じいの徒然日記

内野聖陽さんにfall in loveしたじいのおバカな毎日を綴った日記

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ハムレット豊橋公演 前楽

2017-05-26 00:32:25 | 観劇記
5月25日ソワレ、豊橋公演前楽の観劇記です。



我慢に我慢を重ねて(笑)やっとこさ来ました〜〜最初で最後のハムレット遠征!穂の国とよはし芸術劇場はお初。内野な公演は今までにいくつかありましたが日程の関係で他地方を優先したのでなかなか行けなかったんです 想像していたよりもコンパクトな劇場でしたが、2列目から程よく段差がついていて最後列までの距離も短め?!とても観やすい客席でした。ただし建物の構造上なのかなぁ〜〜1階席は横扉から出られないので終演後は半端ない渋滞っぷりだったのがちょっとね

舞台は東京より小さめ?多分、ダブル八百屋舞台もステージサイドも旅一座と一緒に運ばれていたと思うんだけど(椅子は違ってた)若干キツキツで作られていたような感じでしょうか。その分音は凝縮して聞こえたので良い意味で演劇的で良かったと思いました。ただ冒頭のスモークは半端ない?!ステージサイドや出てくる役者陣の視界を遮っていたようでした 歩くのがちと危ないっ

今回のお席は3列目センター。ちょうど舞台の高さと同じ目線でとても観やすかったです。東京の見下ろす感じも良かったんですけどね 八百屋舞台の下手側でエセ学友たちと戯れたり、ホレイショーと深い話をする時はほぼ真正面だったので堪能しすぎて… あと、空気感が落ちるのは1、2列後ろかなぁと思ったのですがセリフに込められた言霊はビシバシ直球で伝わってくるんですよね〜〜今回のハムレットは登場人物が人間的という評をあちこちで見ましたが、それがより際立ってくるというか、言葉の空気とでも言うのかな〜〜すっごく演劇的なのに自然で、でも現代の演劇とは一線を画すものがあって……不思議なんだけどそれに触れられる嬉しさがありました

しか〜〜し 各地方公演でかなり変わってきたと聞いていたハムレットですが、こんなことになっていたとはびっくりぽん 東京でやっていたのはどうだったっけ?と思わず遠い 記憶を探しにいきそうに……まず上演時間。5分短くなるのは何故?と思っていたら始まった途端にひょえ〜〜 1.2倍速で間合いといいセリフといい早いこと早いこと セリフも少し端折られてた?完全には分かりませんが、壌さん演じるボローニアスがハムレットの狂気を説明する場面やガートルードが寝室でハムレットを叱る場面のセリフが短くなっていたような???ちょっとクドさが減っていたのは残念でしたね〜〜特にポローニアスの朗々とした喋りっぷりは好きすぎてクセになっていたので 逆に長めに取られていたのが國村さん演じるクローディアスの独白シーン辺り。一呼吸分くらいゆったりと演じているように感じました。東京では場面転換等で少し駆け足気味と思っていたのでメリハリが分かりやすくて良かったかなぁと……全体的なペース配分が変わっていたので観る側としては気持ち的に少しオロオロしてしまったところがあるので、千秋楽では「そのつもり」で見届けようと思っています

演出の方向性も少し変えてきたのかなぁ〜〜舞台はナマ物でたまたま今回がそういう仕草だったのかもしれませんが……2幕冒頭で百合の花を片付ける旅役者の女性にオフィーリアがその百合を奪い取ろうとする場面があるのですが、以前はホレイショーが制止するだけだったのが1つだけでもオフィーリアに渡してやってくれないかと頼んでいる。何かホレイショーの男度が上がったんですけど そしてガートルードがハムレットに先王とクローディアスのロケットペンダントを並べて見せられる場面。東京では先王のペンダントを胸に抱いて愛おしそうにしていたと思うんですよね〜〜でも今回はジッと見て考え込む一瞬があったのでアレレ?みたいな 終盤でクローディアスが王冠を外すのも何かあっさり感というかハムレットに襲い掛かられる前から死ぬ覚悟を決めているように見えた。。。あと、ホレイショー!最後の乱れっぷりが半端ない 回を重ねるごとに入り込むのは分かるのでそれはいいとして、ハムレットがホレイショーの頭に手を置いて去った後にずっと天を仰いで何かを探しているように見えたんですよね〜〜じい、そのおかげで更に大号泣してしまったのですが その前からホレイショーが切なすぎて切なすぎて 真実を語り継ぐべき運命の下に歴史の中を生かされる人物っていると思うのですが、まさに彼がそれなんですよね〜〜だからローマ人の如く死ぬことが許されない(あ、このセリフもなくなってた?!)そして彼がハムレットの物語を語る度にこんな風に悲しみに押しつぶされ耐えていく……何かもう悲しくなってしまって そんなホレイショーを癒すかのようなハムレットの大きな手。じいにはありがとうを言っているように見えたけど、それがホレイショーにとって少しの救いになっていればと……滂沱の涙でした。

人間的なハムレット……今回は特に女性陣を通したハムレットの悲劇を感じたように思いました。ハムレットの発する言葉がとにかく切ない。ガートルードやオフィーリアに対して酷いことを言っているけど、その言葉は全て本心であり、その逆も本心である。有名なオフィーリアへのセリフ「尼僧院へ行け」の場面、言っていること全てに愛が詰まっているのが伝わってくるんですわ。好きなのにこんな風にしか言えないハムレットの状況、心模様、性質を思うと切なくてね〜〜 しかもオフィーリアにそれが伝わっていない。狂いっぷりは東京よりも更に渡してパワーアップ 歌もめっちゃ音程外れてた 叫ばずにはいられないやるせなさ、、、女としてホント分かるのよ、自分もそういう時あるから(苦笑)劇中劇に耽るハムレットを見ているオフィーリアの表情に胸を締め付けられる感じがあって悲しくなってしまってね〜〜1幕から泣いてしまった。

どっちつかずで振り回すような物言いをするハムレットだけど、ホレイショーへのセリフは物凄く気持ち良く安心して受け止められる……そういう雰囲気が言葉の中に漂っていて ホレイショーを褒めちぎるところはまさにそう!今回も倒れっぷりは凄かったけど……そうそう、1幕冒頭の「でーーんか!」はホントやりたい放題なのね 噂に聞いていたけど(笑)首巻きの裾で顔を隠していないいないばぁ状態にするとは……面白すぎっ 話を戻して、、
ホレイショーへの言葉にだけ感じる素直さ。それが嬉しくもあり悲しくもあり……まさか1幕の褒めちぎるところでウルっと泣くとは思わなかったわ

さぁいよいよ次が最後!しっかり見届けてこようと思います。きっと別れるのが寂しくて無駄に泣いてしまいそうな予感。気をしっかり持たなくては 今回は殺陣のタイミングがズレたりしてドキドキしたので熱い安全運行でお願いします
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ハムレット 東京千秋楽

2017-05-22 23:51:06 | 観劇記
4月28日マチネ、東京公演千秋楽の観劇記です。

とうとうこの日がやってきてしまいました……東京公演の千秋楽。全てが愛おしくて別れがたくて まだまだじいのハムレットは続きますが(爆!)セリフ1つ1つ、ほんの一瞬でも聞き逃すことなく抱きしめたいと思い噛み締めるように受け止めました。そしてプレビュー初日から止め処なく湧き出てとっ散らかったパズルのピースが埋められていく感覚。頭も心もクリアーになってスッキリしたような、でも更なるピースが生まれ出てもっともっと観ていたいような、とっても充実した千秋楽となりました。

