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「旅硯振袖日記 中之巻」 5

(散歩道のロウバイ)

今年も、散歩道にどんな花より早く、ロウバイが咲いた。

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「旅硯振袖日記 中之巻」の解読を続ける。

こゝに古(ふ)りたる柳あり。うしろには細き清水の流れ。朝夕、手に結ぶに清げなり。よしあしの茂りも高からず、四方の眺め、景色佳く、閑静の地なりければ、写絵はこゝに留まり、柳の本に起き臥しするに、近き村の者ども、これを労(いたわ)り、身の上の事など問いて、皆々不憫に思いしかば、やがて奇麗に小屋を造り、こゝに写絵を入れて、日毎に食を与えしかば、

写絵は居ながら飢えに至らず、安けく月日を送ること、既にしてやゝ久しく、春も過ぐして時鳥(ほととぎす)、鳴く音、血を吐く思いして、明け暮れ父を問い詫びて、泣き明かし、泣き暮らすが、初秋の頃よりして、ふと眼病を煩(わずら)い付き、皆目(かいもく)見えずなりければ、また一層の憂いを増して、いっそ一と思いに死なばやと、幾度か覚悟極めたれど、さすがに未だ、親を心に、逢わで、これまでの艱難辛苦を、水の泡となさんも、口惜しと思い返して、

里人の情けに儚(はかな)く送る日の、今日は天気も晴れやかにや。道行く人も勇ましげに、話ものして行く声に、写絵も小屋を出で、人の話を聞くを楽しみ、思わず七つ下がりになりし頃、秋風涼しき野中の清水、手に結ばんと一人の旅僧、よしあしの疎らなる所を見つゝ、立ち寄りて、腰の水呑み取り出し、清水すくいて静かに呑み、笠に手を掛けふり仰向(あおむ)き、かたえの柳のこずえを眺め、このもとに腰うち掛け、笠傾けて案じつゝ、一首の和歌をぞ、詠じける。
※ 七つ下がり - 今の午後4時を過ぎたころ。

    道もせに 清水流るゝ やなぎ影 
        しばしとてこそ 立止まりけれ

※ 道もせに(みちもせに)- 道も狭いばかりに。道いっぱいに。

と打ち返し、再び、三たび、吟じる声を打ち聞きて、小屋の辺(ほと)りより写絵が、いざり出でて言いけるは
「のう/\、誰人におわするか。はばかりながら、もの申さん」と、言われて旅僧、見返りつゝ、
「我は鎌倉へと心ざす、斗擻行脚の旅僧なり。見ればも何用ぞ。言うことあらば言え。聞かん。」と、聞いて、写絵いざりより、
※ 斗擻(とそう)- 衣食住に関する欲望を捨て、仏道を修行すること。托鉢行脚。
※ 行脚(あんぎゃ)- 仏道修行のために、僧侶が諸国を歩き回ること。
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