Umi kakasi

自分が感じたことを思うままに表現してみたい。

新党(結いの党)

2013-12-20 01:03:46 | 一言・ほっとけない?

江田氏新党結成
「結いの党」設立で語った。
代表は、この政党は、政界再編・野党再編を目指す政党なんだというのが1点、
もう1点は、奪官僚、奪中央集権、脱しがらみ・既得権益、この国の形を変えて
行くんだと言う事を、大義にして結党したと会見で語った。


新党「結いの党」の理念
増税より景気回復:将来の原発ゼロ:脱官僚、これなんなのと言いたい。
安全保障については、
我々は対米追従、観念論で集団的自衛権の行使に、踏み込むべきだという議論も、
とりません。
結党したものの、次の総選挙までに、野党再編成も政界再編も何も起こらなかった。
そういう事になった暁には、私は「衆議院議員を辞したい」と思いますと断言したが。
信用できないよね、国会議員のその場限りの言葉に、何を信用しろと言うの、江田さん。

以前、誰だったか、代表を追い出し、党を略奪した沖縄の議員で、普天間飛行場の
移設問題で「最低でも県外」が実現できなかったら議員辞職すると言って、結局
衆議院の選挙で落ちるまで、議員にしがみついたやつがいたが、江田さん貴方も
おなじではないだろうね。
この“結いの党”立ち上げには問題が残っている。
野党再編し政策中心に、民主党議員とは、労働組合に関係ないものと、組みたいと
語った。
この言葉、民主党の分裂を示唆したものだろうか?
こんな事、結党前に言ってたが本気なの、民主党は怒らないかね?
みんなの党とへの不義理問題どうするの、比例議員を引き連れての離党問題だよ?

  
みんなの党に離党届を提出した前江田幹事長等と15人は新党「結いの党」を結成し、
初めての総会を開き、江田氏の代表就任を承認し、幹事長に小野次郎参議院議員の
就任を決め、政調会長に柿沢氏がそれぞれ就任した。

野党再編を目標に掲げ動き出した新党、その再編の“目標のためなら党を解消しても
構わない”と強調して語った。
結党し動き出したばかりでの初の会見で、この発言に驚かされた、われわれは野党
勢力を結集する為の触媒と言っているが、まさに今の野党の、政治理念と基本政策を
軸に結集していく、そして我が党(結いの党)の存続にこだわることなく、発展的な
解消も辞さずという覚悟「発展的な解党は本望」でやりたい、やっていきたいと
思っていると言ったが。
みんなの党の厳しい動きに対し、江田氏は厳しい船出は覚悟の上で、結党するので
幾多の障害があっても乗り越えていくしかない、これからは前を向いて進もうと、
過去を振り返らないと言う事ですねと、覚悟をにじませて語った。

みんなの党は会派離脱を認めない方針に、江田氏の勝手な苦しい言い分は、
これは離党でなく分党と言っても、いいような事態でございます、何と情けない言い訳
誰が見ても、分党と思わないだろう、誰でも、江田氏と15人は、造反し離党した
議員たちとしか言わないだろう。まったく厭きれた事を、平気で言えるものだ。


挙句は、比例でみんなの党に籍のある議員の、離党を認めない限り発言権がない
事に関し、渡辺代表にも、議運の皆様にもぜひ認めていただきまして、論争できる
場を与えて頂きたいと、まぁよくも結党してから、今頃よくも寝惚けたことが
言えるものだ。
このような泣き言いうのは、悲しくてあまりにもみっともないよね。今頃になって、
このことで、衆議院議員運営委員会与党議員にも厭きれるよ、「渡辺氏も子供じゃ
あるまいし、当選した議員をしばるのはいかがなものか」と苦言を呈すが、アホじゃない
この与党議員へ逆に苦言を呈したい、比例で当選した者が、離党すれば議席を党に
返すのは、筋じゃないの。
他党の事に口出しするなと言いたい、あなたの人格疑われるよ。

結いの党は現在15議員、江田新代表は年明けから日本維新の会と政策協議をはじめ、
春ごろには維新の会の40人くらいと合流を考えているようだが、
これこそ“取らぬ狸の皮算用”にならなければ良いのだが、国会で「質問権も持てない
結いの党」と誰が、どの党が、組むのだろうか?
本当に、これでよくも党を立ち上げたものだ、渡辺氏ではないが「ジ・エンド」だ。