千秋楽ということもあったのかな~~いつも以上にメリハリの効いた熱演でした。若干振り切れ過ぎ と思うような部分もあって良く言えば(爆!)分かりやすくて惹きこまれやすくなるけど盛り過ぎる感もあってもう少し冷静に冷静に……と思わないでもなく 思わず劇中劇を演出するハムレットの演技指導や教訓が頭を過ってクスッと(笑)でも間合いはとっても良くなっていて心地よかったです。プレ初日から前半にかけて感じたセリフの詰め込み感が全く無くて本当に自然、感情も無理なく付いていけた感じでした 役者陣の遊び心もパワーアップ ホレイショーの遊び具合が半端ないっっっ 「殿ーー下!」と呼び止めるところは完全に狙ってる感ムンムン蒸れ蒸れだし、ハムレットが「心に留めておきたい相手」と褒めちぎられたところは照れながら思いっきり後ろにぶっ倒れていて頭を打たないか本気で心配してしまう程 終盤の決闘シーンではガートルードがハムレットの汗を拭く時にめっちゃゴシゴシしつこく拭きまくっていて客席から笑いが!ま、内野さんは1幕で登場して5分も経たないうちに汗だくになるお人なので(苦笑)思わずシェイクスピアが400年前に当て書きしたのかと あと毒入りのお酒を飲む前の「この子は太っているから」というセリフもやたらと勿体ぶった言い方でこれまた笑いを誘っていました。

普通に 大勢で演じるハムレットを観たことがないので←気になるので機会があれば観てみたい スタンダードな演出というかハムレットのデフォルトというのか、そういうのはよく分からないのですが、千秋楽まで来てようやく14人で演じるハムレット、そして複数の役をやる意味や意図を考える余裕ができたような……壌さんの二役、理論的な堅物ポローニアスと阿呆の墓掘りという対比が面白いなぁと思いました。ポローニアスのハムレットの狂気を語る「三段活用」は毎回クセになる味わいで超絶大好きなんだけど(爆!)ポローニアスと墓掘り、一見すると全く別物に見えるけど根っこは同じで「教訓」の内容も共通しているなぁとつくづく 國村さん演じるクローディアスと先王。クローディアスが「息子と思っている」と告げたレアティーズに復讐をけしかけるとのと、先王が実の息子ハムレットに復讐をけしかける絶妙さ。結局のところ復讐は自分自身に跳ね返ってきて、クローディアス、ハムレット、レアティーズは死んでしまう……ん?先王は??ここら辺も彼の人間性や家族親族たちとの関係性を含めて想像し始めると尽きない面白さがあると思うんですけどね。

一人二役とは異なるけど“同じ”なのに噛み合わなくて“違う”になってしまう切なさ。「己に対して誠実に」のレアティーズ、「自分を忘れるな」のハムレット……それぞれの父に言われた言葉が何とも皮肉というかなんというか 少し途中で復讐心からの悪を寄せつけてしまったけれど真っ直ぐだったレアティーズ、自分の見つめる真実や本質を見失わない為に苦しみ続けたハムレット。二人の立ち位置は正反対のように見えるけど実は同じ性質で良い関係を築けたかもしれない。運命の歯車さえ狂わなければ……そう思うと無性に悲しかったなぁ あと、、、「役者は時代を映す鏡」というセリフが出てくるんだけど、我々が演劇を観る時に自分の内面を解放するようにハムレットもまた実世界では奥に押し込んでいる、あるいは見せないようにしている感情を演劇に投影することで救いになっていたというか昇華していたようなところがあったのではないかと……そんなハムレットの姿を誤解してしまうオフィーリアと理解して傍らで一緒に遊ぶホレイショー、その差異がこれまた切なくて胸が痛みました。

しかし観ていて一番苦しかったのはやっぱりハムレットでした。天国からも地獄からも復讐を急き立てられている……天と地の間にある哲学とでもいうのかな~~それを見過ごせず頭を抱えて泣き崩れるハムレットの姿がとにかく苦しかった 多かれ少なかれどんな時代の人間も(今も!)同じ苦悩があるのではないか、普通ならスルーして/努めてスルーしていくものを敢えて抱えて生きていかなければならない業を背負った人があまりにも残酷すぎて。。。偽りの言葉を吐きながらもそれは全て本心の裏返しだったり……まぁ振り回されて境界を分からなくさせる面倒くささはあるんだけど(苦笑)オフィーリアやガートルードに対するその種の言葉はオンナとしては特に響くというかいろんな意味で厄介だなぁと。。。

前回の観劇で??だったフォーティンブラスの「運命を抱きしめる」の受け取り方。今回の観劇ではなぜか(笑)ものすごーーーくストンと心に落ちたんですわ。fortuneは幸運ではなく運命の方が相応しい気がする。死ぬ直前に王冠を抱こうとしたハムレットの姿には確かに野心を感じましたが、それは黒々したものではなく純粋に…かどうかは観る者に委ねられそうだけど、自分の思いを実現したいという意欲から出てきた野心だったのかなぁと思ったり。。。そして「熱情と理性の両方を持っている」と自分が認め、彼なら善悪全てを包み隠さず伝えられると信じられたからこそ託せたホレイショーという存在。運命=the good or bad things that happen in lifeということでピッタリくる。ハムレットの死後にホレイショーがフォーティンブラスに脚色することなく語る場面でハムレットが信じたホレイショーの姿があったことがもうぅ~ ハムレットが救われたようで堪らなかったです。フォーティンブラスが「弔砲をーー!!」と言った時の(その声がホント素敵すぎて)ホレイショーのアノ何とも言えない切ない表情にもうぅ~~ そして最後にホレイショーを残して物語の登場人物たちが黄泉の国に去っていく場面、、、ガートルードとオフィーリア、クローディアスとハムレットという組み合わせが純潔と穢れ、善と悪、でも完全に対比や分離派出来なくて表裏一体のものだと思うけど、今回のハムレットの描かんとしたものが込められているようで面白いなぁと思いました。でもね~~ハムレットがホレイショーの頭に手を置く姿は何だかハムレットがホレイショーに感謝をしているように見えました。いや~~とにかく終盤は滂沱の涙でした

カテコは3回だったかな~~内野さんノリノリ♪道山さんの尺八を止めるところではドスコイなポーズもあったりして皆さん東京公演をやり切った安堵感や達成感に溢れて盛り上がりました。最後は内野さんが一人で舞台上に出てきて客席の拍手に応えていらっしゃったのですが、後ろからジョンがこっそりヒタヒタと忍び寄り……ポケットからメモ帳みたいな閻魔帳を取り出して何やらメモメモ 気配を感じて後ろを振り返って気づいた内野さん、頭を抱えてヒョエーー という感じで屈みこんじゃって(笑)地方公演に向けたダメ出しがありそうな予感、二人の間の信頼関係が垣間見られて嬉しかったです。そして内野バイバイに投げキッス2回 すっごく充実して楽しそうな姿に内野愛が
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ハムレット 5回目

2017-04-28 10:00:33 | 観劇記
4月22日ソワレの観劇記です。

今回は観劇予定の中でも一番の前方席~ ということで一挙手一投足見逃さないように!と必死に……今回に限らずいつでも真剣に観て…る(笑)やっと通常の客席で、しかも近くで、真正面から向き合ったという感じかな~~更に見えてきたものがあったような、また違った感覚に触れたような、充実した観劇になりました。若干 萌えすぎておかしくなったことは否定しません(苦笑)前の方に行くと八百屋×八百屋で奥→手前だけでなく上手→下手も傾斜があることをつくづく実感するのよね~~特に上手側でハムレットが下を向いている場面は見上げる感ありで(ちと前すぎると見にくいんだけど)高い位置から浴びせられる視線がもうぅ もっともっと見下してーー という変な妄想が あ、“そういう趣味”はありませんので誤解なきよう

