EMは早くから注目を集めながらも、その特性や使用法が十分理解されないまま使われてきた。
その結果、ある人はこれ以上のものはないと言うし、ある人は全く使い物にならないと言っている。
いわば正しい評価がなされないまま良い悪いだけの議論が先行してしまった。
挙げ句の果てに新興宗教まがいの扱いを受け、あらぬ疑いまで課せられている。EMとはありふれた
微生物を活用した土壌改良材の事である。従って、その他の目的に使用するためには、それなりの
認識が必要である。
例えば生ゴミの処理に使うときには、それなりの知識を持って使う必要がある。まず、生ゴミ処理に
使う容器は完全密閉が可能なものでなければならない。生ゴミ処理は生ゴミを腐らすのではない。
発酵させるのである。従って、発酵時は出来るだけ酸素を遮断し酸化による腐食を防がなくては
ならない。密閉が良くないとハエが入り生ゴミに卵を産み付けてしまうことがある。こうなると
中にウジ虫が湧いて見た目も良くない。また、生ゴミは出来るだけ隙間なく詰め込む方が良い。
発酵に使うEMボカシは市販品でも良いが、品質の良いものを常に多めに使用しなければならない。
従って、生ゴミを処理する方法としてはコストがかかりすぎる嫌いがある。(私のようにEMボカシ
を大量に作って使えばその心配はないが)
また、生ゴミには水分が多いので常に水抜きが必要である。生ゴミは水分を出来るだけ減らし
ベト付かない状態が理想的である。私が十数年前に失敗したのは、今まで述べたような注意事項を
守らなかったためである。
以上をきちんと守れば生ゴミには白いカビが大量に繁殖し、腐食臭ではなく発酵臭がするように
なる。発酵が終わった生ゴミは取り出して畑に埋めておけば急速に酸化され消えていく。
EMを土壌改良に使うときもEMであれば万全だと言うわけではない。EM発酵液の品質にもよる
のだろうが、効果の現れ方も様々である。著しい効果を確認できることもあれば、使ってみたけれど
大したことはなかったという場合もある。効果は様々である。
しかし、我が家では確かな効果を確認している。EMを撒き、その上に有機物を大量に入れておくと
土質に確かな変化が見られる。例えば山の畑の風化花崗岩である真砂土は、元々、砂壌土に近い土質で
あったが施用三年目頃から明らかに粘土状の黒い土に変化している。従って、保湿力も幾分かは良く
なっている。また、砂壌土より肥料持ちも良い。
反面、EMによるものとは言い難いのだが、ブルーベリーやアクラ等には小さな葉が密集するような
傾向が見られる。また、生け垣にしているうばめ樫の古木の中には枯れ死するものが増えている。
反面、一時は枯れるかと思われた松の木が生気を取り戻し青々とした葉を密生させている。良いことも
あれば、そうでない事もあると言う事だろう。
また、EMを液肥のように考えている人もいるが、EMはあくまでも微生物を使った土壌改良材で
ある。従って、野菜栽培などには肥料を使う方が良い。それも出来るだけ有機肥料の方が土地のため
には良いのではなかろうか。
我が家の山の畑は果樹畑が基調となっていて、その他に一年に一度、タマネギとジャガイモ、夏場は
サツマイモを作っている。従って、野菜に元肥を入れるだけで年間を通してほとんど無肥料で作って
いる。
それにも関わらず、病害虫の被害さえ抑えれば見事な果樹が実る。その上、全ての果樹の味が濃厚
である。ほぼ自然農法だと言って良い。下草や笹が密生していて、とても果樹畑とは思えないような
畑である。しかし、これで立派な果樹が出来る。また、何年間も同じ方法で作っている。南向きの丘
の頂上は柑橘類の栽培に適している。
さて最近、「ホメオパシー」なる医学療法が賛否両論に分かれ争われている。利用したことのない
私には良い悪いを論ずる権利はないのだが、一つだけ言えることがある。
それは今まで述べてきたEM使用に通じることである。EMで言えば対象とする植物やそこで栽培
している野菜や果物、そして土壌によって、その効果に違いがあると言うことである。ましてや生半可
な理解で使用すると生ゴミ処理で失敗したと同じような哀れな結果に終わってしまう。
使うからには十分な理解と慎重な使い方が必要だと言うことだろう。その代わり使用法さえ間違わ
なければ児島の小田川の下流域のようにヘドロが消えてしまうという劇的な変化を見せることも確か
である。何事によらず正しい知識と正しい使用法が必要だと言うことではないだろうか。
そして対象となるべきもの全ては生きものだと言うことである。それぞれに固有な性質(個性)が
あるので、効果のあるなしは、これまた様々である。万人いれば万人に異なる効果(変化)があると
言うことではないだろうか。
EMをプールに入れるとプールの水が腐りにくく藻の発生も少ない。その結果、翌年のプール掃除
が非常に楽である。という理由からEM発酵液を使用後のプールに入れて管理する方法が広がっている。
塩素系の薬物を入れるより、よほど理にかなった方法だと言えよう。
しかし、この方法を続けていると翌年からEMを減らしても効果が持続していることがあるようだ。
にわかには信じがたいことだが、これが事実だとすると翌年の塩素消毒にも絶えることなくEM効果
が持続していることになる。EMセラミックに見られるような現象なのだろうか。継続的な観察と
学術的な究明が待たれる現象である。
とにかく、この世の中には未解明な事が多い。全てを頭ごなしに信ずるのも良くないし、反対に
何でも否定してしまうのも良くない。宇宙は謎だらけで、わずかに5パーセントほどしか解明されて
いない。だとすれば、これからもどんな発見があるか分からない。私達の意識を根底から変えてしまう
ような大発見があるかも知れない。従って、信じがたいような医学療法があっても決して不思議では