  
結成前の今月の10日、野党勢力の結集を目標に、民主党・細野氏、や維新の会・松野氏
との勉強会を発足させ政策面で連携を深めようとして、“まず日本維新の会との合流を
目指す”動きを見せているが、会見で、大阪市長、橋下維新の会代表も「維新の解党も
辞さず」と、私と同じ事を言っているし、維新の方が早く合流というか、一緒にやって
いける道が開けるのではないかと思っていると語ったが、これ独りよがりじゃないの。

維新の会には、旧自民党系の長老的な方々と果たして、政治的な肌合いが合うのかと
思われるがと、司会者に質問されて、
江田氏は、今度の再編と言うのは“この指止まれ再編”ですよ、この指と言うと、
これは政治理念と基本政策、当然その結果、止まれる人と、止まれない人も出てくる、
これは自然の流れだと言ったが、果たしてどうだろう。
政治の世界そう甘くないと思うのだが、江田氏に先が見えているのだろうか、
司会者に、特に民主党などは警戒感が強いように思われる。
まして、せっかく政権を握り、政権交代可能な勢力を一度築いた政党なのに、
新党(結いの党)に、また足元を崩されるのではないかと、警戒を持つと思うの
だがと問されると、

民主党の議員の中でも、我々と同じように、個別(細野)に理念政策が一致している
方もいるので、息の長い民主党とはすり合わせになると思うが、来年どこかのタイ
ミングで機会が来ればいいなと言う言葉は、江田氏の他力本願のようにしか聞こえない。

この江田氏の呼びかけに民主党大畠幹事長は、「結いの党」がどのような政治活動を
するのか、これについてはよく注視はするが、具体的にはこれから検討させてもらい
たいと、先の読めない政党への常識的な反応を示されたようだ。

一方、日本維新の会国会議員幹事長の松野氏は、野党再編これに向かってスタートした
事は歓迎したいと思いますと、語っても果たして維新の総意か。
そして自民党にもおごりが出ている様子が見えるので、緊張感のある国会・政治を
つくるためにも、野党が纏まっていく必要があるのではと語った。
司会者から、
野党再編は実現するのかと問われ“来年の秋を1つのポイント”になるのではないかと
見ていると言った、政治的には来年の秋というのが焦点になるんだと思うと言って、
来年秋といえばアベノミクスが成功したかどうか、消費増税が景気を腰折れさせたか
どうかと、いうのがわかる、来年の秋が大きな節目になるヤマになることは事実、
新年あけてからはとにかく駆けずり回りたいと言うが、前途は決して平坦ではなさそうだ


この江田氏らが離党をし(結いの党)を結成した中での、
みんなの党渡辺代表は会見で、マインドコントロールで新人議員を引き連れ離党し、
新党の立ち上げた、こうした江田氏の動きの野党再編と言うのは、まさに選挙目当である。
みんなの党役員会:
離党して新党結成に動いている江田氏について、みんなの党の役員会で“新党結成は
重大な反党行為だ“よって党としては、離党届を受理せず、党の処分としては、
最も重い「除籍」とすることを党議決定した。
また、江田氏に同調した13人については”全員が党の比例代表で選出された議員であり、
議席を返すべき“ことなので、党としては議員辞職を強く求めていく事も、合わせて
確認した。

比例で当選し、江田氏の「新党結成に加わる議員」は、衆議院の9名、江田憲司:
柿沢末途:林 宙紀:青柳陽一郎:椎名 穀:井出庸生:小池政就:井出信彦:畠中光成、
参議院の6名、
川田龍平:小野次郎:柴田 巧:寺田典城:藤巻幸夫:真山勇一
これ等の議員は比例で当選した者であり、みんなの党は会派離脱を認めない為に、
「結いの党」の設立に参加した議員に支給される、立法事務費(1人当たり月65万円)は、
このままでは、みんなの党が受領する為に、離党した議員には渡らないだけでなく
みんなの党が離党を認めない限り、国会議員としての質問も出来ないことになるばかりか、
渡辺代表の党としての厳しい対応は、新党を立ち上げた江田氏の行動次第では、新党と
して初めから頓挫することも、考えられる事になり兼ねない、大きな問題のようだ。


このように野党再編を目指す江田氏については、諸々を見据えた渡辺氏の発言では、
かなり考え方の違う人たちが混在している、本当にこれで自民党に対抗できる理念と
政策が一致した、野党再編が出来るんだろうかと、先を危惧した発言で、
この新党すぐに”ジ・エンド“になるのではないでしょうかとも語った。

江田氏の言うように簡単に野党再編成と言っても、各野党にも、お家の事情も多々ある
事は承知のはず、3幹事長(江田、細野、松野)の思惑どうり、野党再編が出来るものでは
ないと思うのだが、海千山千の政治の世界、甘く見ているように思われるのだが。
まぁ、高みの見物させてもらおうか、
苦しい船出になったようだね、江田新党「結いの党」がんばってや??

