月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

2021年3月のおきなわ弾丸(1)

2021-04-29 14:49:00 | どこかへ行きたい(日本)

 

3月25日(木曜日)晴れ

 



 

 機上にいる。いつものANAクラシックを聴いている。大阪・伊丹空港から那覇空港までの飛行時間は2時間15分。搭乗率70%以上。小学校は今日から春休みだから観光客が少し戻ってきたようだ。ふぅわ、ふぅわと、飛ぶように揺れ(まさにそれ!)雲上に顔を出し、さらに高度をあげる。強く、明るい日差しを強烈に受ける。すると地上での靄々(もやもや)はすべて飛ぶ。この世での役目を終えて、魂だけになって空へのぼっていく時も、そうだろうかと思っていた。

 

「翼の王国」3月号、吉田修一氏のエッセイ「空の冒険」が最終回だった。足かけ15年、らしい。(通路席だったので客室乗務員が行ったり来たりしていたが)感慨深く、活字が滲んでみえず涙が止まらなかった。本で顔を隠しながら、目を閉じて、客室乗務員がサービスしてくれたホットコーヒーをいま飲んでいる。

 

 心地よく集中しているうちに、あ!と衝撃。

 ゴ、ゴーンと力強くお尻を突き上げられて、着陸した。大阪から那覇空港までの所要時間は機内アナウンスとぴったりの2時間15分だった。

 

 



 

 

 Nは、羽田空港から飛行機に乗り、先に着いていた。免税ショップ近く、魚だらけの水槽の前で待ち合わせする。たったの1週間、離れていただけでも会うときは他人っぽく、涼しげな顔で登場するのがこの人だ。免税ショップで、ゲランの化粧水、ランコムの日焼け止め下地乳液を予約し、ゆらレール乗り場へ。国際通りの近く「県庁前」までいく。

 



  5年前、取材の折に立ち寄った「ゆうなんぎい」(沖縄料理)へ入る。Nもよく行く、という。道路側まで人が並ぶほどの人気店である。

 あの日は、2日間の取材を終え、ほっと安堵しながら開放感ひとしおで沖縄料理を肴に泡盛をどんどん飲み、ご機嫌だったことを思い出す。

 奥に深く薄暗いうなぎの寝床。座敷では髪の薄い父親が娘を前にソーキそばを箸でかきまぜている。私たちはカウンターに座った。

「初めて?これとこれが上手いよ」と女将さんが勧めてくれた。

「ゆうなんぎい定食」B定食(ラフテー、フーチャンプルー、ミミガー、ジーマミー豆腐、クープイリチ、いなむるち、ごはん・お新香のセット)、「沖縄そば」をオーダーした。

 




 

 ジーマミー豆腐がさっぱりとして最高。フーチャンプルーの、フーには和風とソーキのだし汁が溶け、おいしかった。やっぱり旅のスタートは、地産地消の味でなくっちゃ。国際通りをふらふら歩く。途中、民芸の器の店や沖縄の雪塩、琉球ガラスの店などをのぞく。

 



 
 

 濃いブーゲンビリアがたわわに咲く。薄汚れたコンクリート。マッチ箱みたいなビル。灰色になった洗濯物が下がったアパートには、植物が原生のままで大きく成長し、にょきにょきと茂っている。カフェの前では、綿の肌着のままの日に焼けたおじさんが、薄い氷が浮いたアイスコーヒーをうまそうに啜っていた。沖縄なのに台湾の匂いがした。商店街を歩くと、腐った魚の臭いと、南国のフルーツの匂いが入り交じった、煩雑な昼間。まるですっぴんで昼寝をしているような那覇の姿だった。

 

 国際通り沿いの商店街をのぞきながら牧志公設市場の方角へ。楽しみにしていた市場は、5年前にみたあのにぎやかな市場ではなく、人も店も閑散とし、面積も以前の半分以下の、別の市場になっていた。あまりに寂しげなひどい状態で胸がしめつけられた。

 

  気温はすでに3月といえども22度。もはや入道雲が浮かんでいた。ナハテラスで一息。震え上がるほど酸っぱいシークワーサージュースを飲みながら、いまリムジンバスを待っている。

 



 



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