愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

愛とオレンジ 互いに似ている

2011年08月31日 | 日々雑記
愛媛産には愛がある。

愛媛の特産のみかん。

カタカナ言葉だと、オレンジ。

アルゼンチンの民謡に、次のような歌詞がある。


愛とオレンジ 

互いに似ている

甘いなかに

いつもちょっぴり酸っぱさがある。


(ピエール=ラスロー著、寺町朋子訳『シトラス(柑橘類)の文化誌』一灯舎、45頁より)


みかんを送ろう。愛を送ろう。

みかんを運ぼう。愛を運ぼう。

EHIME ORANGES with LOVE




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柿・蜜柑 八幡浜を表す俳句

2011年08月30日 | 日々雑記
芭蕉の句。



祖父親孫の栄えや柿蜜柑

(おおじおや まごのさかえや かきみかん)



柿や蜜柑の成る場所が親から孫の代まで栄えることを言っているように聞こえる。

実際には、堅田の豪商を讃えたものらしいが。

この句、私は八幡浜の風景と照らし合わせて考えてしまう。

そう。富士柿に温州みかんをはじめとする様々な柑橘。

八幡浜の柿、蜜柑。この景観が将来にわたっての栄えのシンボル。

気に入っている句です。





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宮城県の被災状況

2011年08月29日 | 災害の歴史・伝承
もう2ヶ月が経ちましたが、6月に東北地方の博物館を数館訪問して、震災の被災状況や文化財レスキュー等の活動の現況についていろいろ見たり、話を聞いたりしてきました。知人のいる博物館を訪ね歩き、多賀城市や石巻市の市内の状況も見てまわりました。

特に石巻市については、地形や市街地の構成が愛媛県の南予海岸部の街とも似ている為、被災の状況を、南海地震の際の愛媛での津波被害を想起しながら街を歩きました。港湾部の被害、橋の被害、病院の状況など。震災後3ヶ月で復興も徐々に進んでいる状況でしたが言葉を失いました。石ノ森漫画館も見てきましたが、海岸近くの中洲で被害を受けつつも、周囲の建物が流されている中で毅然と建っていました。中に流入した土砂の除去などの応急処置の作業がボランティアの力で進んでいた状況とのことでした。

写真は、石巻市の石ノ森漫画館に渡る橋。


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遠野市立博物館「文化財を救え!」展

2011年08月25日 | 災害の歴史・伝承

現在、開催されている岩手県の遠野市立博物館での展示の紹介です。


「文化財を救え!~東日本大震災と文化財レスキュー~」
会期 平成23年7月22日(金)~9月29日(木)<8月31日は休館>
会場 遠野市立博物館企画展示室内

http://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/35,13270,166,html


平成23年(2011)3月11日の東日本大震災のために、岩手県三陸沿岸では、多くの貴重な人命や、家・職場などの暮らしの場が奪われ、長い歴史の中で大切に育み、守り、伝えてきた地域の宝である文化財や、文化財の保護保存に中心的な役割を担ってきた博物館や図書館が壊滅的な被害を受けました。

そして被災した人々が、ガレキと土砂の下から必死に探し求めたのは、生きるための家財であると同時に、大切な家族の思い出の品や写真、地域のきずなのシンボルである郷土芸能の道具などの文化財でもありました。

岩手県遠野市は、北上高地の中央に位置し、古くから三陸沿岸と内陸を結ぶ交易の中継地として栄え、特に今回の津波で大きな被害を受けた三陸沿岸とは、車で約1時間の距離にあって、歴史的・文化的に深いつながりをもってきました。

そのため遠野市立博物館と遠野文化研究センターでは、三陸沿岸の被災した文化財を回収し、応急処置を施す「文化財レスキュー」に組んでいます。このテーマ展では、これまでの遠野市での取り組みを中心に紹介します。

救い出された文化財は、東日本大震災を乗り越えたという新たな歴史的価値を与えられ、三陸沿岸に生きる人々の誇りとなって、未来を生きる大きな力となるものです。その被災地の文化の復興支援に携わることこそ、被災地に寄り添って生きる遠野の人々にとっての「誇り」であり、新たに刻む「歴史」なることを願って開催するものです。


