人生いろは坂

人生は山あり谷あり、そんなしんどい人生だから面白い。あの坂を登りきったら新しい景色が見えてくる。

微生物の世界は脅威に満ちている

2016-03-29 06:16:27 | Weblog
 先に放映されていたテレビ番組では、メキシコのユタカン半島にある洞窟を紹介していた。
この洞窟には、硫化水素をエネルギー源にした微生物が大量に生息していることが分かって
いる。

 これら微生物は、硫化水素を取り込むと共に、体からは硫酸を廃棄物として吐き出している。
従って、石灰岩で出来たこの洞窟は、微生物が吐き出した濃い硫酸で、常に溶かされ独特の
景観を作り出しているようだ。

 いったい硫化水素は、どこから湧き出してくるのか。実は堆積した石灰岩層の下には
マグマが滞留しており、そこから湧き出してくるのではないかと推測されている。

 しかも、硫化水素をエネルギー源にして繁殖している微生物もマグマ周辺に生息していた
微生物が、硫化水素と共に地上へ押し出されてきたのではないかと推測されているのだ。

 そう言えば日本列島周辺の海溝深くにも熱水鉱床と言われている場所があって、そこでは
常に地下から硫化水素などを含んだガスが噴き出し、それをエネルギー源とする微生物が
大繁殖をし、周辺に大きな生態系を作り出していると言われている。

 私たちの祖先となる微生物が誕生した遙かなる昔、つまり地球が誕生後の、しばらくして、
この地球上でドラマチックに繰り広げられた生命進化に似たドラマが、今も続いていること
になる。実にすごいことだ。

 今では良く知られていることではあるが、今の地球環境は微生物の働きによって整えられて
行った。原始地球は灼熱の地獄であったが、冷えるに従って、冷やされた大気は大量の雨と
なって地上に降り注いだ。

 雨とは言っても今のような雨ではなく、硫酸や塩酸のような強い酸を含んだ雨だったと
推測されている。しかし、このような環境を好む微生物が何億年かの歳月を過ごすことに
よって、こうした強い酸をエネルギー源として大繁殖し、他のものに変えていったと推測
されている。

 今でもユタカン半島の洞窟のように、硫化水素をエネルギー源にして繁殖する微生物が
いるくらいだから、原始地球上に、そのような微生物がいても何も不思議なことではない。
しかもその当時は天敵すらいない環境だったから爆発的に増殖したに違いない。

 こうした実に不思議な生態を持った微生物が次々に発見されている。こうした微生物を
観測する技術や設備が十分でなかった頃は、微生物に目を向けるような人は少なかった。
しかし今や電子顕微鏡など観測機器が格段に進歩し、微生物の世界にもやっと多くの目が
向けられるようになってきた。

 これら微生物は、人間にとって良い悪いは別にして、私たち人類の進化と密接不可分な
関係にある。人間の体の内や外には、一兆個とも言われている人間の細胞の数以上の微生物が
共生していると言われている。

 しかし、これら微生物の働きは、未だ十分に解明されていない。それなのに微生物は
全て悪いとものして消毒が必要だと盛んに商品のコマーシャルを流している。また、抗菌
グッズなるものも少なくない。

 私が子どもだった頃、冷蔵庫等なかった頃のことなので、夏になると残りご飯はすぐに
傷んで酸っぱい匂いがするようになっていた。しかし、捨てるのは実にもったいないので
それを沸騰させた白湯で洗い食べていた。それでもお腹を壊すようなこともなかった。

 年末に搗いたお餅も年を越してしばらくするとカビが生えていた。青カビだけでなく
赤いカビも生えていた。こんなお餅もカビの部分を削って食べていた。これも異常を感じる
ことはなかった。

 おおよそ物の豊かな今の時代からすれば想像できないような生活環境であった。食べ物に
飢えていた時代だったからか、お腹を壊すようなこともなかった。飢えが免疫力を高めたのか
体の中の微生物たちが食べ物を欲しがっていたのか。

 ともあれ人類誕生以来、人は食べ物に飢えていた。また、風呂などに入るという習慣も
なく、汚れた環境がごく当たり前であった。こうした環境でも人間は微生物との共生環境に
あって、守られることもあれば、冒されることもあって共に生きてきた。

 こうした古代人たちの生活環境の中に、微生物との共生関係についてのヒントが隠されて
いるのではないだろうか。

 一方、植物たちもまた進化の過程から、こうした微生物との共生関係を巧みに利用しながら
生きてきた。菌根菌等という耳新しい菌と植物との共生関係も近年の研究で明らかになって
きた。私たち人間も、もう一度、こうした微生物との共生関係を見直してみたい。

 そこに、環境破壊が深刻化するこの地球上で、これから生きて行く上での大きなヒントが
隠されているかも知れない。
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3.11の予兆現象は?