既存の「スタンダード」なハムレットの舞台は観たことがないので比較はできないのですが、しきりに言われている登場人物の人間くささ……それがとてもよく分かったような気がしました。ハムレットの苦悩にしても何か突っ込みたくなるというかもっと素直にドドーンと言えばいいじゃん!と思いながらもそうできないところが物凄~~くリアルに感じる。そして狂ったふりをしている中にも人間の本質や真実が見え隠れする。「ありとあらゆる悲しみの姿、形、表情も僕の気持ちを表してはいない。だが僕の中には見せ掛けを超えたものがある」というセリフが冒頭に出てくるけど、この作品に出てくる登場人物やセリフ……狂ったとされる言葉の中に真実があり、“まとも”とみなされる言葉の中には真実がない、でもその逆もまた然り。ハムレットが母・ガートルードに「僕が言った通りにするのです」「僕が言った以外のことをすればいい」おいうシーンは象徴的 どちらも真実であり本心であるけど一方でそうじゃない部分があるような気がして……毎回何かすご~~く心をかき乱されるんですよね

オフィーリアへの愛情も今回は手に取るように分かりました。特に劇中劇を観るシーン、、、ハムレットはオフィーリアの肩越しに観ているのですが、腰に回した手、背中から溢れる好きで好きで堪らないという雰囲気 後ろ姿が語っているのがもうぅ~~素晴らしい しかも近くで膝乗せの表情を見せられたので萌えたわ~~罪すぎるっ でもね~~オフィーリアに対しては酷いことを言いながらもその裏に隠れた素直になれない部分というか女性に対する受け入れがたい面に悩みながらも愛したい苦悩みたいなものが垣間見られる。「尼僧院へ行け」という言葉に今回は愛情を感じましたね~~プラスとマイナスの感情が交錯していて酷いことを言えば言うほど愛情がヒシヒシと感じられて切なくなってしまいました

そしてレアティーズ、、、「どうして僕をこんな目に遭わせるんだ。僕は君を愛していたのに」とハムレット。公演が始まった当初は唐突感に戸惑ったんだけど(ライバル視?敵対視??して良い感情を抱いていないと勝手に思ってた)今回はハムレットの苦悩、表と裏の感情、優れた知性ゆえの自己矛盾、、、心の内と更にその内側が犇めき合って叫んでいるように聞こえました。そしてその全てが自身の意図しないところで周りを巻き込んで不幸にしてしまう……苦しい いや、あのね、レアティーズ一家の悲劇をつくづく噛み締めたんですよね~~1幕のある意味“仄々とした”家族3人のシーンは後に壊されてしまうことを知っているだけに観ていて胸が痛かったしその分レアティーズ絶命のシーンは響きましたね~~「気高いハムレット、お互いに許し合おう。僕と僕の父の死が君の罪になりませんように。君の死が僕の罪になりませんように」……復讐は何も生まないどころか自分自身に跳ね返ってくるということ、許し合うというのがどれだけ難しくて悲しいことなのかが伝わってきてもうぅ…… しかし壌さん演じるポローニアスのくどさ全開の戒めは良い味だしてるわ~♪

クローディアス懺悔のシーンはハッとしました。これまた今更ですが(苦笑)通常の客席そして前方から見てやっと分かった!「悪党に給料を払って天国に送り込む」とハムレットが言った意味!!祈るクローディアスの背後に短剣を持ったハムレット、、、まともに正面からドドーンとこの構図を見た時にこれは復讐ではなく明らかにハムレットが殺人鬼のように見えてしまっていたんですわ。これならハムレットが躊躇うのも無理ないよな~~ でもクローディアスの祈れない不器用さ、善悪どちらも手にしようとする俗物性ってホント身近でリアルで何だか憎めない。ただ祈りの最後に「思いの伴わない言葉は天には届かない」と言い切ってしまうところはやっぱり悪党だよな~と感心……してはいけないのですが(苦笑)

おじさんズが熟成された雰囲気を楽しませてくれる墓掘りシーンですが、ふとハムレットはこの辺りから無意識のうちに実感として死の世界を意識している……いや、聡明なハムレットのことなのでそういうことは以前から思考の1つのテーマとしてあったんだろうけど、作品全体の流れ的には結末の予言、あるいは結末に向けての潮流を作っているように感じました。アレキサンダー大王でさえビール樽の栓になってしまう虚しさ……ちょいと日本的思考に通じるような 思わず浮かんだ平家物語 でもおじさんズが演じる墓掘りとして生きてきたある意味究極の立ち位置にいる老人たちのやり取りは長年生きてきた経験値があるからこそ生み出せるシュールさがあって面白味を感じるんですよね~~深くて本質を突いているのに華麗に笑い飛ばせてしまう懐の深さが素晴らしいなぁと……お気に入りシーンの1つです

涙涙のラストシーン、今回は王冠が舞台上に留まってて良かったわ(笑)クローディアス自身が王冠を外して床にポトリと大人しめに落としていたけどコレがデフォルトなのでしょうか でも彼の最期は自分の方から毒が仕込まれた竹棒を刺しているんですよね~~キャラクター的にも宗教的にも自殺ではないと思うのですが何だか不思議。ハムレットに理不尽にも殺されるという形を選んだのか、ゆえにハムレットの方はガートルードの後を追うように毒薬を飲ませたのか、、、うーむ、次の観劇の時に気にしてみよう。。。

ところで、、、今回の観劇で変に……というか無意味に(苦笑)引っかかったことがあったんですよね~~“全てが終わって”ホレイショーが残されフォーティンブラスたちが現れる場面。イギリスからの使者の報告を聞いて「彼らの死は国王の命令ではありません」とホレイショーがフォーティンブラスに言った場面。もちろん普通に考えて国王はクローディアスなんだけど、このセリフだけを聞くと国王って誰?という疑問が湧いてきて……実際はハムレットの企てで学友たちは死ぬことになったんだけど、ハムレットは国王になれなかったから「国王の命令ではない」と受け取れなくもない??とかね もちろん深読みし過ぎというか誤解で松岡版の原作を読んで今回の台本では出てこない前後を確認して納得 でもここだけではないんですよね~~一度舞台を観てもう一度原作に立ち返ってみると出てこないセリフが結構ある。もちろん一言一句違えずに最初から最後まで原作通りに上演するのは無理な話だしジョン演出の意図を解するには逆に不必要なことなのかもしれないけど、国王云々アレコレ考えながら原作を読んでいるとフォーティンブラスの「運命を抱きしめたい」というセリフが原作では「幸運を抱きしめたい」になっていることに気づいたんですよね~~何かムズムズしたので手を出してはいけないと禁止していた(笑)原書を 「For me, with sorrow I embrace my fortune」でfortuneは確かに運命とも幸運とも訳せる。何となくプラスのイメージが強いけどwhat happens to you→the good or bad things that happen in life…らしい。そうなるとハムレットの死からフォーティンブラスの即位でいろいろ勘ぐってしまいたくなるような 武人ハムレットの意味とかね……深入りは止めよう!あとは沈黙
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ハムレット 4回目

2017-04-21 23:51:20 | 観劇記
4月18日ソワレの観劇記です。

今回はステージサイド……東京公演ではラストの舞台上 4回観た中では一番心に沁みたかもしれない。1幕からグイグイ迫ってくるものがあったので2幕ラストは大変なことになりそう と覚悟をして臨んだのですが、まさかのハプニング クローディアスの頭から落ちた王冠が決闘で倒れたレアティーズの背中付近までコロコロコロリン~ ビバ八百屋舞台 気にしなければいいのに気になってしまって集中できない(苦笑)おかげで涙が引っ込み……まぁ最後はやっぱり泣いちゃいましたけどね ステージ席でダダ泣きして収拾がつかなくなるのを避けられたのは良かったのか悪かったのか

