じいの徒然日記

内野聖陽さんにfall in loveしたじいのおバカな毎日を綴った日記

毎朝が幸せ!

2021-06-04 23:17:41 | おかえりモネ
おかえりモネは3週目に突入 物語の核になる部分が描かれるようになりました。今までも随所に垣間見られて、もしかしたらこーなのかな?あーなのかな??と想像していたことはあるのですが、昨日と今日はもう……辛かったです 10年先から見ていてその時に何が起きてどうなったかを知っているから。どのように描くのか期待もあり不安もありだったのですが、じい的には様々な方面に思いやりのある誠実な描き方をしていたのではないかと…… モネとみーちゃん、そして幼なじみたちとの再会。その時の表情が今に繋がる正直な気持ちを表しているようで……決して綺麗事ではない、でもマイナスの感情だけではない優しい気持ち この作品ってそういうところが凄いなぁと思っているんですよね~~今週の前半で描かれていた初盆での田舎にいる昔馴染みの人たちとのやり取りだったり地元の友達との関係性だったり……あるいは2週目で子供と山の中で雷雨に遭うけど無事に生還する場面だったり……一歩間違うとドラマだから都合良く良い方に展開するよね~日本の原風景が残る田舎っていいよね~になってしまってじいなんぞは嫌悪感まで感じてしまうところにピリリとしたスパイスを添えてくれる。菅波先生の苦言は正論だし(新人でもベテランでも相手から見れば同じプロの一員というのは社会人なら疑問の余地なし)幼なじみたちの複雑な表情は本物の関係性があるがゆえだし(逆に普通に良かったねとかで迎え入れていたら気持ち悪いし狭い地域社会の中での関係性で単なる美談というのはあり得ない)……その現実感が逆に温かい気持ちにさせてくれるような しかしあれね、、、今日の話を見ながら思い出したのが、もう1つの大震災に関係したある小説の一節。

「震災のときにどこにいたのかと十中八九訊かれるからです…(中略)…無事に避難できました。これ以上のことは絶対に口にしませんでした。なのに、大変でしたね、と続き、わたしは(僕は)あのとき~、と自分のことを語りたがるのは、境界線のもっと外側にいた人ばかりなのです。」

境界線のどこにいたかで見える風景が違う。“もっと外側にいた人”以外の境界線に繋がる場所にいた人たちの気持ちを大切にした物語になっている予感。期待しかないわ~

そしてそして、、、じいは毎日が幸せすぎちゃって ほぼ毎朝っていうかオープニングに上がるキャスト名を見ては「あはは~今日は出ないみたいよ~」と揶揄う人がいるんですけどぉ~ 毎日じゃないけどほとんど毎日内野さん演じるモネパパに会えるのが嬉しくて 登米にいるモネに会いに来た時はコレお年頃の娘には一番やっちゃいけないやつじゃん と突っ込みましたが(笑)モネパパの過去やモネ自身が抱えている痛みとは別の部分で純粋に父と娘の言葉に出来ない思いだったり、今は噛み合ってはいないけど思い合えている部分だったり、そういうところが伝わってきて何か泣けてきちゃってね それに2人の間にある音楽という共通項……音楽が絡むと必要以上に想像が膨らんでしまうので余計に感情移入してしまうのですが、トランペットを吹いている姿はかっこよすぎるし、吹奏楽部の指導に熱を入れているところとか可愛いし(指揮する姿が妙に懐かしく)……でもそれがあっての今日のあのシーン。「また吹いてみないか?」「これからなんじゃないか、音楽とかそういうのが大事になってくるのって」と言った時の表情……その前後からの目が語る語る!目だけでなく醸し出される空気感がこれまた語る語る!!しかもこの場面に繋がる今までの場面全てが1本の糸で無理なく繋がっている感覚が堪らなくて……もうね~~こんな感覚にさせてくれて、言葉ではない言葉でこれでもかというほど伝えてくれるお人なんてそうそういませんよ~~こういうのが普通になっていることに感謝、内野愛は絶賛

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