風のなかで・・・山里・海辺・清流

四国山地南側の山里・海辺・清流等を歩き・写真を撮り、ローカルの生活を報告します。

自然災害・アオバズク・旅の思い出 イナリ湖

2018年07月11日 20時05分01秒 | 日記
今回の豪雨で多くの命が奪われ、住居をはじめ、社会生活施設も大きな損壊が発生しました。
近年、このような異常事態が異常ではなくなりました。
亡くなった方々の家族や関係者の悲しみは消えることはありません。
何の罪もない方々の「生」が突然消滅したからです。
時間の流れと共に、涙は深く重くなることでしょう。  合掌。


私が住んでいる、鏡川下流域・高知市内中心部は豪雨被害は発生していませんが、少し気になる実情を書いてみます。
「治山治水」とは自然に逆らった無謀無責任な政治行為の面もあります。
(画像は全て再掲載です)

鏡川本流上流域です。過疎高齢化地域ですので、市長さんをはじめ政治家さんは、見ていますが知らないふりです。


同じ場所です。植林放置斜面の山土や倒木が川に流れ落ちています。
放置された植林斜面はモロク・崩壊しやすい。


鏡川支流・植林斜面。
(この様な倒木が、大雨の際に、下流域で流れをせき止め、大被害を生んでいます)


鏡川本流支流には、治山治水対策として、砂防ダム多数建設されています。
ここでは、石や山土が堆積し、堰堤より高くなっています。
砂防ダムが崩壊すると、下流域に大被害が発生します。


鏡川ダムと砂防ダムにより、ダム下流域には砂礫の供給はアリマセン。
ダム直下から中流域の砂礫は流され、川底はヤセ・アレ瀕死の状態です。
その砂礫が、下流域に堆積したものです。
数年に一度、引き揚げられ、業者に売却されています。
自然の循環が破壊されています。




 *** アオバズク・子育ての季節 ***

6月8日・長く続いた雨も上がり、青空がのぞいています。
鏡川の濁った流れに注意しながら、アオバズク子育ての、神社の杜を歩いてきました。

大雨時、市内中心部・鏡川の水位は、遊歩道に残っている「アクタ」で分かります。
(神社は堤防上にあります。そこから撮ったものです。)


神社より上流、冬期鳥見場所・ここも残っている流木やアクタが増水時の水位です。水量が多いので「堰」が水没しています。


同じ場所・秋。


神社の杜・アオバズクとは1年ぶりの再会です。
昨年と同じ個体です。
この場所で、アオバズクのお父さん(?)が巣穴で抱卵中の嫁さん(?)を見守っています。
ヒナの巣立ちは数日後の様に想います。


雨が長かったナ~・頭がカユイナ~


オナカにも風ダ~・気持ちイイナ~


今日(11日)もアオバズク子育ての神社へ・ヒナの顔見せは少し先のようです。


神社から、下の鏡川遊歩道に目をやると、確りと歩んでいるような若い人が・・・


 *** 旅の思い出 フィンランド・イナリ湖 ***
乗り換え・乗り継ぎ大好き。
今回はバンコク~オスロ~キルケネス(ノルウエー)~国境~イナリ(フィンランド)。

ノルウェー・北極圏最北の街キルケネスから
数人乗り予約制小型送迎バスで国境を通過、フィンランドのイナリへ。
国境越えは、いつも何かしら緊張が走ります。
運転手と係官が少し雑談、その後、牧場のハリガネ柵の様な国境通過!!
平和・友好・信頼・・・素晴らしい。


フィンランド入国、最初のトイレ休憩・野生リスの歓迎アイサツ。


イナリは人口7000人・先住民族サーミの村です。
村人も旅人も少なく、空を見ながら歩き、疲れると、湖風で深呼吸、湖岸に座ったり・・・私の旅にはピッタリの村です。


「イバロ」乗り換え・日帰りで「サーリセルカ」を歩いてきました。
乗り換えバス時間が約1時間ありましたので、バス停近くのスーパーで昼食用のサンドイッチや水を購入。  これもイイ思い出となりました。




ホテルの朝食は、毎回この窓際の席で、BGMは雪解け水の瀬音。


散歩中の森で、小鳥の巣穴?


