人生いろは坂

人生は山あり谷あり、そんなしんどい人生だから面白い。あの坂を登りきったら新しい景色が見えてくる。

世紀の天体ショー

2012-05-22 05:10:22 | Weblog
 懸念されていた雲も切れ欠けていく太陽が見えた。昨今、何かと話題の多い太陽である。太陽にも
地球と同じようにS極とN極があるようで、この二極構造に変化が見られるとか。あるいは太陽の活動
そのものがが弱まっているのではないかなどと騒がれている。

 太陽も地球と同じように活発に活動している。いわば生きものである。従って変化があっても当然
なのだが、太陽の恵みによって生きている地球上のものにとって太陽の大きな変化は死活問題である。

 騒がれているマンダー極小期なるものが現実ともなれば数十年間(良く分からないらしい)は寒冷期
が続くことになるようだ。そうなれば、たちまち食料が問題となり、暖房に要するエネルギー等を
どのように確保するかなど私達の生活に様々な影響を及ぼすことになる。

 石油の採掘量は減少を続けており枯渇寸前だと言っても過言ではない。一方、消費量は増え続けて
いる。近年、石油に変わるエネルギー源として開発が続いている天然ガスだが、これも無限にあるわけ
ではない。

 いずれにせよ全ては人間サイドの問題で、人間自身が生活スタイルを変えなければ解決できない問題
である。私達はいま様々な観点からも大きな変革を迫られている。


 私はイチゴを収穫しながら太陽が次第に欠けていくのを待っていた。そして7時になった頃、家に
帰り買い物で貰ったビニル袋を透かして太陽を見た。既に大きく太陽は欠けていた。残念ながら児島は
金環食ではなかった。

 しかし太陽は大半が月の影に隠れ異様な姿をしていて、辺り一面が薄暗くなった。真っ暗ではない
暗さがかえって不気味であった。

 かつて源平合戦が玉島であったころ同じような現象が起き、それを知らなかった源氏方は動揺したと
言われているが果たして現実はどうだったのだろう。天体現象だと言うことを知らなかった当時の人々
にとって、世の混乱と合わせ見たとき末法の世を感じたのかも知れない。

 今は正に末法の世である。現代人は金環食を単なる天体現象だと知っており、楽しむべき知識を持ち
合わせている。しかしながら、現実の世は大地震が生じ、大津波が襲い、その上、原発の爆発事故と
なると、これを末法の世と言わずして何と言おうか。

 その上、不安材料は様々にある。ヨーロッパの経済問題は今後どのような展開を見せるか分からない。
その影響もまた計り知れない。そんなことを考えると天文学的な変化も私達の生活と決して無縁では
ないような気がしてくる。私達は、どう生きていくべきか様々な試練の中で何かを問われている。
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果物ジャムあれこれ

2012-05-18 12:24:38 | Weblog
我が家で収穫された果物の多くがジャムとなる。夏みかんのマーマレードに始まって、イチゴが
出来ればイチゴジャム、アンズが出来ればアンズジャム、モモが出来ればモモジャムにと。

 そして、夏になるとブルーベリーの収穫が始まるので当分の間はブルーベリージャムを作ることに
なる。作るのは家内、私はもっぱら果樹を育て果物を収穫するまでが役目。出来上がったジャムは
お裾分けとして離れて暮らしている子ども達のところや親戚、友人の元へと送り届けられる。

 その他は瓶詰めにしたり冷凍庫の中で保管される。しかし、冷凍庫も余裕があるわけではなく、
妻に言わせれば作っても良いけれど保管場所に困ることになるわけである。贅沢と言えば贅沢である。

 今はマーマレードを作り終え、イチゴジャム作りの最盛期である。しかし、冷凍庫は既に満杯状態
であり、これから収穫したものをいかにすべきか迷っている。それくらいイチゴはたくさん収穫できる。

 ちなみに我が家のイチゴ栽培は苗作りもせずに半ば放任状態である。収穫期が終わると親株からは
盛んにランナーが伸びていく。それらを伸ばすだけ伸ばし、夏の終わり頃には良いものだけを残し、
他は親株と一緒に抜いてしまう。残した株を秋から冬にかけて育てている。

 時にはランナーから根を下ろしたものを移植したり補充のための苗を作ることもある。しかし密植は
良くない。葉を大きく茂らせることも良くない。風通しや日光不足で実が付かないことがあるからだ。
何度も同じ失敗を繰り返している。

