人生いろは坂

人生は山あり谷あり、そんなしんどい人生だから面白い。あの坂を登りきったら新しい景色が見えてくる。

2017年と言う年は

2016-12-30 05:37:47 | Weblog
 今年も残すところあとわずかな時間となりました。この一年間、たった一年間のことですが
世間を驚かせたり、騒がせるような事件がたくさんありました。

 記憶に新しいところでは鳥取県の大地震や糸魚川の大火災等です。広い日本全体から見れば
小さな一地域の出来事かも知れませんが、当事者の皆様方にとっては人生が変わるくらいの
大きな出来事だったに違いありません。今年の年始め早々にあった熊本県の大地震では、未だ
復旧の目処さえ立たない人が大勢おられます。心からお見舞い申し上げます。 

 振り返ってみれば2011年の東日本大震災から始まった困難な時代は、未だ収まることなく
拡大の一途を辿っているようにも見えます。

 また、国外に目を転じますと、シリアの内線から始まった難民問題は、様々な問題をはらみながら
未だ解決の目処さえ見えません。そして多くの難民がヨーロッパ各国へ流入し、大きな社会問題と
なっています。難民自身も大変ですが、難民を受け入れた国々も大変です。

 IS(イスラム国)は中東各地を戦場にしただけでなく、難民問題を発生させ、更には彼らが
引き起こすテロは、ヨーロッパ各国を恐怖に陥れています。

 かつて人類は第一次世界大戦や第二次世界大戦、そして太平洋戦争と世界規模の戦争を体験し
一度は平和を取り戻すかに見えましたが、その後に長く米ソ対立(東西対立)の冷戦時代が続き
ました。

 資本主義と共産主義というイデオロギーの違いは、一触即発の状況となり、キューバ危機では
あわや核戦争かと思わせるような時代がありました。また、米ソの対立は朝鮮戦争やベトナム戦争など
米ソ両国の代理戦争等もありました。

 こうした様々な体験から、東西の冷戦時代が終わり、やっと平和な時代が訪れたと思われましたが
人間の性(さが)とでも言うのでしょうか、それとも巷間にささやかれているようにアメリカに巣くう
戦争屋の差し金なのでしょうか、相も変わらず戦争や紛争の絶えることがありません。

 そして、私達自身の生活においても、欲望に果てはなく、金にまつわる事件や殺人などが後を
絶ちません。人間は、いつになったらもっと賢くなるのでしょうか。

 さて、来る2017年はどのような年になるのでしょうか。気候異変による天災や相次ぐ地震など
自然災害も繰り返す度に激しさを増しています。私達は繰り返す天災と戦争や紛争により多くの
人命や資産を失っています。

 また、未だ解決の目処さえ付かないような戦争や地域紛争も少なくありません。人間に解決できる
だけの能力があるのでしょうか。ウルグアイの前大統領ムヒカ氏のような指導者が出てきて
うわべだけの善政ではなく、真の国民のための政治でなければ世の中は良くなるようには思えません。
果たしてアメリカの次期大統領トランプ氏はどんな政治を?

 そして他人任せにせず、私達自身ももっと政治に関心を持ち、世の中を良くするような努力も
必要だと思います。諦めることなく前に向かって前進し続けることこそ、必要な時代だと思えるのですが。
願いは必ず通じるものなのです。諦めず思い続けること。良いお年を・・・。
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ぼくらはみんな生きている

2016-12-14 12:43:03 | Weblog
 気持ちが良い、気持ちが悪い、うれしい、悲しい、つらい、痛い、かゆい
つらい、、楽しい、面白い、数え上げれば幾つもあるこうした事柄の全ては、
人間がと言うか自分自身が生きているから感じること。いわば生きている証拠。

 生きているからこそ喜びも悲しみもあるのです。こうした事柄は、人間が
この世にいる限り、ずっと感じ続ける事なのです。

 従って、一喜一憂せずに自分の周辺に生じたこと全てに身を任せる。そんな
風に生きることが出来るようになったら人生の達人と言えるのではないでしょうか。

 人には人それぞれに持って生まれた人生というものがあります。私達は決して
他人の人生を生きることは出来ないし、ましてや同時に二つの人生を生きる
ことも出来ません。言うまでもなく自分の人生は自分だけのものなのです。