 

 

 

HP みやざきに「きやらんか」


元官僚の二枚舌

2013-12-17 17:12:35 | 一言・ほっとけない?
歌は誰が忘れたのか?


離党を前に、江田氏は、もぅこの党(みんなの党)には将来は無いと言ったが、
江田憲司氏、自からみんなの党を離党して再編を目指しても、他党にどれほど受け
入れられるかも、判らないままで、結党宣言してどうなる事やら、
「口先と腹の中の違う3人」の思惑に、本当に将来があるのだろうか、民主の細野氏、
維新の松野氏にどれほど党内で、力があるのだろうか、野心で動くこの3人に、
心底動かされる国会議員がそう簡単にいるとは思えない。


では、新党の基本理念は何なのか? 公務員改革は出来るの、既得権益打破は
可能なの,利益集団、圧力集団の代表的官僚は利口だ、本気で官僚の蘇生ができるの、
理念も信念も持たない野心家3人が描く、政治的政策の無い野合。

江田憲司氏は幹事長時代
所属の党から何らかの理由で離党する議員について、比例で離党した者について、
何といっていたか、思い出していただきたい。
比例でみんなの党の議員になったのであれは、党を離党する者は議席を党に返して
議員辞職すべきだと、言っていたのではないのか。

最近の世論調査で、比例で当選した者が、離党した場合は、議席を返還すべきだと
言う事に、思うと答えた人は、何と72.5%、思わない19.2%を大きく上回る、
この厳しい世間の見方を、みんなの党の「比例で当選して離党する議員諸君」
国民をなめないでほしい。
これこそ「歌を忘れたカナリヤ」とは、自分等の事を、言ってるようなものだ。?
このように江田氏は以前から発言しておきながら、みんなの党の比例で当選した
1年生議員をマインドコントロールで集団離党させ、このまま新党に進むのであろうか、
自分で言った言葉にも、理念・信念も持てないまま、平気で自分の都合で、自分流に
都合よく解釈するようでは、自らが絶対に信用できない政治家だと、
言ってるようなものだ。
俺についてくるなら、離党するに当たり、みんなの党の比例で当選した者は、
党へ議席を返上し一度議員辞職して、一緒に新党に加わった欲しいと言えない
のだろうか。そんなこと言わないだろうな、言えば新党など出来ないだろうから。


江田氏がみんなの党を離党する成り行きに関し、これまでの江田氏の、あらゆる
発言から、渡辺氏との事情について、江田氏の立場は理解できるという助け舟をだす、
大阪市長の橋下氏は、江田氏のほうに道理があると発言しているが、
もぅ、大阪維新もお終いだね。
維新が信念を失った時から、橋下氏はカリスマ性も無くし、橋下大阪維新の理念も
微妙に変わっていった。そんな中で、泉北鉄道売却に関し、府議会では4議員の造反で、
議案は過半数割れで否決された、この度の議員の行動を見ても分かるように、維新の
退潮が鮮明となる現況の中で、改めて浮上してきたのが、日本維新の会、衆議院議員、
東国原英夫氏の離党問題で、日本維新の会は原点から、理念の政策あるいは方向性が、
私の所管としては、変質、変容し、大きくズレを感じるようになったと会見で語った。
いま問題視されている、東京都知事、猪瀬知事に絡めた東京都知事選、出馬に関しては、
これを強く否定した。


この様に大阪維新の会から、日本維新の会に変化する中で、結党時の理念と、近年の
維新の理念が変わる中で、信念までも変化していく事が、橋下氏と二人で話し合った
時に分かったので、このまま維新に籍を置く事に疑問を抱くようになり、このまま
維新に残る事は出来ないと判断し離党を決断した。そして維新の会を離党するに当たり、
日本維新の会から、比例で衆議院に当選した関係から、離党に関し、当然議席を
維新に返すのが筋であると判断した。
元宮崎県知事、現在は衆議院議員の東国原氏が言うように議席を返せば、その為に、
議員資格をなくすことになる、よって国会議員を辞めると言う決断に至ったと、
言ったこの言葉に、改めて東国原英夫氏に拍手を送りたい。議員は画くあるべきと思う。