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それでも今日より明日が・川・旅の思い出 OSLO

2018年07月05日 15時32分31秒 | 日記
先日「facebook 松尾清晴」で松尾さんが撮った「ベオグラード」のビルが爆撃により、半分破壊されている画像(1番目)で「こころ」が動かされた。

ナチスの「ユダヤ人」殺人工場「アウシュビッツ」を歩いたことを思い出しました。
写真好きの私ですが、圧倒的な歴史の「事実」を目の当たりにして、レンズを向けることが出来ませんでした。
最近、イスラエルが近代兵器で、素手のパレスチナ人を攻撃殺害するニュースをよく目にします。
イスラエルは「アウシュビッツ」を忘れたのでしょうか!!
民族が流した血のナミダを忘れたのでしょうか!!

松尾さんの画像で爆弾が命中したビルは多数の死者がでた事は容易に想像できます。
これが戦争です。
悲劇と涙を生む、戦争は絶対許してはイケマセン!!
「今日より明日が」、平和で幸せな社会となることを祈念。

 *** 鏡川・仁淀川・四万十川 ***

雨 雨 雨 ・・・身体の芯からカビが繁殖しそうです。
子供の頃、夏休みの鏡川は、冒険の場であり、成長の場であり、最良質の教室であったと思っています。
そこは、子供の世界であったからです。
台風などで増水し、川に行けない日は、元気がなかった。
川育ちは、この齢になっても、青空が大好きです。
焼けるような暑さが大好きです。
川の流れが大好きです。

 < 鏡 川 > 
カワセミを待っていましたが夕暮れが近くなり、アキラメて川をボ~と眺めていると、仲間と堤防で遊んでいた中学生の一人が川の中へ、そして水中をジィ~と見つめていました。何かしら、安心感が湧いてきました。



 
アユ釣り


 < 仁 淀 川 >
6月23日・昔の職場仲間3人で、仁淀川河口・西岸の地域農産物・水産物等の直販店「南風」(=まぜ)の2Fレストランで昼食でした。
正午前は雨でしたが、食事が終わる頃は青空が少し見えてきた。
仲間との話より、心は海辺・・・この付近で、若いころ、チヌやキス釣りでしたので。






 < 四 万 十 川 >
四万十川は、社会人となってからです。
高校時代は、今の四万十町がJR・土讃線の終点でしたので、四万十川赤鉄橋までは、遠くて日帰りも出来ませんでした。
四万十川の長い赤鉄橋を初めて渡った感動は今でも鮮明です。
河川工事で掘り出された「巨木」を見学に行きましたが、数千年前(?)の四万十川流域は、このような巨木の森が広がっていたのかと想うと大感動でした。

 岩間の沈下橋(昭和34年建設)


 佐田の沈下橋(昭和47年建設)


 *** 旅の思い出 オスロ ***
 
オスロはオスロフィヨルドの最北奥部に位置する、人口64万7千人余の首都です。
北欧屈指の国際都市ですが、市民も観光客も穏やかに感じます。
それは、都市の規模が、人間生活に最適であるからだと思います。
この国の、大学入学平均年齢は、30歳です。
自分の時間を持ち、様々な経験を積み、自分の判断で進学する。
この国の明日を担う若者の社会環境は素晴らしい!!
(わが国は、オジュケン・塾・偏差値・鉄路の上を直進教育)

<オスロ港・冬>


<オスロ港・夏>


<オスロ・ヴィーゲラン公園>





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隠れた風景・海・旅の思い出 アンコール・ワット

2018年06月27日 17時24分55秒 | 日記
16日・新しく整備された有料キャンプ場に立ち寄ってみました。
以前のキャンプ場は「無料」で防波堤の外側にあり、潮風と波の音が 快適に五感に沁みてきた。
道路側には駐車場・水場・トイレがあり、大自然を味わうことが出来る快適なキャンプ場でした。
問題点は幕営スペースが狭かった。
今はキャンプ禁止となっています。

新キャンプ場近くの浜は、打ち上げられた多くのプラスチック等、ゴミの山でした。
今は時々清掃をしているようです。
(画像は新キャンプ場が出来る前の砂浜)


数日前の新聞記事・・・日本政府は「海洋プラスチック憲章」への署名を拒否した・・・これは、プラスチックゴミの削減には協力しないと国際社会に宣言したと同じです。
我々は、隠れた、表面に出ない問題には無関心です・・・

  * * * 海 * * *

私は天気が良いと「海」か「山」に心と目が向きます。
6月16~17日は、西の海=渭南海岸(柏島~竜串)を走ってきました。
何時ものルートですが、何度行っても、常に「潮風・海・空」は新鮮に感じます。