ない。
その結果、ある人はこれ以上のものはないと言うし、ある人は全く使い物にならないと言っている。
いわば正しい評価がなされないまま良い悪いだけの議論が先行してしまった。
挙げ句の果てに新興宗教まがいの扱いを受け、あらぬ疑いまで課せられている。EMとはありふれた
微生物を活用した土壌改良材の事である。従って、その他の目的に使用するためには、それなりの
認識が必要である。
例えば生ゴミの処理に使うときには、それなりの知識を持って使う必要がある。まず、生ゴミ処理に
使う容器は完全密閉が可能なものでなければならない。生ゴミ処理は生ゴミを腐らすのではない。
発酵させるのである。従って、発酵時は出来るだけ酸素を遮断し酸化による腐食を防がなくては
ならない。密閉が良くないとハエが入り生ゴミに卵を産み付けてしまうことがある。こうなると
中にウジ虫が湧いて見た目も良くない。また、生ゴミは出来るだけ隙間なく詰め込む方が良い。
発酵に使うEMボカシは市販品でも良いが、品質の良いものを常に多めに使用しなければならない。
従って、生ゴミを処理する方法としてはコストがかかりすぎる嫌いがある。(私のようにEMボカシ
を大量に作って使えばその心配はないが)
また、生ゴミには水分が多いので常に水抜きが必要である。生ゴミは水分を出来るだけ減らし
ベト付かない状態が理想的である。私が十数年前に失敗したのは、今まで述べたような注意事項を
守らなかったためである。
以上をきちんと守れば生ゴミには白いカビが大量に繁殖し、腐食臭ではなく発酵臭がするように
なる。発酵が終わった生ゴミは取り出して畑に埋めておけば急速に酸化され消えていく。
EMを土壌改良に使うときもEMであれば万全だと言うわけではない。EM発酵液の品質にもよる
のだろうが、効果の現れ方も様々である。著しい効果を確認できることもあれば、使ってみたけれど
大したことはなかったという場合もある。効果は様々である。
しかし、我が家では確かな効果を確認している。EMを撒き、その上に有機物を大量に入れておくと
土質に確かな変化が見られる。例えば山の畑の風化花崗岩である真砂土は、元々、砂壌土に近い土質で
あったが施用三年目頃から明らかに粘土状の黒い土に変化している。従って、保湿力も幾分かは良く
なっている。また、砂壌土より肥料持ちも良い。
反面、EMによるものとは言い難いのだが、ブルーベリーやアクラ等には小さな葉が密集するような
傾向が見られる。また、生け垣にしているうばめ樫の古木の中には枯れ死するものが増えている。
反面、一時は枯れるかと思われた松の木が生気を取り戻し青々とした葉を密生させている。良いことも
あれば、そうでない事もあると言う事だろう。
また、EMを液肥のように考えている人もいるが、EMはあくまでも微生物を使った土壌改良材で
ある。従って、野菜栽培などには肥料を使う方が良い。それも出来るだけ有機肥料の方が土地のため
には良いのではなかろうか。
我が家の山の畑は果樹畑が基調となっていて、その他に一年に一度、タマネギとジャガイモ、夏場は
サツマイモを作っている。従って、野菜に元肥を入れるだけで年間を通してほとんど無肥料で作って
いる。
それにも関わらず、病害虫の被害さえ抑えれば見事な果樹が実る。その上、全ての果樹の味が濃厚
である。ほぼ自然農法だと言って良い。下草や笹が密生していて、とても果樹畑とは思えないような
畑である。しかし、これで立派な果樹が出来る。また、何年間も同じ方法で作っている。南向きの丘
の頂上は柑橘類の栽培に適している。
さて最近、「ホメオパシー」なる医学療法が賛否両論に分かれ争われている。利用したことのない
私には良い悪いを論ずる権利はないのだが、一つだけ言えることがある。
それは今まで述べてきたEM使用に通じることである。EMで言えば対象とする植物やそこで栽培
している野菜や果物、そして土壌によって、その効果に違いがあると言うことである。ましてや生半可
な理解で使用すると生ゴミ処理で失敗したと同じような哀れな結果に終わってしまう。
使うからには十分な理解と慎重な使い方が必要だと言うことだろう。その代わり使用法さえ間違わ
なければ児島の小田川の下流域のようにヘドロが消えてしまうという劇的な変化を見せることも確か
である。何事によらず正しい知識と正しい使用法が必要だと言うことではないだろうか。
そして対象となるべきもの全ては生きものだと言うことである。それぞれに固有な性質(個性)が
あるので、効果のあるなしは、これまた様々である。万人いれば万人に異なる効果(変化)があると
言うことではないだろうか。
EMをプールに入れるとプールの水が腐りにくく藻の発生も少ない。その結果、翌年のプール掃除
が非常に楽である。という理由からEM発酵液を使用後のプールに入れて管理する方法が広がっている。
塩素系の薬物を入れるより、よほど理にかなった方法だと言えよう。
しかし、この方法を続けていると翌年からEMを減らしても効果が持続していることがあるようだ。
にわかには信じがたいことだが、これが事実だとすると翌年の塩素消毒にも絶えることなくEM効果
が持続していることになる。EMセラミックに見られるような現象なのだろうか。継続的な観察と
学術的な究明が待たれる現象である。
とにかく、この世の中には未解明な事が多い。全てを頭ごなしに信ずるのも良くないし、反対に
何でも否定してしまうのも良くない。宇宙は謎だらけで、わずかに5パーセントほどしか解明されて
いない。だとすれば、これからもどんな発見があるか分からない。私達の意識を根底から変えてしまう
ような大発見があるかも知れない。従って、信じがたいような医学療法があっても決して不思議では
ない。