後期高齢者1と2と3と

後期高齢者に組み込まれて運転免許試験も認知症検査付き
せめてgooブログで脳トレに励むことに・・・

後期高齢者1と2と3と「豊川市史跡 補足編」

2024年03月12日 | Weblog

先のブログで(2月28日)で西明寺のことをちょこっと書きましたが、面白くなって
もう一度出掛けて来たので続報(補足)を載せます。

西明寺:西明寺は宗派を変え院号を再三に亙り改称して今日の「西明寺」落ち着いたとある。しぶとい

山門の扁額は「大寶山」の山名

本堂の横額は「西明寺」の寺名が掲げられている。

西明寺の沿革を辿る時 千年の昔この地を治める国司として大江定基(おおえ の さだもと)が着任するが
赴くにあたり妻を離縁して別の女性を帯同した・・・この女性は赤坂の長者の娘「力寿(りきじゅ)と
言われて居るが、2説あり赤坂宿の遊女とも・・・
【『今昔物語集』)、赤坂宿遊女力寿(『源平盛衰記』)大江定基公 - 検索 (bing.com)ウィキペディア  寂照」で検索

力寿が病で亡くなり(自害したとの説もある)菩提を弔うため、愛染池畔に祀ったと伝えられる愛染明王尊像は西明寺にあり
力寿 をモデルに自から彫刻して、本尊の弁財天としてお祀りしたのが西明寺 だという。

愛染明王は「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏とされ、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の
守護仏としても信仰されている。さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象だとか

とに角「愛染明王」は、なんでもござれの仏様のようで、誰かが都合よくコジ付けたような便利なお方ですね

愛染明王尊の幟旗が立つ西明寺(ベルツ博士を讃える句碑の後方)

長福寺:力寿姫の菩提を弔うために定基が 長福寺 を建て、裏手の高台に墓を建てた。

裏山の頂上に建てられた力寿姫の墓

 

番外編:  西明寺に向かう途中、以前楽しんだ会社の野球場が無惨な姿を晒していた・・・時代が変わった

西明寺の裏は見事な日本庭園が・・・(興味ないので)番外編です

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  後期高齢者1と2と3と「修正... | トップ | 後期高齢者1と2と3と「傷口は... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事