80年代Cafe

80年代を中心に、70年代後半~90年代位の懐かしいもの置いてます。
あなたにとって80年代はどんな時代でしたか。

ファミリーコンピュータ ディスクシステム・任天堂

2006-10-14 22:05:34 | レトロゲーム機1975-

 ディスクシステムは、1986年に任天堂より15,000円で発売されたファミリーコンピュータ用の周辺機器。


 RPGやシュミレーションなど、大容量やセーブを必要とするゲームが増えてきた事にともない、それに対応する為に発売されたディスク読み取り機器です。


 蓋をあけたところ。高さがあるためか、発泡スチロールがごついです。


 当時初めて開けた子供は、どんな気持ちだったのでしょうか。


 いかにもファミコン用ディスクということをアピールするかのよう。


 外付けディスクドライブとしては、屈指のデザイン。

 ファミコンの周辺機器の中では、もっとも成功した物の内の1つでしょう。またショップ店頭に設置されたディスクライターという専用の機械を使って、安価でゲームの書き換え販売などのサービスも行なわれました。ゼルダやメトロイドなど、ディスク専用のソフトも次々と出されて一時期はかなり人気を集めました。


 取扱説明書。ファミコンの取説に準じたデザイン。


 これがファミリーコンピュータだ!!ディスクシステム編。


 注意書きとアンケートハガキ。

 今からでは考えにくいのですが、当時フロッピーディスクドライブはかなり高価(贅沢)な機器でした。(フロッピー装備のPCは、そうでないものに比べ5万円~ほど高かった)。低価格のホビー用PCには付いていない事も多くて、その場合にはカセットテープなどが代わりに用いられていました。カセットテープではゲームするたびに30分ほどのロード時間がかかっていましたから、ある意味フロッピー機器ははあこがれの装備でもあったのです。それを15,000円程で出してしまうのですから、あの当時ファミコンの勢いというものをけっこう実感しましたね。(実際はフロッピーではなく、シャープがMZ-1500などに積んでいたクイックディスクなのですが、それでも凄い)。当時私は持っておらず、友達の家でバレーボールなどで遊ばせてもらってました。特殊な音源が積まれているため、BGMが非常に綺麗だったのを覚えています。


 ちらし、パルテナの鏡


 任天堂バレーボール


 スーパーマリオブラザーズ2


 CMが印象的だったメトロイド


 任天堂プロレス


 最もディスクシステムらしい作品、ゼルダの伝説


 ちらしも楽しいですな。

 その後メガロムが登場してロムカセットの容量がディスクよりも大きくなるとともに、バッテリーバックアップも登場してセーブも手軽にできるようになりました。そのためディスクシステムは、その存在意義を失ってしまいました。また販売店やメーカーにとっても利益が薄く敬遠されてしまったようです。書き換えサービスは続いていたみたいですが、それも2003年で終了してしまいました。


 売れただけあってそれ程珍しいものではなく、特にプレ値も付いていないようです。そのため今でも、中古でわりと簡単に入手できるとは思います。ただハードオフ等でジャンクとして出ている物は、ベルトが切れたものが多いようです。(ちなみに写真のものはディスクシステム型ティッシュカバーです)

※1986年の発売ですが、ファミコンと同年代として分類してます



参考:ファミリーコンピュータ・ディスクシステムの項

ファミリーベーシック V3・任天堂

2006-10-14 22:00:00 | レトロゲーム機1975-

 ファミリーベーシック V3は、任天堂より1985年2月に発売されたファミリーベーシックの拡張バージョン。


 価格は、ROM本体とハンドブックのみで9,800円。キーボードは、従来のファミリーベーシックより流用することになります。


 ファミリーベーシックが、本格的なゲームを作るには容量が少なすぎるということから、容量を2倍の4Kバイトに増やしての発売となりました。V3というネーミングは、ブイスリャー!とは関係なくて、バージョン3という事の様。微妙な修正を加えたV2が存在してたとは。


