風のなかで・・・山里・海辺・清流

四国山地南側の山里・海辺・清流等を歩き・写真を撮り、ローカルの生活を報告します。

シェンクワン~ルアンパバーン(4月12日~13日)

2013年04月29日 21時39分49秒 | 日記
シェンクワン(ジャール平原・中心都市)からルアンパバーン間は、ミニバス(12人乗り)で約7時間です。このルートは、全て山岳地帯で尾根筋や谷筋を縫うように走ります。途中には集落が点在し、子供達の明るくて元気な姿をよく見かけました。
ローガンメガネの私が若かりし頃1970年前後、高松から高知までの国道32号線・四国山地越えの風景が甦りました。ローカルが元気であった頃が・・・それ故、私にとっては、このルートは苦にならない楽しいルートです。4時間くらい走った大きなロータリーの有る場所で、休憩と昼食でした。前回、ここで「焼き芋」を買ったことを思い出し、探しましたが、今回は見つけることが出来ませんでした。
ルアンパバーンのバスターミナルから「トクトク」の乗り合いでGHまで、約10分位でしたが、「水かけ祭り」が始まっており、数回水をかけられ、全身ズブ濡れとなりました。

世界遺産の街・ルアンパバーン・・・歴史を感じる古い町並みに、「カフェ」があちこちに在り、何となく、落ち着く街です。

「トヨタ」が目に留まりました。この街にヨク似合っています。

毎夕開かれている、ナイトマーケット準備の時間帯。多分、父母を待っている様に想いました。

ルアンパバーンの早朝・世界どこでも同じ!

 
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ジャール平原 (4月10日~12日)

2013年04月24日 22時20分26秒 | 旅行
ジャール平原は、中心都市であるシェンクワンを除くと、モン族の集落が点在し、米作を中心とする農業地帯です。その光景は、私の少年時代そのものです。ここに魅かれ、数回この地を歩いています。 

しかし、ラオスはベトナムとの間に、長い国境を持ち、その影響を直接受け、東西対立の激戦地帯であったのです。
アメリカ軍はラオス全土に約200万トンの爆弾を落とした様です。この数値は人口一人当たりに落とされた爆弾の量は、世界一とのことです。
人と人が殺しあう行為には正当性はどこにも有りません。・・・人の命は一度きりです。
この地方を歩き、穏やかで温かい村人に触れると、今日の「平和」がいつまでも続くことを、「こころ」の中で祈りました。

(爆弾を柱にしている小屋)

 
(シェンクワンの街で見かけました)



(シェンクワンの朝市・平和)

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ラオス正月・・・入国・ジャール平原

2013年04月24日 20時22分10秒 | 日記
4月9日・バンコク発ビエンチャン行き夜行バスは日本の観光バスと同じ程度のバスで快適です。 10日朝6時頃、国境の町ノンカイに到着・ドライブインで約1時間の休憩と朝食。そしてメコン川のタイ側で出国、同じバスで橋を渡り、ラオス入国です。両国とも出入国手続きは簡単でストレスを感じません。そしてビエンチャン到着です。(タイ出国からビエンチャン中心部のバスターミナル到着までは約1時間)

(写真はタイ側・イミグレ-ション)

バスを降り、トクトク(=タクシー・乗る前に交渉・3ドル)で空港へ直行。今回はビエンチャンには滞在せず、シェンクワン(ジャール平原の中心都市)に飛行機で行こうとバスの中で決めていました。約50分の飛行です。

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ラオス正月

2013年04月23日 21時12分59秒 | 旅行
ローガンメガネの子供の頃は、「旧正」を祝っていました。「もち」を焼き、「お寿司」をたべ、地域によりますが「学校」も休みになりました。「新正」と「旧正」は、共に一番の楽しい思い出です。

東南アジアのタイ・ラオス・カンボジア等は今でも、旧正を盛大に祝っており、特に「水かけ」が有名で気になっていました。・・・ラオスのピーマイラーオ(ラオス正月)に参加してみようと4月8日、成田よりTG641便でバンコクに出発しました。
9日、バンコクのフォアランポーン駅より、国境の町・ノンカイまで夜行寝台で行こうと思っていましたが、満席でしたので、夜行バスに変更し、チケットを駅近くの旅行店で購入し、駅の「荷物預かり」にリュックを預け、出発のPM5時近くまで、駅や近くの中華街をブラブラし時間を潰しました。
駅の構内では、年末の恒例の行事?と想われる「ポリス」の集会と宗教団体(イスラム)の歌や踊りの会が開かれていました。
地元のTV局が中継していました。少し休憩を取ったので、アナウンサーに写真を撮ってイイですかと聞くと、ニッコリとOKしてくれました。

若さと知性がキラキラと輝くタイ女性との一瞬の出会いは、これから始まる旅を「夢と希望」でイッパイにしてくれました。
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