じいの徒然日記

内野聖陽さんにfall in loveしたじいのおバカな毎日を綴った日記

M.バタフライ愛知公演 大千秋楽

2022-08-16 19:58:28 | 観劇記
7月31日マチネ、大千秋楽の観劇記です。

公演中止を経ての名古屋公演……開演10分前でも中止になってしまう厳しい状況下での大千秋楽公演。暗転して水の滴るような楽器の音が鳴り始めた時は本当に本当にホッとしました そして内野ガリマールが下手側に座っているのを確認できた時にはウルッと来てしまって……いろんな気持ちがこみ上げてきたんだなぁ~と

でも最初のセリフを発した瞬間から今までの何やかんやは吹き飛んで作品に引き込まれていきました……というか、発せられる言葉や喋り方や醸し出される空気感があまりにも自然すぎて圧倒されました もちろん東京初日から素晴らしかったのですが、これからどうなっていくのだろうか?一緒に時を重ねていくぞ!みたいな原石的な 感じで観ていたところがあって、進化/深化していった先に東京千秋楽があって、、、地方公演を経て更に高みに立ったものを見せつけられているようで魂持っていかれ警報発令(爆!)微塵の疑いもないガリマールそのものが存在していたように感じました。

今回は最初で最後!唯一のセンターブロックのお席。劇場が大きいのでセットも東京より左右広めに作られているような感覚??? なのでセンターと言っても新国立小劇場のセンターに近いサブ席とそんなに変わらない感じもあり、凝縮された息が詰まりそうな緊張感の有無という点ではどっちがいいのだろうか という気持ちはあったのですが(1幕ラストとか特に・・・ね)2幕終盤、ガリマールがマダム・バタフライに扮して自害するシーンだけは無条件に大劇場に軍配 天井から落ちてくる赤い花びら、そこから差し込む照明と板の上の埃が織りなす光の道筋が本当に美しくて美しくて……ガリマールの心が天に昇っていくような、そして自分自身のガリマールに対する思いが昇華されていくような、何だか潤んだ清々しさみたいなものがあったなぁ~~

いつもならガリマールばかりに目が行ってしまうというか思いっきりガリマールの脳内劇場に遊ばれてしまうところなのですが、今回はソン・リリンのことを見てしまうというか……ソン自身を見ていたというよりソンに投影されたガリマールの気持ちや視点を感じていたというのが正しいのかもしれませんが M.バタフライという作品がソン・リリンの嘆きの歌あるいは哀歌のように感じられたんですよね。スパイとしてガリマールに近づき誘惑し利用した事実はあったとして、それが共産党に忠誠心があったとか愛国心があったからの行為ではなさそうだし、隙あらば 自由な世界=西洋?に出たいと思っている感じもあるし……それに出会いも目的も関係性もスパイ活動だったとしても2人が関わっていく中でソン自身ガリマールに惹かれ利害関係なしに愛するようになっていたのではないかと思ったりして……ガリマールの脳内劇場から湧き出た感情ではあるけれど 逆マダム・バタフライ 一見するとソンはピンカートンの立場にあるんだけど、終盤ガリマールとの激しいぶつかり合いの中で逆転しているのでは?と感じさせるところもあったりして……結局ソンはピンカートンでありバタフライでもあったのではないかと思われ……。

ガリマールがソンに初めて出会う場面、、、マダム・バタフライを演じるソンの姿を初めて観た時の衝撃。今まで観た中で一番しっくり来たというか自然だったというか雷に打たれたという表現がピッタリの姿だったと思います。ものすご~~く納得できた!!!後に外見だけ見て好きになったみたいなことを言い放っちゃいますけど(苦笑) 酷い言い分だけど分からなくもないような……イメージ通りの人にやっと出会ってしまっちゃったよ!的な この時の内野ガリマールの表情や存在感が堪らなくストンと落ちてきてドキドキしました。その後に続く発展していく2人の関係や気持ちの流れまで納得させてしまうところに圧倒されてしまってこの後ず~~~っと引きずっていました。全てがここから始まって根底にずっと流れていて……。内野さんのインタビューの中で、人を好きになると自分の見たい幻想や理想を見がちになること、誰にでも起こりうる身近なこと、東洋人の役者が演じる限界と人間関係を見せる物語にもなること、、、等々の話が出ていたのですが、いまいちピンと来なかったんですよね~~もしかしたらそうじゃないか?こういうことなのか??と感じることはあったけど、歴史からのジェンダーからの人種からの様々な分野の情報量が多すぎて でも今回は頭を忙しくしつつも「あぁ~~そういうことだったのか!」と受け止められたのが良かったというか最後の最後やっとだよ!と投げかけられたものを少し返せたドヤ顔風味(笑)