2016-03-20 06:22:43 | Weblog
 吉村昭氏が書き残している本がある。題して「三陸海岸大津波」という単行本である。
私は、この本の存在を早くから知っていて、読んだこともあった。しかし、3.11後
過去に三陸地方を襲った大津波について、もう一度詳しく知りたいと思い読み返してみた。

 過去、三陸地方を襲ったチリ大津波を加え、三つの大津波について、聞き取りの形で
住民の口述を詳しく書き残したものであった。一つは明治29年の津波、更に一つは
昭和8年の津波であった

 チリ地震による大津波はともかく、他の津波は全て太平洋岸に横たわるトラフ(海溝)
に生ずる地震であった。これらの地震には、必ず予兆現象が生じている。しかるに
今回の3.11はかくも大きな地震であったにも関わらず、ほとんど予兆現象などが
報じられていない。
 
 果たして予兆現象はあったのか、なかったのか。それとも被害が巨大すぎて語る場が
なかったのか。いずれにしても不可思議なことである。そんなことが人工地震による
ものではないかという根強い不信感に繋がっている。

 時の政権は民主党であった。アメリカは執拗に裏工作を行って小沢一郎氏の執拗な
追い落としを画策していた。こうして民主党政権は道半ばにしてあえなく潰えてしまった。
そんな頃、追い打ちをかけるように東日本大震災が生じ、その上、福島第一原発が
メルトダウンを起こし水素爆発が起きた。

このときの対応や情報隠しが元で民主党への不信感が高まり、未だ、国民の民主党では
ダメだという根強い不信感はぬぐえない。アメリカの目的は十分すぎるほど達成する
ことが出来たと言えよう。

 アメリカに刃向かうものは徹底的につぶすというのが、戦前戦後を通じて、一貫した
アメリカのやり方のようだ。また、相手を倒すという目的達成のためには手段を
選ばないのもアメリカ流のやり方だ。

 3.11と9.11、まさか数字あわせでもないだろうが、考えてみれば奇妙な
取り合わせだ。9は3の倍数、そして11、単なる偶然なのだろうか。

 今になって9.11は明らかな謀略事件だったことが明らかになりつつある。あの
ビルの倒壊の仕方を見れば、ハイジャックされた飛行機がビルを倒壊させた等と言う
ことはあり得ないことなのに、あたかもそれを真実だと信じ込ませるような演出が
行われていた。

 あの飛行機がビルに突っ込むという映像は、あらかじめ作られていたものではない
のだろうか。その映像を冒頭に流しておき、ビルで高性能爆弾を爆破させ一瞬の内に
倒壊させる。全てのシナリオは出来ていた。

 頑丈な鉄骨を芯にしたビルが木っ端微塵に砕け散るなど旅客機が突っ込んだ位では
起こりえない。しかし、不思議なのは建築の専門家なら誰でもが気付くようなことなのに
誰もそのようなコメントを出していない。わざとマスコミは触れないようにしている
のだろうか。

 ビルの地下深くには巨大な穴が残り、その周辺は岩盤がむき出しになっていた。
更に岩盤は溶けて流れたような痕跡が残っていた。あり得ない光景であった。
基礎部分の映像はともかく、不可思議な倒壊であったことだけは間違いない。

 地震の予兆現象を宏観現象ともいう。明治と昭和、かつて二度にわたって東北地方
一帯を襲った大津波の原因となった大地震は様々な予兆現象を残している。

 地震前の何日間かは、従来にない大量の魚が捕れた。海岸に魚が群れをなして押し寄せた。
沖の方から海鳴りがした。不審な明かりが見えた等々である。また、過去には井戸水を
使っていたので井戸が涸れたり、水が濁ったりと言った現象が現れている。

 私たちの日常生活が自然から遠くなっているとは言え、このような現象が現れなかった
とは考えにくい。ましてや海を生活の場としている人は多い。何らかの異常とも思える
現象が事前に現れていても不思議ではない。