今回は、先ず、若い二人に大感動しことを報告します。
夕闇迫る、竜串爪白キャンプ場で会った、関西からのキャンプ人です。
自然が海が大好きな二人
海にチャレンジしています
海に潜り、モリで魚を突く
丁寧に料理し、美味しく食べる
もう存在しないと思っていた、自然を身体の芯から愛している若者でした。
それだけではアリマセン!!
父親から受け継いだキャンプ道具やフィルムカメラを大切に活用
やわらかく、温かい「こころ」を持った、礼儀正しい人物でした!!
(画像の二人です)



16日・昼弁当は柏島を見下ろす、旧道展望台で食べました。
昭和40年代、家族経営の小さな養殖網(コワリ)が湾内に広がっていました。
小学校や中学校から、子供たちの元気な声が聞こえていました。
今は企業的経営、大型養殖イケス、大型船での機械給餌。
小学校・中学校は存在しません・「時」の流れです・・・


この岩石海岸線が好きです。
沖は水平線、小さな漁港と集落。
それ以外には、何にもアリマセン。私は碧い空と海に「情景」を感じます。
また、無意識に水平線を見つめていることが多い・・・
この海の向こうの大陸で、私の大切な息子が生活しているので・・・




<この海域で江戸時代宝石サンゴが発見されました>




竜串・爪白キャンプ場の海岸・イカ釣りのシーズンです。
(防波堤先端の釣り人は、近くの主婦です)


(生餌を使った砂浜でのイカ釣り・足下が安全ですので午後9時過ぎまで頑張っていました)


16日の夕食・お気に入りの場所で・何時ものメニュー・全てエコノミー。


17日・モーニング・BGMは潮騒・これで最高!!


帰途、大岐の浜で休憩。
台風の影響で、うねりが大きい、それでもサーファーが。
遊泳は絶対禁止です!!




 *** 旅の思い出 アンコール・ワット ***

アンコール・ワットは12世紀前半に建立されたヒンズー教寺院です。
熱帯のジャングル地域に、造営された巨大な石造建築です。
私は大陸東岸のモンスーン稲作民の温かみ・優しさを覚えます。
壁面の女神像は、石工の「夢」や「思い出」が乗り移っている様に想えるからです。
<夜明けのアンコール・ワット>












アンコール・ワットの回廊で、暑さと疲労で、壁面に腰を降ろそうとして、「シリモチ」をついた私に心配そうな眼差しで、声をかけてくれました。


土産売りの学生バイト・衣類でしたので買いませんでしたが、若く知的な表情でカメラOKでした。

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正義???・四国カルスト・旅の思い出 カンボジア

2018年06月20日 08時55分26秒 | 日記
「正義」とは、私たちの日常生活を律している、最も大切な人の倫です。
数日前の米朝シンガポール会談は、北朝鮮の「核放棄」が主要議題でした。
俺たちの核保有は「イイノダ」・オマエラの「保有」はユルサン!!
どの角度から見ても、「正義」は存在しません。存在するのは「力」のみです。
ヨーロッパでのテロ犠牲者数は238人です。
アメリカ中心の有志連合によるシリア空爆の「民間人犠牲者数」は、この3年間で817人です。
人間の「命」を奪う、戦争行為には「正義」は存在しません。
(それ故、復讐が復讐を生みます)
わが国の脅威は、海岸線に林立する「原子力発電所」です。
「原発」数ケ所の攻撃で、日本消滅です。
戦争が出来ない国です。
平和外交・正義に徹することが「存在」の道です。

 *** 四国カルスト  天狗高原・姫鶴平 ***(6月12~13日)

天気が良いとの予報がでると、「緑と山空気」に目と心が向きます。
「チカラ」で抑え込まれた様な街の生活から脱出です。
シンプルな私にとっては、「こころ」豊かな気分になります。
昼頃に天狗荘駐車場に到着、そして弁当・オヒルネ。
その後、姫鶴平(愛媛県側)に移動。
アッチ・コッチとヨロヨロ歩きです。
(画像の麓は津野山郷です)


ガスと強風で体感温度は冬の様でした。この時は、1人路肩に腰を降ろし、頬にあたる「山空気」を味わっていました。


サイクリングスタイルの若い女性が動画を撮っていました。
レンズの先を見ると、若い男性が彼女のいる場所に向かって坂道を自転車で・・・
若い時から、女性に話かけられたことも、私から話しかけたことも記憶にはアリマセン。
女性がマブシカッタ!!


