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「江戸繁昌記 ニ篇」 78 墨水桜花10

(大代川のアオサギ)

「江戸繁昌記 二編」の解読を続ける。今日で「墨水桜花」の項を読み終える。

江にして別業多し。何に隠居と曰う。何園荘と曰う。園に隣して屠沽(料理屋)多し。何亭と曰う。何楼と曰う。居、或は樹に名あり。園、或は花に名あり。香醪を以って名あり。奇羹を以って名あり。
※ 瀕(ひん)- 水と接した所。みぎわ。岸。
※ 香醪(こうろう)- 香りのよい濁り酒。
※ 奇羹(きかん)- 珍しいあつもの。「羹(あつもの)」は、肉や野菜を入れた汁物の類。とろみがありなかなか温度が下がらない。


木母寺は梅児が名蹟を存し、三囲祠は其角(俳歌人)が名題を留む。長命寺の門、始めて桜餅の名を開き、秋葉社(秋葉神社)、庭は名を楓葉の秋に占む。鯉屋、水晶魚(シラウオ)屋、皆なこの江の名物。白髭叢祠(白鬚神社)、牛頭天殿(素盞雄神社)、並びにこの間の名所なり。
※ 三囲祠(みめぐりし)- 墨田区向島にある三囲神社(みめぐりじんじゃ)のこと。俳人其角の雨乞いの一句、「遊(ゆ)うた地や 田を見めぐりの 神ならば」は有名。
※ 長命寺(ちょうめいじ)- 墨田区にある天台宗の寺院。徳川吉宗ゆかりの桜の名所「墨堤の桜」を抱え、関東風の桜もち発祥の地とされる「長命寺桜もち」は往時より有名であった。


昔は、秦の始皇(帝)の、名を好む。琅琊にして石を立て、得意を明らかにせしより、来(このかた)、石を立て徳を記する。和漢一同、世以って風を為す。一鄙人、予に謂いて曰く、近年在々石塔殊に多しと。一噱に供すべし。石生れて疵無きに、斧斤これを琢し沙石これを磨(ま)し、穿鑿字を鐫(ほ)り、その天真を破りて、吾が得意を勒し、以って名を不朽に存(あらしめ)んとす。
※ 琅琊(ろうや)- 古代に中国山東省にあった地名。
※ 得意(とくい)- 誇らしげなこと。
※ 世以って風を為す - 世の流行りとなる。
※ 鄙人(ひなびと)- 田舎の人。
※ 在々(ざいざい)- そこ、ここの村里。
※ 一噱(いっきゃく)- 一笑。
※ 斧斤(ふきん)- おの。まさかり。
※ 琢す(たくす)- みがく。
※ 沙石(しゃせき)- 砂と石。小石。
※ 穿鑿(せんさく)- 穴をうがち掘ること。
※ 天真(てんしん)- 純粋な性質。自然のままで飾りけのないこと。
※ 勒す(ろくす)- 文章を石に刻みこむ。


(おも)うに、また世の穿鑿、学生に似ざるや、(さに)非ずか。穿鑿、自ら毀(こぼ)つ。復た古えの学者の琢磨、徳を以ってして、その天爵を養うに似ざる(や否や)。居士もまた、大石に得意を記して、一つはこれを富岳の頂上に建て、一つはこれを東海の淵底に投ずを欲す。銭無くして、未だ就(な)せず。嘆くべきかな。然りと雖も、この石や、これ居(お)くや。この楼、この園、これまた繁昌の余波。この浜(川岸)漸するのみ。
※ 学生(がくしょう)- 学識。学問。
※ 天爵(てんしゃく)- 天から授かった爵位。生まれつき備えている徳望。
※ 漸する(ぜんする)- 物事が少しずつ進む。

「墨水桜花」の項、終り。
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