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風のなかで・・・山里・海辺・清流

四国山地南側の山里・海辺・清流等を歩き・写真を撮り、ローカルの生活を報告します。

フィンランドの旅・コリ国立公園

2014年07月18日 20時50分34秒 | 旅行
北カレリア・「コリ国立公園」を歩く
ヨエンスーからコリ国立公園に行く方法はシャトルタクシーです。
そのシャトルタクシーについて、自宅でネットや「地球の歩き方」等で調べていましたが、少し分からない点が有りましたので、ヨエンスーのインフォメーションで情報を得る予定でした。
国民文化の違いを痛感しました。!!
20日、ホテルの直ぐ横に「マーケット広場」があります。小さなテントの店を覗きながら、横切り大通りに出ました。この通りの向かい側に「インフォメーション」が有ります。入り口のドアは閉まっていて、人の姿は見えませんでした。
(ホテルに引き返す際に、この広場でベトナム出身の親子の店に寄りました。)
午後2時頃、再度行ってみましたが、入り口は閉鎖されたままでした。
この日は「夏至の休日」ようです。「みんな」休みです。・・・


21日、ホテルでシャトルタクシーの乗り場と出発時間を聞き、乗り場(=バス停)で荷物を横に置いて待っていると、普通のタクシーが止まり、コリ?・・・OK、約1時間10分でコリ到着。
メーターに関係ナク、1人25ユーロでした。







コリ国立公園は小高い岩山とそれに続く緑の樹海そして湖(ピエリネン湖)です。
これ以外は、何もありません。
昼食をとり、午後3時ごろから、ウッコ・コリへの歩きです。
往きは「石段」をゆっくりと登り、約20分でウッコ・コリの岩の上(展望所)に到着。
湖を見つめている人・目を閉じて岩に横になっているひと・無口だが、何かに話し
かけているひと・何かに耳を傾けているひと・・・







22日、午前中はアッカ・コリです。岩の下に、木の十字架と祭壇があり、
自然教会のように思いました。
背後の岩に登り、湖とは反対方向に目をやると、緑の樹海でした。 






ここには、「歩き人」の好みに応えるように、さまざな小道があります。
その側には、さわやかで優しげな「花々」がこちらを見つめています。





ここの緑と湖から流れ出る、やわらかくて温かい「風や空気」は、時のながれとは
関係無く、いつも同じです。
父母を思い出すとき・悲しいとき・子供の頃の思い出・・・目を閉じても「同じ風」
が・目を開けても「同じ空気」が流れています。
これを「幸せ」と言うのでしょう・・・


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フィンランドの旅・北カレリア

2014年07月08日 21時16分42秒 | 旅行
北カレリアの中心地 ヨエンスーへ
6月19日 ヘルシンキ駅から電車でヨエンスーに行きました。
<IC(InterCity train)10時12発・ヨエンスー14時40分着>
ヘルシンキ駅は切符の改札口は無く、乗車ホームへは、フリー通行です。
乗車チケットは、電車内で車掌さんが点検です。
ヘルシンキはこの国の首都ですが、市民の活動に適当な人口構成と
社会システムの充実で、市民にも旅人にも優しい空気が流れています。






駅構内は列車の発着時は、少し人の流れが多くなりますが、すぐに、写真の
ように、ユッタリとした広場になります。
フィンランドの国土は、日本より少し狭い程度です。人口は約541万4千人
(北海道の人口に近い)です。
ヘルシンキの人口は約60万人です。
この国は、小学校では通知簿は無く、さらに塾や予備校もアリマセン。
大学入学時の平均年齢は25歳です。小学校~大学まで、学費無料。
若者は大切に育てられています。
このような社会システムの故でしょうか街を行き交う人々からは、
やわらかくておだやかな「雰囲気」を感じます。

ヨエンスー


ヨエンスー駅到着。






ヨエンスーは北カレリアの中心地で、森と湖に囲まれた、フィンランド人の故郷
の様な存在のようです。
しかし、カレリア地方は、ロシアとの長い国境の地でにあり、かなりの領域が
ロシア(旧ソ連時代)に呑み込まれた悲しみの土地です。
北カレリアは割譲を逃れ、フィンランド領です。
街の中心・緑に囲まれた「ピエリス川」は、フィンランド人は口には出しません
が、忘れる事の出来ない「なみだ」の流れであるように思いました。


ヨエンスーの街の中心部にある「マーケット広場」・朝の10時頃、歩いて
いると、市民が楽しく「モーニング」です。午後、広場を横切りましたが、
全て「閉店」。国民文化の違いです。
  

昼前に、マーケット広場を歩いていると、プ~ンとする「イイ」ニオイ!!
身体が反応、近づいてみると、大鍋の中は、「焼き飯」でした。
即購入。店の二人は、親子でした。思わず、何所からですかと話しかける
と「サイゴン」の答えが、返ってきました。
ホテルに帰り、横になっていると「ベトナム難民」(1970年代末~
80年代)のことが頭をよぎりました。
もし、この家族がベトナム難民であれば、母親の方は、少女時代の
サイゴンで「身体」に焼き付いた熱い空気は、「こころ」に生きて
いたに違いない。
この北の冷たい「かぜ」が少女の肌に触れる度に「なみだ」を流し、
大人へと成長したと想いました。
この家族の「幸せ」をそっと「祈る」。