ガリマール自身ある意味常識的な男、正確には“常識的な普通の男”になりたかった男だったのではないかと……いわゆる西洋の獣的な強い男に憧れ、そうあるべきだと思い込んでいたのかなぁと……そこから抜け出せなかった故の“悲劇”だったという側面はあるのかもしれません。同時に不安定であらゆる側に行き来できる特性を持っていて場合によっては良い作用を生む可能性もあるのかなぁと思うのですが、あくまでifの話なので 2幕、ガリマールがソンに「お前の裸を見せてほしい」と迫る場面でのガリマールの告白。彼女の服を脱がせなかったのは何を見ることになるのかどこかで分かっていたのかもしれない、自分が見ているのはピンカートンがバタフライに歩み寄り淫らな手で彼女の愛に報いようとしている姿、彼女のそばに着いた時にはピンカートンは消えていてその代わりにあったのは何かたらしい不自然なもの、何か愛に近いようなもの……多分ガリマールは自分と相手両方の“真実”に気づいていたのではないか、そうあるべき/正しいことだと思っていることから解放されて……「何かを超越したところに行けた」としたら幸せになれたのかなぁとか思ってみたり 結局ガリマールがバタフライを見つけたのはパリ郊外の刑務所、、、「私の名はルネ・ガリマール、またの名をマダム・バタフライ」……ガリマールの中にもまたピンカートンとバタフライが存在していたのかもしれない。そしてじいが行き着いた先は1対1の人間関係。人が人を思うこと、自己と他者を理解するということ、、、案外とってもシンプルなところでした。最も難しいことなんですけどね……うーむ

カテコ、キャストの皆さんが一列になってお辞儀をされた瞬間から感極まるものがありました。本当に本当に良かった……あらゆる奇跡と人の思いを感じて泣けてきました。内野さんの充実した表情と感謝に溢れた笑顔が嬉しくて嬉しくて 下手側にある椅子に座って靴を脱ぐ仕草をしたりセットを讃えて拍手をしたり、名古屋~愛知~~と叫んだり(地方でよくしてくださる公演地名の連呼は健在!)……3回目辺りだったかな、拍手が止んでセンターにいた内野さんが何か喋るのかな?みたいな雰囲気になった時に一瞬不自然な間の後に「・・・ありがとうございました」と挨拶 もあったりして……お互いを讃え合う充実感に溢れた後のちょっぴり開放的なお茶目なカテコでした

もしかしたら無理かもしれないと覚悟した名古屋公演。無事に大千秋楽の公演を観劇できてガリマールへの思いを無事に昇華できたことに感謝です
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祝!大千秋楽

2022-07-31 23:45:16 | 内野聖陽さん


M.バタフライ名古屋、無事に大千秋楽の公演を観劇することができました。開演10分前でも中止になってしまう今の状況なので家を出てからドキドキで劇場へ。9割9分9厘で新幹線から富士山を拝められるのに今日は頭は雲の下のまま……今日に限ってそれはないでしょ~と何でもそっちに絡めてしまっていたり 暗転して楽器の音が鳴り響いた時は本当にホッとしましたね~~そして内野ガリマールが現れた瞬間にウルッとして、劇中でもウルッとして、カテコはほぼ泣いていたような……内野さんのやりきった表情とあらゆる感謝が込められたピュアな笑顔が本当に本当に嬉しかったです。舞台は奇跡の積み重ねで「千秋楽おめでとうございます」は決して普通のことではない……そのことを改めて身に沁みて実感したM.バタフライでした

数年ぶりの懐かしい再会で、お互いに元気で会えたこと&変わらず内野さんを好きでいることを喜び合うこともできたし、今日はほっっっんと幸せな1日だったなぁ~~明日から日常に戻って真面目に生きよう(笑)多分しばらくバタフライの世界を引きずりそうだけど……既に帰路で引きずりまくってアレコレ妄想&想像中

おまけ 本日もお土産をば!

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M.バタフライ 東京千秋楽

2022-07-30 18:46:52 | 観劇記
7月10日東京千秋楽の観劇記です。

東京公演の千秋楽 客席も舞台上も昂っていたような空気感、そしていつも以上に熱い熱い演技で……しかもハプニング発生 2幕でソン・リリンが花瓶を割るシーンがあるのですが、割れた花瓶が岡本くんの足に絡まってよろけそうになってヒヤヒヤ 打ち掛けの足元を大きく振り歩きながら避けようとしていたのですが絡まってなかなか離れてくれなかったみたいで大変そうでした。何とか滞りなく進んだのでホッとしましたが、ほんの一瞬が大怪我に繋がるので本当に無事で良かったです

ガリマールの回想、脳内劇場、、、要所要所で登場する友人マイク。今回ふと思ったのが出没するタイミング……ガリマールが「強い西洋人の男」になっている時なのではないかと思ったんですよね。ソン・リリンとの出会いの後だったり、恋愛感情に任せてソンの元に向かう場面だったり、恋の駆け引きをしている時だったり……実際マイクは「俺たち西洋の鬼だからな」と言っているし。。。ガリマールには実際本当にそういう友達がいたのかもしれないけれど、この日はマイク=もう一人のガリマールだったのでは?と思ってしまって……今まで経験したことのないような感情だったり行動だったり、自分には無縁だと思っていたことが起きたことに自分の中でツッコミをいれていたのではないかと思ったり……あるいはガリマール自身の願望や理想がマイクという存在だったのか、はたまた彼自身の中に残っていた理性(と呼ぶべきなのか、正しい存在としていいのか??ではあるのだけれど)だったのかもしれないと思ったり……ふとホッとする存在でもあったりするので不思議な人だなぁと改めて。

