産経新聞が日本国憲法がGHQの押し付け憲法だと歴史認識したとしても、日本国民に幸いしたことになる

2014-09-25 08:49:01 | Weblog


 9月24日付の「MSN産経」記事が冒頭次のように書き記している。  

 〈昭和天皇実録には、日本国憲法が連合国軍総司令部(GHQ)の“押し付け”だったことが、明確に記されている。〉

 《【昭和天皇実録を読む】「GHQ作」 押し付けられた日本国憲法を明記》(MSN産経/2014.9.24 08:15)

 根拠となる「昭和天皇実録」の記述を取り上げている。

 〈昭和21年2月22日《去る十三日に国務大臣松本烝治(じょうじ)は(中略)聯合国最高司令部民政局長コートニー・ホイットニーほかと面会し、ホイットニーより、(中略)最高司令部作成の憲法草案を示され、これに基づく憲法起草を要求される》〉――

 昭和21年〈3月5日《昨日午前、聯合国最高司令部に提出された日本国憲法草案は、同司令部において(中略)夜を徹しての改正作業が進められ、この日午後四時頃、司令部での作業が終了する。一方、首相官邸においては、この日、朝より閣議が開かれ、(中略)改正案を日本側の自主的な案として速やかに発表するよう同司令部から求められたことを踏まえ、(中略)勅語(ちょくご)を仰いで同案を天皇の御意志による改正案とすることを決定する》〉――

 要するに昭和21年2月13日、松本烝治国務大臣は最高司令部作成の憲法草案を示されて、これに基づく憲法起草を要求された。3月4日午前、聯合国最高司令部に提出された日本国憲法草案は同司令部に於いて徹夜で改正作業が行われて、3月5日午前4時頃改正業が終了。同司令部からこの改正案を日本側の自主的な案として速やかに発表するよう求められたため、勅語を仰ぎ、天皇の御意志による改正案とすることを決定したという経緯を取った。

 だから、日本国憲法は連合国軍総司令部押し付け憲法だとしている。

 記事はその上、このような作成経緯を辿った日本国憲法の違法性の根拠を挙げている。

 〈GHQの行為は、被占領地の法律尊重を定めたハーグ陸戦条約(1907年改定)などに反する国際法違反だ。GHQが「改正案を日本側の自主的な案として」発表するよう求めたのも、違法性を認識していたからにほかならない。

 だが、当時の日本に、GHQの非を指摘できるはずもなかった。問答無用で日本の根本規範まで崩そうとするGHQのやり方に、閣僚らは暗然としただろう。〉――

 安倍晋三も2013年4月5日衆院予算委員会で細野豪志民主党議員の質問にハーグ陸戦条約を挙げて、日本国憲法の違法性を訴えている。

 細野豪志「確認ですが、そうしますと、憲法ができたのは、えー、昭和21年ですね。27年に日本はサンフランシスコ平和条約が発効して独立をしていますね。

 つまり、その6年間の間に、もしくはその独立をするときには憲法を新しくしてスタートしておくべきだった、そういうご認識ですか」

 安倍晋三「基本的にはですね、いわば、えー、様々な疑問があってですね、例えばハーグ陸戦協定上ですね、、えー、占領している期間にはその国の基本法を変えてはならない、という規定があるわけでございます。

 ま、しかし、そん中に於いて、えー、我々は事実上占領軍が作った憲法だったことは間違いないわけであります。

 ま、形式的にはですね、そうではないわけであります。しかし、占領下にあって、それが行われたのは確として事実であります。その中に於いてですね、やはり、占領が終わった中に於いて、そういう、いわば機運が盛り上げるべきではなかったか、というのが私の考えであります」――

 日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏を受入れたが、「Wikipedia」やその他の解説によると、ポツダム宣言の第10条「我々は日本人を奴隷にしたり滅亡させようとする意図はないが、我々の国の捕虜を虐待した者を含む戦争犯罪人に対しては厳重に処罰する。日本国政府は民主主義を推進しなければならない。言論、宗教及び思想の自由、基本的人権の尊重を確立しなければならない。」の要求事項が戦勝国による大日本帝国憲法改正意思を示したものであり、GHQの要請もあって、幣原内閣は憲法改正作業に取り掛かっていた。
 
