80年代Cafe

80年代を中心に、70年代後半~90年代位の懐かしいもの置いてます。
あなたにとって80年代はどんな時代でしたか。

続・続・散財日記

2007-01-30 21:26:59 | 散財日記・雑記
 時間があんまりとれないので、とりあえず散財日記ネタを・・
ファイナルファンタジーWS版 100円
クレージークライマーWS版 100円
エポック社・ペンギンレストラン(ポケットデジコムソーラー) 1,000円

あんまり散財してませんね。こんな金額で買い物した気分になれれば、安いものかな・・
ペンギンレストランは、ソーラーパネル搭載のエポック社の液晶ゲーム。これは、あらためてネタとしてやります。

サンダーストーム&ロードブラスター・データーイースト

2007-01-28 17:08:11 | レトロゲームReview

 これは、データーイーストより発表された『サンダーストーム』(84)と『ロードブラスター』(85)です。


 オリジナル版はアーケードゲームで、レーザーディスクの画像を使用したLDゲームというジャンルになります。1983年~85年にかけての一時期このようなLDゲームが、ゲームセンターで流行っていました。


 LDゲームとは、レーザーディスクに記録された画像を使用したゲームのことで、大まかに2つに分類できます。1つは映像を背景として流し、CG画像で自機や敵を表現したもの。もう一つは、アニメや特撮映像にあわせて、タイミングよくボタンを押してゲームを進めてゆくもので、『サンダーストーム&ロードブラスター』はこちらにあたります。

 

このタイプのものとして有名な所では、FCやSFCにアクションゲームとしても登場した『ドラゴンズ・レア』(83)、タイトーの『忍者ハヤテ』、『タイムギャル』(ともに85)などがあります。特に『タイムギャル』は、大抵のゲームセンターやボーリング場に置いてあったので、ご記憶にある方も多いのでは。


 『サンダーストーム』は、80年代に流行っていたTV映画『ブルーサンダー』をモチーフとしたゲームで、同じ時期にセガ体感ゲームの『サンダーブレード』などもありました。謎のゲーム魔境によれば、アニメ製作を担当したのは、『六神合体・ゴッドマーズ』などを製作したスタジオで、かなり凝った迫力のあるものが使われていました。当時は、まだムービーやポリゴンも発達していませんでしたので、見た目のインパクトはなかなかのものがあったと思います。ゲーム自体は、ボタンやレバーのタイミングを何度も繰り返して覚える記憶ゲームですから、それほど面白い物ではなかったのですが、演出といった意味では群を抜いていたと思います。


 『ロードブラスター』は、同じく80年代に一世を風靡した劇場映画『マッドマックス』風の世界観を持ったゲームです。


 北斗の拳の荒廃した近未来描写といい、ゲームブックにまで近未来バイオレンスものが登場したことといい、『マッドマックス』が80年代後半の文化に与えた影響は、かなり大きかったように思います。


 話は花嫁を暴走族風のグループに殺された主人公が、復讐をするといったものです。物語としては単純ですが、なかなか臨場感のある演出がほどこされており、今遊んでも結構楽しいと思います。ハンドルを切って敵の車を避けたり、アクセルを踏み込んでターボーチャージャーで体当たりをしたりと、LDゲームの中でも傑作といっても良いのではないでしょうか。


写真はPS版『サンダーストーム&ロードブラスター』と、データーイーストを特集したゾルゲ氏の『謎のゲーム魔境4

 この手のLDゲームは、その性質上移植が難しくLDを使えるPC(X1、MSX)と、LDの再生装置が必要でした。家庭で遊ぶには、ある意味マニアか、お金持ちの子供しか体験できない聖域だったのです。しかしCD-ROM機の普及にともなって、メガ-CDやPS、SSなどに移植されて気軽に楽しめるようになりました。『忍者ハヤテ&タイムギャル』も同じように発売されています。これらは、80年代のゲームセンターやボーリング場には、ある意味欠かせないものだったと思います。



参考:謎のゲーム魔境4/ゾルゲ市蔵著

ゲームブック・ソーサリー・東京創元社

2007-01-28 13:31:18 | ゲームブック

 『ソーサリー』は、1983年~85年にかけて発表された4部構成のゲームブックです。ゲームブック第1人者スティーブ・ジャクソンの作品であり、彼の代表作というだけではなくゲームブックの最高傑作と言われる事もあります。日本では、東京創元社により85年に出版されました。また最近になって創土社より復刻版も発売されています。


 85年といえば『スーパーマリオ』の大ブームにより、一般的にもファミコンやゲームが認知され始めた年でした。前年84年にゲームブック第1弾の『火吹き山の魔法使い』も出版されて、ゲームブック的にも盛り上がっていた頃だったと思います。『火吹き山の魔法使い』は、S・ジャクソンと、I・リビングストンという2人のゲームデザイナーによる共同作品だったのですが、それ以降の単独作品では、ストーリーや世界観に凝るリビングストンと、新しいルールや仕掛け・ゲーム性に凝るジャクソンという、2人の個性の違いがよく現れていました。例えばジャクソンは、FFシリーズ第2作『バルサスの要塞』で魔法を使うシステムを導入したり、『モンスター誕生』では主人公を自分の意思で操れない怪物にしたりといった具合です。もう一方のリビングストンは『盗賊都市』や『死の罠の地下迷宮』など、世界観を表現する事に重きをおいた作風でした。


