池田圭著「音の夕映」の続きです。恵まれた家庭に育った彼は、一度も定職につかずひたすらオーディオと向き合う暮らしをしていたようで、うらやましい限りであります。
倖なことに先祖が残して置いて呉れたので現在のような鉄筋コンクリートの蔵を建てることができた。
彼は自分を金を稼ぐことのできない無能者としてなんどもかいているが、
幸いにして産のある家に生まれたので差し当たって会社に勤めるとか、商人になってより以上の蓄財などを僕は毛頭考えることなくきょうにいたった。
という具合に繰り返し恵まれた環境で育ったことを述べている。
しかし、定職につかずひたすらオーディオとして向き合うということは果たして幸せだったのか。
その苦悩はときどき見え隠れしている。
オーディオ装置を命とする僕にとって一ヶ所の気にかかるところがあるということは暮らしを暗くする。如何なる快楽も鬱々として楽しめない。飯は砂利を嚙むように不味い。
このような体でなければ酒も飲むのであろうが酔いに到らないであろう。気を紛らわす何物もない。納得のいくまで装置を改良する他はない。
オーディオにちょっと気になかるところがあるからといって、暮らしを暗くしてしまい、せっかく作った飯も、砂のように不味いといわれた日には、家人もたまったものでもないでしょうね。幸いわたしは酒を飲めばしっかりみっちり酔いに至り、気を紛らわすものに囲まれています…。
まずはオーディオよりやはり家庭を大事にしたいと思ってしまうので、オーディオを極めるというのはやはり私には無理だということがわかりました。
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