百島百話 メルヘンと禅 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

キャンパス

2006年12月28日 | 千伝。
昔は、皆ほとんどがお百姓さんだった。

農繁期には猫の手も借りたいほどの忙しさだった。 

現在の仕事においても、多忙な時、暇な時、需要と供給のトレンドで安定と不安定が生じる。 

軌道に乗った会社のお手伝いするのが、サラリーマンである。
これから新しい需要を喚起して供給源を生み出すのが起業家だと思う。 

これを、農繁期のように忙しくもっていくか現状維持かは、販路を広げるか否かである。

大変な農繁期になって、猫の手もパートも社員も借りてこなければいけない。 

基本的に、社会とは、他人の力を借りたり、頼りにするキャンパスだと思う。

松下幸之助

2006年12月27日 | 千伝。
松下幸之助は鋭い。

あなたは運が良いか悪いかを聞くのは、あなたは人生が好きですか?

嫌いですか?

を単刀直入に訊いている。
 
山に登るのに、山が好きですか?嫌いですか?を訊いているようなものである。

山が嫌いなものを仲間にいれては、てこずることをよく知っている。

人生には、いろんな嫌な事、わずらわしいことが絶えない。

が、それこそが生きている証拠であり、人生のマッサージと思える人を幸之助さんは選別したのでしょう。


本間宗久

2006年12月26日 | 千伝。
山形県庄内平野の日本一の豪商だった本間一族は、終戦で農地解放の際、あっさり従ったという史実がある。
本間家の家訓が、体制に逆らわず従うとのことからであった。
 
その意味するところは、本間家の始祖宗久は、大阪船場の米相場で財をなしたので、上がるものは逆らわず買い、下がるものは売るという自然の流れに従わねば、溺れてしまうことを身にしみて会得していたからに違いない。
 
ところが、それが分かっていながら、人間は業なもので一旦買いつくと、値が下がってもなかなか損切り出来ずに深手を負ってしまう。

そして、殆んどが損を取り返そうとして返り討ちにあってしまう。
 
つまり、どんな商売も、時代の流れ、すなわち流行を読み、流行りそうなものを機敏に手に入れ、さばける眼力を持ちさえすれば成功といえる。多くの人は、アメリカを見て日本を占った。

周りを見渡せる高い場所に、自分を運んで行けば、高い見識が出来るし、見通しがきくというものである。

高い見識とは、これだと思うことをドンドン研究し、誰にも負けないその物に対する知識である。

すべては知識から始まり、知識が世界を征服するといっても良いと思う。

師走 クリスマスイブ

2006年12月24日 | 千伝。
都大路・・今日の全国高校男子駅伝大会で世羅高校(広島県勢)が32年ぶりに優勝。
小生が高校三年生の時、世羅が全国制覇して以来の優勝ですから、本当に嬉しいです。
広島県の陸上関係者にとっては、広島カープやサンフレッチェ広島が優勝するよりも嬉しかったはずです。(笑)
ただ、留学生の力を借りているようで、少々アンフェアな気もしますが・・。
前回優勝は32年昔。
初めて2時間10分を切る記録(2時間8分台)で1区から最終の7区まで独走。
(6人が区間最高を記録。
2位との差も実に3分半近くあった。32年昔、同い年の高校三年生だった三重県四日市工業の瀬古利彦<現ヱスビー食品陸上部監督>も出場していたはず。
残り1区の区間賞は、彼が取ったはず。
当時は、テレビ中継はなく、ラジオで放送されていました。
それでも広島の世羅の驚異的な強さが全国に鳴り響いたものでした。
しかし、その後の強豪校は、兵庫県の報徳学園や西脇工業へ移行。
広島県陸上界の地盤沈下でした。
今回の駅伝優勝タイムは、2時間3分ちょっと。
30位以内までが、2時間10分を切るタイムでした。
32年間の間で、5分ぐらい時間を縮めたということになります。
この5分間・・42.195KMを7人走っての結果です。

もうひとつ、今日は中山競馬場での有馬記念。

今期限りで引退するディープインパクトが、有終の美(ラストランの勝利)でした。

後方から、一気に駆けてゴボウ抜きの走るシーンを「飛ぶ」と表現しています。

たとえ5馬身差の大差でも、時間にすれば、芝2500M(2.5KM)の距離で、僅か1秒差ぐらいでしょう。

その僅か1秒差の勝利に、人間は狂喜乱舞するぐらい「ディープインパクトから勇気をもらった」「感激した」と涙を流しながら喜んでいます。

人生の目的は、勝利とか愛とか信頼とか・・いろいろありますが、この頃は、人生の手段の方が重要視されているような気もします。

明日は、キリスト誕生日・・

僅かな心使いと優しさの気配りが、愛を呼び、神々しいシーンとなるのでしょう。

メリークリスマス!

楽しみは還暦の時

2006年12月17日 | 千伝。
20歳の時・・
30歳の時・・

40歳になった時、「えっ、40歳なんですか?」と20代の方から驚いた表情と言葉を受けて、実体の無い自分に消沈した記憶があります。

It has hung on to courage only on tiptoe.
そんな10年間の40代でした。

今日から50歳になります。
Think globally, Act locally.

半世紀間、生きてこれただけで儲けもの。

天運に感謝です。

良き恵まれた時代に生まれました。

20歳の時のような門出の面持ちです。

30歳の時のような決断の面持ちです。

人生をリセット・・再挑戦です。(笑)

やってできないことはありません。

この世に生きた軌跡を残してみせましょう。

若い頃の昔よりも今の方が少し賢くなった分だけ・・

これからが、面白く楽しみです。

なんてことは無い50回目の誕生日です。

とりあえず還暦60歳まで元気に生きることが目標かつ人生修業です。

人生二度なし。

脱皮

2006年12月05日 | 千伝。
人間のはばを測るには、
その喋る内容によって判断できる。

馬鹿のひとつ覚えというが、
幅のせまい人間は、
視野がせまく
只、餌を探し求める動物のようである。

人間は人格で評価されるより、
資金力で判断されるレベルから、
なかなか脱皮出来ない。

師走初日

2006年12月01日 | 千伝。
今日から師走。

滋賀県長浜と福井県敦賀まで出かけてきました。

琵琶湖周回道路(さざなみ街道)を通り抜けてきました。

この界隈の奥琵琶湖から余呉湖(賤ヶ岳)付近は、ぼくの大好きな場所です。

今朝は、野鳥でも撮っているのか、カメラを構えた人や歩いている人が、百人ばかり湖畔にたむろしていました。(愕)

竹生島も美しく映えていました。

弁財天

敦賀にも立ち寄りました。

先月、JRの快速電車が、直接、関西から敦賀まで乗り入れるようになって、関西訛りの観光客が気のせいか多いような気もします。

敦賀港近くの金ヶ崎城跡に出かけました。小さな小山です。

今は、金崎宮という神社があります。

芭蕉も立ち寄って句を残しています。

境内

頂上に眺めのよい月見殿という場所がありました。

1570年、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が揃い踏みして、朝倉軍と対峙した陣地でもありました。

浅井、朝倉両軍に挟まれて、あわやという危機に瀕しました。

(これを救ったのが浅井家に嫁いだ信長の妹お市の機転だったという説もあります)

鳥居


この場所から、逃げて逃げて、九死に一生を得た・・・信長、秀吉、家康の天下取りの歴史物語が始まりました。

退き口

ある意味では、関ヶ原よりもインパクトのある歴史上のエポックとしてとらえるのも面白いかもしれません。