 冒険の始まり魔法使いの丘、割とオーソドックスな作り。


 盗賊都市と並ぶインパクトを誇る城塞都市カーレ。


 急展開をみせる七匹の大蛇。


 パラグラフ800項を誇るクライマックス王たちの冠。

 本作はジャクソンの最高傑作と呼ばれる事もあり、物語もシステム的にも凝りに凝ったものとなっています。まず1つには、4つのシナリオを横断してゆくキャンペーンと呼ばれる形式をとっています。主人公は第1巻『魔法使いの丘』で旅立ち、『城塞都市カーレ』を抜けて、途中で敵の諜報員である『七匹の大蛇』を阻止して、『王たちの冠』で敵の要塞に乗り込む事となります。これらひとつひとつが、一冊のゲームブックに匹敵するボリュームを持っていて、それぞれフィールドアドベンチャー(1巻)、シティアドベンチャー(2巻)、スパイである7匹の大蛇を何匹倒せたかを競う追跡もの(3巻)、キャッスルアドベンチャー(4巻)と異なった形式のシナリオになっています。FFシリーズの標準的なパラグラフ数は400前後ですが、この『ソーサリー』は1巻(456)、2巻(511)、3巻(498)、4巻にいたっては(800)となっていますので、そのスケールの大きさが伺えます。


 ある意味一番のインパクトを放つ、カーレの下水道に潜むスライムイーター。

 また本作の一番の特徴といえるのは、3文字のアルファベットを組み合わせた個性的な魔法のシステムでしょう。プレイヤーは、冒険前に戦士か魔法使いかの職業を選択します。魔法使いを選んだ場合には、冒険に出る前に魔法の書に目を通して魔法を覚える必要があります。この魔法は、ZAPとかGOB、WALなどの3文字の組み合わせからなっており、冒険に出た後では、魔法の書を見ることはできません。(秘密が漏れるのを防ぐため持ち歩けない) 意味のわかりやすい組み合わせならよいのですが、ほとんどは意味のわからない3文字の記号になっていますから、プレイヤーの理解度がそのまま主人公の魔法熟練度になるという、かなり画期的なシステムだったと思います。意地悪な事に、効果のない実在しない組み合わせも選択肢中に登場しますので、デタラメではなかなか通用しないようになっています。


 これは、当時累計120万部のベストセラーとなったそうで、書店や古本屋などでも良く見かけました。個人的には、古本屋で入手してズルをしながら読み進める感じで、楽しんだ記憶があります。まともに遊んだら、4巻を通しての難易度は半端じゃなくありますので、当時悪戦苦闘された記憶のある方も多いのではないでしょうか。ネタばれになりますので詳しくは書きませんが、4巻ラストのトリックは目から鱗が落ちるような出来で、ゲームブックという枠を超えていたように思います。現在でも創土社より復刻版が発売されていて、携帯版やソーサリーリプレイを題材にしたブログなどもあるようです。古本屋でも結構見かけますので、もし見つけたら手にとって当時を思い出してみるのも良いのではないでしょうか。

ドルアーガの塔(The Tower of Druaga)・ナムコ(バンダイナムコゲームス)

2007-01-21 20:41:06 | RPGゲームReview

 『ドルアーガの塔』(The Tower of Druaga)は、1984年にナムコより発表されたアーケードゲームです。ゲームデザイナーは、当時『ゼビウス』(82)で一世を風靡していた遠藤雅伸氏バビロニアンキャッスルサーガという壮大な物語の第1作目でもあります。


 ドルアーガの塔は、RPGの要素を取り入れた日本でも最初期の作品です。同じ年に国産RPGの元祖といわれる『ブラックオニキス』、『ドラゴンスレイヤー』、『ハイドライド』が発表され、ゲームブックの元祖『火吹き山の魔法使い』も出版されています。この84年という年は、いわば日本で一斉にRPGという遊びが開花を始めた時期であったと思います。物語は、主人公ギル巫女カイを救うため、様々な敵を倒しながら60階にも及ぶドルアーガの塔を攻略するといったもの。アーケードという制約上、経験を上げて成長をする代わりに、アイテムをとって装備を固める事により、主人公が強くなってゆくというシステムを採用していました。一番の特徴は、フロアに隠された様々な宝箱を探す必要があり、なおかつそれを出すために60の謎解きが必要だったということでしょう。(宝箱がないフロアーもある)