ソンが真の姿を見せてガリマールに迫った時に「嘘の方を愛していたのに」と言い放ち外見だけを見て好きになったことを否定しなかった……あ~あ言っちゃったよ と毎回トホホな感じで観ていたのですが、内面は見ていなかったのか?西洋が東洋を蔑ろにしていたのと同じではないのか??それって本当の愛と言えるのか???とアレコレ考えていると想像と妄想は果てしなくてね←それもまた楽しいのですが(苦笑) 男性が創り出した女性を愛する……逆だったらどうだろうかとこれまた観る度に思うこと。女性の方が強かだからガリマールのように引きずられることはないのでは?と考えるのは自分自身が女性だからなのかもしれませんが(そういう区別もどうなんだろう)、女性が創り出した男性(←男がどう振る舞えばいいのか女性が一番分かっている)に対してどう思うのか……憧れる気持ちはあっても愛の対象にはなり得ないから自分の中では分からないというか本当のところは各々誰もが分かっているような、分かっていないようなことがあるのかもしれないと思ったりもするのですが、東洋と西洋にも同じことが言えるのかどうか……“弱い”東洋の裏にある本音を西洋は理解できないけど、西洋は外見でしか東洋を見ていないと言っている東洋の方もまた西洋の本質を見ていない、分かっていないのではないかと……ソンがガリマールの本音の本音、内面の内面まで読み取れなかったように。

脳内劇場の中のソン・リリン。シンプルにMバタフライという作品において物語を進めて観るために客観的?通常モード??舞台上の設定や会話を実際のものとして素直に受け止めればいいのかもしれませんが(真実と事実は違う、でも実際に起きたことではあるんだし・・・)、ガリマールの視点で語られているの脳内劇場の登場人物として捉えると、敢えてソンが男性という現実を見せたり冷酷なソンの姿を現したりするのはもしかしたらガリマールにとっては現実との決別→幻想に生きることを決意した表れではないだろうかと、特に2幕後半を観ながら思いました。裁判で最後までソンが男性ということを知らなかったと言い続けたということになっていますが、それは受け止めきれなかったとか現実逃避というのとは違うのではないだろうかと……本当は男性を愛していてソンのことも受け入れている自分がいることは分かっているのだけれど、プライドや彼の中だけの理性がそれを受け入れることを許さなかったのではないだろうかと感じました。それで行き着いた先が自分の思い描くものを現実にしたい気持ちが創り出したのがあの脳内劇場だったのかもしれないなぁと。。。ソンの愛を受け入れていたらまた違った結末になったのかもしれないですけどね。

ガリマールを罵り迫っていくソンとの対峙シーン。強姦者の視点の反転、西洋と東洋が逆転した設定でのやり取りを見せつけられるこの場面はヒリヒリしながらも爽快だったり しかも西洋の、白人の方が強者の社会であるはずのフランスの地で、西洋人=女性的な立ち位置=ガリマール/東洋人=女性に見せかけて実は男性=ソンというところが本当に興味深い面白味がある。しかも「東洋人である限り男にはなり得ない」といソンの言葉を被せてみると別のものが見えてきて、M.バタフライが単なるオペラの蝶々夫人の復讐の意味合いにはならないような気がして……ソンもまた西洋という他者を理解できていないように思えるのですがどうなんだろうか 自分にとって自分自身があるように他者もまた他者自身を持っている。どんなに相手を理解しようとしても自分自身と同じように理解することはできない……例えばその国の言葉を話せて住み慣れている国であってもそこで生まれ育った人とまるっきり同じにはなれないように。だから相手を尊重しましょうね~ということではなく、不可能なことを認めることが理解の一端ではないのかなぁと、そんなことを考える公演でした。

前回の観劇で気になったラストシーン、、、ソンが獄中のガリマールに微笑みかけた件。今回もう一度気にして観てみたのですが、ガリマールが幻想の世界で生きることを選んだようにソンもまたガリマールを引きずって生きていくように見えました。「バタフライ、バタフライ」という呟きがソンの哀しみそのものに聞こえてきました。お互いがお互いを思っていながらベクトルが違う故に交わらず分かち合えないまま新しい結末を探し続ける人生を歩むのかなぁと思うと何だか切なくて哀しかったなぁ。。。
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1年経過!

2022-07-26 23:54:03 | その他いろいろ

祝杯代わりのかき氷と妹への土産 手ぶらで帰ることを許されない辛さ(笑)


怒涛の如く駆け抜けた7月前半でしたが 後半に備えて体のメンテナンス。ちょうどオペ後の1年検診も入っていたし……経過良好で年イチ通院で大丈夫になりました。何かあったら速攻来るように念押しされましたが 子供の時のことからの思うことはいろいろあって難しい感情もあるのですが良いことだけ考えていくしかないのでね。でもまぁあの体調でよく劇場に行ったよねと去年のことを思い出しています。今思えばやっぱりしんどかったところはあった 我ながら凄まじい執念(苦笑)



今日仕事から帰ったら届いていました。MY初日に買うつもりにしていたものを追加購入。結局あやレイドちゃんグッズをコンプしてしまいました パンフも見れば見るほど観たかったという気持ちが沸き起こってしまうのですが、いつか必ず!そして秋にパーッと発散することにして前を向こう!!予定は未定で有給申請済みっ(笑)
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まさかの・・・(涙)

2022-07-19 23:35:23 | 内野聖陽さん
午後に友人からのメールで知りました。ここ数日で感染者が激増していて、アチコチの舞台で公演中止のお知らせを目にしていたので大丈夫かなぁと思っていた矢先の…… 内野さんのメッセージを読みました。大変な時に寄せてくださって申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでいっぱいです。

