細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(30) 「日本橋の首都高速道路は本当に「負の遺産」なのか」 松田 大生(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-11-03 19:33:06 | 教育のこと

「日本橋の首都高速道路は本当に「負の遺産」なのか」 松田 大生

 数年前から東京の日本橋において進んでいるある事業がある。それは首都高速道路都心環状線を地下化するプロジェクトである。この事業は首都高速道路の開通から40年以上が経過し、劣化したインフラの更新工事の一つであると言われればそれまでである。だが、私はこの首都高速道路の地下化には、なにか特別な意義があるように感じる。この工事の意義そして賛否両論であるこの事業について、この事業や日本橋について調べながら考察してみる。

 首都高速道路の日本橋近辺地下化事業は、1963年に開通した首都高速道路都心環状線の区間の設備の老朽化損傷の対策、更新をするために始まった。開通から40年以上が経過し、一日約10万台以上の車が通過するこの区間においてどのように更新工事が行われるかということが問題となった。当初は現在の高架橋の道床のコンクリート床から鋼床版へと設備を更新する、というものだった。だが2016年に日本橋周辺が国家戦略特区の「都市再生プロジェクト」に追加され、周辺のまちづくりと伴い地下化を図ることとなった。道路敷地の上下空間に建物の建設を可能とする立体道路制度を活用することで首都高速道路を地下へ移動し高架橋を撤去、そして日本橋周辺に空を取り戻し景観・環境の改善を図るというものへと変革していった。

 また、この区間の首都高速道路の歴史としては、1950年後半から日本は高度経済成長を迎え、交通渋滞が慢性化していた。このペースで自動車が増えていくと都内の道路交通が完全に麻痺してしまうという状況を改善するために、都心部の街路機能を補完する「連続した立体交差道路」として計画された。またこの区間を含む約32kmがオリンピック関連道路として優先的に整備された。その中で日本橋周辺では日本橋川の水を抜き河床に高速道路を通す予定であったが防災の観点から高架に変更され、1963年に川の上を高架で結ぶ形で開通している。

 さて、この事業が進む上で「高度経済成長の『負の遺産』である首都高速道路」を地下化して日本橋に青空を取り戻そう、などという意見が見られる。また、小池百合子東京都知事も記者会見で「首都高が日本橋の上空を走るのは歴史と文化を無視して利便性だけを追求してきた結果であり、『これまでのインフラの悪しきモデル』である」とバッサリと切り捨てた。だが首都高速道路は実際に負の遺産であるのだろうか。また、これまでの歴史と文化を無視したものであるのだろうか。私個人の感想、意見としては否である。その理由としては、日本橋が過去においても交通の要所であったことである。

 まず、過去も今も日本橋は交通の要所である。江戸時代から日本橋は東海道の起点として、江戸の町人文化を支える街として栄え、多くの人通りがあり、数え切れないほどの人や物が行き交った。そして日本橋川が水上交通の要所として栄えた。そして現在は首都高速道路の路線の中でも重要な路線の一つ、都心環状線が通り、そして鉄道はJR総武快速線(新日本橋)の他、東京メトロ銀座線や東西線、半蔵門線に都営浅草線といった多くの地下鉄が日本橋の地下を走る。これらを考慮して日本橋に首都高速道路が走っていることは日本橋の歴史を無視した結果なのであろうか。インターネット上に地下に首都高速道路を移し再開発を進めたあとのイメージが公開されており、そのイメージを見た私は、「どこにでもありそうな心地よい再開発された水辺空間」という印象を抱いてしまった。また、そのイメージにはもはや「交通の要所」という日本橋の江戸時代から続いてきたアイデンティティは消え失せていた。果たしてそのような再開発が日本橋の歴史と文化を重視しているものなのであろうか。

 また、景観として何が美しいか、ということは時代によって移り変わっているということは念頭に置かなければならないと私は考える。「空を見上げても首都高速道路の高架しか見えず景観も何もあったものではない」「首都高速道路の存在によって景観が破壊されている」といった意見を否定するわけではないし、またそういう意見があることは十分承知であり、また、これらの意見が間違っているというわけでもない。だが、首都高速道路の建設当時はビルの合間や川の上などを高架で走る高速道路は都市的、近未来的であるという評価も聞かれたらしい。外国の事例であるが、1870年にエッフェル塔がパリに建設されたときにはこんな建物はパリに似つかわしくないという意見も多く聞かれたといわれている。だが、現在のパリでそんなことをいう人は皆無に等しいであろう。日本橋の首都高速道路の高架は撤去されてしまうことが確定してしまったが、将来はビルの中に首都高速道路の高架が入り組んでいる光景を、これこそが東京である、という感覚で受け入れられることを私は願ってやまない。そして最後に、日本橋近辺の再開発事業が、無事に完成するよう、そして交通の要所日本橋のアイデンティティをできるだけ失われないように再開発されるよう心から願いたい。


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