神奈川からの日本一周途中の青年に会う。
(画像は彼のバイクとテント)

「山と星」の写真やさんが一周中の青年(右)と強風の中で楽しく言葉を交わしていました・・・
寒さはどこかへ、温かい空気が漂っていました。


日暮れが近い、やわらかい残照の中での山並みは、時間の経つのを忘れます。


(遠くの山並みは「大川嶺」)




(今夜もゴーカな夕食そして車中泊・オールエコノミー)


  < お ま け >  姫 鶴 荘

左下はキャンプ場水場・右上の建物が「姫鶴荘」(宿泊・土産・レストラン)


13日・高原の緑と朝空気のなかでモーニング。
愛用の腰掛に座ったままで、1時間余りボ~としていました。
その後、天狗高原(高知県側)に移動。


天狗高原・樹林のなかを歩いたり、立ち止まったりでした。
先ず、「オオヤマレンゲ」にあいさつ。
真っ白い、その姿が大好きです。
私もこの花の様な「こころ」でありたいと思っていますが・・・






バイケイソウ(薄暗い木々の下で)




 *** 旅の思い出 カンボジア トンレサップ湖 ***

私の旅は、目的地に直行しません。
乗り継ぎ・途中で宿泊・往復では乗り物を変えます。
シェムリアップ(アンコール・ワット)へは、片道・トンレサップ湖縦断の高速観光ボートを利用しています。

 < トンレサップ湖 風情 >

お年寄り夫婦の快適1LDK。


緑と水に囲まれた別荘風文化住宅。


通学はお母さんとボートで。


子供たちはボートの上で成長・茶色の日除けの中には「赤ちゃん」。

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自主独立・祈りの小道・旅の思い出 ミャンマー

2018年06月14日 20時19分47秒 | 日記
米大統領と北朝鮮の若き指導者とのシンガポール会談が新聞やTVニュースで大きく採り上げられています。
会談の中身は空洞で、2大スターの「舞台」アイサツの様に見えます。
わが国の代表は、舞台の下で、国民の「命」の問題を、米代表に「オネガイ」です。
ブラサガリです。
自主独立の政治行動は見当たりません!!
子供の頃から、遊びも学校生活も、全て、一族の「ウデ」にブラサガリ。
自主独立の「人間力」は育っていないように思います。

 *** 祈りの小道・五台山 竹林寺参道 ***(6月9日)

梅雨の中休み、新緑もえる竹林寺の参道・「祈りの小道」(私が勝手に呼んでいます)に立っていました。




日本列島が形成(約1万年前)された頃から、自然の「チカラ」に恐れおののき、湾頭の大きな岩や集落の背後に聳えたつ岩山に祈った。
これは、日本文化の源流点であり、生活の原点です。
今でも、人間である以上は、誰も内なる悲しみや苦しみを秘めています。
神仏に頭をたれ、手を合わすことにより、明日の「幸せ」に繋がり、又感謝の念を捧げるのです。

祈りの小道をあるく人々の背中は老若男女関係なく、温かくやわらかい。












小道の周辺は、霊気が漂い、祈り人を守っています。






山門を後にする際は一礼したり、手を合わす方が多い。
何よりも「背中」に感謝の「こころ」がみえました。


 *** 旅の思い出 ミャンマー *** (2009年・2010年)

軍部政権・戒厳令下での市民生活はどのような状態かな???
わが国では、戦前、昭和史の出来事でしたが、この国では現実です。
私の持っていた全悪軍事国家のイメージは雲散霧消!!
(軍国主義国家ではアリマセンでした)
ヤンゴンの市民生活は仏様への熱い信仰・お祈りから1日が始まります。
穏やかな空気が街に流れていました。

朝陽に輝く「シュエダゴォン・パヤー」・市民のお祈り。
(市民の圧倒的な信仰の対象となっている聖地・寺院)




「ヤンゴン」から「バガン」には夜行バスを利用しました。
夜中に2回パスポート検査があり、少し軍事政権の「ニオイ」を感じた。
バガンは、仏塔の中に市民生活があり、空を見上げるような気分、安心安全で歩けます。
大量生産・大量消費とは無縁の素朴な日常生活です。
(私の少年時代、昭和30年前後と同じです)
旅人の移動は数人乗りの1頭立て「馬車」でした。
私も半日貸し切りで,数か所の仏塔巡りでした。








太陽が西に傾くと、エーヤワディ―川の岸辺で夕涼みです。

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