この週末は、ほとんど書き物をしていました。委員会報告書の仕上げの段階に入った二つの委員会のための書き物です。そのうちの一つの土木学会の356委員会では、シンポジウム論文集を募集しており、私はその委員会の委員長ですが、単著で養生についての論文を書くことにしました。下記が、その論文です。シンポジウムで発表します。
なお、356委員会の成果報告会は9月13日にあります。まだ残席はありますが、結構好評のようですので、申し込みはお早めに。
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「耐久性確保のための養生」
横浜国立大学 正会員 細田 暁
1.はじめに
吉田徳次郎博士は,養生について「養生作業は,コンクリート施工の最後の作業であり,最後の努力をなすべき作業である.養生作業の如何により,施工者のコンクリートに対する智識と,工事施工の良否とを判断し得る場合が多い。」と記した1).基本的には,効果の高い養生を長く続ける方が,コンクリートの品質を高めるのは言うまでもない.しかし,最終的に重要となるのはコンクリート構造物の性能であり,本稿の主題に関する性能とはひび割れも含む耐久性である.構造物の性能である耐久性に養生が及ぼす影響は,検討も検証も容易ではない.容易ではないがゆえに,「湿潤養生を28日間するから品質が向上する」という半ば思考停止の技術提案がまかり通ったり,本当は標準的な養生を超えて追加の養生が必要なのに,なされないために現実の構造物で劣化が生じている場合も存在する.
本稿では,真の耐久性確保のための養生のあり方,について筆者の考えを述べる.
2.ひび割れ抑制と養生
ひび割れはコンクリート構造物には付き物で,現場では常に関心となる現象の一つである.ひび割れの発生やひび割れ幅に対する影響要因は多く,ひび割れの発生メカニズムすら知らずに現場のひび割れが議論されている場合も少なくないであろう.例えばマスコンの温度ひび割れを抑制したい場合に,型枠(せき板)の標準的な存置期間を超えて躯体表面を養生することは効果があるのであろうか?
養生という行為は,「やらないよりはやった方が品質が向上する」ものであるため,効果のほどは定かではないがとりあえず養生しておこう,というようなことになりがちではないか.総合評価方式における技術提案で,効果を実証しようがないために,より長期間の養生を提案した場合に高得点が付き,結果として受注につながる,というような話を聞くことが少なくない.長期間の養生をする施工者の努力を否定するつもりはない.しかし,「追加の養生はサービスです」というような雰囲気がまかり通れば,後述するような真の耐久性確保のために必要な養生のあり方を模索する気概も損なわれかねない.現状のいわゆる標準的な養生では,耐久性が確保できない場合もあると思われ,環境作用や供用環境,構造物種類等によっては標準的な養生を見直し,サービスではなく,適切な対価が支払われる必要があると考えている.
さて,マスコンのひび割れの話に戻ると,山口県のひび割れ抑制システムにおいては,型枠の存置期間がひび割れ抑制に顕著に効く,という知見は今のところ得られていない.また,NATMトンネルの二次覆工コンクリートで筆者が勉強した限りでは,インバート拘束による横断方向のひび割れの抑制には,インバート直上に部分的に配置したパイプクーリングが極めて効果的であった.この事例の場合,型枠面の養生は本質的な要因ではなく,温度の制御が本質であった.本質を見ることの重要性を常々感じる.
3.かぶりの確保が本質
一般論として,コンクリート構造物の耐久性を確保するために最も重要な要因は鉄筋のかぶりの確保,である.十分なかぶりが確保されれば,一般的な環境における大半の構造物では耐久性が確保できると考える.ただし,適切にひび割れが抑制され,かぶりコンクリートが「均質かつ密実で一体性のあること」が前提である.
しかし,十分なかぶりが確保され,示方書等に記載されている標準的な施工を行ったとしても,耐久性が確保できない場合があると考えている.例えば,凍結抑制剤を含む水が作用する過酷な凍害環境下,等である.そのような場合には,空気量を含む適切な配合設計,標準的とされる養生期間を超えた追加養生の実施,等も含めて,真に耐久性が確保される対策を追求するべきである.