作り手、観客、様々な方向からの悔しさがあると思います。置かれている状況によって抱く感情はいろいろ。何気ない一言で誰かが傷つくこともあるだろうし渦中で辛い思いをしている人にかける言葉は見つからない……なので私の立場からは何かを発することは控えたいと思います。2人の回復と無事に役者道を突き進んでいく未来、ただただそれだけを願っています。きっとみんなもそれを1番に願っているのではないかと……
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冷静に(笑)

2022-07-17 23:51:43 | 舞台な話


久しぶりの3連休 金曜日の仕事帰りに抜歯してきたので3連休だったのは助かったかな~~って発熱も腫れもなくて全然大丈夫だったんですけど。いや~~まさに神業!歯学部最高峰の能力と技術、大学病院並みの対応に感服しました 通うペースもプラべに全く支障ないし……転院してホント良かった 予定なしで家でゆっくりなのも久しぶり♪何せ……ねぇ 先週までは休みはほとんど大事なお出かけが詰まっていたので 今まで後回しで放置していた諸々を順番に片し溜め込んでいた掃除に勤しみ……やりたいこと/やらないといけないことがあり過ぎて終わる気しないわ

M.バタフライ東京楽明けから非常によろしくない(笑)計画が頭を過ってしまいまして 博多に遠征できないだろうかと……観たい演目2つの公演期間が被っていて劇場間は徒歩圏内……さすがに交通手段と諸々のリスクと今更チケットを取るのは無理というので諦めましたが( 発表のタイミングが前後したのと、まさか公演中止になるなんて微塵も思わなかったから遠征は考えていなかったんですよね。それにじいの頭と心は器用ではないので掛け持ちは厳しいかなぁと。特に遠征となるとその世界にどっぷり浸かってしまうので……と断念する尤もな理由を無理やり出しているところはあるんですけどね

もう1つ 断念させてほしい(笑)計画が……秋に行く予定のコンサート 遠征する気は全くなかったのですがここに来て行っちゃおうかなぁ~と 同じ劇場に3ヶ月後に遠征、梅芸で旧友と観劇、博多にリベンジ遠征、どれも悪くないぞっ ガイズを一度も観られなかったのと東京の会場が音響ダメダメなのでもう少しマシな他劇場で聴きたいというのが大きいのですが……往復の交通費で1回、いやそれ以上だな、多く観る方が良いと自分に言い聞かせているところ。直球で優しくしてもらえる時間を過ごして癒されたけど観たかった気持ちが余計に募るし、戻ってくるチケット代+αでどれだけ行けるだろうと考えてしまうし、でもとにかく理性全開でいつも通りの行動を心がけなくては

今日放送だった行列のできる法律相談所。ミュージカルSPでお馴染みの顔ぶれがゲスト出演。取り上げられた演目で全員観てたー(笑)とても懐かしかったです……が!!!不意打ちすぎるまさかの……内野トート降臨 浦井ルドと闇広シーン。この組み合わせで映像が出るのは珍しいのではないかと……いや、ホント心臓に悪すぎます。録画は見たら消そうと思っていたのに消せないじゃないのよぉ~~
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M.バタフライ 4回目

2022-07-09 23:27:48 | 観劇記
7月7日マチネの観劇記です。

早いもので気づけば東京楽まであと少し。3回観て吸収してきたものを一旦リセットして武装 敢えて読まなかったプログラム+αを読み込んでガリマールの脳内劇場に挑みました。お席によって見えてくるものが様々なんですよね~~前方席だと表情から醸し出される空気感を堪能できるのですが、一方でこの作品だと脳内劇場にまるっと取り込まれてしまうので逆に見えにくくなるものもあって……ありがたいことに今回は2度目のスペシャル観劇。アレコレたくさんたくさん“着込んで”今回は負けるもんか!(何にっ 笑)と意気込んでいったのですが……やっぱり見事に完敗 何層にも重なり合い連なり合う作りに唸らされ、いろんな方向から飛ばされる言葉や気持ちに心を砕かれました。特に今回は人間の生々しさ、切なさ、哀れみ、滑稽さ、、、そんなこんなを時が経つごとに押し寄せてズッシリ。。。

ガリマールがソン・リリンを男性だと気づかなかったこと……「違い」が分かるようになりますように!と揶揄われる社交界の様子を獄中から見ている時のガリマールの表情。冷静に見つめているようで時折悔しそうな表情が垣間見られるような……でも眼差しは鋭くて強い。後にマイクが「お前はいつも美人が身を投げ出してくれるのを待っていた。他の奴にそういうことが起きるといつも聖者のように微笑んでいた。どうして自分にはそういうことが起きないのか」とソンに夢中になっていくガリマールをたきつけていくのですが、その時にふと社交界の会話を聞いている時の表情を思い出して…… 聖者のような微笑み、、、強がりと客観的な目線の両方があるように感じたんですよね~~今回のガリマールは。ソンが西洋の男は自分を客観的に見ることはできないと言うのですが確かにその通りではあるんですよね。肝心なところから逃げているというか後回しにしているというか……ただ同時に境界線を自由に往来し不安定な側面を持つガリマールだからこその冷めて?冷静に??物事を見るところがあるように感じて……ガリマールの脳内劇場なので言い訳に過ぎないのかもしれないけれど。