ハムレットの狂気とオフィーリアの狂気、、、前者は「狂ったふり」で後者は「本当に狂っている」というのが自然かもしれないけど、この演目を観ていると何が本当なのか/正しいのか/間違っているのか……それを考えること自体が無意味なのかもしれませんが、あらゆる境界線が分からなくなってくる瞬間があるんですよね~~一般的に「異常」「阻害要因」とされるものを追求していくことで逆に真実が解明されることがあるけど(心理学とか…)狂気の中にあるべきものが見えることもあるのかなぁと思ってみたり あと、クローディアスやガートルードの言動についても上辺だけではなく本当にそう思っている部分があるのかもしれないなぁと思ったんですよね。少ないながらも罪の意識と善行は持ち合わせているのかもしれない ハムレットを息子と呼び王位を継がせるといったのも完全に取り繕いから出た言葉ではなく0.0000001%(笑)くらいは本当にそういう気持ちがあったから口をついて出たのかなぁと思ったんですよね。でも不幸にして相手がハムレットだった どこまで見抜いていたのか、はたまた父王の亡霊に翻弄されていたせいだったのか、奥の奥を見抜いてしまった。並の人間なら上手く立ち振る舞って過ぎ去ることができただろうに、できなかったから(それは至極正しい行いなのに)災いを招いてしまったことが不幸だったのではないかと思います。まぁ「卑劣な企みは我が身に返って」くるわけで復讐は復讐しかもたらさないのですが……分かっているんだけどね~~何か悲しくて悔しいわ。

今回は2度目のステージサイドということで本筋のお芝居もさることながらステージサイドの向かい側にある役者陣の待機場所/座る場所もウォッチ!墓掘り場面ではついつい視線上に座っているハムレットに もうぅ~~めちゃめちゃかっこいいんだもん でもちゃんと真面目に観ましたよ~~(笑)ハムレットとローゼンクランツとギルデンスターンが再会して腹の探り合いをしながらもじゃれ合う場面。それをホレイショーは上手側の待機エリアの椅子に座って見ているんだけど、もしかしたら大学ではこんな風に遠くからハムレットたちを見ていたのかもしれないと思ったんですよね。そういう表立った輪の中には入っていないけどハムレットとホレイショー二人だけの世界があって絆を育んでいたのかなと……なので後半のハムレットとホレイショーが語り合うシーンを眺めているローゼンクランツたちを見ながら彼らは何を思っていたのかなぁと気になってしまいました。

ハムレットとホレイショーの関係はホント深いと思うんですよね クローディアスの企みでハムレットをイギリスで殺させるべく学友2人を取り込むけど、それに気づいたハムレットは逆に学友たちがイギリスで殺されるように仕向ける。そのことをホレイショーに話した時に「どうせ人間の命なんて」とハムレットが言い始めた辺りからホレイショーのハムレットを見る目、雰囲気が違ってきているような……何か今までに感じたことのない違和感を感じ取っていたのか、不吉な予感が無意識に過ったのか。でもそういう人だからこそ自分自身の善悪を含めて後の世に正しく伝えられるヤツと見込んでハムレットは全てを託したのではないかと。死ぬ、眠る、普通ならそれで終わる。でも最期にハムレットはホレイショーに生きて真実を伝えるように頼む。死して尚その後に思いを巡らせてしまうハムレットの高潔さと知性は切ないものだなぁと思いましたね~~なーんか最後はいろんな思いが溢れてきてウルッと

ところでこの作品、、、結構演劇論的な皮肉やツッコミがたくさん 自分はそういうものに明るくないので感覚的なものではあるけど、これって当時のイギリス人に対する皮肉?みたいなところもあって思わず笑ってしまうシーンも 壌さん演じるポローニアスのよどみないセリフ回しといかにもイギリス人が考えそうな厭らしさがぐいぐい来て癖になる(笑)堪らんです でも劇中劇を題材に「演劇は人の姿を映し出す鏡」みたいなことを言っている場面、誰しも触れられたくない真を突くところが演劇にはあるよなぁ~と妙に納得してしまいました そして狂ったオフィーリアの言葉から「無意味な言葉がかえって意味を持つ」「聞く者は勝手に憶測し言葉を都合のいいように繋ぎ合わせる」というセリフが出てきますが、ふと……あーでもない、こーでもないとアレコレ妄想しながら頭をフル回転して観劇するのって何気ない言葉に意味を見出す人々の行為と同じことをしているのかなぁと自分自身を突っ込んでしまいました(苦笑)それが楽しんですけどね~~デヘッ
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ハムレット 3回目

2017-04-21 12:20:55 | 観劇記
4月15日ソワレの観劇記です。

前回のステージサイドを経てからの通常客席再び 初日とほぼ同じ位置のお席だったのですが余裕を持って楽しめました 今更かいっ!と突っ込まれそうな実感が多々……和のテイストが本当にしっくり来ているのね~~厳密な決まりや様式には則っていないんだろうけど能の舞台を意識した舞台の組み方だったり役者さんたちの出だったり……しかも道山さんの尺八と醸し出す雰囲気がハムレットの世界観を身近に感じさせているような気がするんですよね。先王の亡霊を見たりハムレットの独白シーンだったり……イギリスの、しかも古典の、、、分かった気になっていても実感できない部分というか、そういうところを日本にいる者の感性に訴えてイギリスのネイティブ感覚で受け止められるような……多分あっちの人で言うこういう感じ?みたいな。。。

この日は初のマチソワ公演になったということで最初の方は若干お疲れ気味???な感じがしたのですが、公演を重ねるにつれて出てくる深い感情と長セリフを感じさせない豊かさ……それぞれに演じる役が心身共に馴染んできているように思いました。シェイクスピア語(笑)アレコレ描写から様式的な挨拶から回りくどい言い回しから、、、“七面倒くさい”言い方がなぜかものすご~く自然に耳に入ってきて良い意味で巧みにスルーできる感じかな~~至極普通の会話として楽しめました

今回はハムレットの苦悩がヒシヒシと感じられました。普通の人間ならば他人に許している外見と心の内にある秘めた本心/本音がある。でもハムレットの場合は(王族という立場もあるんだろうけど)心の中の更に内側を持っていて他人の持つそれを感じ取ってしまう能力もあるように思えるんですよね~~多くの人が「大人の対応」「世間や人生ってのはそういうもの」と割り切って生きているし決して責められることではないんだけど←納得するかどうかは別として ハムレットは素直に向き合っているから苦しいしそのことで周りを不幸にしてしまう。ハムレット自身もまた間違ってないというか寧ろあるべき正しい姿だと思うのよね~~だから何か観ていると心がザワザワしてくる。

それを冷静に理解してくれる存在がホレイショーだったのかな……彼に出会えたことが唯一の救いにもなっていたのかなぁと感じました。小さい頃から一緒に育ってきたとされているローゼンクランツとギルデンスターン。逐一の言動があからさまに慇懃無礼で鼻につくんだけど(苦笑)自分たちの方から「(ハムレットの)ご寵愛を賜ってきた」と言うんですよね~~一方のホレイショー…+見張り役やお付きの者 に対してはハムレットの方から自分たちの関係性は「愛だろ」と言っている。勘ぐり過ぎかもしれないけどそういうところからして違うんだろうなぁと思ってみたり……ただハムレットの感性的にはローゼンクランツとギルデンスターンへの違和感は前々から感じていたような気もします。それが父の先王暗殺絡みの一連の動きで二人の本質を見破ることになったのかもしれないし……だからこそホレイショーの存在がハムレットの物語の伝達者という意味合い以上に大きいのよね~~ラストでハムレットを看取るホレイショーの「おやすみなさい」は号泣でした あるか、あらざるか、、、死ぬ、眠る、、、苦しみ続けたハムレットの全てを包み込むような言葉が響きました。

その2幕ラストで倒れたクローディアスの頭から転がり落ちた王冠をハムレットが死ぬ間際に手に取ろうとするシーンがあるのですが、王位に対する野心がそこまであるだろうかという疑問が!皆無だったとは思わないし内野さんがフォーティンブラスも演じているという点が面白い意味合いを持っているんだろうなぁといろいろ妄想(笑)できそうなんだけど……もしかしたら自分が王位を継承して死ぬことによって次の王位継承者を示すことができる、すなわちフォーティンブラスを王にしたかったのではないかと思ったのよね。ただ王冠を抱くことなく倒れてしまうところがこれまた切ないんだけど そして凄惨な現場にかけつけたフォーティンブラスとお付きの者2名、、、馬木也さんと今さんで「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」というシーンは突っ込みどころ満載で面白すぎるんだけど このダブルキャストによって王と周囲の者との関係性がいかようにも変化することを暗示しているようで面白いなぁと思いました。フォーティンブラスはどのような王になるのか、実際はどうだったのか、、、想像が膨らんで奥行きを感じます。どんな風に運命を抱きしめたんだろうか ってね。
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ハムレット 2回目

