人生いろは坂

人生は山あり谷あり、そんなしんどい人生だから面白い。あの坂を登りきったら新しい景色が見えてくる。

国のあり方、私達の生き方を考えるとき

2011-03-13 05:35:07 | Weblog
 この時期に、この記事を書くべきかどうか迷っている。しかし、書くとすれば今のタイミングしか
ない。そう思って書き始めた。

 私は昨晩、不思議な夢を見た。これが自分の家なのか他人の家なのか分からない家で目覚めた。
外の騒がしさに戸を開けてみると大勢の若者が庭にテントを張って寝起きしているようであった。
何の必要性があって街に出かけようとしていたのか定かではないが、彼らに見送られて家を後にした。
山を下り山裾にある神社の前に立っていた。どうやらこの場所は私の故郷、黄葉山の裏側登山口のようで
あった。黄葉山山頂に向かい手を合わせ、大鳥居の脇にある小さな神社に手を合わせていた。

 そして街に着くと凄まじい爆音が響き、空には型の古いジェット機が二機アクロバット飛行をしていた。
地上すれすれの空を飛んでいた。航空ショーの夢を見るのは久々のことであった。そして、これら一連
の奇妙な夢も久々であった。また、何故か幼少期から高校卒業まで一緒だった旧友も夢に現れた。

 何故こんな奇妙な夢を見たのか思い当たる節はない。それから目が覚めてしまい、それとはなく
原発の事故のことなどを考えていた。そしてリアルすぎるほど国家存亡の危機とも言えるような今の
惨状に似ている「最後の五匹」というミュージカルのことに思いを巡らせていた。

 昨日もミュージカルを続けるべきか中止するべきか、ともに苦労して今日にまで、やっとこぎ着けた
旧友である事務局長とも話し合っていた。しかし、今だからこそ演ずるべき時ではないかという思いに
傾いている。また、この災害に関しても、なるようにしかならないとも思えるようになってきた。
思い悩んでも何ら具体的な解決方法はないからだ。

 人間は結局、自然の猛威の前には無力であった。自然がほんのわずかだけ手を振っただけで全てを
なぎ倒してしまった。多くの人が犠牲になり多くの家や財産が失われ、今もなお原発の脅威に震えて
いる。

 今は政策や政権運営を政争の具にしているときではない。超党派でこの国難を乗り切るべき時では
なかろうか。そして私達自身もこの世の約束事に過ぎない地位や名誉に囚われるべき時ではない。
地位も立場もそれぞれが、それぞれの役割をそつなくやりおおすべき時ではないのだろうか。

 2012年、奇しくもマヤ歴は今の世が終わるときだと啓示している。アセッションなるものが
ささやかれ、ある団体はマイトレーヤなる救世主が現れるとしている。

 しかし、2012年でなくても、あるいは救世主が表れなくとも、自然は自らの脅威を見せつける
ことによって何らかの啓示をしているように思えてならない。そう言えばスマトラ沖の大地震や
大津波の時に私達は何を学んだのだろう。対岸の火事としてしか捉えていなかったのではないだろうか。
自らのこととして捉えるべきではなかったのだろうか。

 原発の是非が問われ初めて久しい。原発が必要だったのか、原発に依存しない生活は出来なかった
のだろうか。しかし、このような事がなければ誰も本気になって論ずることにはならなかった。

 今は西日本と、かろうじて残された日本の頭脳とも言うべき首都圏が一緒になって東日本を助ける
べき時である。私達は逃れてきた東北地方の人をいつでも受け入れる用意がある。また、今を不幸と
して捉えるのではなく、来るべき新時代を生きるためのスタートだと考えたい。

 私はかねてより千々に乱れた昨今の世の中を見ていて、どん底に突き落とされなければ誰も何も
感じないのではないかと思っていた。しかし、思いがけないことから真実になってしまった。

 かつて阪神淡路大震災の時、多くの助け合い精神が芽生えた。今がその時ではないだろうか。
マイトレーヤは特別な救世主ではなく我が心の中にある。奇しくも「最後の五匹」を3月20日の
日曜日に演ずることになっている。今は多くの人に見ていただいて、これからの生き方を考える
チャンスにしていただきたい。そう思っている。
コメント
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