 その予兆現象が観測されることもなく、従来にはないほどの大地震が襲った。
それも東北沿岸から千葉県にまで至る、想像を絶するような広範囲であった。
これだけの大地震が何の前触れもなく突然襲ったのには何か理由があるのでは
ないか。そう思っても不思議ではない。

 9.11と3.11、単なる偶然とは思えないような数字合わせに、裏に隠された
重大な謀略があるのではないか、そんなことを考える人は多い。
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あれから5年

2016-03-08 05:34:18 | Weblog
 東日本大震災から5年が過ぎようとしている。あの日、あの時、私は偶然にもカーラジオの
スイッチを入れ大地震発生後の津波警報を知った。実は同じような体験が以前にもあって
人間には何となく予知能力のようなものがあるのかなと思っている。

 身も心も凍るような情景が、テレビ画面にリアルタイムに映し出され、まるで実況中継を見ている
ような感じだった。そしてテレビ画面から目を離すことが出来なかった。過去の伝承として数多くの
書き物は残されているが、映像として目の当たりにすることが出来たのは、人類史上初めての体験
だったのではないだろうか。

 画面に釘付けになりながら、私の手は興奮と恐怖で小刻みに震えていたのを今でも記憶している。
黒い濁流が仙台平野をなめるように進んでいく。そして、その濁流に呑み込まれていく自家用車
濁流を横目にするように走って行く車は気が付いているのだろうか、いないのだろうか。迫り来る
濁流の直前に走り去っていった車、あの乗用車はいったいどうなったのだろう。

 広い平野に整然と立ち並んだビニルハウスが次々に飲み込まれていく。他の画面では膨張した海水が
易々と海岸の堤防を乗り越えて内陸部に入っていく。その先の建物には、人の姿が見える。海水が街に
浸入し、車も家も巻き込んで流れていく。みるみる内に、どの道路も路地も進入した水で満たされ
何もかもが易々と押し流されていく。

 私は以前から津波に関心があって、色んなことを知っていたつもりだったが、こうして水の威力を
目の当たりにし、猛威を感じた瞬間であった。水の力はすごい。本当にすごい。そして、改めて
感じたのは、水をあまりにも粗末にしてきたことへの報いのようなものであった。

 先進国に住む私たちは水を無造作に使い、汚染したものを川に流し、湖を汚し、更には海を汚してきた。
それは異常気象という形で現れ始めている気候変動にも通じるものがある。限られた資源を無造作に使い
それらをゴミとして放棄する。そんな生活を何年間にもわたって続けてきた。

 被災地の方々には誠に気の毒だが、何かしら人類に対する警鐘のように感じられてならなかった。
心の中では、いつか我が身にもこんな日が来るのではないか、そんな気がしてならない。老いてなお
このような報いを受けるとしたら、逃れようにも逃れられないのではないだろうか。

 その時は、心静かに天命を待つしかないように思う。良いことがあれば、その分、悪いこともある。
全てのことは、プラス、マイナス、ゼロである。それが人の世の定めというものであろう。

 3.11は、被災地の人だけでなく、日本人全て、いや世界中の人達に対する気付きのチャンス
だったのではないだろうか。そして、その日一日だけで終わらなかったものがあった。それが原発の
事故だった。

 人間の作ったもので原発ほど罪深いものはない。無限のエネルギーを手に入れたという反面、制御の
利かない恐ろしい動物を飼っているようなものだ。プラスマイナスで言うとマイナスの方が遙かに
大きいのが原発だ。使った後の処分も難しいし、更に言えば事故は、それ以上に恐ろしい。

 福島の原発が冷却水の機能を失ったと聞いたとき、大津波以上に心が凍るのを覚えた。まき散らされた
死の灰が日本全土を覆うのではないかと考えたからだ。これから先、どのようなことが起きるのか予測が
付かなかった。私はひたすらヨウ素を取り込むために昆布をかみ続けていた。底冷えの続く早春のことで
あった。

 過ぎ去ってみれば事件前も事件後も被災地以外、何ら変わりのないように思える。しかし、残された
放射能汚染は長く影響を及ぼし続ける。皮肉なことに広島、長崎、第五福竜丸と日本は放射能という
恐ろしいものとの縁が切れない。

