細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(31) 「途上国都市と日本の都市課題」 北川 渚音(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-11-11 05:19:53 | 教育のこと

「途上国都市と日本の都市課題」 北川 渚音

 私は高校の修学旅行でマレーシアを訪れた。その際に感じた違和感を今でも覚えている。マレーシアの首都、クアラルンプールは都市開発の過渡期にある。首都の中心地に聳え立つ超高層ビル、ペトロナスツインタワーをはじめとした現代的な娯楽施設や住宅施設が次々と建設されているすぐそばには、昔ながらの街並みが根強く残っている。私たちはツインタワー近くのチョウキットマーケットというローカルな市場を訪れた。ガイドさんによれば、「かつては多くの人で賑わっていたが、今では大型のショッピングモールやスーパーマーケットの方に人が流れてしまい、近隣の低所得者のみが買い物に来るようになった。そのためクアラルンプールで最も治安の悪い場所の一つになってしまった。」と話していた。また、私たちはガイドさんに「露店を見に中華街に行きたい。」と言うと「あそこは治安が良くないから行かないほうがいい。」と言われ、実際に私の友人はデジタルカメラを盗まれてしまった。安全な場と危険な場所、衛生的に良い場所と悪い場所、富裕層が住む場所と貧困層が住む場所がすぐ隣り合わせにあること、そしてその雰囲気の違いに私は終始驚いていた。別れ際にガイドさんは、「次に訪れた時には、今とはまた違った、さらに発展した街の姿を見ることになるでしょう。楽しみにしていて下さいね。」と嬉しそうに言っていた。私はこの言葉を聞いたときに感じた言語化できない寂しさを忘れることができなかった。

 修学旅行以来、ずっと抱いていた疑問を解決するヒントを本講義から得ることができたと思う。自動車の普及と合理的で効率的な環境をつくるという近代的思想に影響を受けた都市計画理論者が、都市の用途を分離し、大型商業施設のような孤立した建物を推奨することによって、都市空間と都市生活を破壊し、人間を疎外した生気のない街をつくりだしてしまった。この問題点はまさに日本の現状を表している。少子高齢化や大都市への人口流出によって地方の過疎化が進行しており、車社会という言葉が浸透しているほど移動手段を自動車に頼っている。このような自動車を優先させるまちづくりが街としての魅力を下げてしまい、悪循環に繋がっている。解決策としては、歩行者がゆとりをもって動き回ることができ、まわりの人びとと直接交流を持てるような公共空間を整えることを提案したい。つまり、歩行者と自転車の利用を増やし、人びとに長時間滞留してもらえるような活気に満ちた街をつくることが大切だということだ。生き生きした街は親しみやすい友好的な雰囲気を感じさせ、社会的交流の機会を与えてくれる。社会的交流は意識せずとも相互監視の役割を担い、治安が改善される。そして足を運ぶ価値のある場所であることを示すことができる。また、このような街の雰囲気が生み出す“質感”や“生きた交流”は、いくらメタバースやヴァーチャル空間が発達したとしても、代替できないものだと私は思う。

 経済成長が目まぐるしい国の都市開発に疑問をもつことは、「途上国は途上国らしい風景であってほしい」という旅行者が勝手に抱くイメージの押し付けであり、我々日本人が関与することではないと思っていた。しかし私の抱いた疑問は間違いではないと思う。修学旅行で訪れた大都市クアラルンプールでは歩行者や地縁、コミュニティが明らかに疎外されていた。マレーシアで出会ったガイドさんは、首都の発展を誇りに思っていた。幸せそうに話してくれたので当時の私は困惑した。ただしそれは、都市全体がかつての地域交流や文化よりも、都市としての見た目の華やかさや自動車モビリティの向上を優先した結果であると今の私は思う。今後、マレーシアも経済的に成熟し人口も安定、もしくは減少期に突入していくことは想定できる。その時に直面するであろう都市課題を現在の日本から学び、参考にできるものは沢山あると考える。

 


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