 良く他人を見て羨ましくなって、我が人生を嘆いたり悲しんだり、時には
嫉妬のあまり、相手を傷つけたり、理由もなく殺したりもします。とんでも
ないことです。他人(ひと)には他人(ひと)の人生があり、その人が
何を考え、何に喜び、何に悩んでいるかなど分からないのです。例え家族で
あっても自分以外の他人の心の内まで覗くことは出来ないのです。

 表面上は明るくしていても、心の中にどんな悩みや悲しみがあるか、伺い
知ることは出来ません。相手が喜んでいるように見えていても、そのように
見えるのは自分自身が作り出した幻想でしかないのです。

 自分勝手に想像を膨らませて相手の人の心の内や現実の生活を想像し幻想を
作り出している場合が少なくありません。

 どんな有名人であっても、あるいはお金持ちであっても、悩みや苦しみが
ないという人はありません。また、仮にその時は一瞬幸せの絶頂にあっても
「禍福はあざなえる縄の如し」と言われているように、次の瞬間には手の平を
返したように不幸に襲われることだって数知れずあるのです。

 私達は、一喜一憂することなく坦々と我が人生を生きるだけなのです。人生は
繰り返し押し寄せては、また引いていくような波のようなものです。波のように
山もあれば谷もあります。この山や谷があるからこそ楽しいのだと言うことも
出来るのではないでしょうか。

 谷底で味わった苦労があればこそ、山頂を極めた時のようなうな絶頂の喜びも
あるのです。まるで繰り返し浜に押し寄せて来る波のようではありませんか。

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夫婦活弁士「むっちゃん かっちゃん」の世界

2016-12-14 06:22:46 | Weblog
 今年も喫茶店「竹」での口演を最期に「語り」仕舞いとなった。口演したのは、
私たちのデビュー作ともう一本。

 活弁は、歌や演奏と違い、マイナーなものだけに会場となった喫茶店に来て
くれた人はわずかであった。

 しかし、来てくれた人の反応は良かった。依頼があっていく高齢者の施設などは
無論のこと、公民館などの公共施設に於いての反応も今ひとつだが、喫茶店に来て
くれた人達の反応は半端ではなかった。

 いたく感動されたようで、口演の後での質問が相次いだ。そして中には言葉に
詰まりながらも感動のあまり目にうっすらと涙を浮かべ、遠慮がちに初めて
出会ったカツベンなるものの感想を述べてくれた人もいた。

 私たち夫婦もいささか年を取り、活弁を始めた頃のような意欲もなくなりつつ
あっただけに、この反応は思いがけないものだった。そして、私達自身では
その成長の跡が見えないだけに、気がつかないうちに少しは成長していたのだ
なと感じた瞬間だった。

 今日、見て感動した人達は私達が初めて佐々木亜希子弁士の活弁を見て感動した
のと同じようなものだったのではないだろうか。その時の新鮮な感動こそが私を
突き動かし、児島で活弁シネマライブなるものを開かせる原動力になったことは
間違いない。

 そしてそれから三年後、私達夫婦も自ら活弁士と名乗り活動を開始した。映画素材の
入手が困難なことも、そもそも映画界の興行権やら何やかやと難しいこともいやと
言うほど経験し、今日に至っている。

 しかし、如何に困難があろうとも活弁は決して絶やしてはいけない芸術だと思う。
これはこれで素晴らしい芸術であり芸能だ。また、決して古い映画を馬鹿にしては
いけない。味わいあるものばかりである。こうした埋もれたものを世に出してやる
ことが出来るのも活弁士の仕事だ。映画素材と音楽と、そして弁士の語りと会場が
一体となったとき、今回のような得も言われぬ活弁の世界が生まれて来る。

 既にこの地域では同じ映画を何度も使い回していて、新しいものを加えていかなければ
ならないと思っている。
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