<主な展示資料>
3月11日で止まった時計(釜石市) 館蔵
3月11日で止まった時計(山田町) 館蔵
昭和8年「昭和三陸津波関係書類綴」 大槌町立図書館蔵
釜石の虎舞頭 所有者捜索中
岩手県沿岸溺死集(山奈文書) 館蔵
陸前高田市からレスキューされた土器片 陸前高田市教育委員会
世界最大級のオオジャコガイ(右殻) 陸前高田市立海と貝のミュージアム

協力 陸前高田市立海と貝のミュージアム、陸前高田市立博物館、大槌町教育委員会、岩手県立博物館、岩手県教育委員会、岩手歴史民俗ネットワーク

なお、主な展示資料のうち、釜石市の虎舞の頭は、釜石市役所近くで見つかったもの。展示開始段階では所蔵者不明で「所有者捜索中」したが、その後、同市内の「只越虎舞」のものと判明しています。










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定規を「さし」と呼ぶ事

2011年08月24日 | 口頭伝承
小学生の娘が面白いことを教えてくれた。「学校で先生は定規のことをサシって言うんで~」と。

そうである。小学生は既に使わないかもしれないが、「さし」は方言である。共通語ではない。先生が気づいていないだけだ。その指摘は正しい。

君が大きくなって東京に行ったときに定規を「さし」といっても通じるとは限らない。これは父の私がハタチの頃に東京で身をもって体験したことである。

愛媛の中高年以上は、定規のことをわざわざ「定規」とはいわない。「ものさし」も4文字で長過ぎる。「さし」で充分通用する。

ただ、これは愛媛独特の方言ではない。『日本国語大辞典』によると、ものさしの方言で「さし」を使うのは次のとおりである。

青森県上北郡、秋田県鹿角郡、滋賀県蒲生郡、京都、大阪、兵庫県明石郡、和歌山、島根県那賀郡、徳島県、愛媛県、高知県

主に近畿から中四国の西日本であるが、一部東北地方にも見られる。関東、中部、九州には見られないという傾向が『日本国語大辞典』から読み取れる。

実際には、ここで挙げた地域以外にも「さし」方言は分布している可能性が高いが、これが大まかな使用分布域である。

では、なぜ「さし」なのか?

江戸時代中期の国語辞書である『和訓栞』には「さし 度をいふは指渡る義。物さしともいへり」とあり、これが非常に興味深い。つまり、定規で度(寸法、長さ)を指し渡して測ることに由来すると解釈できる。「定規をあてる」という行為が「さす(指す)」であり、これが名詞化して「さし」になったのだ。

となれば、「ものさし」が先か、「さし」が先かという問題が出てくる。現在、一般的には、共通語が「ものさし」であり、その方言として「さし」が出てくると考える向きもあるが、逆ではないのだろうか。

「物にあてて(さす)度を測る」から「ものさし」というのだろうが、わざわざ「もの」を接頭しなくても通じる意味であるのだから、「さし」ありきでいいのではないか。これが江戸時代に江戸を中心に「さし」が通じにくく「もの」を頭につけるようになったと考えた方が自然だと思う。それが明治時代以降に東京方言として「ものさし」が学校教育等を通じて全国に広まって共通語のようになったのではないか。

ただし、江戸時代以前に関東方面で「ものさし」以前の「さし」に対応する古い呼び方はあるのか、そこは疑問として残る。

以上は、推論の類であって、きちんと文献収集しての結論ではない。ただ、手元の辞書やら文献を眺めてみて、「ものさし」の語は『節用集』には「裁尺 モノサシ」とあるものの、江戸時代以前の文献には「さし」に比べて多く出てくることはない。「ものさし」は比較的新しい言葉のような印象があるのだ。



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山口県の柱祭り

2011年08月20日 | 年中行事
先日8月19日に、山口県周東町祖生山田の柱松を見てきました。八幡浜市五反田の柱祭りに類似した盆の火投げ行事なので、その比較検討するために行ってきました。急ぎ足の調査でしたが、いろいろと収穫あり。