 そして人類は隠蔽された数々の放射能汚染や原水爆実験による汚染、そしてチェルノブイリ、福島と
汚染され続けている。それらは人間や動植物に少なからず影響を及ぼし続けている。化学物質による
汚染もさることながら、この美しい地球を何処まで汚せば済むのだろうか。

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異常気象と異常現象

2016-03-04 06:10:20 | Weblog
 振り返ってみると、私たちが子どもだった頃は、大きな変化もなく、実に淡々と同じことの
繰り返しの中で月日が過ぎていったように思う。それは、いつまでも続く穏やかな日々の連続
であった。本当は、これが当たり前の世の中ではないだろうか。

 ところで昨今、大人になってからのこととはいえ、平穏で安穏な日々であろうか。電波が
盛んに飛び交い、世界中の出来事が瞬時に伝わって来る時代になったからだけではなく
何となく落ち着かない物情騒然とした世の中になってしまったように感じている。

 国内では見かけない風景だが、ヨーロッパ各国では、まるで戦時中の強制疎開のように
難民が押し寄せている。難民と言えば繰り返し起きているアフリカの内紛によるものと
ばかり思っていたら、ヨーロッパでも現実のものとなってしまった。

 私たちにこの状況が想像できるだろうか。もし日本に難民が押し寄せたら、どんな混乱が
生ずるのだろうか。押し寄せて来るのは並の数ではない。万を超す難民が繰り返しヨーロッパ
各国へと集団移動しているのである。

 さて今日は、世界中で相次ぐ異常気象や異常現象について書いてみようと思う。世界中で
異常音が観測されている。こうした異常現象は、ここ数年、多発するようになっている。
大分前には、関東地方でも異常音が観測されており、先日は、高知沖でも異常音が発生し
多くの人の証言で明らかになっている。

 私たちは、東日本大震災を体験し自然現象に対して非常に敏感になっている。今まで地震の
ことなど全く気にしたことのない人も、異常現象を地震と結びつけて考えるようななった。

 私は、人間界の出来事と自然界で生ずることは、何かしら連動しているのではないかと
昔から考えている。従って、自然界の異常現象は、私たちの行いと決して無関係ではない。
江戸時代にも世の中の混乱と富士山噴火や相次ぐ巨大地震は何故か連動していたように
思われる。

 むろん、地球温暖化のように、私たちのエネルギーの浪費が今日を招いているように
因果関係が明らかなものもある。少し横道にそれるが、地球温暖化について書いてみたい。

 実は温暖化は、もう後戻りは出来ないところに来ているのではないかとさえ言われている。
それを明らかにするとパニックが起きかねない。既に温暖化ガスは地球上空にたまり巨大な
ビニルハウスのように太陽からの熱エネルギーを封じ込めている。

 温暖化ガスは、簡単には取り除くことの出来ない状況になっていることは明らかだ。
一説には太陽活動が停滞期に入っていて、地球は寒冷化の方向に向かっているとも言われている。
どの説が本当で、どの説が嘘や誇張なのか分からないが、少なくとも今のところ異常気象という
言われ方で、様々な気候変動による大災害が生じている。

 さて、異常音はアポカリクティックサウンド(終末音)と呼ばれ、ロシアのキエフ
カナダなど世界各地でで観測され、ユーチューブ等でも配信されている。終末音とも言うに
ふさわしい実に気持ちの悪い音が多い。

 こうした異常音が、どこから発せられているのか、今のところ定かではない。天空からと
言う説もあれば、地中深くからと言う説もある。どうやら温暖化だけではなく、地球そのもの
にも何らかの異常が起き始めているのだろうか。

 地磁気が年を追う毎に弱くなっているのは、気象庁の観測データとして公表されている。
このまま推移すれば近い将来、地磁気はゼロになる日も近い。地磁気がゼロになるとは
どういうことなのだろうか。人類は誰も経験したことのないことである。

 北極と南極の位置も少しずつずれている。いずれポールシフトという現象が起きるのだろうか。
いずれにせよ宇宙船地球号の上で、人間どものごちゃごちゃとした内紛が続いている間に
多くの人や植物や動物たちを乗せたまま、危機的な状況に近づきつつあるのは間違いなさそうだ。