どうですこの度、江田氏と共に行動を決意し離党する、比例で当選した1年生の議員諸君、
ここで、筋を通し国会議院を辞めては、失業だけでなく次の選挙で勝てる自信もない、
よってこのまま国会議院でいたいと言うのであれば離党など考えず、比例でみんなの党
所属議員になった国会議員諸君、票をくれた人の為に党内で頑張ったらどうです、
筋も通せないようでは、あまりにも姑息すぎないか。

この東国原氏のように、比例議員はこうあるべきと言う、信念ある行動を見習って見ては
どうです。
それも出来ない議員なら、理念も信念も持てない、何も無い烏合の衆と言われる寄せ集め
集団が、屁理屈を並べ綺麗ごとを言って新党を作ったとしても、決して国民からは
賛同を得られず、次の選挙では落とされるよ。
離党し比例も返上できないなら、絶対に信用できない「理念も信念もない政治屋」に
過ぎないとレッテルを張られた国会議員と見られ、一層国民の見る目は厳しくなると
思いながら行動すべきではないだろうか。
常識ある議員として、国会で活躍するにはどうあるべきか、今の崖っぷちで「離党か残留か」
政治家として試される修練の時、よくよく考えて行動すべき時ではないだろうか。
急がば回れと言う諺もあるよ。判断するのはあなた自身だ?
新党を企てる3人とは違う、立場にいる将来の自分を考えて行動すべきだろう。

今年の一文字

2013-12-13 11:43:15 | ちょっと、つぶやく 300

清水寺 森 清範貫主

今年選ばれた「輪」という字は、大勢の方々が手を握り合って、円滑に回転を
していく、そうゆう字でございます。
輪が繋いだもので今年の一番は,オリンピックの決定でしょうかと貫主は語られた。

毎年、年末になると、今年の一文字が発表される。
京都は、東山に佇む、清水寺の大舞台で貫主森 清範が、特設された特大の和紙に、
大勢の参拝者の見守る中で、大きく一気に書き込まれた文字は「輪」と決まった。
何故か、いつも思うのだが国宝「清水の大舞台」で、貫主が一文字を描く時、雨に
見舞われた記憶がない。不思議な気がする。

 2013年「輪」
今年選ばれた「輪」の理由は、2020年の東京オリンピック招致活動を、国民一丸で
開催決定に導いた「輪」、東北楽天の日本選手権制覇による東北地方の歓喜の「輪」、
今年起きた、日本国内は勿論、世界各国で起きた(伊豆大島・レテイ島)災害に
対する支援の「輪」などが理由とされたようだ。

「今年の漢字」
これまで過去に選ばれた漢字を並べてみたら、やはりよくその年の世情を、表した
ものが選ばれているようだ。一度は改めて、漢字から過去を思い出すのはどうだろう。

2012年「金」
自立式電波塔として世界一の高さとなった東京スカイツリーの開業、ロンドンオリン
ピックでの過去最多のメダルラッシュ、山中伸弥(京都大学教授)のノーベル賞
受賞など数々

2011年「絆」
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、台風などによる大雨被害(平成23年7月
新潟・福島豪雨、台風12号等)、ニュージーランド地震、タイ洪水などといった国内
外で発生した自然災害などにより、家族や友といった身近でかけがえのない人物に
対する絆を改めて感じたり、チームワークと信頼でFIFA女子ワールドカップに優勝した
サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)の姿などに感動し、勇気を得たりした
ことなど、多くの日本人が絆の大切さを改めて感じた一年であった。

2010年「暑」
観測史上1位の記録的な猛暑や非常に厳しかった残暑により熱中症にかかる人が多発し、
これに伴い野菜価格が高騰し、熊なども人里に出没。また地中の「暑い」中から
作業員全員が生還したチリのコピアポ鉱山落盤事故、1万℃の突入温度から帰還した
「はやぶさ」なども反映

2009年「新」
自由民主党と公明党に替わる民主党を中心とした鳩山由紀夫新政権発足、アメリカの
バラク・オバマ新大統領就任など、政治の一新に加え、裁判員制度や高速道路料金
割り引きなど、様々な新制度のスタート、新型インフルエンザの流行、スピード社の
高速水着による競泳の世界新記録ラッシュ、イチローの9年連続200本安打の新記録