 数学の教材のような爽やかなパッケージ。


 ファミリーベーシックV3ハンドブックが付属。本体内蔵のゲームを改造して、わかりやすくベーシックが学べるという内容。発行所は任天堂株式会社、発行人は山内溥


赤い~赤い赤い仮面のV3を意識したかはわかりませんが、赤いカートリッジがV3の証。


 容量が倍になっても4Kバイトしかなく、おまけにファミリーベーシックのキーボードが必要ということで、ハードルが高く売れなかったようです。


 ファミリーベーシック V3のちらし。


 同じくファミリーベーシックには必需品の任天堂純正データレコーダーのちらし


 買う層が限られていたとはいえ、当時本気でファミリーベーシックでゲーム作りをしていた子には、よい贈り物だったと思います。これで学びその後の方向を決めた、という子も少なからずいたのではないでしょうか。



Wiki ファミリーベーシック・ファミリーベーシックV3の項

ファミリーベーシック・任天堂

2006-10-14 21:12:08 | レトロゲーム機1975-

 ファミリーベーシックは、1984年に任天堂より14,800円で発売されたファミリーコンピュタ周辺機器


 当時ライバルがPC機能を捨てきれずにゲームとホビーPCどっちつかずのものを出していたのに対して、任天堂はゲームに機能を絞り込む戦略で勝利を収めました。しかしファミコンがファミリー『コンピュータ』たる所以として外す事はできなかったのか、翌年周辺機器の1つとしてベーシック言語を組み込んだロムとキーボードをセットにしたファミリーベーシックを発売しました。


 箱を開けたところ。取扱説明書、Q&A、キャラックター表など盛りだくさん。


 これは未使用品


 当時のわくわく感が残っていそう。


 セット内容自体は、ベーシックROMカセット本体とキーボードとシンプル。

 ベーシック言語を使った簡単なプログラムによりゲームが作れる機能の他に、簡単な計算・ワープロ機能、音楽作成、占いなどをすることができました。しかし14,800円と本体と変わらない値段だったことや、容量の小ささから本格的なゲームを作ることが出来なかった(キャラクター作成ができなかった)ことなどから、それ程ヒットはしなかったようです。当時ファミコンを持っている人で、これも持っていた人はあまりいなかったようにも思います。(本体との抱き合わせ販売などで、仕方なく買った人もけっこういるようです)。初期に話題になっていただけで、中期以降は忘れられた存在になってしまいました。


 アルファベットは一般的なQWERTY配列、かなは五十音順。子供に対する配慮でしょうか。


 キーボードが赤と白に塗り分けられていて、ファミコン周辺機器を印象付ける。


 FAMILY COMPUTERの文字がイカス。


 ファミリーベーシックROMカセット。こっちが本体。

 しかし当時の自作プログラム投稿雑誌には、他のPCやポケコンとならんでファミリーベーシックの投稿プログラムが必ずと言ってよいほど載っていました。多くの方がファミリーベーシックの思い出をネット上に書いておられますが、これでコンピュータの基礎を学んだ方も少なからずいたようです。のちにプログラム作成機能を強化するために、容量を2倍に増やして他の機能を外したV3なども発売されました。


 取り扱い説明書。BASICの解説などがしてあります。


 質問が多かった事項などを集めたQ&A集

 私は当時触れたことがなかったので知りませんでしたが、これをファミコンに繋いで電源を入れると『ワタシ ハ ファミリーコンピュータデス』と表示(挨拶)されるそうです。子供に扱いやすいように、コンピュータと対話しながらプログラムを学ぶという趣旨で作られているのだそうですが、物言わぬファミコンがある日『コンピュータ』となって目覚めて持ち主の子供に語りかけてくる・・というのはなかなか感動的な光景に思えます。


 使用可能なキャラクター表


 地形などのマップデータカラーチャート表。

 いかにも80年代を象徴するようなデザインが、今見てもなかなかいい味だしてます。これとディスクシステム、ファミコンロボットの3つがファミコンの3種の神器といっても良いかも知れませんね。 