一般的な構造物,過酷環境下に置かれる構造物のどちらにとっても養生は大切なのであるが,議論する際には,構造物や置かれる環境等の条件を明確にしないと,生産的な議論はなされない,というのが私の実感である.
4.過酷環境下でのコンクリートの耐久性
十分な耐久性が確保できていない構造物はいまだに存在する.耐久性が確保できない理由は様々であろうが,養生を改善することにより耐久性確保に近づくことのできる場合も存在すると考えている.
例えば,凍結抑制剤を含む水が作用する環境で供用されるコンクリート構造物は,表面からのスケーリングに対する十分な抵抗性が求められる.スケーリングを含む凍害に対して十分な抵抗性を持たせるためには,適切な材料選定,配合設計,適切な施工,硬化コンクリートに達成されるエントレインドエアの性状等が重要な要因となるが,微細ひび割れを抑制することも重要である.特に冬期施工時に早期に乾燥することにより,微細ひび割れが生じることがあり,スケーリング抵抗性を低下させる可能性がある.本報告書にも,これに関する阿波稔先生のケーススタディーが4章に含まれているので参照されたい.
また,同様の過酷環境で供用されるRC床版を高耐久化する際にも養生が活躍する可能性がある.RC床版の土砂化は全国で生じている現象であるが,凍結抑制剤を散布する東北地方では,まさに至るところで土砂化が生じていると言って過言でない状況が明らかとなってきている2).適切な防水工がなされることも重要であるが,床版本体が十分な耐久性を持つべきであると考えている.凍結抑制剤を含む水が床版上面から作用する場合においても,土砂化を抑制するために,ASRによる微細ひび割れが生じず,スケーリングによる劣化や,乾燥による微細ひび割れをも抑制するべく,耐久性確保のための養生のあり方を模索したケーススタディーを,私が4章に執筆した.
真に耐久性を確保するための養生のあり方を引き続き模索していきたい.
5.生産性向上,資源の制約,維持管理など
時代や社会は変わる.生産年齢人口の急激な減少が顕在化し,生産性向上がスローガンのように叫ばれている.NATMトンネルの覆工コンクリートのように材齢1日に満たない状況で脱型して型枠が移動していくような工法が当たり前のように使われることになるかもしれない.
また,私は資源の枯渇・急減が人類の直面する最大級の課題であると認識しているが,この制約により,これまでと全く異なる材料や配合のコンクリートを使いこなしていく必要も出てくると思われる.このような状況において,構造物の性能が十分に発揮されるために養生が一役買う局面が出てくるであろう.
もう一点,付け加えておくと,維持管理の現場においても,例えば極めて厳しい時間制約の中での施工のため,新設構造物のような養生ができない場合もある.現状でも被膜養生剤などの工夫はされているが,補修・補強後の性能は十分に検証されているであろうか.補修・補強がされた後の構造物が安易な再劣化を生じずに,長期間性能を発揮するためにも養生について実践的な研究がなされる必要があると私は考えている.
6.356委員会の行く末
今回,土木学会356委員会の委員長を務めさせていただいた.委員の皆さんとの議論を通して私も様々な勉強をさせていただいた.私自身は,現実の構造物の品質が向上し,耐久性が発揮されるように研究をしたいと思う人間である.それだけが重要であるなどとは微塵も思っていない.しかし,養生というものを今後組織的に研究し,規準類等に成果を反映し,社会に貢献していくためには,基礎研究と現実の構造物が結びつくように研究し,議論すべきであると筆者は思う.そのような観点で前進するなら,356委員会の二期目にも意義があろうと思われる.
参考文献
1) 吉田徳次郎:コンクリート及鐵筋コンクリート施工法,丸善株式会社,1942
2) 東北地方整備局:「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」,2019.6