2017-04-15 00:41:40 | 観劇記
4月11日ソワレの観劇記です。

前回の猛省 これじゃあダメだということで原作を読了、パンフ等々いろいろ読んで武装して(笑)行ってきました。そしてそして初のステージシート、しかも最前列 興奮しすぎて疲労困憊ですがめちゃめちゃ充実した観劇になりました。

通常の客席からの観劇だと「演劇を観たな!」という印象なんですよね~~ってコレ褒めてます(笑)良い意味で言っています シェイクスピアの枕詞的な言葉の数々で無駄に量の多いセリフだったり伝統的な演劇をフレームの如くなぞったような形式美みたいなところがあったりして程良く突き放して観る感覚。でもステージサイドはハムレットの世界にいてその空気と一体化して味わうような感覚なので身近で分かりやすく感じたかな 確かに見にくい場面はあちこちで……超個人的な目線で言うと(爆!)ガートルードやローゼンクランツ、ギルデンスターンにはハムレット な視線をよく邪魔されました 立ち位置がめっちゃ被っていて あとやはり独白シーンは正面を向いて喋るので見にくかったですね~~でも間近で内野ハムレットの横顔を堪能できたし、照明の関係 逆に良い感じに陰影がクッキリ浮かんでかっこよさ200% ついでに汗も……っていうか他のキャストの方々はサラッとしているのに内野さんだけ始まって5分もしないうちに汗だくになっているのって一体(苦笑)いちおう気に留めないわけにはいかなかったわ

終盤のハムレットとレアティーズの決闘シーンは物凄い迫力 もちろん芝居として殺陣の手順として決められているんだろうけど、演出を感じさせないガチンコ勝負 とにかく目の前で激しい打ち合いが繰り広げられてスリル満点だし、同じ板の上にいるので振動がリアルタイムに下からズッシンズッシン響いてくるので大興奮 もうぅ~~これを間近に見られただけで萌えすぎて倒れるかと思いました

プレ初日で気になっていた1幕終盤の劇中劇。先王殺害の鎌かけをすべく旅回りの一座に似た場面を取り入れた演劇をやらせる場面……舞台中央で演じられる劇中劇をオフィーリアとハムレット、ホレイショーは客席に背を向けて見ているんですよね~~なので表情が分からない。ハムレットはオフィーリアと戯れつつ王を観察、ホレイショーはじっとクローディアスを観察。そして劇中劇を見ている王様夫婦の表情も劇の展開に連れて変わってくるし周りの人たちの無反応さや単純な喜怒哀楽もこれまた面白い。ほっっんと気になるもの&見たいものが多すぎて目が何個あっても足りないくらい。複数の同時放送画面が欲しい~~ で、、、予想通りクローディアスは殺害シーンで表情を一変させ怒り心頭!ココでなるほろ~と思ったのがガートルードや側近たちは何も変わらないこと。じい、勝手に妄想していたのが先王殺害は何かの陰謀だったのか?他にも共犯がいたのか??はたまた亡霊の虚言だったのか???なーんてことまで考えていたんだけどクローディアスの個人的な思いで殺害にいたったのかなぁと。。。ちっぽけな男だと思うのよね。大悪党じゃなくてちっちゃな黒いシミ程度の男……そこが身近で可愛いと思う瞬間もあるんだけど最後の最後!ガートルードが間違って毒の入ったお酒を飲んで倒れた時に自分は知らぬ存ぜぬで全てをレアティーズになすりつけようとしたところ。小悪党だからこその底知れぬ憎しみを感じましたね~

最初はハムレットって逐一めんどくさい奴だなぁと思っていたのは本音(苦笑)内野さんもインタビューでおっしゃっていたけど青くさいヤツって……じいもこの歳になるとそんなこと言ってるなんてガキだねぇ~世間ではよくあることさってコレ、クローディアスのセリフにあった気がする(苦笑)いつまでも思春期の少年みたいなこと言ってんじゃねーー と呆れ気味。しかもシェイクスピア作品にはよく出てくる価値観なのかな~~プレ初日の時にも思ったけど女たるものこうあるべきとアダムとイブの話を持ち出すかのような現代から見ると訴訟間違いなしの女性差別的な発言 まぁある意味真実を突いている点は否定しないけど……まさに「お前の言葉は短剣のように耳に突き刺さる」だわ 自分も女だから分かる、、、と思う でも母としての存在は特別感があるのかな???ガートルードはハムレットに自分が狂ってないとクローディアスに告げればいいと言ったけど(本当にそう思ってたのか?ガートルードが違う受け取り方をしていたのか??)最後までクローディアスには告げなかった。そこは母としての心が堅固に存在していたのかなぁと思ったり……どうなんだろうか

2幕ラストでクローディアスにとどめを刺す場面とハムレットが死ぬ場面。思いっきり目の前だったんですよね~~もうぅ表情といい空気感といい感情といい様々なものがこれでもかというほど伝わってきて心がキューーンと ハムレットの無意識の苦しみとでもいうのかな~~苦悩はもちろんなんだけど、本当だったらしなくてもいい/気づかなくていいことを知ってしまう有能さと哀しさ、それによってハムレットの意思とは違うことを起こしてしまい更に不幸を派生させ自分までもそこに飲み込まれていく。ハムレット自身が悪くないだけに尚更それが悲惨というか切ないというか……人間ってホント辛い 有起哉くん演じるホレイショーがハムレットの傍にいてくれて本当にありがとうという感じで……ホレイショーだけは1人が演じていて全ての真実を知って残される関係者でもある。切ないよね~~でもつくづくオイシイ役どころ 特に2幕は結末を知っているだけにハムレットを見つめるホレイショーの視線が辛くて辛くて……そしてハムレットが唯一心を許して本音を語りふざけ合い素の姿を見せるところが切なくて切なくて 今回は最後でスーッと一筋の涙が流れて……全然まだまだだけどハムレットがどーして悲劇なのかを感じたような気がしました。
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ハムレット プレビュー初日

2017-04-14 23:45:19 | 観劇記
4月7日プレビュー初日の観劇記です。

~あらすじ~

デンマークの王子ハムレット(内野聖陽)はふさいでいる。父の先王が不慮の死をとげてまもなく、叔父クローディアス(國村隼)が王位を継いだ。そして、喪もあけぬうちに、母ガートルード(浅野ゆう子)が叔父と再婚したのだ。ある日、衛兵たちから城に先王の亡霊が出ると告げられたハムレットは深夜に待ち伏せし、ついに亡霊との対面を果たす。それは父であった。父は、庭で昼寝をしていたところ、耳から毒薬を注いで殺されたこと、その下手人はクローディアスだということを告げる。叔父が、高潔な父を殺し、母を奪ったのか……それが本当ならどうするか懊悩するハムレットは、その心の内を親友のホレイショー(北村有起哉)にだけ告げる。他の者には悲しみのあまり気が狂ったふりをし、すきをついて真相を探ろうとするのだ。

ハムレットには年若いオフィーリア(貫地谷しほり)という恋人がいた。その父ポローニアス(壤晴彦)は、王子と娘の身分違いの恋に浮き足だっていたが、ハムレットの様子がおかしいことから、王クローディアスに申し出て、娘に様子を見させることとする。息子のレアティーズ(加藤和樹)は海外に留学にでかける。オフィーリアはハムレットに近づくが、以前とはうってかわった様子で意味の分からない言葉をぶつけられ、ついには「尼寺へ行け」と突き放されて動揺する。クローディアスは、さらにハムレットの学友であったローゼンクランツ(山口馬木也)とギルデンスターン(今拓哉)を呼び、ハムレットの様子を探らせる。

