風のなかで・・・山里・海辺・清流

四国山地南側の山里・海辺・清流等を歩き・写真を撮り、ローカルの生活を報告します。

海洋堂・・・故郷の山河

2014年03月28日 20時04分11秒 | 日記
四万十町・海洋堂に行く
3月27日快晴のなか、自宅を10時出発、四万十町高速出口から海洋堂には直行せず、少し遠回りして、石の風車が回る「轟公園」で昼食(11時半ごろ)、折り返して約20分で打井川沿いの「かっぱ館」に到着。







私が子供の頃は、「カッパ」より「エンコウ」の呼び名が身体に染みこんでいました。
川のなかの大きな岩陰や深い場所にひそみ、子供を引きずり込む・・・
夏の最高の楽しみは「川遊び」でした。プールは無く、多くの親は仕事。危険な場所は「要注意」と言うことを、そっと地域社会が教えていたのだと思います。イイ時代でした。
海洋堂かっぱ館側の道路では、カッパが「イロイロ」と活躍しています。遊びに来たファミリーと地域の生活が一体となるような素晴らしい場所です。道路下の小川は小さい子供が安全に水遊びできるように整備中、夏が楽しみです。自然のなかで!!

「かっぱ館」から約10分で「海洋堂ホビー館」です。
展示品は高品質・多種多様で子供や若い両親にとっては、楽しい施設だと思います。






私は正直に言って、展示品にはあまり関心が有りません。時代が離れすぎています。
しかし、涙が出そうなほど、この場所に感動しました。
ホービー館は廃校になった打井川小学校の体育館や校舎を生かした施設です。
この山里で育った子供達の「泣き声・笑い声」染込んでいる場所です。
齢を幾ら重ねても、子供の頃や故郷の思い出は消えることはありません。むしろ、「こころ」が痛むときは最高の良薬です。 





ふるさとの 山に向かいて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな

不来方の お城の草に 寝ころびて 空に吸われし 十五の心

                                 石川 啄木
<おまけ>
市の中心部にあった小学校がドーナッツ化現象により、廃校となりました。
その跡地は「サラチ」となり、市立図書館の新築予定です。
子供たちの「思い出」が詰まった、鉄筋校舎・体育館・校庭など全て消え去りました。
時のながれは新しい「モノ」でも、すぐに古い「モノ」にします。
パリの世界的に有名な「オルセー美術館」は駅舎を利用した「モノ」です。!!

今日(28日)も天気が良いので高知市東部の水田地帯を走ってきました。田植えが真っ盛りです。7月には収穫され、新米として街に出ます。






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山里の春

2014年03月18日 21時05分27秒 | 日記
山里の散歩道
私の山里散歩は愛用の50ccカブで自宅から往復2~3時間程度の「こころと身体」のリフレシュ活動です。
ウグイスの鳴き声・菜の花・山つつじ等は冬の間、硬くなっていた身体の芯をやわらかくしてくれます。少し走っては、道端にバイクを止めて、斜面の小道を登ったり、石垣に腰を下ろしたり、小鳥の鳴き声に耳をかたむけたりの繰り返しです。これが最高です。!!





昨日(17日)は天気も良く暖かく最高の私型散歩日でした。
お気に入りの「円行寺~新宮公園~鏡ダム」コースです。今回は9時半ごろ出発し、正午には帰宅しました。
(新宮公園は広い駐車場・お弁当用のベンチ・清潔なトイレもあり、駐車場中心にウオーキングコースも整備されています。ファミリーに最適の遠足自然公園です。)
新宮公園から鏡ダムに向かって降り始めるとウグイスの鳴き声が心地よい間隔で聞こえてきました。春が身体に染込んできました。
約20分程度下ると道路を挟んで農家の向かいにある、大きな「モクレン」の木には純白の花が満開でした。毎年この時季に「彼女」とお逢いするのが最高の楽しみです。 





ダム近くの雑木林には、やわらかい薄紫の山ツツジ、ダム西岸の道路斜面には緋寒桜です。
人工の色では無く、自然の色は心地よく目や心に入り込んできます。
シンプルでストレスの無い自然体の「生き方」はどうだい?と小さな声がした様な気になりました。





市内中心部から40~50分、この山里の斜面は過疎化の波に呑み込まれています。
放置された農機具が目につきます。陽当たりは良く、自然環境にも恵まれ、市内中心部に近いこの地域でも若者は少ないようです。今でも遅くはアリマセン、ローカルの「生きるみち」を考えましょう。
個人の努力には限界が有ります。国や地方の指導者の「働き」が必要です。

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早春の山里・・・椿山

2014年03月10日 21時10分13秒 | 日記
梅花のかおり漂う椿山
季節のながれを身体に感じると「椿山」にこころが向きます。
この山里を歩くとなぜか身体の芯がほぐれてきます。
私が生まれ・育ち・働いた「昭和」の風が、石段や小さな通路には今も流れているような気がします。





今ここで生活している方は二世帯二人です。石段と小道でつながっている多くの家々には人の気配はありません。しかし、石垣にもたれ早春の陽光と梅花のかおりを浴びていると、昭和に生きた里人の「汗と温もり」が身体に感じてくるような気になります。





きつい農作業の休憩時にのどを潤したであろうコーヒーカップが過ぎ去った「時」の流れをつたえています。
山里の生活を支えた大切な作物であった「みつまた」が庭先で蕾みをつけています。
これらの情景は、私のこころの奥で硬く閉まっていた窓がいつの間にか開き、日暮れ近くまで友と遊んだ子供のころや父母の温もり等がやさしく甦ります。



この土地で幼少期を過ごした、姉弟が自宅近くの畑で「じゃがいも」の植え付けの準備をしていました。
休日は、時々ここに帰り、父母と同じような農作業していますと話してくれました。
歩いていると手入れの行き届いた畑があちこちに見られます。この山里の空気で育った方々が里帰りして畑を守っているのです。
ここで父母の背中を見て大きくなり、今も昔と変わることの無い、山空気で深呼吸ができる出身者は、この山里が高品質の「幸せ」であると思いました。

<写真は全て3月9日に撮ったものです>

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