平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
「富士日記」 14 (旧)七月廿四日(つづき)
夕方、やや涼しい風が吹いて、青田が波立つ。海の波と違って、風の通り道がもろに靡く。つまり、この波のエネルギーは決して先へ伝わることはないのだ。これはちょっとした発見であった。
今夜は大井川の花火大会。予定された日が大雨で先へ伸びた結果である。我が家からは農協の建物があって花火は見えない。だから音だけを聞きながら、テレビの大曲の花火大会の実況画面を見ていた。横着な花火見物である。
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「富士日記」の解読を続ける。
大方、一合毎に憩いて、汗おし拭(のご)いて、黒き色したる茶を、怪しき器(うつわ)して、飲みて登るに、後より潮の涌くごとくに、雲立ち登りて、見るが中に、高嶺を指して登れりければ、及ばざりけり。雲は馬頭より生ずとか、唐人(もろこしびと)の言いたるもさることながら、そは馬も通いたらめ、この山は鳥だに見え渡らず。雲もかく遥かなる、梺の方より競い登れゝば、掛かる類いは、また有らじとぞ覚ゆる。
※ 拭う(のごう)- ぬぐう。
(原注 李白詩、山は人面より起き、雲は馬頭に傍(そ)うて生ず。)
六、七合辺り、かま石、烏帽子(えぼうし)岩など云う所々は、草も木もすべてなく、焼けたりと思しき物から、紫、或は黒色したる砂(いさご)の、角立ちたるを、辛うじて攀(よ)じつゝ、未の時(午後2時頃)ばかり、八合目の石室に着く。
大方はこゝを泊りとして、明日つとめて(早朝)、頂きには登れることゝしたれど、思いの外、日も高ければ、如何にと、強力に問えば、うべ(諾)、今より宿らんは不要(ふよう/無益)なり。然(しか)思(おぼ)さば、疾くこそ、など言えば、暫し憩いて登るに、九合より上の険(さが)しさは、誠に譬えん方なし。
俄(にわか)の益荒男心振り起して、こゞしき岩角を攀(よ)じつゝ、辛うじて登り果てて見るに、頂きは思いしよりも平らかにて、中を見下ろせは、窪かなるが、底はすぼみて、いくちひろ(幾千仭)ともはかり難し。古え煙の立ちし跡と知られたり。
※ 益荒男(ますらお)- 勇気のある強い男。
※ こごし - ごつごつと重なって険しい。
※ 千仭(ちひろ)- 谷や海などがきわめて深いこと。
鳴沢は何処と知らねど、大きなる川水の、谷に響きて流るゝ音にも聞こえ、はた、松の群立(むらだち)に、秋風調ぶるようにも聞きなされたり。こはそとも(背面)の方にて、石の崩れ落る音なりと云えど、とことはに、さることあらむとも思いなされねば、とにかくに、この中窪の事(わざ)ならんかし。
(原注 万葉集に さ寝(ぬ)らくは 玉の緒ばかり 恋うらくは
富士の高嶺の 鳴沢のごと
都留郡のうちに鳴沢と云う里あり。)
※ 玉の緒(たまのお)- 美しい宝玉を貫き通すひも。少し。しばらく。短いことのたとえ。
※ さ寝らく(さぬらく)- 男女が共寝すること。
※ 恋うらく(こうらく)- 恋うこと。
※ 鳴沢(なるさわ)- 現、山梨県南都留郡鳴沢村。「鳴沢」は大沢崩れのことか?
※ はた(将)- また。あるいは。
※ 群立(むらだち)- 群生すること。
※ 調ぶる(しらぶる)- 楽器を演奏する。かなでる。
※ とことはに(常に)- とこしえに。
読書:「嫁入り 鎌倉河岸捕物控30」佐伯泰英 著
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