参考:Wiki ファミリーコンピュータ、ファミリーベーシック、ファミリーベーシックV3の項

ファミリーコンピュータ・任天堂

2006-10-11 21:19:22 | レトロゲーム機1975-

 任天堂より1983年に14,800円で発売されたファミリーコンピュータ。登場時に同時発売されたソフトは、ドンキーコング・ポパイ・ドンキーコングJrの3本。82~83年にかけて第2次TVゲームブームが起こりますが、それを制しただけでなく日本の標準機になり、世界をも制してゲーム機のスタンダードにまでなりました。


 箱を開けたところ。本体、ACアダプター、スイッチボックスが整然と収められています。


 本体と取扱説明書一式。


 取扱説明書、これがファミリーコンピュータだ!!(小冊子)、注意書き。


 取扱説明書。何かレトロというか、品がありますな。


 これがファミリーコンピュータだ!!(小冊子)。漫画形式でCPUなどコンピュータ機器の解説。


 注意書き。

 当時初めてこれを見たのはデパートの玩具売り場で、なんの事前情報もなく見たのですが、ドンキーコングがアーケードと変わらない画面で動いているのに驚きました。初めから有名なゲーム機として出ていた訳ではなく、最初は数多くのゲーム機の内の一台に過ぎなかったのですね。(当時はぴゅう太の方が知名度があったくらい)。14,800円という値段にも驚きましたが、それまでのTVゲームの例から10本ほどソフトが発売されて、その後出なくなって終わりなんだろうなとそんな感じでした。


 FAMILY COMPUTERの文字がイカス、本体。


 説明するまでもありませんが、電源、リセット、イジェクトレバー


 任天堂の白い悪魔


 ほこりが溜まったものです。


 2コンにはマイク付き。声を拾う能力はなく、音の検出のみのよう。

 その年の年末商戦の大ヒット商品になったようですが、流れが大きく変わってきたのは、ナムコが1984年に参入してゼビウスを発表してからです。ゼビウスは当時かなり話題になっていたゲームでしたが、当時のPCでもなかなか完璧な移植はされていませんでした。(この時期のものとしてはX1版くらい)。そのゼビウスが家庭で遊べる(しかも出来が良い)という事でかなり話題となりました。続いて謎が多くてゲームセンターでは遊びにくかった、ドルアーガの塔(1984)なども発売されていよいよ人気が本物になっていきました。(ドルアーガの謎を解き明かした本が、攻略本の最初だったようです)。その後スーパーマリオ(1985)の大ヒット、ドラゴンクエスト(1986)とファミコンの人気は、単なる玩具を越えて一般にまで認知されるようになりました。ブリキ世代、ソフビ世代、超合金世代、ガンプラ世代ときて、この頃ファミコンの洗礼を受けた世代は、間違いなくファミコン世代といって良いのではないかと思います。



 ファミコンが圧倒的な勝利を収めたのは、豊富なソフトによる事が大きかったのですが、競合機はPCとゲーム機の両方の機能を持ったどっちつかずのものが多かったのです。それに対してファミコンは、徹底的にコストを抑え機能をゲームに特化させて対抗した事で勝負を決めました。(あの有名な紅白のカラーリングも、成型コストが一番安かったからという理由で決定されたのだそうです)。またゲーム機本体で利益を出すのではなしに、ソフトを売って儲ける戦略も先見の明があったのでしょう。(つまり勝つのは必然だったという事です)


 ファミコン本体は数が多いため、未使用品や初期四角ボタンをのぞいてプレミア的な価格はつかないようです。(稀少ソフトは、すごい値が付いてますが)。それでも箱説の付いた綺麗な物はなかなか見かけなくなりましたので、綺麗な物を見かけたら思い出の品として一台確保しておいても良いのではないでしょうか。