機会を探るハムレットの前に父王の亡霊が現れ、決断を迫る。ハムレットは旅回りの芸人たち(村井國夫)に『ゴンザーゴ殺し』という芝居を演じさせる。父が殺されたと同じ状況を演じてもらい、クローディアスの反応を見ようというのだ。果たして、御前での芝居で、この場面になるとクローディアスは怒り狂って芝居は中断した。ハムレットはクローディアスの犯行を確信し、復讐を誓う。

母に呼ばれて寝室に向かうハムレットは、クローディアスが一人祈りを捧げる場にでくわす。背後から一突きで仕留めるチャンスだが、懺悔の祈りをする者は死ぬと天国に行ってしまうので、見送る。寝室で母の不実をなじるハムレット。しかしそこに父の亡霊が現れ、母を守るようにと説く。寝室の幕の後ろに他人の気配を感じ、ハムレットが剣で突くと、それはクローディアスではなく、秘密裏に探りをいれていたポローニアスだった。

クローディアスは、臣下を殺したハムレットに学友二人を付き添わせイギリス王のもとへ送る。持たせた親書には「到着次第この者の首をはねるように」と書いて……。

恋人に父を殺され、気が狂ったオフィーリアは川に落ちて死んでしまう。留学から帰ったレアティーズ、英国から危機一髪戻ってきたハムレットがその葬儀で顔を合わせる。レアティーズはハムレットに決闘を申し込む。クローディアスはレアティーズを呼び、彼の剣の先に毒薬を塗り、ハムレットの飲むワインに毒を入れるので大丈夫だと請け合う。決闘の最中、レアティーズの卑劣な一刺しでハムレットは毒に冒される。ハムレットの言葉でクローディアスの陰謀を理解したレアティーズだが時は遅かった。レアティーズも傷を負って死ぬ。そしてハムレットのための毒入りワインを飲んで母ガートルードも死ぬ。ハムレットは、クローディアスを刺して本懐を遂げ、この悲劇をのちの人に伝えてくれるよう、ホレイショーに言い残して、「あとは沈黙」とこと切れる。

(公式サイトより)


休憩15分を含めて全2幕の上演時間3時間20分。舞台はこんな感じ↓↓↓



ステージサイドシートがある為 やや上手寄りに作られています。舞台の上手側には手前に藤原道山さんの演奏席、奥側には木製階段や木の箱があって役者陣は出番がない時はここで一緒に観劇していたり次のシーンの準備をしていたり……ここにいる時のお芝居も演出に含めてという感じかな。ついつい目がいってしまうのですが、そうすると肝心のハムレットの方が……(笑) 今回は6列目のセンターからの観劇でしたが、そこから観ている限りステージサイド席も思ったよりは置いてきぼりにならない印象だったでしょうか。演目によっては当たり前だけど舞台正面メインでお芝居をされて後ろ姿しか拝めないということもあるので 今回はいちおう四方を使った演出というか上手、下手、後ろ、いろんな方向を向いてセリフを発するシーンがあったりするので逆に通常の客席側からは見えない表情もあったりして……ステージサイドでの観劇の時にしっかり見ようっと!

衣装は和を取り入れた着物風でした。オフィーリアは若干西洋寄りのような気もしますが……でも和とシェイクスピアは違和感なし。尺八の音色とも相性が良くてこんな味わいになるんだなぁと感心しました。最後のハムレットvsレアティーズの決闘シーンでは敢えて、だろうな~~竹棒が使われているのですが、その打ち鳴らす音が絶妙なBGMになっていて迫力満点 見惚れちゃいました

キャスト陣も実力派が勢ぞろい。立ち並びによっては(爆!)マクベスとマクダフ?!勘助とみつ?!と突っ込みたくなる組み合わせもあったりして しほりちゃんのオフィーリアは愛らしかったし加藤君のレアティーズも悪くない、しかも歌う場面ありって狙ってたとか(笑) 浅野さん演じるガートルードは美しいけどちゃんとお母さんだったし馬木也さんや今さんの日和見ご学友の厭らしいことと言ったら おじさんズの面々の芳醇な味わいと言ったらもうっ 墓堀りシーンの村井さんと壌さん面白すぎ!!!國村さんは一度ナマの舞台でお目にかかりたいと思っていたのですが期待通りの素晴らしさで……先王の亡霊とクローディアスの演じ分け、亡霊を演じたその姿のまま舞台後方で着替えた瞬間からガラッと雰囲気が変わってクローディアスへ 実はクローディアスを演じられる姿を見ながら実は他の役者さんのことが頭を過ったのですが、今回のハムレットは國村さんのコレでいいんだと納得できたような。。。あと、、、いつも思うけど……というか自分が遭遇する役が偶々なのかもしれませんが(苦笑)有起哉君の演じる役ってオイシイ役が多いよな~~と 今回のホレイショーも憎らしいほど良い奴で惚れちまうじゃないかって

そして愛しい愛しい内野ハムレット 全然老けた王子ではなく青年ハムレットでした セリフの量が膨大で大変だったというのも分かる気がしましたね~~とにかくよく喋る(笑)セリフの言い直しも結構あった気が……これは他キャストも含めてですが。公演が進むにつれて言葉のエネルギーや空気感がどんな風に変わっていくのか楽しみなところではあります でも、、、独白シーンは素晴らしかったです。クローディアスへの復讐心を高めていく過程も凄く人間的というか身近な感じで受け止められた感じでしょうか。いや、何とか付いていけた!というギリギリ状態なので次はもう少し前のめりで入り込みつつ突き放しつつ見たいかなぁ

作品の中身は……というかとにかく置いて行かれないように喰らいつく感じで必死でした 忙しさにかまけて原作を読まずに行ったので(その昔新潮文庫のを読んだけど子供すぎてよく分からなかった印象が)終演後は頭から煙がシュワ~~プシューー これから大変なことになるぞと悲壮感漂い……。登場人物はウザい程(笑)よく喋るんだけどいろんな意味に取れるように余白があるから各々でどうにでも受け取ることができる。しかもハムレットは狂っていると周囲は捉えているけど実は狂っている“フリ”をしているだけで周りの方が狂っているとも言えるし、でもそれを観る側は肯定できるほど“真っ当”と言えるのだろうか……なーんて、全ての境界が曖昧で分からなくなってくるような、なかなか格闘し甲斐のある作品ではないかと思いましたね~~プレ初日、若干ショート気味にはなりましたが良い演劇を観たなと心は豊かになりました。
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エリザベートTAKARAZUKA20周年スペシャル・ガラ・コンサート アニヴァーサリーバージョン

2017-01-21 00:35:55 | 観劇記
観劇始め、とコンサートなので言っていいのか微妙なところですが 実は先週他演目で観劇始めの予定だったのがまさかの体調不良で諦めざるを得ない羽目になったので でも好きな演目に関係するコンサートで華やかに観劇始めを飾れたのでまぁいいか……ってことで今年初めての観劇記、行きま~~す 言いたい放題、とても失礼なこと満載になると思うので、スミレの世界に心酔している方にはオススメできません

久しぶりのエリザのガラコン。10周年の時は大阪まで遠征した覚えが その後のコンサートはずっと遠ざかっていたのですが、友人が声をかけてくれて……そうじゃなかったらまたもやスルーしてたかも⁉️いろいろお話できて心強かったわ 今回のガラコン、トークとライブがセットのモニュメントバージョン、舞台再現のフルコスチュームバージョン、各組の歴代キャストが大集合のアニヴァーサリーバージョンの3タイプの公演あり。じいが行ったのはアニヴァーサリーバージョン、しかも大楽という貴重な公演で……行くまで気づかなくてゴメンナサイ ←17時半スタートの公演なんて珍しい位にしか思っていなかった