仕事の苛々と不倫の不倫のモヤモヤからソンに迫るガリマール、、、クズ男の典型だと思いますが お前の裸を見せてくれと迫った時の手と背中。。。ガリマール自身はこの時に何を見ることになるのか分かっていたと思うと言っていましたが(これまた言い訳なのか弁解なのか)多分本当にそう思っていたんだろうなぁとある意味自然に伝わってきたんですよね。彼が“普通ではない”こと……初めてポルノ雑誌を読んだ時のことや妻ヘルガの言葉に暗示されているのですが、そうだからこそ受け入れられる部分と拒絶する部分の両方があって、彼自身の肝心なことを後回しにする臆病な性質もあっての複雑なものが伝わってきたのではないかと思われ。。。ガリマールは自分の“特性”について気づいていたんだと思います。その一方で葛藤というか認めがたいところがあったのかもしれないと……ソンが裁判で証言している姿を指さして「あの男」と言おうとして「あの……あれが世界に向かって話している」と言ったところなんて露骨というか

2幕終盤でソンが本来の姿になってガリマールと対峙する場面。今までで一番痛々しくて切なくて哀れに感じました。「ただの男にあんなに時間を浪費してしまった」「嘘の方のお前を愛していたんだ」とムッシュ・ソンを受け入れないガリマールと、「もしかしたらあんたが欲しいのかも。もしかしたらふざけているだけかもしれないけど」「あんたは何かを超越したところに行きそうだったのに……例えば女とか」と嘘か誠かどちらにでも取れそうな態度のソン。じいはソンの本音だと受け取っているのですが、まぁこれも脳内劇場に出てくるソン像なので本当のところは??ですが。でもね、ここの2人のやり取りはすれ違いと重なり合いを繰り返しているように感じるんですよね。拒まれたソンはガリマールを自分の着ているものや化粧を愛しただけで想像力が足りないと言い、ガリマールは自分は想像力そのもので幻想と現実が区別できるようになったうえで幻想の中で生きることを選んだと言い返し自分の世界から出て行けと言う。同性を愛の対象としていることは分かっているのに許せない?それで男が生み出した女を愛することを選んだのがガリマールで、ソンに言わせればそれは上っ張りだけ見て中身を尊重していないんだけど、でも愛する気持ちそのものを否定しているわけではなくて、でも相手の本質を尊重する気持ちがなければ西洋人が創り出したマダム・バタフライの世界であり……ちょっとした縺れを解くことができたとしたら、もっと違う新しい結末があったのではないかと思うと心が重くなり……。でもね、、、ガリマールもソンも気の毒なところはあると思うのですが、その気の毒さゆえに他者を傷つけてしまっているというか……特にヘルガと離婚話をするところはホロリと 彼女が普通の夫婦として暮らしていた中国での思い出を語って「見せかけの暮らしはとっても幸せだった」って……見せかけの理想は決して本物ではないし残酷なものでもある。それに取り込まれるか、すがりつくか、あるいは決別できるか……ガリマールのことも重ね合わせるととにかく重かったです。

1幕ラスト、ガリマールとルネが結ばれる場面。ベッドに入る前の駆け引きから毎回ドキドキヒリヒリしてしまうのよね~~内野ガリマールが艶っぽくて罪なんですけど!!! 顎のラインとかもうぅ~~最高 ここの2人のやり取りはオペラで歌われる「かわいがって下さいね」の男女パートの歌詞を逆転させたセリフになっているのですが、そこが何とも象徴的というか皮肉的というか……そして2幕でガリマール自身がマダム・バタフライになって自害する場面でもう1度このアリアが流れ……1幕と2幕の対比が曲によって鮮明になるというか、じい的には音楽を通すと分かりやすく伝わってくるのでありがたいというか オペラに対する返歌がこの作品という捉え方もできるということですが、それだけではない人間の生々しさを思ってしまう???オペラの方でも演じ手によって感じ方が違うと思うのですが、このアリアを歌った時の2人の気持ちは何物だったのか……決して許してはいけない、許したくない意識や感覚を持ち合わせながらも、その瞬間の気持ちは本物だったのではないか、本能的/生物的なものとして否定できないのではないか……エトセトラ、エトセトラbyマイク。

あと、、、2幕ラストで獄中で佇むガリマールの方を見たソンの表情、、、何か微笑んでいるように見えたんですよね。今回だけなのか元々こうだったのか……次の観劇で確かめてみることにします
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星逢の夜に

2022-07-07 23:56:21 | 舞台な話
今日はM.バタフライを観劇 七夕の日に愛しい会いたい人に会えるなんて何て素敵なこと 職場で今日観に行くことを話した時に後輩ちゃんにそんな風に言われて初めて気づいたんですけどね(苦笑) じいの方は深化しているであろう楽近く、落ち着いて観劇できる平日公演、そして週休日と重なるとしたらココだ!という意識のみだったのですが……様々な感情が沸き起こって家に帰ってからも胸がズッシリ。切なくて哀れで滑稽で鋭くて……今日は生々しい人間の姿を見せつけられたような気がします 観劇記は後日改めて

当初、昨日は有給を取って超絶幸せな連休を送る予定だったのですが残念ながら公演中止になってしまったので有給は撤回!稼ぎに行ってきました……残業付きで 今頃は愛人に心地よい気分にしてもらいながらあやレイドちゃんを堪能していたのになぁ~とメソメソ思っていたのですが今日は更なる残念なお知らせ。バタフライの世界でズッシリ心に重しを乗せられてあーでもない、こーでもないとのたうち回っているところにリアルな世界でポッカリ穴を開けられてしまって……心地よい疲労と悲しい疲労が同時に押し寄せてくると結構しんどいものです

