?で、怪獣も海まで流されず中途半端に止まってます。

迷惑系動画クリエイターの武庫川 電気(染谷将太)が避難命令を無視して現場に残り、怪獣の腐敗液に含まれていた菌糸を被って全身にキノコを生やした姿になって隔離研究されたのは当然の報いですが、体の一部だけ黒塗りな画は完全に遊んでますな

怪獣の腐敗ガスはうんこやゲロの臭いに例えられますが、銀杏の臭いと言い換えての公式発表とか、怪獣のネーミングを言語の大家(名前が金田一)を筆頭に考えた末、決定されたのが「希望」って・・この流れも以前地下鉄や山手線の愛称騒ぎを思い出すなぁ

怪獣の処理方法の売り込みに来た町工場の八見雲 登社長(松重豊)のアイディアを、名前が胡散臭いと棚上げしておいて、密かに「富岳」で計算させて奥の手として登場させるとか、全く政治家の考えることって・・・。

ブルースに託されたミッションを遂行するため怪獣に登るアラタを視認しながらミサイルぶっこむ命令下す正彦、従う隊員たち・・おかしくないか?地球より重い人一人の命じゃないんかい!そしてミサイル命中する怪獣の上で無傷なアラタもね。

と思っていたら・・・オチはそう来ましたか シュワッチとは言わなかったけどね

でも何でもかんでも目の前から消えてしまえば後は野となれ山となれの究極の選択が宇宙へ捨てることなんだな~~。

怪獣映画やウルトラマンシリーズに親しんだ世代にはとりわけ感慨深い作品です。

そうそう!エンドロールの後に官邸で「甲羅は燃えるゴミ?」と再び議論?しているシーンが登場します。それって今度はガメラかよ

続編ありですか?アラタ隊員、帰ってくるのか?


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イン・ザ・プール

2022年02月02日 | 

奥田英朗(著) 文春文庫

「いらっしゃーい」。伊良部総合病院地下にある神経科を訪ねた患者たちは、甲高い声に迎えられる。色白で太ったその精神科医の名は伊良部一郎。そしてそこで待ち受ける前代未聞の体験。プール依存症、陰茎強直症、妄想癖…訪れる人々も変だが、治療する医者のほうがもっと変。こいつは利口か、馬鹿か?名医か、ヤブ医者か。

 

およそ医者らしくない医者と患者の抱腹絶倒な話と聞いていたけれど、伊良部一郎の外見や行動に既視感を覚えて考えてみたら・・・海堂尊の「バチスタ」シリーズの登場人物の田口先生・・じゃなくて、彼を引っ掻き回すトラブルメーカーでロジカルモンスターの厚生労働省官僚・白鳥圭輔が浮かびました。

・イン・ザ・プール

出版社勤務の大森和雄(38)は、一か月前の就寝中に突然呼吸困難になり、以来急な下痢や内臓異常が続いて内科を受診しますが検査しても異常がありません。連日通い詰め再検査を要求する彼を持て余した内科医の勧めで伊良部の神経科を受診します。出迎えた医師は、丸々と太り、よれよれの恰好の髪にはふけが浮く清潔感のない中年男ですが、胸には「医学博士・伊良部一郎」というネームプレートがありました。(ここで、彼が経営者の身内だと示唆されます)

和雄の訴えを興味無さげに聞き流す姿に不信感を覚える和雄でしたが、ストレスからくる体調不良=心身症の診断をされて注射を打たれます。(え?注射??)毎日の通院を命じられて納得できないながらも、看護師・マユミが注射を打つ時の白い太ももが脳裏に浮かび言われるまま通院を始めます。(これだから男って・・
伊良部への信頼感は微塵も無かったけれど、「中年のハシカ」という言葉になるほどと思い、病気の改善に何か運動を勧められて水泳を思いつきます。思い立ったら即行動するタイプなのね 仕事を抜け出し水着一式を買って家の近くの区民プールに足を運んだ彼は、施設が綺麗で整っていることに満足し、昔の感覚を思い出すように泳ぎ始めます。
翌日伊良部に報告すると、水泳なら有酸素運動なのでお薦めだと言われ、ゆっくり時間をかけて運動することが大事だとアドバイスされます。本で正しいフォームを研究し、実践に移すと次第に距離も伸び、毎日二時間めいっぱい泳ぐことが快感になっていく和雄。彼に感化された伊良部も水泳を始めます。和雄の水泳熱はどんどん増していき、朝と夜の二回泳がないと気が済まなくなり、途中で10分の休憩しなければならないのも惜しくなります。雑誌の校了で三日間会社に缶詰め状態になり、泳げないことで情緒不安定になった和雄が伊良部に症状を訴えると、彼はあっさり「それは禁断症状だ」と言い、「泳げばすぐ治まるから大丈夫、夜中のプールに忍び込んで5時間ぶっ続けで泳ご」と誘うのです。医師なのに健康も法律も無視しようと誘うのですから呆れます。気が付いたら一緒に忍び込むことになった和雄でしたが、小さな窓を割って侵入しようとした伊良部のデカ尻がつっかえて身動きがとれなくなったところにパトカーのサイレンが聞こえてきて慌てます。近くにあったクレンザーとホースの水で何とか伊良部を引っ張り出しながら和雄の中で憑きものが落ちます。疲れ切って帰宅した和雄は心配して起きていた妻の尚美に、事の顛末を話します。水泳依存症の夫を心配し、会社を辞めさせようとまで考えていたという妻に改めて愛情を感じた和雄は心の中で水泳じゃなくても有酸素運動はあると久々に愛を確かめ合うのでしたとさ