 ところが、1946年2月1日、毎日新聞が「松本委員会案」なるスクープ記事を掲載。GHQはこの案を「極めて保守的な性格のもの」と批判、GHQ自身が憲法草案を作成することを決定、日本の民間人が立ち上げた憲法研究会「憲法草案要綱」を1946年1月11日に〈叩き台とし、さらに要綱に欠けていた憲法の最高法規性、違憲法令(立法)審査権、最高裁裁判官の選任方法、刑事裁判における人権保障(人身の自由規定)、地方公務員の選挙規定等10項目の原則を追加して、「幕僚長に対する覚書(案件)私的グループによる憲法草案に対する所見」を提出、これにコートニー・ホイットニー民政局長が署名しいわゆる「ラウエル文書」が作成された。(以前からGHQ草案を基にした憲法が制定後、憲法研究会の「要綱」と似ていることが早くから指摘されていたが、ラウエルが「要綱は民主主義的で賛成できる」と評価した文書の発見で、要綱が大きな影響を与えたことが確認された)。〉(Wikipedia)――

 では、松本委員会案を引用してみる。

 《松本国務相「憲法改正私案」》(国立国会図書館/日本国憲法の誕生) 

 (松本丞治一月四日稿/昭和21年1月4日) 

 (極秘)
 三〇部ノ内第二六号

 第三条 天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス

 第十一条 天皇ハ軍ヲ統帥ス

 第二十条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ役務ニ服スル義務ヲ有ス

 第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

 第三十一条 日本臣民ハ前数条ニ掲ケタル外凡テ法律ニ依ルニ非スシテ其ノ自由及権利ヲ侵サルルコトナシ

 天皇の地位は大日本帝国憲法「第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と変わらない。天皇を絶対的存在として、国民を従わせようとしている。

 また信教の自由等基本的人権の保障は「安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ」とか、「法律ノ定ムル所ニ従ヒ」、あるいは「法律ニ依ルニ非スシテ」と、法律等を通した国家意志の決定にかかる、その範囲内の国民の義務・自由となっている。

 いわば国家が法律で決める制限を受けることになる。

 このことは「法律ニ依ルニ非スシテ」という文言が決定的に証明している。この意味は「法律の定めがなければ」だから、法律の定めがあれば、「自由及権利ヲ認メナイ」と裏の意味を取ることになって、国家が決める法律次第の「自由及権利」となる。

 この憲法精神には戦前の憲法精神を戦後も引き継ごうとする意志が露骨なまでに現れている。

 憲法研究会「憲法草案要綱」の要項を「Wikipedia」から見てみる。

 「日本国の統治権は、日本国民より発する」
 「天皇は、国民の委任により専ら国家的儀礼を司る」
 「国民の言論・学術・芸術・宗教の自由を妨げる如何なる法令をも発布することはできない」
 「国民は、健康にして文化的水準の生活を営む権利を有する」
 「男女は、公的並びに私的に完全に平等の権利を享有する――

 天皇と基本的人権に関する「詳細」

 天皇については、「国家的儀礼ヲ司ル」として天皇制を存続させる一方で、主権について「統治権ハ国民ヨリ発ス」として、主権在民の原則をとった。
 基本的人権については、人権について法律の留保などの条件をつけずに、表現の自由・法の下の平等が認められているほか、労働権・生存権・休息権・老齢福祉人格権など社会保障に手厚い人権保障が認められている。(同Wikipedia

 GHQが被占領地の法律尊重を定めたハーグ陸戦条約を厳格に守って、日本政府に憲法改正を全面委任していたなら、戦後の日本は民主化の方向に進むどころか、戦前日本への先祖返りを果たしていたに違いない。

 但し日本の戦争を肯定し、戦前日本国家を肯定している安倍晋三や産経新聞はそれらを否定している日本国憲法を戦前日本への先祖返りを潰えさせた、あるいは戦前日本を取り戻すことを断念させた元凶として認めることができないということなのだろう。

 認めることができない根拠をハーグ条約に置いている。

 例えGHQがハーグ条約違反を犯して日本国民に押し付けた日本国憲法であるとすることが真正な歴史認識だとしても、大多数の日本国民にとっては自分たちの主権者としての地位や基本的人権の保障等にとって幸いした違反であり、押し付けということになるはずだ。


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