感染状況が心配になってきましたが、どうか、どうか、M.バタフライは10日の東京千秋楽を無事に迎えて地方公演の幕も全て無事に上がって31日の大楽をお祝いできますように ガイズは博多座では無事に幕が上がりますように
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M.バタフライ 3回目

2022-07-03 19:32:44 | 観劇記
7月2日ソワレの観劇記です。

1週間ぶりの脳内劇場 今回は中ほど辺りの下手側から観劇。初日、2回目とは違う視界で全体を見渡せた分少し突き放して観ることができたのが良かったです。特にルネとソンが同じ程度で視界に入る構図は2人のシンクロ性とアシンクロナス性を感じるので目に心に突き刺さってくるものが半端なくて やっぱり最終的には脳内劇場に取り込まれてはいたのですが(苦笑)作品の構造とか登場人物の心の方向性とかセリフの重なり合いとか……今まで入り込みすぎて逆に見えていなかったものを感じられたので充実した3時間半となりました そして今回もまたルネとガリマールの物語を辿って新しい結末を探り出し……。

幕開きから内野ガリマールの目にやられました!!!幻想の中のバタフライに恋焦がれる目、完全に「いっちゃってる」目だったのですが、その後に自分のことを語り始めた時の普通に戻ったというか冷静さが逆に狂気を帯びていて怖くて あとマダム・バタフライを演じているソンと初めて会った時の目、京劇姿のソンを見た時の衝撃を受けた目、語り部分と演じる部分で切り替わる目、男性に対する/女性に対する/幻想に対する……のその時々に入れ替わり立ち代わり湧いてくる気持ちが伝わる目……と行間を語る背中!!!空気感と存在感で伝わってくるものが凄すぎて頭と心のCPUが足りなくなるかと思いました そういうやり取りをできるお人を好きでいられる幸せを噛みしめたわ~~ムフッ

遠目から突き放して観るとガリマールがソンに利用され掌で踊らされているのが手に取るように見えるんですよね。物語の背景や人物設定、結末を知っているからソンの一言一言をそういう前提で受け取ってしまっているのかもしれませんが、ガリマールが“ツボる”ようなことを選んで、そして狙って言っているのが分かるような気がしました。しかもそれにガリマール自身が気づいていないところが哀れというかアホというか…… しかも今回は岡本くん演じるソンを離れて見てみると男性が演じている女性なんだなぁ~と納得させられてしまう感じがあって(初日は初見で緊張感ありで単純に綺麗だなぁと思っていたのが良くも悪くも慣れてきて演じる上での隙ができているのかな?と危惧しているところもあったりするのですが)……この作品で男だの女だの言っていることが無意味なのかもしれませんが、ガリマールが目の前で語っていることと実際に見えているものが少し違って見えたり感じ方が違うところに気づいて一種の「歪み」を楽しめた……適当な言葉かどうか迷うところですが、そういうのが味わえたところは良かったなぁと思いました。

劇中何度も語られる東洋と西洋。セリフに込められた東洋に対する偏見……「中国人は傲慢」「大変古い文明だけど古いというのは老化しているとも言える」「東は東、西は西、東西は交わらず」「イタリア語のオペラをどうやって勉強したのかしら?」まぁ聞いていて気持ちの良いものではありませんが、そういう(そうだった)んでしょうね~~実際には。ガリマール自身、不安定で境界線のあっちとこっちを浮遊している存在とはいえ、やっぱり根底には「西洋の鬼」「毛唐」の血が流れていて、いざ自分が“弱者”の中で強者になると背を向けていた男らしさを肯定するようになったわけだし フランス大使トゥーロンの一言一言もこれまた強か。外交官はウィーン条約がある上での国営のスパイみたいなものなので当然の姿勢ではあるのですが、その言葉の裏の意味に気づいていないガリマール。中国で暮らしているのであって中国人と暮しているわけではない、内部事情に通じている君の意見を聞きたい、、、どうして気づかないかなぁ~ともどかしかったです。カプチーノとかタキシードとか言ってる場合じゃないだろうって そんでもって西洋と東洋は自然な親近感があるって……ヲイヲイ でもガリマールとソンの関係がある上で西洋人であるガリマールにこう言わせたのは作り手の企てがあったのかなかったのか???

2幕後半、ガリマールの裁判の中でソンがぶちまけたこと……男は自分の聞きたいと思っていることは必ず信じるからどんな酷い嘘をついても気づかない、西洋の男は東洋に触れるとすぐに頭はグチャグチャになって強姦者の目(口ではNOでも心はYESと言っている思考)を持つ。そしてガリマールとの関係について、彼は理想の女性に巡り会って本当に女性だと信じたかったこと、東洋人は完全に男であり得ないことを挙げる。ムシュウ・ソンの口から言わせたことが凄いなぁと毎回思っているのですが、、、この証言を導き出した裁判官=フランス人、ソンの理論で言うと西洋の男ということになるんだろうけど、「なぜ20年間も男だと気づかなかったのか?」の問いかけがソンの言う「自分の聞きたいと思っていることは必ず信じる」のドツボに嵌っているから本当に皮肉的。「だからあんたがたは東洋との付き合いに失敗するんだ」と言われても無理ないのかなと歴史的に見てもね……インドシナ戦争やベトナム戦争は典型的だと思う。。。