・勃ちっぱなし

24時間勃ちっぱなしの"陰茎強直症"の営業マン・田口哲也の話です。

性器の隆起が収まらずに困って受診した彼に、伊良部は蹴りを入れるという外的ショックを与えますが治りません。彼もマユミの露出に惹かれしばらく通院することに。 

実は彼には原因が何となくわかっているんですね。それは弱気な性格で言い返せない自分に代わり性器が怒っているのではないかということです。それなら怒りを面に出せばよいと思っても実行には移せない田口でしたが、治療してくれると思って応じた大学病院で教授や学生にレアケースの標本扱いされたことで怒りが爆発して、気付けば息子も鎮まっていました

・コンパニオン

安川宏美は常に誰かの視線を感じています。ストーカーを疑い同僚に相談して警察に行きますが相手にされず、心配した同僚の勧めで精神科を受診します。彼女にはマユミの露出は通用しませんが、逆に対抗心を刺激したようです。 話を聞いてくれ、肯定し、賛辞をくれる伊良部に気をよくして通院を続けますが、ますます症状は悪化していきます。この間、伊良部は宏美を食事に誘ったり高価なバッグや服をプレゼントしたり。およそ医者とも治療とも言い難い行動です。 疑心暗鬼になった彼女は映画会社主催の女優オーディションに参加してひと悶着起こします。驚いたことに伊良部も男優部門に応募していました。当然相手にされず、宏美共々追い出されるのですが、この一件で彼女の憑物が落ちます。懲りない伊良部に蹴りを喰らわす最後がちょっと爽快です

・フレンズ

高2の津田雄太は携帯を片時も離せません。取り上げると手の震えが止まらなくなる息子を心配した両親に言われ渋々受診しますが、伊良部は携帯を止めろと言うどころか、雄太に携帯のことを教えてもらいその虜になって、彼に何通もメールを送ってくるようになります。雄太もまたマユミの容姿や露出に惹かれて通い始めます。雄太は伊良部に「友達がいないの」と聞き、伊良部は「いない」と即答します。マユミも友達はいないけど自分に正直に生きているから平気だと答えます。

雄太は中学の時にいじめにあって登校拒否をしていました。高校では新しい自分になろうと無理をしていたのです。携帯を盗られて使えなくなった日に、複数の約束があったけれど、彼が連絡できなくても誰も困ってはいなかったことがわかり、自分が本当に望んでいたものが何かを悟り自分が無理をしていたことに気付きます。クリスマスの夜、予定もなく街を歩く彼は伊良部のメールを受け取ります。伊良部やマユミ、患者たちの独り同士のパーティの様子に雄太の心が融けていくのです。

・いてもたっても

ルポライターの岩村涼美は、タバコの火の始末が気になって極度に確認してしまう自分を"強迫神経症"と思い伊良部の神経科を訪れます。伊良部はまともに話も聞かず、ルポライターをしている岩村にライバル病院の悪事を記事にして欲しいと言い、挙句「タバコの火だけじゃなく、ガスだって」と言う始末。不安を掻き立てられた岩村はガスの元栓や電気の漏電が気になっていきます。遂には、ご近所に「アパートが燃えていないか確認して欲しい」と電話したり、段ボールを廊下に出しているアパートの住人に片付けるよう頼んだりエスカレートしていきます。あり得ないと頭ではわかっていても、自宅が火事になっている妄想が頭から離れないのです。そんな岩村への伊良部の治療法は、ライバル病院の敷地に石を投げこむなど、彼の私的な恨みを晴らすお手伝い。院長の車のタイヤのボルトを外すなど、常軌を逸した行動に岩村は思わず院長の車を停めようとして逆に事故になるのですが、結果院長の不正が暴かれ、岩村は表彰されるんですね。この事件の前にも岩村の病的な行動が犯罪を暴く結果になって世間に認められたりと、彼の思惑とは異なる良い結果になってしまうのです。

 

何といっても主役は変人・伊良部です。子供がそのまま大人になったようなこんな医者の存在自体に目が点になります。今時、治療に注射が必要な場面が早々あるとは思えないのに、毎回注射をし、その場面を嬉々として目を輝かせて覗き込むなどはフェチというより変態です。患者は彼を気味悪がりますが、何故か通院してしまうのは、不愛想で露出狂のマユミ(悪い人というわけではない)の存在だけでは説明できません。通院を続けるうちに伊良部に心を許していく様子を見ると、精神科医としての素質はあるようです。

毎度適当な助言をしているようで、意外と的を得た診断と大胆な改善策には、ひょっとして名医なのかもと思わせてしまいます。

でもね~~精神を病む人は基本、真面目過ぎるほどの性格で、自分に厳しいのです。そんな彼らが幼児のごとく自分の欲求に素直な伊良部を見て、自分ももっと緩くて良いんだ!と気付くところから病が治っていくのではないかしら?そんな気がしました。


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