愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

「 大法寺マリヤ像と妙見信仰1」

2000年06月08日 | 八幡浜民俗誌

 八幡浜市有形文化財に指定されている石造物に大法寺マリヤ像がある。市内大門にある大法寺の山門をくぐって左側の小堂に安置されている坐像であるが、中央に袈裟を着した人物と、台座に亀が彫られている。 さて、このマリヤ像は、江戸時代に製作されたものと思われるが、戦前においては、これが何の像であるのか不明であったらしい。それを戦後、芸術院会員である平櫛田中、医師の谷泰吉らによって、隠れキリシタンのマリヤ像であると認定され、昭和三十六年に市の有形文化財に指定されたのである。 マリヤ像と認定した根拠は、像に刻まれた線香立てに十字の紋があることというが、私は、これを以て隠れキリシタンのマリヤ像と断定するのは早急ではないかと考えている。というのも、マリヤ像と断定するには、台座に彫られた亀について説明がつかないし、彫られた人物もマリヤとすれば女性ということになるが、像容は両足を大きく開いて座っており、とても女性とは思えない座り方だからである。 この像はマリヤ像ではなく、むしろ妙見菩薩と考えるのが適当ではないかというのが私の見解である。 妙見菩薩とは、もともとは北極星を神格化したもので、北辰菩薩とも言う。天台宗寺門派では、吉祥天と同体とされている。中世には武家により軍神として祀られ、のちに日蓮宗寺院で広く祀られるようになる。これは日蓮が伊勢の常明寺で北辰を感得したという由縁から、日蓮宗の守護仏として位置づけられ、その布教活動により、民衆に浸透していったのである。日蓮宗以外でも密教、修験道で祀られる、庶民の間で広く受容された信仰であった。 妙見菩薩の一般的な形は、右手に剣、左手に宝珠を持って亀に乗るものであるが、『望月仏教大辞典』によると、妙見は「蛇走青亀の背に立つ」とあり、日本で造像されたもので亀に乗っているもののほとんどは妙見であるとされている(参考『日本石仏図典』)。例えば、大分県西国東郡真玉町臼野には江戸時代に彫られた妙見菩薩の石像があるが、これは亀に乗っているものであり、また、群馬県邑楽郡板倉町石塚にある浅間神社にも妙見菩薩像があるが、これは衣紋の彫り方、姿勢、足の開き方が大法寺マリヤ像と似た形をしている。大法寺マリヤ像は剣や宝珠を持っているわけではないが、台座に彫られた亀から推察すると、これは妙見菩薩と考えられるのである。(つづく)

2000年06月08日 南海日日新聞掲載
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