でもソンの中にも様々な考えがあったと思われ……ガリマールに言った「中国の男は私たちを抑えつけていて、新しい世界でも女は無知と言われるの」「西洋は進歩的な世界」「中国は昔世界を支配していたのかもしれないけど今の世界を支配している方が面白い」という言葉。ガリマールが気に入るように、その時演じていた女性ソンとしての「セリフ」という面はあるのかもしれませんが、どこかに本心が混じっているように感じていたのよね~~そして一種の偏見と憧れと屈辱も。東洋の陰の部分が垣間見えるのがスッキリしっくり来るのがこの作品だと思うのですが……ド田舎の忌々しい人民公社だの芸術は大衆の為にあれのスローガンで芸術家を貧乏にしているだの……凄っ こういうのを見ているとソンも決して恵まれた立場ではないし進んでスパイ活動をしていたようにも思えず……しかも男性が好きとなると……ガリマールのことが本当は好きだったとか、それを利用してでも自由な世界→西洋に出たかった気持ちがあったのかなと思ったり……。

「時には同じ気持ち」、、、最初の方でソンがガリマールに言った言葉。単純に両想いと捉えていいのかもしれませんが、今回はずっとこの言葉が引っかかっていて観劇中ずっと頭をグルグル。同じ男だということを意味しているのか、男同士愛し合えることを意味しているのか……如何様にも考えられる意味深な言葉だと思います。前回でもヒリヒリ堪らなかった1幕と2幕で同じやり取りをする場面、、、「小さくてもくつろげるカフェがあったらいいのに。カプチーノ、タキシード、国籍不明のジャズ……」何だか今回は2幕の方のこのセリフが切なくて切なくて ソンが真実の姿を曝け出したゆえにガリマールは現実と幻想の区別ができるようになって幻想を選んだ……とまぁガリマールの言い分ですが。「男が生み出した女を愛してしまった男。私が愛していたのは嘘の方だったのに」って……あ~あ、言っちゃった ここの2人のやり取りを聞いているとオーバーラップするのが1幕の同じやり取り。全体を見渡せる位置から観て改めてよくできた場面でありちょっとお気に入りになってきている場面でもあります

幻想を選んだガリマールが「私はとうとう彼女を見つけました。パリ郊外の刑務所、私の名はルネ・ガリマール、またの名をマダム・バタフライ」と蝶々夫人の自害のシーンを演じるところ。ふと頭を過ったのがソンが初対面の時に言った「もし西洋の女が日本人ビジネスマンを好きになって、彼は帰国して別の女性を妻にする。女はケネディ家の息子の求婚を断って待っているが別の女性と結婚したことを知って自害する。それなら馬鹿な女ってことになるでしょ?」というたとえ話。悔しいけど目の前のガリマールを見た時にそういう感情が湧いたんですよね~~愚かというか哀れというか。マダム・バタフライなら成立しても逆は成立しない現実。ものすご~~く皮肉的な場面とも捉えられるのかなと。。。幕切れの場面、、、セットの上で「バタフライ、バタフライ」と呟き思いにふけるソン、下でソンとは逆方向に向いて幻想の中に生きて佇んでいるガリマール。思いは違っているけど同じでもあり……この作品を1枚の絵画で表したような印象的な構図でした

ガリマールが「最後には私を理解し、妬みすら感じるようになる」と言ったから……というわけではないのですが、この日は妙にマダム・バタフライの曲が耳について離れなかったので帰宅後にオペラの方をざっくり見直してみるという“暴挙”に ガリマールのお気に入り、二重唱「かわいがって下さいね」は何度聴いても思うけど純粋に曲だけ聴けば美しいと思うし、テノールで甘く歌われればクラクラ~ と来ちゃうのも無理ないかも?!この種のイタリアの曲調は馴染みがあるというか楽器で弾きたくなってしまう衝動にも駆られるし!でも概して作品的にはやっぱりモヤるモヤる……こんなんの何が良いのかね?なーんて思ってしまうわけですが そして愛の二重唱の双子な曲 Last Night of the Worldに突入。好きな人が歌っていたのを聴いても拭えませんでした 妬みどころの話ではなく……「ピンカートンを蹴飛ばしてやりたいと思いながら彼になれるのに結構ですという男はほとんどいない」というのもどうしてそうなるんだか……ねぇガリマールさん(苦笑)
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M.バタフライ 2回目

2022-07-02 15:00:45 | 観劇記
6月26日マチネの観劇記です。絶賛ネタバレあり

初日から1日置いての2回目観劇。結末を知ってからの最初から観ているということで新たな感情が湧き怒ったり前回の思考や心模様を軌道修正したり……ますますのめりこんでいってます 今回は最前列のスペシャル観劇。独白の視線上だったのでドキッとすることが何回あったことか それでなくても脳内劇場の中に引きずり込まれているのに……心臓に悪すぎますっ 大好きな内野な手に萌え、目の前で繰り広げられるヒリヒリするやり取りに頭が真っ白になり、脱ぎ捨てられた下着に余計な心配をしてドキドキ(爆!)

