足の傷が痛くて痛み止め飲んだら胃がおかしくなったので止めた。
痛みを忘れるには何かにハマって気を逸らすのも選択肢と、"カタクリ山" に行って来た。
戦国時代の西川城跡 (今は栗畑) は、カタクリの隠れた名所。
栗のイガだらけで自然の立ち入り禁止策 (柵)
地元保存会のお陰で後期高齢者(+怪我人))でも歩けます
こんもり西川城跡はカタクリいっぱいでイイ感じ。
近寄って撮ると・・・そっくり返ってます。
痛みを忘れて楽しむ事が出来て満足+満足・・・でもやっぱり山に登りたい
足の傷が痛くて痛み止め飲んだら胃がおかしくなったので止めた。
痛みを忘れるには何かにハマって気を逸らすのも選択肢と、"カタクリ山" に行って来た。
戦国時代の西川城跡 (今は栗畑) は、カタクリの隠れた名所。
栗のイガだらけで自然の立ち入り禁止策 (柵)
地元保存会のお陰で後期高齢者(+怪我人))でも歩けます
こんもり西川城跡はカタクリいっぱいでイイ感じ。
近寄って撮ると・・・そっくり返ってます。
痛みを忘れて楽しむ事が出来て満足+満足・・・でもやっぱり山に登りたい
もう半年も前の怪我が未だ治らずここまで引きずって来たが 仰天の結末が待っていた
怪我から6ヶ月と3日が過ぎた3月7日の夜、 靴下が冷たいなぁ~とズボンを捲ってビックリ
パンパンに腫れた足とパックリ口を開けた傷口から、血とも膿とも思える液体が飛び出してきた。
拭っても拭っても出て来る。
あまりにも唐突で少しパニック。「何が起きたんだどうすりゃ止まるんじゃ 」と焦る。
夜更けて救急車を呼ぶのも近所迷惑なので 急いで救急センターに向かった.。
明け方3時過ぎまで掛かったが、原因が分かった。
血液検査で「C反応性タンパク質CPR値が10.99」だと分かり(自分はサッパリだが )感染症と判明。
CPR値15以上では重篤な疾患を発症すると医師から教えられた(通常0.00~0.014)
何故ここまで一気に悪化したのか・・・
医師と話していて「それ それが犯人だッ」って指摘されたことに思わず「エッ 」
「アルコールタイプ 除菌ウエットティッシュ」で傷口を拭いたのがイケないのだと・・・
アルコールは消毒と同時に皮膚細胞も壊すのだそうです
傷口清浄は、泡石鹸で洗いながら水道水で流す・・・厳守
傷口に触れるのだから普通のティシュより除菌タイプの方がイイとの思い込みで、実は前日掛かり付けの
皮膚科医に行った際に、現物持参で看護婦さんに聞いたら「それで大丈夫ですよ」って言われたのがヤバかった。
改めて思った 些細な怪我や病気と考えて医療分析の出来ない町医院に頼るのはダメってこと。
"経験と勘90%の町医者"ではなく「分析環境+治療機器」が整った病院を選ぶ時代だってことを痛感した。
ここまで長い期間を要したかを振り返る時、医院(医師)の治療内容に疑義を持たなかった自分の無知を反省。
■2023/9/4:左足に怪我→
・2023/9/8:O整形外科訪問 [レントゲン結果は骨に問題なし。治療の必要なし。1ヶ月で治るでしょう]→治らない。
・2023/9/13/~10/12:H医院5回訪問・通院 [飲み薬でこのままで治るので終わりにしましょう]→治らない。
・2023/10/12~2024/3:S皮膚科医院訪問:[塗り薬処方途中から抗生物質含有の塗り薬に変わる]→治らない→突然出血。
・2024.3./7:市民病院救急センター訪問:[感染症と判明]→抗生剤投与しか直す方法はない。
・2024/3/13:市民病院皮膚科訪問[ 抗生剤投与+皮膚潰瘍修復薬+生検培養検査 ]→治療の方向性が見えて来た。
■怪我から今日まで半年間の様子
3日後 12日後 6ヶ月後 6ヶ月3日後 6ヶ月4日後 6ヶ月6日後 6ヶ月10日後
■2024年3月14日現在(傷口は ぼかし処理 φ15mm深部深さ8mmの陥没)
一週間後の生検結果を待ちたい。
先のブログで(2月28日)で西明寺のことをちょこっと書きましたが、面白くなって
もう一度出掛けて来たので続報(補足)を載せます。
西明寺:西明寺は宗派を変え院号を再三に亙り改称して今日の「西明寺」落ち着いたとある。しぶとい
山門の扁額は「大寶山」の山名
本堂の横額は「西明寺」の寺名が掲げられている。
西明寺の沿革を辿る時 千年の昔この地を治める国司として大江定基(おおえ の さだもと)が着任するが
赴くにあたり妻を離縁して別の女性を帯同した・・・この女性は赤坂の長者の娘「力寿(りきじゅ)と
言われて居るが、2説あり赤坂宿の遊女とも・・・
【『今昔物語集』)、赤坂宿の遊女力寿(『源平盛衰記』)大江定基公 - 検索 (bing.com)「ウィキペディア 寂照」で検索
力寿が病で亡くなり(自害したとの説もある)菩提を弔うため、愛染池畔に祀ったと伝えられる愛染明王尊像は西明寺にあり
力寿 をモデルに自から彫刻して、本尊の弁財天としてお祀りしたのが西明寺 だという。
愛染明王は「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏とされ、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の
守護仏としても信仰されている。さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象だとか
とに角「愛染明王」は、なんでもござれの仏様のようで、誰かが都合よくコジ付けたような便利なお方ですね
愛染明王尊の幟旗が立つ西明寺(ベルツ博士を讃える句碑の後方)
長福寺:力寿姫の菩提を弔うために定基が 長福寺 を建て、裏手の高台に墓を建てた。
裏山の頂上に建てられた力寿姫の墓
番外編: 西明寺に向かう途中、以前楽しんだ会社の野球場が無惨な姿を晒していた・・・時代が変わった
西明寺の裏は見事な日本庭園が・・・(興味ないので)番外編です
先日の投稿で「西明寺の扁額と山号は・・・中略・・・ 近くに大寶山 or 大宝山 と云う山は無い 」としましたが
Googleマップには記載がありました。(国土地理院地図など他の地図には記載がない)
現在は呼び名は有ったが "山容" がないので此の辺りの標高を調べて見た。
御油駅から左上方(赤坂)に向かって標高が徐々に100m~と高くなっており、西明寺は確かに山麓に位置します。
ただ、50m前後の場所が広がる「googleマップの大宝山」や「西明寺」辺りは 民家ビッシリの生活環境なので
"山"のイメージではありません。 私のように"登って見たい"などと思はないで下さい
以上 修正します 2024.03.10
暖かかったり寒かったり文字通り三寒四温を繰り返して春が来るなぁ~
庭のボケが一日一日と色を賑やかに広げていくのが分かって春はイイですね。