コメント (3)
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号外・・・バイクの松尾さん

2014年07月07日 16時13分25秒 | 旅行
世界の旅人・バイクの松尾さん
松尾さんは、すでに地球を1500ccバイクで走破しています。
今回は、アラビア半島・北アフリカ・ヨーロッパ・シベリアを走る計画で、今年の2月16日成田を出発しました。昨日はロシア・ソチから連絡がありました。
(ビザが取れ無く計画変更・イラン→アゼルバイジャン→アルメニア→グルジア→ロシア)


ソチから


彼の出身地・佐賀新聞の記事(現在は東京在住)


私(MUGAKU)も応援。


現地で知り合った、日本人スワーダさんが中心となり、歓迎会を開いてくれています。


松尾さんは、普通のサラリーマンでした。彼は必要最小費用で世界を走っています。
彼の「ふところ」の中は、ドルよりはるかに強い、クリーンな「こころ」です。
旅先で、イロイロな支援・応援の輪が自然に生まれています。
国際交流・国際平和の見本です。!!
(松尾さんの英語は、私と同じで、中学1年1学期から進歩ナシ)





松尾さんのブログ・掲示板のアドレスは  http://blog.goo.ne.jp/bikenomatsuo
です。  または、 バイクの松尾→で検索。
ご訪問・応援をよろしくお願いします。            MUGAKU

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フィンランドの旅・タリンへ

2014年07月03日 21時40分11秒 | 旅行
ヘルシンキからエストニアのタリンへ

6月18日・ヘルシンキのマーケット広場から海に向かって右側の大通りを約10分歩くと、高速船(リンダ・ライン)乗り場があります。これに乗り、1時間40分(片道)で行けるタリンを日帰りで歩いてきました。

時間表のO印の便を利用しました。EU加盟でパスポートコントロールも無く、ユーロが使え、チケット売り場でチケットを購入・即乗船。実にストレスの無い快適な船旅でした。


港から約15分歩くらい歩くと、世界遺産・タリン旧市街を代表する、この塔(聖オレフ教会)が見えてきます。
タリンは、ハンザ同盟(13世紀~17世紀に北海・バルト海=北ヨーロッパに成立した貿易都市の連合体)に加盟し、貿易の富で生まれた街です。城壁に囲まれた、小さなこの街は往時の繁栄を旅人に伝えてくれます。




ラエコヤ広場・世界からの観光客で溢れています。








外側城壁のひさしを利用した、コーヒー店。3階程度の場所にあり、狭くて急な石階段は少しコシがヒケました。
ここでも、野鳥(シジュウガラ?)の訪問を受け、感動です。しかも、ギョウギがイイ!!
食べ終わるのを待っての交流です。



帰りの船の中で、織田信長によって潰された、自治都市「堺」は堀で囲まれ、自由な商業・貿易都市として繁栄を極めたのですが、ココに似てイタノカナ・・・ウツラウツラの中で、頭をカスメマシタ・・・。
コメント (1)
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フィンランドの旅・ヘルシンキ

2014年06月28日 10時18分50秒 | 旅行
ヘルシンキのマーケット広場・スオメンリンナ島
今朝(17日)は早くから目が覚め、まるで小学校ころの「遠足の朝」と同じ気分です。
午前中はマーケット広場をうろつき、午後は、世界遺産・スオメンリンナ島を歩きます。
マーケット広場は、「北の風」が染込んだ「土のアジ」・「手のカオリ」・温かくて無愛想な「作り手の目」等が身体に空気のように入り込む、大好きな場所です。


マーケット広場を見守る白亜の大聖堂








ここの店主・女性は、私が立っているのに、何所かに行き、消えました。これがイイ!!


木の温かさを感じる小さな作品・作り手であり売り手でもあるオジサン(初老・私より若い)は無愛想であったが眼差しは優しさで溢れていました。






ウスペンスキー寺院(ロシア正教)


ここで昼食・鮭スープはサイコウ・元気回復。この後、スオメンリンナ島へ。

世界遺産・要塞の島 スオメンリンナ島へは、市営の小さな、このフェリーで15分です。
乗り場・切符売り場は、マーケット広場岸壁中央付近です。


この島の要塞は、スウエーデンが統治していた時代にロシアに備えて、建設が開始されたものです。
浅く・岩礁が多い、この海域の「時の流れ」が身体に直に響いてきます。







スオメンリンナの斜面を黄色く染めっているのは、この花です。菜の花ではアリマセン。


少し疲れたのでコーヒーブレイクです。スズメが目の前で飛び交うので、皿を隣りのテーブルに移すと、お食事開始です。北欧の平和はホンモノです。ミンナ「幸せ」!!

コメント (2)
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