Takepuのブログ

中国旅行記とか、日ごろ思ったことなどを書きたいと思います

懲役11年

2009-12-25 12:52:21 | 時事

二日連続硬派ネタで恐縮ですが……。

中国共産党の一党独裁を批判し中華連邦制を訴えた「08憲章」の起草に関与、インターネット上に流し同調者の署名を求めたとして、中国の反体制活動家で元大学講師、劉暁波氏(53)に対し、北京市第一中級人民法院(地裁)は25日、国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑判決を言い渡した。
劉暁波氏は1989年の天安門事件の際に、留学先の米国から帰国し運動に参加、学生たちの指導的役割を担い逮捕された。その後も中国当局に対して民主化を訴え続け、数度の投獄を経て、今回、昨年12月の憲章発表直前に身柄拘束され、先日起訴されていた。起草時には有識者ら303人が署名、現在までネットなどを通じて約1万人の署名が集まっているという。

そもそも「08憲章」とは何か。日本人の感覚からすると極めてまっとうな主張だが、中国共産党にとってはそれこそが「国家政権転覆」に値すると恐れる内容だ。

前言で、中国立憲100周年、世界人権宣言公布60周年、中国民主の壁(文革終了後に北京の西単に民主化を求めるさまざまなビラが張られた壁)誕生から30年、中国政府が「市民的・政治的権利に関する国際規約」(国連人権B規約)に署名して10年の2008年だが、依然として自由・平等・人権、民主・共和・憲政という人類の普遍的価値を抜きにした「現代化」が継続されていると警鐘を鳴らしている。

続いて、基本理念として、自由、人権、平等、共和、憲政をあげる。公民は国家の主人公であるにもかかわらず、中国では「明君」(開明的な皇帝)、「清官」(清廉な官僚)を求めて、それに寄りかかろうとする臣民意識が根強いと指摘している。

そして基本的主張として、(1)憲法改正、(2)三権分立、(3)立法民主、(4)司法の独立、(5)軍や警察の公器公用、(6)人権保障、(7)公職選挙、(8)都市と農村の平等、(9)結社の自由、(10)集会の自由、(11)言論の自由、(12)宗教の自由、(13)公民教育、(14)財産保護、(15)財務税制改革、(16)医療養老など社会保障、(17)環境保護、(18)連邦共和--に分けて説明している。

どれも、当たり前、といえば当たり前だ。(5)軍や警察の公器公用についてはわかりにくいが、毛沢東が「政権は銃口から生まれる」と言い、中国軍は今でも人民解放軍と称するように、中国共産党の軍として出発、今も運用されている。90年代後半に制定された「国軍法」によって国軍化が図られても、党の中央軍事委員会が重要事項を決定、政府の中央軍事委員会を兼ねている。憲章では警察権力も含めて、特定の党に肩入れする公務執行に反対、中立性を訴えている。天安門事件で軍や武警によって無慈悲に仲間たちが惨殺された悲しい経験をもとに、厳格な執行を求めている。
最後に挙げた連邦共和については「香港・マカオの自由制度は維持し、自由民主の前提のもと平等な交渉を通じて中国と台湾との和解の方法を探る。各民族がともに繁栄する可能性を探り、民主憲政の機構を持つ中華連邦共和国を建国する」としている。
この点から見ると、中国当局が進めている香港、マカオの1国2制度による統治に反対しているわけでもなく、将来の台湾との統一にも肯定的な見解だ。ただ、当局は「吸収合併」の形態を視野に入れているのに対して、憲章は「連邦制」だ。ここが衝突の種のようだ。

このような見解の相違を「国家政権の転覆を扇動した」とみなし、11年間も監獄に入れる決定をした。中国憲法で保障されていることになっている言論の自由も基本的人権の尊重も全く顧みられていない。それが中国の現政権ということだ。

日中歴史研究

2009-12-25 02:26:08 | 時事
日中の有識者による共同歴史研究の第4回会合が24日、都内で開かれ、古代史から近現代史までの報告書が1カ月以内に公表されることが決まった。「戦後史」部分は、日本側が「評価が難しく日中の隔たりが大きい」、中国側が「一般民衆に与える影響を考えなければ」と公表を見送った。この日公表された報告書の「総論」では、近現代史で「戦争の本質と戦争責任の認識に関し、相互に理解するにはかなりの困難が存在する」--。当然である。今後も研究を続けると日中で決まったことが画期的であり、このような状況が今後も続いていくように見守る必要がある。中国側が「日本には歴史認識において、中国とは違う意見が存在する」ということを認識した上で、話を続けようと構えているのは一定の進歩だ。
この研究は、小泉純一郎首相時代の靖国神社参拝で噴き出た「歴史認識」問題で生まれたあつれきを緩和するため、06年の安倍晋三首相と胡錦濤国家主席(共産党総書記)の会談時に合意された。「総論賛成、各論反対」となるのはやむを得ないが、それをもって中国側を批判するのも、現段階では正しくない。

おそらく、日本の新聞、特に右傾化が顕著な言論界では、例えば南京大虐殺の記述について「虐殺されたのは30万人」という中国側の主張と、日本側の「数万から20万人」が相いれず、両論併記することについて否定的な見解が出されるだろうが、それは中国側の状況をあまりにも知らない。(写真は南京大虐殺祈念館の入り口に作られた彫像)

中国共産党は、プロレタリアート人民民主独裁をうたって今も政権を維持している。「独裁」してもいい、という言い訳は、日中戦争で中国を侵略した日本軍国主義を追い払い内戦で勝利し中国を「解放」したからだ、というのが彼らの主張だ。もちろん反対意見をいう人、いわゆる「反体制派」や「分裂主義者」をいやおうなく武力で鎮圧している。89年の天安門事件や、昨年のチベット暴動、今年の新疆ウイグル自治区での暴動もそうだ。
その中国共産党の天下で、日本軍国主義を肯定し共産党の見解を曲げるのは、共産党の政権維持の正統性をゆるがすもので、絶対に譲れない。共産党が30万人といったら、本当は違っても、共産党が変えない限りは30万人といい続けなければならない。この研究会に参加した中国側研究者は、それぞれの分野のトップクラスだが、体制に迎合したがゆえにトップになれるわけで、彼らがこの共産党の方針を変えられるわけがない。

もちろん僕はそのような体制を賛成しているわけではない。彼らに民主化を要求し続けることは当然のことだ。

それでも、このような前提で今回の研究会の結果を考えなければならない。現在の共産党政権が続くのならば、日中でこれらの分野で相容れることは出来ない。それでも共同研究を続けようというのだ。もしいつか現政権の性格が平和裏に代わることがあれば、本当に歴史的見地から結論を出すことが出来るのかもしれない。ものを言わず見守るのはいけないが、向こうが変えることが出来ない部分も変えろ、と言い張るのは意味がない。
日本国内であっても歴史教科書問題でもめている。国が異なればもっともめるのは当然だ。右寄りの声高な主張をそのまま聞いて、中国は偏向しているとの論調に乗っかるのは危険だ。