いろんな意味でスミマセン 真面目な?話に戻して

冒頭、独房で座るルネ・ガリマール……幻想に思いを巡らせていたのか突然立ち上がって振り返り、見上げたその場所には京劇姿のソン・リリン。両手を掲げて「バタフライ~」と恋い慕う ルネ。結末を知っていたせいか、その姿が何か哀れでね~~しかもその「バタフライ」の言い方がこれまた!!!劇中のこの呼びかけには何か嫌悪感を感じてゾッとするのですが、この場面だけは何か心に沁みたんですよね~~と、のっけから今回もスーッと物語の中に入り込み……。

ルネが京劇を観に行ってソンと街に繰り出していく場面。2人が良い感じに並んで座った時にソンが「カプチーノ、ちょっとカフェできるような所があればいいのに」みたいなことを言うんですよね。この場面は2幕終盤でもう1度繰り返されて、今度はソンが本来の姿=男性の恰好で同じようにルネを誘うように言うところがあって……。最初の方は男性と女性の恋愛一歩手前のよくあるシーンで、後の方は男性が男性を誘っていて、でもそれは男女の恋愛と何ら変わりのないことで、ソンはスパイとして女性の振りをしてルネを誘ったけど実際は違うところがあって本当に好きになっていた(と観ていて思っていて)……この作品を通して男女の性、東西の洋、支配と被支配などなど様々な対比が興味深いんだけど、この場面が頭の中でシンクロするところが堪らなかったです。

ラスト近く、あのルネの姿を見て……最終的にルネは男性でも女性でもなく(その区別の仕方がそもそもナンセンスなんだと思うけど)自分の中の“バタフライ性”みたいなものに辿り着いたのではないかと感じました。結局、理想や幻想を他者に求めることはできないし思い通りにはならない、それらは自分自身の中にあるのかなぁと……そこら辺を騙し騙され自分勝手に折り合いをつけて生きていくのが大半だし賢い大人であり“正論”なのかもしれませんが、それが本物であり真実なのか???見方によっては世の中の方が歪んで見えるというか……。ただ、自分自身の中にある理想や幻想も歪んでいて、男ゆえに理想の女を創り出すことができるというもの(逆も然り、どちらも激しく同意できる・苦笑)。ルネ自身がマダム・バタフライ=女性になるということ、、、幻想の世界で生きていくことに決めた姿であり、そこに取り込まれていった証でもあり……男である自らが創り出した理想の女自身になった。そして一方のソン・リリン。女性の姿をして近づいたけど実は男性としてルネを好きになっていっていた 最終的に自分の真実の姿を曝け出すことで本当の意味で愛されることを求めたが逆に受け入れてもらえなかった。マダム・バタフライの再来物語だったのか、逆マダム・バタフライの物語だったのか……どちらとも言えてどちらとも言えない、そもそもどっちがこっちで、こっちがどっちで、、、そんなこんなを言っていること自体が意味のないことのように思えるのですが、そこら辺の被せ方が本当に上手い戯曲だなぁと混ぜ返される頭の中で感心してしまうというか中毒的な知的快感。

ルネの脳内劇場、人と人の絶妙な関わりを描く一方で考えさせられる時代性や社会性。描かれている時代や戯曲が書かれた時代から数十年が経っていて、今の時代なら受け入れられることがあると思うんですよね~~制度的にも感情的にも。同性愛だったり中国の現状だったり各国のバランス状況だったり……ある意味予言的で皮肉めいているから時にグサッと時にクスっと。ルネやソン、友人のマイクが客席に語りかけるセリフがあるのですが、その当時客席にいた西洋の人たちはどう感じたのか?今ならどう感じているのか??あるいは東洋の人間は何を思うのか?ふとそんなことを思ってしまいました

今回ふと目に留まったのがルネの妻・ヘルガ。今の女性的には一番受け入れやすいタイプなのかもしれません。自分の意見をきちんと言えて一人の人間としてプライドを持って生きていて、その反面カワイイところや弱いところもあったりして……「蝶々夫人であれこれ言う人もいるけど音楽を純粋に楽しめばいいのに」という一言は良くも悪くも重いというかアレコレ考えさせられるなぁと思いました。そうなんですよね、、、音楽や役に罪はないし一番シンプルな考え方なのかもしれない。そう言い切ることができるところに一種の棘を感じてしまうので素直に割り切れないんだけど そうできないルネの複雑さと対比するような面白味はあったかな……ルネの自由さというよりは不安定さというのかなぁ~~自分が生きてきた社会では持て囃されるような理想の男性にはなれないと感じ、それに背を向け疑問を抱くようになった。しかしその“理想の男”になれた時から今まで疑念を抱いていたものを肯定するようになっていった……いや、元々そういうものを持っていただけなのかもしれないけれど。まぁね、、、クズなんだけど(爆!)方向性が違えばもしかしたら賢い人間になれたのかもしれないのかなぁと思ったり、その賢いって何だろうと思ったり。。。

衝撃的な場面の後の静寂、独房に座り俯くルネの姿で終わるラスト。この一瞬でルネの脳内劇場から現実に引き戻される……その時の視線と背中から醸し出される空気感が堪らないのですが 目の前で繰り広げられてきたのはルネの理想であり幻想なのか、真実はどこにあるのか、嘘のようで嘘でもなく……。あーでもない、こーでもないと観終わった後に考えること、こうして書いている感想もそうなのかもしれないですけどね なかなかに興味深い
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