 過ぎ去った子どもの頃の穏やかな日々が無性に懐かしい。変化することなく四季は巡り来て
貧しくとも平穏な日々が、気の遠くなるほどいつまでも続くと信じていた時代のことが。
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戦中生まれの反戦論者

2016-03-01 06:13:53 | Weblog
 テレビ画面に映し出される映像を見ていると、何かしら近未来の地球をテーマにした
SF映画の一シーンようにも見えてくる。これらは特撮でもなければ、CGでもない。
ありのままの今のシリアの街の姿だ。

 かつてのシリアは美しい街だったと言われている。それが、今は廃墟と化している。
実は、70数年前の日本も主要な都市のほとんどは、こんな状態だった。シリアは
レンガや石の建物。日本は紙と木と土壁の建物。家を支えている柱が燃えてしまえば
残るのは焼けた瓦と土壁だけだった。

 岡山市も大空襲で焼け野が原になった。隣県の福山市も焼け野が原になった。そして
東京も大阪も主要な都市はほとんど破壊された。その上、広島や長崎は一瞬のうちに
何もかもが消えてしまった。

 こんな悲惨な体験をしたのは、太平洋戦争においては日本だけであった。だからこそ
戦後の日本は戦争を放棄し、憲法九条にそのことを認めた(したためた)。右も左もなく
みんなの心の中に、もう戦争はいやだという強い思いがあったからだろう。

 かつて、時の総理大臣だった吉田茂はアメリカに強いられた再軍備化に頑なに抵抗した。
疲弊した国民に再軍備による疲弊を強いることを恐れたからだ。こうして再軍備をしなかった
日本は未曾有の経済発展を遂げた。

 今、日本は「戦争への道」を、ひた走りに走っている。少なくとも私にはそう見える。
それにはアメリカからの強い要求と、様々な事情があるのだろうが、戦争に突入して
しまったら全ては終わりである。また、アメリカが守ってくれるなどと幻想を抱いては
いけない。アメリカは自国の利益のためにだけ行動している国である。

 私は先に書いたブログで戦後の悲惨な状況について、さりげなく書いた。それらは私の
幼い頃の記憶であって、当時の多くの大人たちは、様々な悲しい思いを抱きながら厳しい
戦後を過ごしたのだと思っている。私の両親も若くして、人生に大きな方向転換を強いられた。
また、家内の両親も私の両親とは、形こそ異なるものの戦後の厳しい人生を歩んできた。

 何があろうとも戦争を起こすようなことは、決してしてはいけない。ことを進めている
政治家や、それを後押ししている人には、それぞれの主張があって、そうしているので
あろうが、私たち悲惨な戦後経験をしているものには、その思いが強い。

 しかし、戦後生まれの、それも日本が戦後復興で一番勢いのあった高度成長期に育った
人たちには、さして実感はないのだろう。そういう人たちが、今の政治の実権を握り
憲法を曲解し、あらぬことを考えている。

 仮に自分たちの将来のことを考えた上でのことだと言うのであれば、戦前、戦中、戦後の
ことを、もう一度よく勉強し直して欲しい。その上で議論をしたらどうであろうか。軍閥が
台頭し、それに押し切られるようにして国は戦争への道を走り続けた。その先には悲惨な
結果しか待っていなかった。

 戦後教育の中で最も欠けているのは、近代史の勉強である。古事記も日本書紀もある意味
大事かも知れないが、近代史こそ私たちが生きて行く上での、多くの教訓を残している。
ドイツでは、ヒットラー時代のことを特別教科として学んでいるらしい。

 先の太平洋戦争については、様々な評価があるだろう。しかし、多くの人は、近代史を
ほとんど勉強せずに議論している。勉強せずして良い悪いを論ずることは出来ない。実態を
知らずして太平洋戦争を論ずることは出来ない。ましてや先の高市総務大臣の発言など
論外である。

 安倍内閣は、ますます右傾化し、自民党の中に、それを止めようとするものがいない。
NHKという中立を守るべき立場にあるものが籾井氏のような人物を会長の座に据える
など、見え透いた言論統制を行っている。言論はあくまで自由であるべきである。
そうでなくてもスポンサーによって左右されやすいマスコミ業界である。

 言論抑制や言論統制の先にあるものは、間違いなく先の太平洋戦争の悲惨さを再び
味わうことになるのではなかろうか。参院選を前に投票権を得た若者には、是非とも
伝えておきたいことの一つである。
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