2008年「変」
日本の内閣総理大臣交代やアメリカのオバマ次期大統領の「チェンジ(変革)」、
株価暴落や円高ドル安などの経済の変化、食の安全性に対する意識の変化、
世界的規模の気象異変による地球温暖化問題の深刻化、スポーツや科学の
分野での日本人の活躍に表れた時代の変化。政治、経済をはじめ、よくも悪くも
変化の多かった一年を象徴する。

2007年「偽」
不二家をはじめ、「白い恋人」や「赤福餅」など、食品表示偽装が次々と表面化。
年金記録問題の発覚。防衛省の汚職問題の発覚。テレビ番組『発掘!あるある大事典』
による捏造問題。

2006年「命」
悠仁親王の誕生。小学生、中学生の自殺多発。北朝鮮の核実験。臓器移植事件、
医師不足などによる命の不安。

2005年「愛」
愛知県で愛・地球博の開催。紀宮清子内親王と黒田慶樹が結婚。卓球の福原愛の
中国での活躍、子が親を殺すなど「愛の無い事件」

2004年「災」
新潟県中越地震発生。新潟・福島豪雨、福井豪雨。台風23号をはじめとする台風の
連続上陸。浅間山の噴火。美浜発電所の事故や三菱リコール隠し。
オリックスと近鉄の合併

2003年「虎」
阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝。イラク戦争の勃発。「虎の尾を踏む」
ような自衛隊イラク派遣。

2002年「帰」
初の日朝首脳会談により、北朝鮮に拉致された日本人が日本に帰国。日本経済が
バブル期より以前の水準に戻る。昔の歌などのリバイバルヒット。

2001年「戦」
アメリカ同時多発テロ事件発生。対テロ戦争。アメリカのアフガニスタン侵攻が始まる。

2000年「金」
シドニーオリンピックで、女子フルマラソンの高橋尚子、女子柔道の田村亮子が
金メダル。金大中と金正日による初の南北首脳会談。長寿姉妹のきんさんぎんさんの
成田きんが逝去。二千円紙幣誕生。

1999年「末」
1000年代、1900年代、1990年代の最後(世紀末)。東海村JCO臨界事故発生。翌年への
「末広がり」の期待を込めて。

1998年「毒」
和歌山毒物カレー事件の余波で毒物混入事件が多発。ダイオキシンなどへの不安の
高まり。社会問題となった環境ホルモン。

1997年「倒」
相次ぐ大型企業の倒産や銀行の破綻。山一證券の廃業。サッカー日本代表がFIFAワール
ドカップのアジア地区予選で強豪を倒して初出場決定。

1996年「食」
O157による集団食中毒の多発、それによる学校給食などへの影響。税金や福祉を
「食いもの」にした汚職事件の多発。牛海綿状脳症(狂牛病)の発生。

1995年「震」
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)発生。地下鉄サリン事件や金融機関の倒産など
による社会不安の拡大。

 

HP みやざきに「きやらんか」


野望

2013-12-12 07:18:01 | 一言・ほっとけない?

みんなの党分裂

江田憲司氏は、新人議員を引き連れ集団離党、遅から早かれ、こうなる事は誰が
見ても判っていた事実。党首にたてつき、党首と歩調のとれないようでは、
そこにいること自体無理がある、お互いの為に江田氏離党の決断は正解だろう。
しかし、江田氏と共に離党する議員諸君に言いたい。
みんなの党離党者:
今どうして国会議員として国会に居られるのだ、選挙では「みんなの党」と言う党名の
比例として国会に送られたのではないのか、国民は選挙の折、「みんなの党の政策」に、
共鳴して比例票を投じたのであり、間違ってはいけないよ、あなた個人に投票して、
もらったんじゃ無いと言う事を。

きれいごとは何とでも言える、江田氏はただ、「あんたが大将」で党を仕切りたいと
言うのが本音だろう。
やる気なら本気で、渡辺代表と「とことん激論すればいい」党首に内緒で、他党の
幹事長と政策勉強会など言い訳にもなりはしない。
 