宝塚は限られた時の中で夢を描く世界なのでその人が退団してしまうと再演はあり得ない、二度と観られないものなんですよね~~そういう意味では歴代キャストが揃うガラコンは奇跡とも言えるのですが……このアニヴァーサリーバージョンは難易度が高すぎた とにかく舞台に出てくる度にWho are you?な状態なので、映像みたいに名前をふってくれないと理解不能。ひたすら現役時代の映像&生で観た時の記憶を手繰り寄せて後は歌い方とか仕草とか……あとはこの人なら歌えるけどあの人は歌えるわけがないなーんてとてつもなく失礼な判別方法で それでも何とか頑張って判別できたのがトートとシシィとお気に入りキャスト2名……若干間違えて認知していた人がいたけど(ゴメンナサイ)いや~~これが全部分かる人は東大に入れると思った位(苦笑)まぁじいみたいな初心者ど素人には向かないバージョンだったのかもしれませんが……見たい人を全員フルで見ようと思ったら3日ぐらい通わないといけないのでさすがにそれは(苦笑)

各キャスト、基本的な方向性やベースは現役当時と変わらない感じだなぁと思いましたが、退団年数の浅い人たちの方が当時の再現性があるように感じましたね~~そんなに経っていないんだから当たり前だけど。退団からかなり経っている人たちの場合は歳を重ねた分の深みが出ていて、逆に当時ではまだ出せなかったものが表現されていて心にズンと伝わってくるものがありました 夜のボートもヅカ版はかなり端折ってあるけど、今回のは絶対に現役生たちには出せない大人の味わいですね。ただ様々な舞台やステージの経験で声域が変わっているので(ヅカエリザは女性のみの舞台に合わせて音域が狭いのよね)そのことが却って障害になってしまっているというか合っていないなぁと思う部分があったのも本音。特に当時から歌えていたトートの方々ほどそれを感じましたね~~雪とか宙とか 逆に☆と☽の人は当時よりマシになってた(爆!)

アニヴァーサリーヴァージョン、各組の歴代キャストがエリザナンバーをほぼフルで歌い継ぐ構成でした。

じいの能力の限界に挑戦!

パパみたいに:大鳥シシィ
愛と死の輪舞:一路トート
嵐も怖くない:大鳥シシィ&稔フランツ
最後のダンス:春野トート
私だけに:白羽シシィ
ハンガリー訪問辺り~:瀬奈トート
ミルク~鏡の間:麻路トート、白羽シシィ、彩吹フランツ
多分1幕はゾフィーが出雲さんでルキーニが樹里さん

キッチュ~マダム・ヴォルフのコレクション辺り:湖月ルキーニ
私が躍る時:瀬奈トート&大鳥シシィ
ママどこにいるの?:姿月トート
運動の間:姿月トート&白城シシィ
魂の自由~私だけに:白城シシィ
闇が広がる:彩輝トート
僕はママの鏡だから:朝海ルドルフ
葬儀:彩輝トート&白城シシィ
キッチュリプライズ:龍ルキーニ
夜のボート:白城シシィ&初風フランツ
最終答弁:彩輝トート
エピローグ:一路トート&白城シシィ

他は……分からん過ぎてギブです どんだけトートとシシィしか見てないの?って感じですね~~フランツは好きなシーンで好みならOKという感じで覚えているなぁと あとお気に入りのキャストは歩き方や雰囲気でビビビッと来る感じでしょうか ゾフィーとルキーニはそれで判別できた(笑)それと、、、アニヴァーサリーでしか見られない朝海ルド!東宝でシシィをやった時は殺意を覚えましたが(立ち姿は嫌いではなかったけどね)ルドルフとオスカルの朝海さんは悔しいけど嫌いではないの(苦笑)

しかし、、、全員が一度に見られる分それぞれの出番が少ない。しかも自分が歌ってほしい人が歌ってほしいナンバーを歌ってくれるとは限らない。愛と死の輪舞とエピローグはやっぱり初演を務めた一路トートが歌うのは納得できる……っていうか一路トート、愛と死の輪舞の最後の方ですっ飛ばした部分があったような気がするんだけど 最後のダンスは春野トート、じい的にはいろいろ苦手な部分がある人なのですが一応歌ウマなのでこれも納得。ミルク~鏡の間、ここで姿月トートと麻路トートを間違っちゃったのよね~~違和感はあったんだけど姿月さんなのかなぁと思っていて後から考えてみるに麻路さんいつ出てきた?になってヒョエ~~ということに 麻路トートの演技の方向性は嫌いではないけど如何せん……以下自粛 でも1幕が終わった段階では代表的なナンバーはやっぱり歌える人を充てるよね~なんて思っていたのですが(爆!)2幕の闇広はさすがに怒り狂いました。ファンの人には申し訳ないけど何故に彩輝トート??? 大楽だけ来てワガママは言えないけど大ナンバーは歌える人にしようよぉ~~ってか姿月トートにしてくれよぉ~と。それと私が踊る時は瀬奈トートだったけど、出来たらまだこのナンバーがなかった時代のキャスト、一路トートか姿月トートでお願いしたかったなぁと。。。あと、1幕と2幕のちょっとしたオイシイ場面←じいの好きな場面ともいう(笑)のほとんどを瀬奈トートが持っていってしまったのが……別の人が良かったなぁ でも2幕終わりが水トートだったのは悪くなかったかな~~雪公演を観に行った時はあまりツボらなかったけど後からちょっと見直したのよね

シシィはてっきり楽は花總シシィで飾るのかと思っていたら出演なし でも今回の3人(白羽さん、大鳥さん、白城さん)もみんな良かったので文句なし。じい的には久しぶりに白羽シシィをナマで見られたのは良かったなぁと……ヅカ版シシィ的に←ここ大事 花總さんの次に好きなので。欲を言うなら1幕ラストの私だけにリプライズは麻路トートじゃなくて違う組み合わせで観たかったんだけどな~~ってまだ言うかという感じですが(苦笑)

じっくり見たり味わったりする暇がなかったのがちょっと残念。メモリアルコンサートとしては楽しめましたが、やっぱり一つの舞台として演技も歌も堪能したい派としては特定のキャストのバージョンの方でじっくり観るべきだったなぁと思いました。欲を言うなら全キャストから組に関係なくお気に入りの人をそれぞれのキャストに当てはめて超ワガママを通した組み合わせを作ってみたい プロ野球チームを作るゲームかいっ!と突っ込まれそうですが でも演出的に違う世代を組み合わせるのは結構大変だろうなぁというのも同時に思いましたね~~今回一度に歴代トートを見て感じたこと エリザベートという演目の変遷をドドーンと見せられたなぁと……プロローグで7人同時に出てきた時は迫力があった?!いや正直笑ってしまって、こんだけトートだらけだと黄泉の国一直線だろうと……それは置いといて じいの場合は宝塚版に加えて東宝版とウィーン版が入るんだけど、それぞれのトートの違いもあるし、年代別、例えば一路トートや姿月トートと水トートや瀬奈トートでも違うんですよね。宝塚版独特だったのがウィーン版に近づいていったり……もっと言うとウィーン版に近かった東宝版が最近は宝塚版に近づいていたり

何はともあれエリザに関しては小姑並みにうるさい奴だなぁと我ながら呆れました(笑)それだけ好きなのよ♪まぁ病気みたいなものですね 不治の……ね(笑)
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木の上の軍隊

2016-11-15 23:47:32 | 観劇記
11月12日ソワレの観劇記です。

~あらすじ~

実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。

ある南の島。
ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、
敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――

人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せて島の風を吹き込む。2016年、こまつ座版『木の上の軍隊』が新たに立ち上がる。

(こまつ座HPより)