 また密植していると付いた実も簡単に腐ってしまう。三年ほど苦い経験をしているので、今年は
窒素肥料を控え密植状態を少し緩和した。このようにしたら大きな実がたくさん付いた。

 いちごの天敵はダンゴムシと灰色カビ病である。この季節、雨の日も多くカビ病は一気に蔓延して
しまう。ある意味ダンゴムシより始末が悪い。しかしEM効果であろうか、ここのところ病気で腐る
イチゴは少なくなっている。

 イチゴのシーズンが終わると間もなくブルーベリーのシーズンが始まる。ブルーベリーは花も実も
楽しめて冬の紅葉も良い。花はスズランの花に似た白く小さなかわいい花である。花の頃はミツバチや
クマバチが盛んにやってくる。

 クマバチのごときは大きな体をして、どのようにして小さな花から蜜を吸うのだろう。小さな花と
クマバチの取り合わせは面白い。どうやらブルーベリーは小さい花なのに蜜をたくさん持っている
ようだ。

 こうして様々なハチ達による受粉が終わると花が落ちる。花がぽろりとこぼれ落ちた後には小さな
実が付いている。これがわずか三ヶ月余りで大きな実になる。

 昨年は物珍しさもあってジューンベリーなるものを山から取って帰りジャム作りを試みた。味は
悪くないのだが種が意外に大きく口触りが良くない。ブラックベリーなども同じようなことが言える。

 その点、ブルーベリーは味も香りも口触りも良く、ジャムとしては高級な部類に入るのではない
だろうか。一粒一粒は小さいのだが何しろ収穫量が多い。大変重宝しているジャムである。目に良いと
言われているアントシアニンもたくさん含んでいる。

 さしたる病害虫もなく樹自体も育てやすい。ただ実の収穫期が夏の盛りなので、朝夕の涼しいとき
でないと、とても直射日光の下での収穫作業は出来ない。たわわなる実で枝が重そうに垂れる。誠に
楽しみな果樹である。そして添加物のない100パーセントのジャムである。
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EMの力

2012-05-03 04:42:23 | Weblog
 この不思議な物質には秘められた様々な働きがあるようだ。その特徴がもっとも強く現れるのは
畑で使用したときである。

 我が家の畑では数年前から使い続けている。初めの頃は遠慮して少量のEMを水で薄めて使っていた。
その内に害がないことも分かってきたので、薄め方も好い加減で大量に使い始めた。それから効果は
顕著に現れ始めた。

 ことの始まりは市街地を流れている川にEM団子、EM発酵液を投入し、三ヶ月ぐらい後のことで
あった。厚く積もったヘドロが完全に消え、うす茶色の砂地が見え始めたことである。そして、その
砂地には多数のカニの穴があり、多くのシオマネキが出入りしていた。

 更に、上げ潮に乗って小魚たちが群をなして遡上していたのである。環境が変わるとかくも大きな
変化が現れることを実感した瞬間であった。驚きと共に感動に胸が震えるような思いであった。

 実は十数年前、こうした実感を全く感じることなくEMの使用を諦めていた。故に、その感動は
尚更のことであった。正しく使えば結果はかくも明らかなことを初めて実感した瞬間であった。
この時、川底や水路の写真を何枚も写した。その写真は今もEMを紹介するとき必ず使っている。

 さて、我が家の畑では使い始めて4年目になる。今では野菜、果樹を問わず使っている。まず顕著に
現れたのは弱っていた玄関口の松であった。松はその後、見事すぎるほど元気になり、思い切り剪定
しても翌年か翌々年には太く長く新しい枝を伸ばしている。まるで成長期にある若松のようである。

 ブルーベリー柑橘類、ビワや桃などあらゆる果樹の花の付き方が増えた。その分だけ実付きも良い。
ちなみに我が家の果樹畑は雑草と笹に覆われている。従って、除草剤で地面が露出している生産農家の
それとは全く様相が異なる。これはEMを使い始める前からのことである。

 いったん生え始めた笹を抜くことも枯らすことも容易なことではない。除草剤を使えば簡単なこと
なのかも知れない。除草剤は使いたくない。ともかく今は自然に任せ、長く伸びすぎたら草刈り機で
刈っている。

 そんな畑なのだが果樹の出来はすこぶる良い。そしてEMを使い始めて味が良くなった。ハッサク
特有の苦みが薄くなり、甘くて味が濃くなった。そして何よりも肥料は寒肥として油粕と最近使い
始めたヌカを一回撒くだけである。さしたる肥料も使わないのに玉太りがすこぶる良い。非常に大きな
実がたくさん収穫できるようになったことである。