江田氏の言い分
党首渡辺氏の行動は、最近では”自民党にすり寄りあわよくば、与党化していく
動きもみられた“などと、厳しく党首の批判を繰り返し、このように有権者の期待を
裏切る行為を絶対許す事は出来ません。みんなの党は、「歌を忘れたカナリア」になった。
もはやこの党(みんなの党)に将来は無いと結論を下さざるをえませんでした。
私の考えている野党の使命は、自民党に代わりうる政権交代可能な、一大勢力を作り
上げていくことで、新党結成の準備に入りたいと思いますと語り、
離党者全員で臨んだ記者会見で、“年内に新党結成“の方針を語った後。
みんなの党の江田憲司前幹事長ら、衆参議員14人の議員は離党届を提出した。

 分裂会見
新党は野党の再編を目指す為の触媒だとして、”来年の春ごろまでに、日本維新の
会の一部と合流したい”という考えも表明した。
野党に課せられた使命は、小さな政党がいがみ合っていることではなく、自民党に
対抗しうる、政権交代可能な国民の期待をしっかり受け止められる、政党を作って
いくことではないでしょうかと、尤もらしい発言をしているが、カリスマ性もない
江田氏が、政権交代可能な政権作りを語っても、民主党の政権に騙された国民は、
もぅ二度と「野心で動く未熟の政治家」に、政権を委ねるような事は無いだろう、
国民はそう甘くあいよ。

それは「野党勢力を結集し政権可能な一大勢力を作る」ために、以前から働きかけて
いた他党の幹事長らと、党の方針に逆らい会合を重ねた今回の行動で、合流すると
みられるのは、細野豪志を中心とした民主党議員、日本維新の会の松野氏と、
この江田氏の行動に賛同している、橋下大阪市長の行動が注視される、だが他党の
議員が江田氏3人組の、思惑通り動くだろうか。

見てると、あんたが大将は誰か、船頭多くて、船、動かずの気がしてならない。
「策士、策に溺れる」と言う事にならなければ良いのだが?

このような前幹事長、江田憲司氏の行動について、
渡辺喜美党首が激怒、

自民党にすり寄ったとか、立党の精神が失われたとか言うのは、全く当たらないと反論。
江田氏は、党内の議論に全く参加せず、勉強会、代議士会にも出席せず、本会議では
採決時は造反し、外部に向かって発信し挙句の果てに、離党とは本当に不可解だと
江田氏を厳しく批判し、その上で渡辺代表は、江田氏は、1年生議員をマインド
コントロールを行って”私が自民党にすり寄った“かのような自説を振りまいて、
集団で大量の離党に至る、というのは極めて異常な状況だと思っていると会見で語った。
離党した議員についての処分は役員会に諮り、比例代表で当選した議員には、
“議院離職を求める”とも語った。

このように小党の国会議員は何時まで、離合集散を繰り返すのだろうか、比例で当選し、
その政党の政策に共鳴して、臨んだ選挙だったはずだ。
初心を忘れた議員に、明日はない自らの行動を恥じるべきではないだろうか。
自らが選択した政党の政策に疑問を持つのであれば、比例で当選した議員は一度辞職して
自らに自説を国民に説きながら、新たに立ち上がるべきではないだろうか。
一度つかんだ甘い蜜、を捨てたくはないと言う事か、理念も信念もない国会議員が
本当に国民から信頼を得られるだろうか、議員としてあまりにもあさましい限りだ。
国民を、なめるんじゃねーよ。
比例で当選した国会議員諸君。あなた方に明日はない。


勉強会「既得権益を打破する会」の設立総会を開き立ち上げ決めた役職は?
  
共同代表に3人の幹事長が選ばれた。
みんなの党前幹事長、江田憲司
民主党、元幹事長、細野豪志 (親中、小沢一郎の重鎮)
日本維新の会、国会議員団幹事長、松野頼久(親中、鳩山由紀夫の重鎮))
松本剛明:笠浩史
副代表には、民主党の松本剛明(安倍総理の不信任決議案の採決で造反)
幹事長には、笠浩史
など役職者を決め「政権交代と言うリアリティーを持つ、政党の魂を作る為の第一歩と
なる勉強会にしたい」と語ったが。
同床異夢、野心丸出しの3人の侍が動いた年末の騒動。
果たして「吉と出るか、凶と出るか」どろ船に、ならなければよいのだが。
この3人の思惑通り、既成政党、民主、日本維新からの賛同が、得られるのだろうか
甚だ疑問である。
唯この3人、所属する政党の中での、「不満分子の旗揚げにしか、国民には映らない」
のは何故だろう。
ただ権力がほしいと言うだけではないのか、口先だけで、大義の政策が見えない。

夢の悲願達成

2013-12-10 03:02:06 | 日記

男子プロゴルフツアー

日本シリーズJTカップ
東京よみうりCC,7023㍎、パー7
最終戦
最終戦、最終日、最終組、最終ホール、ドラマは奇跡的チップイン

最終組での勝負は何と16度目、優勝を狙う優作に、3打差で迫る山下和宏:谷原秀人呉、
そして6打差で追って来る外国勢、呉 阿順:李 京勲、誰が相手か?