 この60の謎のためのヒントは、ゲーム中(インストにも)には一切明かされておらず、プレイヤーは何度も試行錯誤をしながら、自力で解き明かす必要がありました。熱心な上級プレイヤー以外は、実質的にゲームセンターで解く事は不可能で、ほとんどの方がFC版で攻略本片手に解いたのではないかと思います。(私もそうでした) しばらくすると徐々に謎も解明されてきて、宝箱の出し方を筐体に貼ったゲームセンターも登場するようになりました。もし現代であればクソゲー扱いされかねない仕様だったわけですが、当時は新鮮な驚きと、新しい遊びへの好奇心で受け入れられたのだと思います。ドルアーガの塔が、当時どれほど衝撃的だったかを知ることは今となっては難しいと思います。


 もともとドルアーガの塔は、稼働率の下がっていたマッピー基盤を使った実験的な作品で、2000枚のROM交換用程度に売れれば良いものだったのだそうです。あらためて見ると横スクロールをする仕様など、マッピーと共通の部分があります。基本的に1面をクリアしても画面に大きな変化はないのですが、迷路部分を少し変えて階ごとに階数を数字で表示しただけで、壮大なタワーを冒険をしているような気分にさせているのは、見事としか言いようがありません。最近でもNHKの番組で神発言をして、某掲示板で注目を集めていましたが、この頃の遠藤氏は、神懸っていたとしか思えない作品を連発していました。また細野晴臣氏ゼビウスの音楽をアレンジしたアルバム『Video Game Music』を発売したり、宗教学者、中沢新一氏がゼビウスについての一文を発表するなど、まさに神と呼ばれるのにふさわしい注目を集めていました。※『雪片曲線論』(中公文庫)に収録


 上写真は、ゲームブック版『The Tower of Druaga』ドルアーガの塔は、FC版が有名ですが、GB版PS版など色々と発売されています。バンダイが発売していたLet'sTVプレイCLASSICは販売中止にならなければ、次の作品として『ドルアーガ』&『べラボーマン』が予定されていただけにちょっと残念です。また続編や外伝など様々な作品が発表されていて、現在でもドルアーガオンラインという新作が発表されているようです。(創土社より復刻版ゲームッブックも出ている)



参考:Wiki ドルアーガの塔の項、遠藤氏が自作について質問を受け付けたスレッド

ギャラガ・ナムコ(バンダイナムコゲームス)

2007-01-21 12:25:31 | MSXゲームReview

 『ギャラガ』は、『ギャラクシアン』(79)の続編として、1981年にナムコより発表されたシューティングゲームです。『ギャラクシアン』の基本を引き継ぎつつも、様々な要素を加えて大幅にゲーム性がアップしていました。続編に『ギャプラス』(84)、リメイクとして『ギャラガ'88』(87)があります。


 前作の『ギャラクシアン』は、ポストインベーダーとして登場したシューティングゲームの古典です。ゲームセンターあらしにもたびたび登場して、数多くの電子ゲームも発売されました。その続編としてギャラガには、様々な新要素が加えられています。まず、最も大きな変化として、自機を捕獲したボス敵を撃つと自機2台が合体するようになっており、パワーアップの要素が加えられています。また敵の編隊が、画面外から登場して列を編成するようになっており、そのうえ自機も連射できるようになっていますのでゲーム展開がより軽快になっています。それ以外にもボーナスステージも追加され、高得点を狙ったやり込み度もアップしていました。ヒット作となっただけでなく、かなりのロングセラーになったようで、随分長いことゲームセンターや駄菓子屋の片隅で見かけることができました。


 ナムコット版ギャラガ。プラスチックのトレーどころか、蓋や説明書すらないシンプル仕様。もともとナムコットとは、MSX用ブランドとして始まったもの。FCが爆発的なブームとなってからは、MSX向けの移植も減ってしまいました。『ラリーX』や『ボスコニアン』など、FCへは移植されなかったものも。ケース上の穴は、指を入れてカートリッジを引き抜くときのためのもの。


 お約束のケース裏の注意書き事項も健在。と思ったら割りと普通の注意書き。FC版のみなのでしょうか。


 『ギャラクシアン』は、電子ゲームの題材として採られる事が多かったですが、『ギャラガ』はFCやMSX、88などの8ビット機に移植されていました。当時のPCやゲーム機には、ほとんど移植されていたのではなかったかと思います。→ギャラガ専門に特化したギャラガサイト。続編のギャプラス(84)は、時期的なこともあるのか移植例が極端に少ないです。隠れキャラなどが加えられ更にパワーアップしていたのですが、ゲームが進歩して固定シューティングが、あまり注目を集めなくなっていたのでしょう。同社の『ゼビウス』(82)の大ヒット以降は、すでにシューティングの主流は画面がスクロールするものへと移っていましたので、さすがにリメイク『ギャラガ'88』もそれほど話題には、ならなかったように思います。


 個人的な思い出としては、『ギャラクシアン』は親といったデパートや遊園地、バンダイやエポック社などから発売されていた電子ゲームのイメージが強いです。『ギャラガ』は駄菓子屋と電波新聞社から出ていた8ビットPC移植作品のイメージ、『ギャプラス』はキャロットハウスなどゲームセンターで友達と遊んだイメージです。同じシリーズのゲームでも、年齢や遊んだ場所によって印象が微妙に変化しているのが、ちょっと感慨深いですね。