 昨年はナシ特有の赤星病が出たとき、EMを薄めて木全体に撒いてみた。見事に繁殖が止まり、
落葉が非常に少なくなった。今年はスモモの熟期に使ってみようと思っている。ナシの経験から
灰色カビ病の予防になるのではなかろうかと考えている。

 そんなことで、まだまだ試行中の段階だがEMの働きには注目すべきものがある。私は実証主義
なので容易に人の話や本だけでは信じられない。従って、自分で使ってみて、あるいは現地に出かけて
実際にEMがどのように使用されているか確かめている。

 今までに東京の日本橋川には二度ほど足を運んだ。そして奈良の東大寺、ここでは池の浄化と松の
再生に使われていた。いずれも顕著な効果が現れている。今後も出来るだけ現地へ出向きその効果を
確かめてみたいと思っている。

 地元、児島でも迨暇堂という野崎家の別邸の庭にある松にたった一度だけだが撒いて、それなりの
効果を確認している。全国各地ではあさりが獲れるようになったとか、シジミが獲れるようになったと
いう話を聞いている。これも恐らくは事実であろう。

 しかし、EMを使う前がどのような状態であったのか確かめようもない。ただEMの場合は化学薬品
のように投入後直ちに反応が現れるとか色が変化するなどと行った現象が見られないので多くの誤解を
生んでいることは事実である。使ったものにしか分からないことが多い。また一、二度使ってみたからと
いって変化を期待することは出来ない。

 先日、訪問した広島県の内海町の兼田さんのことを書いておこう。ここは海苔の養殖と加工を行って
いる。この工場では加工工程で滅菌のための塩素系薬剤を使わないことで売り上げを伸ばしている。
従って海苔の風味が違うようである。

 塩素を使っていた頃は共同の排水口に海苔の腐ったヘドロが堆積し悪臭を発していたようだ。
海苔は海草の中でも特に栄養価が高いようで、それだけに腐ると悪臭を発するようである。

 困った時に知ったのがEMであった。EMを使い始めて約三ヶ月、水路のヘドロは全く消えてしまい
今は全く流していないとのことであったが水路は非常にきれいだった。また、以前のようにヘドロは
堆積することもなくなったとのことであった。どうやらEMの力が今も持続しているようである。

 私達が訪れたときは既にシーズンを終え、排水もなくなっていたが水路の水はよどむこともなく
透き通っていた。何よりも驚いたのは水路の縁や周辺部の花崗岩が山から切り出してきたかのように
きれいだったことである。この水路がヘドロの堆積で汚れきっていたとはとても信じられないことで
あった。

 兼田さんは海苔養殖もここ数年で終わるかも知れないと話しておられた。原因は海水温の上昇だ
とのことであった。今は海苔の加工ばかりでなくEMを使って大量の酵素を作って販売しておられる。

 この収入も馬鹿にはならないのだと話しておられた。約3年間寝かせて熟成したものを販売して
おられるようだ。熟成中のものがたくさん置いてあった。これはEMの複製品である。

 どうやら兼田さんはEMと長くつきあってきたご本人にしか理解し得ないEMの不思議な力を
感じておられるようである。兼田家の古いくみ取り式のトイレの臭いが全くしなかった。風呂水は
捨てずに何回も使っておられるらしいが、全く濁っていなかった。また風呂の壁に全くカビが付いて
いなかった。塗り立てのような白壁のままであった。

 家のあちらこちらにはペットボトルに入った夥しい数のEMが置かれていた。全て兼田家特製の
EMであった。ここではトイレも風呂も見た事実だけを書いている。実に不思議なことである。

 EM周辺には様々な反論や確執などがあるようだが、賛成派も反対派ももう一度原点に返って
検証してみる価値があるのではないだろうか。改めてミドリムシなど微生物の働きに目が向けられれ
つつある。

 あの味の素も化学合成を止めて微生物の発酵により作られている。そして何よりも味噌や醤油、
お酒やビール、そしてヨーグルトなど数多くの発酵食品によって私達の生活は支えられている。
私達の祖先は体験的に微生物の働きを利用してきた。それは昨日今日のことではない。

 こうしたことを考えるときEMだけが特別な存在ではないことを記しておきたい。そして何よりも
EMの中の光合成細菌には計り知れない力があることを追記しておきたい。光合成細菌と乳酸菌、
そして酵母の相互作用による働きがEMの力となっている。
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