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軍属時代 11 ~もうひとつの別れ~

2010年06月01日 | 人生航海
皆からの同情と厚意もあって、少しは気持ちも落ち着いていた。

それに機関長の提案で、その日から皆が、交代で炊事をする事になり、全員が賛成してくれた。

私の職名も「賄係り」から「機関員」に変更してくれた。

ただ、普通は、内地ならば二年ぐらいで賄係りは交代することになるが、外地故に新しい交代を雇う事が出来なかった。

その為、賄係りは交代できなかったが、その後は人並みの船員として、新たに仕事に励む気になれると思うと幾分か気持ちも落ち着いた。

ところが、思いがけなく頼みの綱として慕っていた機関長が、突然内地に帰る事になったのである。

それを聞き、急なことで驚いて、私は機関長に聞いてみたが、詳しい事は何も言わず、こんな事を言ってくれた。

「親はなくても、そんなに悲しむな。俺も小さい頃、両親に先立たれ幼くして別れたが、いつまでもあると思うな・・親と金と言うではないか・・元気を出して頑張れば、また好いことがあるよ」と言ってくれた。

あの時の言葉は、今でも忘れずによく憶えている。

別れ際、「お前には、いろんな物を残して置くから」と、ポータブル蓄音機とレコード、衣類なども、私に着れる物は全部残してくれたのである。

それよりも、別れる寂しさが辛く、その後の事を想い、悲しさで一杯だった。

最後に「おまえは、俺がいなくても、もう大丈夫だ。身体に気をつけて、元気で過ごせ」と言ってくれた。

あの別れの言葉が、本当の今生の別れになるとは、その時には、想像も出来なかった。