細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文⑰ 「真に『理解する』とは」 飯田 理紗子(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2021-12-03 08:55:06 | 教育のこと

「真に『理解する』とは」 飯田 理紗子

 日本で初めて鉄道が整備されたことは、当時の人々やその生活にどのような影響を与えたのだろうか。多くの豊かなものに囲まれながら今を生きる我々には、その気分を完全には理解することができない。しかし、いつでも自由に遠く離れた場所でも行き来することのできる、まさに夢を絵に描いたような乗り物は確実にその時代の人々の生活を潤したことだろう。今の我々にとって、鉄道に乗って旅行を楽しんだり通勤・通学は鉄道がメインであったりすることはごく普通のことであるし、鉄道が定時運行していることを前提にして自分の行動スタイルを決定するというのも日常のなかではよく見られることであり、鉄道は人々にとって当たり前の存在となっている。現在も、次世代車両の開発や導入など鉄道に関する技術は日々徐々に進化しているが、その話題性はいまひとつであるように感じられる。また、安全性や快適性を維持するためには、線路の保守作業を行ったり老朽化と向き合ったりすることが必要不可欠であるが、これらの作業は人目に付きづらい場所や時間で行われることが多いため、人々の注目を浴びることは少なくなるだろう。

 利便性や快適性が高まるという点で次々と目まぐるしく変わっていく社会の中で生きてきたひと昔前の人々にとって、鉄道をはじめとする社会インフラのパワーや影響力は肌で感じやすいものだったであろう。しかしその一方で、今を生きる人々はそうした思いを抱く機会がどうしても少なくなってしまっているため、「インフラの価値や重要性をいかにして知るか」という観点で考えることが必要であるだろう。

 話を鉄道に関することに限ると、「ブルネルは走行安定性を確保するために広軌の鉄道を建設した」ということや「1872年には新橋・横浜間で日本初の鉄道が開通した」などといったように今まで私は歴史上の「事実」を多く学んできた。だが今回の講義では、「1950年代には3日に一度どこかで列車事故が発生していたほど安全性は低かった」ことや「新幹線の気密構造の設計を急遽変えたところ、その変更がなされなかったトイレでは客が汚物を浴びる事故が発生した」ということを知り、今のような快適な車内環境に辿り着くまでは決して順風満帆な道のりだったわけではなかったということが印象的であった。このように、物事の「事実」だけでなく紆余曲折があった「途中経過」の部分も同時に知ることでより深い理解につながり、その価値や重要性を感じ取りやすくなるのではないかと考えた。

 明るい話題は人々の記憶に残りづらいという。講義中にメディアの報道に関して先生がおっしゃった言葉である。明るい話題も繰り返し報道したり口にしたりしていれば人々の記憶に残るであろうが、たしかに暗くて重い何かの粗探しをした方が人々は面白いのかもしれない。しかしそれは、人々がその話題について自分に関わる事柄として捉えずに完全に他人事として捉えてしまっているからではないだろうか。そこでこういった人々の傾向を逆手に取ることで、インフラの価値や重要性、パワーや影響力は計り知れないものであるということを知るためには、教科書に載っているような「事実」の内容に加え、過去の失敗や試行錯誤した「途中経過」の様子を同時に伝えていくことで、より効果的に人々を引き込むことができると考えた。

 物事において結果が全てだと言ってしまえばそれまでだが、今の社会で自分たちが目の当たりにしているインフラをより理解するためには、過去の偉人たちがどのような努力をしてきたかということや、彼らにどのような苦悩があったのかということを知る必要があるだろう。現在もなお進化している技術の中にも失敗や停滞が多くあるのであるだろうが、その失敗がたとえ現在は批判されることが多かったとしても、将来には「過去にはこんな失敗もあったが現在はこんなに威力を発揮している」というように誇らしく語られるようになることを願っている。

 


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