2013年にこまつ座&ホリプロで初演された演目。今回はこまつ座の公演として紀伊国屋サザンシアターで上演され新兵と語る女のキャストを一新。じい的には今回の方が良かったかな~~何かストンと心に入ってくるものがありました。こまつ座の演目、特に戦争物というとサザンシアターという印象が根付いているせいかもしれませんがこういうのを観るならコクーンじゃないよねというところがあって 演出等々の違いはあった 正直言ってちょっと 他人事のように外側だけをなぞって観ていた初演の時の記憶が薄いので分からなかったのですがセットは同じだったかな……客席の配置はスタンダードなものに変わっていましたが(コクーンの時はステージ席っぽいエリアがあった)今回はドライで凝縮した空間で集中できたので物語の世界に入り込めました。

キャストのバランスも良かったですね~ 初演の時も決して悪くはなかったんだけど新兵役の藤原竜也くんの存在感や上手さが逆効果になっているというか悪くはないけど←しつこい(苦笑)何か違うんだよなぁと感じる部分があって……キャリアの長短は板の上に乗ってしまえば無関係なんだけど、今回はそこら辺が逆に松下洸平くんの初々しさが活きたというか、そのおかげで上官と新兵の関係性が良く見えていて多角的に様々なものが伝わったので良かったと思いました。「語る女」の役も前回の片平なぎささんから歌手の普天間かおりさんへ 立ち姿のスマートさという部分ではやっぱり片平なぎささんの方が上かなぁと思いましたが、今回の普天間かおりさんも大健闘!沖縄のDNAによって醸し出されているものがあるのかなぁ~~終盤、木の上で広がっていく基地を見ながら語る新兵と上官を木の下から見守り、木が発する言葉を代弁しているかのように歌う普天間さんの横顔にドキッ ウチナーンチュの本音に触れたような空気を感じました。。。

新兵と上官、、、うちなーとないちゃーの象徴なんですよね。もちろん単純にそれだけで語ることができるものではないんだけど……KYで(死語?!)屈託のない純粋で素朴な島出身の新兵。「何でそうゆうことをするのかねぇ、出来るのかねぇと変な気持ちがこみ上げてきます。命を懸けるということはでーじ凄いことと思うのですが、自分にとってはやっぱり不思議なことであり、そのようにありたいと願う一方、何でそうゆうことが出来るのかねぇと不思議な気持ちになる」と物凄~~く真っ当で至極普通の気持ちを上官にぶつける。これ、耳心地の良い沖縄のイントネーションで語られるセリフなんだけど、沖縄の人たちが置かれた複雑な立場と揺れ動く気持ちをズバッと言っているセリフでもあると思うのよね。でも国民や国という価値観にガチガチに縛られた上官には分からない。戦火の下で逃げ場を求めてガジュマルの木に向かう時に新兵は生き残っている仲間たちと共に行こうとするが、上官は自分が生き残るために誰も付いてくるなと追い払う。木の上の生活でアメリカ兵が落とした食料を受け入れる新兵に対して、人間じゃない奴らの食べ物なんてと拒む上官、それなのに戦争が終わった瞬間からその豊かな食糧を“食い漁り”ブクブクと太っていく上官と逆に病んで弱っていく新兵。思いっきり戦後の日本と沖縄そのものじゃない!!!何かね~~見ていて苦しかったです 自分たちのことを責められているようで辛かった それなら学術的に、政治的に、歴史的に、、、どれを当てはめてみても何が正しくて何が間違っているなんて言えないし、本土が全て間違いで沖縄が全部正しいのかと言うとそれも違うと思う。行き着くところに正しい答えも解決も存在しない。

「守られているものに怯え、怯えながらすがり、すがりながら憎み、憎みながら信じるんです……もう、ぐちゃぐちゃなんです」……新兵が吐き出したうちなーの本心。その複雑な心の機微は絶対に受け止めなければならないものだと思います。上官は木の上の生活の慰めに新兵から聞いた島の話(のどかな人間関係や緩やかな男女関係等々)をメモるんだけど、前のめりに興味を示しながらも←このこと自体は人としての純粋な好奇心だと思う どこか蔑視している感情が漂う……新兵が本当に心配して純粋な気持ちでアメリカ兵の残した食べ物を勧めるのにそこに裏があると思ってしまう上官
……もっと素直に対等に普通に向き合えば、、、凄く凄くもどかしいのよね。劇中に出てきた不理解という言葉。「無理解」とは違うのよね~~理解が存在しないのではなく理解を打ち消す。うちなーとないちゃーの関係そのものなんだなぁと 幼馴染の靴を探してあげた道、恋人と過ごした場所はアメリカ兵を殺した場所に変わってしまった、基地はどんどん広がっていく、それでも自分たちはこの島で生きていかなければならない……そういうことなんですよね、戦争は決して終わっていない、現在進行形で続いていること。無責任に他人事のようにアレコレ言えないけれど、そういう現実があるのを「知る」こと、、、頭ではなく肌で心で、それが大事なのではないかなと、、、それしか言えないな……。
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ふたりものがたり「乳房」~天上の花となった君へ~ 東京千秋楽

2016-05-20 23:56:39 | 観劇記
5月15日マチネ、東京公演千秋楽の観劇記です。

幕が上がってもう1週間経ったのか~~まだ1週間しか経っていないのか~~たかが1週間されど1週間、、、舞台は更に進化/深化していました。冒頭、内野さん演じるターさんが机に突っ伏しているところから顔を上げた瞬間にハッと息を飲みました 雰囲気が初日、そして2回目に観た時よりも遥かに違って感じたんですわ。そして波瑠さんも……登場した瞬間から波瑠さん、あるいは朝ドラのあさでもなくて夏目雅子さんなんだけどそれ以上にこの作品の中で生きている(もう天上の花になってる…か)里子そのものでした。1週間の中でこんなに違う風になるんだなぁと驚き半分喜び半分でググッと物語の中に入っていくことができました。

今回はターさんと里子の関係が浮き立ったドラマに心を掴まれました 当初感じた男のロマンティシズムはやっぱりその通りだと逐一ツッコミを入れながら聞いていたのですが、その狭間に里子の本心を垣間見たような気がするんですわ。もちろん聞き手の勝手な想像というのは承知の上なのですが……“ターさんが描く”里子はある意味一方的な視点ではあるんだけど異性の側からの気づきから見えてくる女には見えないオンナの真実というのが分かることがあって 共感できるとか自分も同じようにできるというのは別としてそういう部分ってあるよねと思えるものを里子に感じました。

……と同時にベタな疑問なんだけど里子は自分の病気に気づいていたのかなって。。。実際はどうなのかリアタイで知らないじいには分からないけれど、今回の舞台を観る限りターさんと里子の何げないやり取りだったり病室での悲しいけど愛が滲み出る絡みだったりを見聞きする中で何とも言えない間……主に里子が作るんだけど一瞬止まる表情や空気感が気になりました。もしかして勘づいている?本当のことまでたどり着かなくても何かを感じ取っている??お豆腐屋さんの件は見舞客云々に係る伏線みたいなもの以上に意図するような…と千秋楽の観劇では妙に引っかかってしまったわけですが……それでもなお、透明感が曇ることのない里子なんですよね~~ただ、終盤のところだけは違っていた。娼婦との情事を終えて病室に戻ってきたターさん。多分里子は同窓会だと言って出かけたターさんの本当の行き先を知っていたのかもしれない。病気になる前からそんなことは茶飯事だったわけだし。パジャマを着替える里子とそれを手伝うターさん、、、里子はターさんの手を掴んで自らの乳房に押し付ける。そこに里子自身のいろんないろんな思いが溢れていたんだと思うんですよね~~羨望、意地、プライド、愛情、寂しさetc. 全ての感情が綯い交ぜになった大きな里子の本心が溢れてきて涙以上の切なさと悲しみがこみ上げてきて……ちょっとだけ心に傷を刻まれたのかもしれません。

愛していると言えなかった二人、その関係の中に見える真実の空気感をヒシヒシと感じた千秋楽でした
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