ツアー初優勝、宮里優作おめでとう。

  
3打差で優勝を前に向かった1番から悪夢のボギーで始まった。
同組で一所に回る宮里に、3打差でスタートした山下和宏:谷原秀人でなく、
1組先でプレーをする6打差で優勝を狙う者が居た、バックナインの16番で呉 阿順に、
1打差まで迫られた宮里だったが、17番ロングホールで、呉阿順が痛恨のボギーとし
2打差に変わった。
 呉、痛恨のボギー:

そして宮里自らが迎えた17番のロングホールで、バーディーを奪い取って、
2位の呉阿順(中国)に、3打リードして迎えた最終18番パー3。
 優作17番を見る:
楽に勝てるこの場面で、優勝経験のない宮里が迎えた大舞台で、アノデナリンを
抑える事の出来ないまま、4番アイアンで放った第1打は、グリーン左のラフへ。
一瞬「驚いた観衆の溜息」、
宮里優作、1番でのシーンが頭を遮った瞬間に、放った第2打をトップさせてグリーン
オーバーで、苦しい状況に追い込まれ、トリプルボギーでのプレーオフ突入かと
思われた時、淡泊ならまだしも考え過ぎていたようだ。そんな時、永久シード
選手の青木功氏の、言葉のアドバイス「どういうショットを打つかではなく、
勝ったか負けたかが大事なんだよ…というあの言葉で。

 
この場面に観衆がざわめいた。グリーン脇で見守る藍はむろん、家族全員は身を
硬くした。
誰が予想できただろうか、想像を絶するドラマが待っていた。
ピンまで10ヤードの右ラフから。意を決めてサンドウエッジを振り切るとフワリと
上がったボールはグリーンを転がり、カップに吸い込まれた。
指摘されていた詰めの甘さを克服したように、勝負に集中した結果、勝負に勝った。
だからこそ18番の一打は劇的だった。

  
奇跡的なチップインパーを優作が、妹の藍を始め両親、妻、子供ら愛する家族に
見守られる前で決めた、悲願の初優勝は大歓声に包まれ、つかんだ優勝の味を
かみしめて、膝を落として泣き崩れた。

  
首位から出た宮里優作は4バーディー、5ボギーの71と苦しみながら、通算13アンダー
で2位(呉阿順)に、3打差をつけ逃げ切り、ツアー参戦11年目の、50回大会記念に
ふさわしい感動のフィナーレを飾った。
最終日・最終組は過去15回。そのうち3回、2位に泣いた。アマ時代も含めて
通算6回、プロの舞台で2位に甘んじたが。
「やっと勝てました。これが腰を抜かすというものなのか、と分かりましたと。

  
今季、ここまでの獲得賞金(約3869万円)を上回る優勝賞金4000万円を手に入れた。
賞金ランクは自己最高の07年14位を大幅に上回る7位に躍進。
「これから2勝、3勝と積み重ね、本当に強いゴルファーになりたい」と言い切った。
第50代日本シリーズ王者となった優作は、この初優勝で、さらなる飛躍を見せるだろう。
また一つ、来季のゴルフ界に、楽しみが増えたようだ。

遅咲きの花、
宮里 優作、1980年6月19日、沖縄・東村生まれ33歳。レッスンプロの父の優さんの
影響で3歳からゴルフを始め、大阪桐蔭高、東北福祉大時代に日本ジュニア、日本アマ、
日本オープンローアマ、日本学生とアマのメジャータイトルを総なめ。
2002年12月にプロ転向し、2003年からツアー参戦。170センチ、70キロ。
ツアー初参戦から初優勝に要した年数を優作は11年を要して達成。

やっぱり家族の中でも、一番喜んだのは藍ちゃんかな、本当におめでとう。

 

 

HP みやざきに「きやらんか」