時には昔の話を
加藤登紀子は、1992年にこの
曲を作ったようだ。
わたしにとっても心当たりの
ある世界である。
かなり懐古調で、若い人にも
受けているようだ。
しかし、この歌詞は、大いに
誤解をばらまいている。
あの当時の若者が、特に、大
学生が、とても貧乏であるか
のようにイメージされ、それ
を懐古する私達の世代に共感
を誘っているようだ。
わたしにとって、心地よく響
く曲ではあるが、多いに誤解
を招くこの曲に戸惑いもある。
あの当時の大学生と全入生
に近い今の大学生との違い
を念頭においていない。
率直に言うと、あの当時の
学生運動は、観念的な生活
の可能な豊かな大学生の若
気の過ちというのが、わた
しの総括だ。
この総括まで、なんと時間
を要したことだろう。
われわれの世代について、
ネットの情報で紹介したい。
団塊の世代はその膨大な人口
のため、幼い頃から学校は1
学年2桁のクラス数であり、
50人~60人学級で教室がす
し詰め状態であってもなお教
室不足を招くほどであった。
また、その好むと好まざるに
かかわらず、学校を主な舞台
として競争を繰り広げた。
大学進学率は15%~20%程度
と低く[13]、大半の高校卒業生
は就職した。高校にさえ進学
せず、中学卒業後すぐに就職
する者も多かった。団塊の世
代の大学受験事情について、
経済的に貧しい時代で、裕福
な家庭以外は地元の国公立大
学進学を望む傾向が強く、国
公立大学の競争率が高かった。
また女性の場合は、学力が高
く経済的に余裕があっても
「女に学問はいらない」とい
う考え方が残っていた。教育
的には1947年(昭和22年)
に日本教職員組合が設立され、
その濃厚な影響を受けた世代
である。
以上。
あの当時、貧しい家庭は、
高校に進学しなかったし、
勿論、大学にも進学もしな
かった。
プライベートな話をすると、
初恋の女生徒は、経済的な
理由で高校の普通科に進学
しなかった。
わたしよりも、頭は良かっ
たし、素晴らしい音楽性の
持ち主だったが。
今でも、彼女の音楽性を惜
しんでいる。
わたしは、県の大学生寮に
いた。本当の苦学生もいて、
彼は、生活するのに、精一
杯で、親から仕送りのある
大学生の学生生活を笑って
いた。見下すように。
とにかく、本当の苦学生は、
あの学生運動をしていない。
親からの仕送りのある大学
生が、大いに盛り上がって
いたのだ。大半は。
あの当時の物価である。
1968年コーヒー一杯83円
ハイライト80円
1968年 ホンカレー80円
1969年(昭和44年)
【初任給】32,400
【飲食】かけそば80円
【交通】国鉄 最低料金30円。
以上。
わたしは、たまに食べたアジ
フライ定食が、130円だっ
た記憶がある。それが当時の
最高のご馳走だった。
どうだろう。かけそば80円、
大学生が喫茶店で、コーヒー
83円で、時間を潰す。
これが、貧しさの象徴だろ
うか。
当時、コーヒーを飲むという
ことで、喫茶店に入り浸る。
この歌で歌われる時代、わた
しは、恐ろしくて、コーヒー
を飲むために喫茶店に入るな
んて考えたこともなかった。
これが、贅沢でなくて、なん
だったんだろう。
この歌詞では、かなり、我々
の世代が貧しく辛い青春をお
くったかのように思われかね
ない。
そんなことはない。中卒や
高卒の同級生に比較して。
老いて、言われてびっくりし
ていることだが。
われわれ団塊の世代は、後続
の世代から、妬まれるくらい
の登り調子の時代に生きたこ
とになっている。
勿論、個人的には差異はあっ
ても、世代論として言えるで
あろう。
今でも同じように見果てぬ夢
を描いて
走り続けているよねどこかで
と、加藤登紀子は、歌ってい
るがこのことがどういうこと
を意味をするかは、考えてい
ないようだ。
あの時代に拘ることが、どれ
ほど苦しい人生を強いるかに
ついて、思いが及ばないこと
を。
あの時代に拘ることが、どれ
ほど、私を悩まし続けてきた
ことか。
あの時代に拘ることで、人生
を棒に振った者がいることを。
あの時代をこのようなバカな
総括しているのかと思うと、
絶句するのだが、そのような
ことも含めて。
Joni Mitchel は、
Both sides nowで、歌って
いるが
結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で
I really don't know life
at all
本当は分かっていなかった、
人生のことなんて
ということだろう。
結局、あの当時、私どもは愚
かだったのだ。
ただ、それが、全く無駄だった
とは、思ってはいない。
セレンディピティなことがあっ
たはずだ。
あの情熱は。
それにしても、時折、この曲で
あの時代の自分の愚かな青春を
振り返りつづけるのかもしれな
い。
あまり、美化した歌い方はして
欲しくないものだ。
この歌詞には、嘘がある。