参考:Wiki ファミリーコンピュータの項

PV-1000・カシオ

2006-10-11 03:18:47 | レトロゲーム機1975-


 これは、1983年にカシオより14,800円で発売されたPV-1000。ご存知のように1983年はファミコンが発売された年ですが、この時期に第2次TVゲームブームとでもいう現象が起こりました。


 本体、スティック、ACアダプター、接続コード、スイッチボックス。


 メガドライブみたいな雰囲気もありますが、かなり個性的な本体。


 売りのひとつであった、ジェット感覚のジョイスティック

 それまではFL機やゲームウォッチ等の電子ゲームがブームの中心でしたが、各メーカーからぞくぞくと新しいTVゲームが発売されています。ファミコン(任天堂)、アタリ2800(アタリ)、高速船・アルカディア(バンダイ)、SG-1000(セガ)、TVボーイ(学研)・・・。同時に82年~83年頃は、家庭用の低価格パソコンが出現してきた時期でもありました。ぴゅう太(トミー)・MAXマシーン(コモドール)、M5(ソード)、MSX(家電各社)・・・。電子ゲームは終焉を迎えて、家庭にパソコンが入ってくる時代がやってきていたのです。結局極限までコストを抑えてゲームに特化した性能を持ったファミコンが、第2次TVゲームブームを制したのですが、これはそんな時期にカシオが出していた機種です。


 多彩なソフトラインナップ、パチンコUFO、プーヤン、タービン、スーパーコブラ


 ツタンカーム、ディグダグ、スペースパニック、アミダー。玄人好み。


 ワープ&ワープ、近日発売にノーティボーイが!ファイティングバグはユニバーサルから出たアーケードのレディバグダーティカメレオンは、ジャレコのカメレオン。これにエキサイト麻雀を加えた全13種がPV-1000用として発売された。結局、箱に印刷(予告)されているゲーム以降、発売されたのは1本だけということで、その短命さがうかがえます。


 ゲームセンターあらしにも登場した、縦型平安京エイリアン・スペースパニック。ファミコンと同時期のものとしてはさびしい限りですが、スペースパニック、ツタンカーム、アミダー、ノーティボーイ、レディバグの移植例は珍しく貴重なんではないでしょうか。


 ラインナップが渋すぎて、涙がでそう。
 
 カシオは、PCメーカーやTVゲームメーカーという印象は薄いのですが、この後MSXにも参加して低価格のPV-7という機種を出していたり、これまた低価格のポケコンPB-100などを販売していて、気軽にコンピューターに触れる事のできる機会を与えてくれていた貴重なメーカーでもあります。また電子ゲームブームの頃には、電卓にゲームを組み込んだゲーム電卓というヒット商品も出していました。(数字のインベーダーやボクシングなどが話題になりました)。そういう流れから、積極的に市場に参入しようとしていた時期のものなのでしょう。


 背面。電源用と、TV出力用端子の2しかないシンプルさ。


 楽がきPV-2000というホピーPCもありましたので、こちらはゲーム機に徹しようという戦略(?)なのでしょう


 側面にも電源スイッチのみ。

 PV-1000に話を戻しますと、性能自体はあまり特筆するようなものはないようです。ファミコンと同価格ですが、ファミコンが既に発売された後に出されていますので、結局半年くらいで市場からは消えてしまったみたいです。これしか移植がされてないゲームもあるようですが、珍品の部類に入ってしまうでしょう。またこれと同時期に、楽がきPV-2000というホビーパソコンも出されているようですが互換性もなかったようです。


 ジョイスティックはオプションではなく、標準コントローラー。売りのひとつだったようですが、実際は使いづらいみたい。


 とにかく箱のあちこちにこの文字が。よっぽどパチンコが好きなんでしょうな。


 箱にでかでかと書かれているパチンコUFOが、これのキラーソフトがだったようです。ゲーム電卓やMSXのソフトでも出ていましたが、カシオの開発者にパチンコが好きな人でもいたんでしょうか。