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ハイチ絵画展 八幡浜市民ギャラリー

2011年08月19日 | 日々雑記
八幡浜市民ギャラリーで開催中の展示を見てきました。

第19回メセナ八幡浜美術展
「カリブ海の詩情と芸術―ハイチ絵画展」

メセナ美術展、もう19回目ですか。来年は区切りの20回。ご苦労さまです。

会期 8月6日(土)~9月25日(日)会期中無休
時間 10時~18時
会場 八幡浜市民ギャラリー
住所 八幡浜市本町60-1  
TEL 0894-22-0917

http://www.city.yawatahama.ehime.jp/mecenat/home.html


同時開催の「東日本大震災被災地支援活動報告写真展」も見てきました。愛媛県緊急消防援助隊が震災直後に岩手県遠野市を拠点に釜石市での救助活動の様子が紹介されています。

さて、8月27日(土)は、今回のハイチ絵画展関連イベント満載です。

三階バルコニーでは、ハイチカフェがオープン。(その他、21日、9月11日、17日にもオープン)

視聴覚室では、13:30~と14:30~チャリティ上映会、講演会「ハイチを知り、ハイチを語る」があります。講師はフォトジャーナリスト佐藤文則氏。

あと、その日は13:30からギャラリートークもあります。(その他、9月10日、24日にもギャラリートークあり)

また、会期中、市内の飲食店で協賛クーポンが使えます。私は、お寿司の「こけけ」さんのランチ割引を使いました!

9月25日まで。


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番組 うわじま牛鬼まつり 8月21日(日)13:00から

2011年08月18日 | 祭りと芸能
番組のお知らせです。

ITV あいテレビ

ダイドードリンコスペシャル
暴れ牛鬼 夏の陣 ~うわじま牛鬼まつり~

8月21日(日)13:00~13:54

番組の紹介ページはこちらです。

http://www.dydo-matsuri.com/list/uwajima/tv.html




ダイドードリンコスペシャル日本の祭り。去年は愛媛県八幡浜市の「川名津柱松神事」を取り上げていただきました。


http://www.dydo-matsuri.com/archive/2010/kawanadu/index.html


ダイドードリンコさんは、毎年20箇所程度、全国の祭りをホームページ「日本の祭り」で詳しく紹介し、テレビ局の番組スポンサーとなって各地の祭りを1時間番組として放映しています。

地方局でここまで力を入れて取材、編成、放映することができるのもダイドードリンコさんが支えているおかげでしょう。視聴率重視だけの発想では、このような番組は継続できないと思います。

地元のお祭りを地元のテレビ局が詳細に記録撮影の意味も込めて番組に仕上げる取り組み。案外、ありそうで少ない。賑やかなお祭り、祭礼は取り上げられることが稀にありますが、地域の年中行事となるとほぼ皆無。

このダイドードリンコスペシャルのような毎年継続している番組は、地元を再認識するきっかけになりますし、将来への地域遺産アーカイブとしても貴重だと思います。

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岩田書院新刊『石造物が語る中世の佐田岬半島』

2011年08月17日 | 地域史
市川高男、黒川信義、高嶋賢二編『石造物が語る中世の佐田岬半島』が岩田書院ブックレットとして刊行されます。「佐田岬半島の各所で確認できた石造物が1400点以上にのぼり、それらは作られた時代もさまざまで、さらに8種類もの石材で作られていて、その石材の産地も西日本各地に広がることが明らかとなった。これまで文献史料に全く出てこなかったこれらの物証は、今後もっと大きな意味を持ってくる」(「あとがき」より)


岩田書院のサイトはこちら。

http://www.iwata-shoin.co.jp

佐田岬みつけ隊のみなさま、刊行オメデトウ!そしてご苦労さまでした!






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和歌山県田辺市 南方熊楠

2011年08月16日 | 日々雑記
昨日から和歌山県田辺市に来ている。目的は盆行事の調査だが、この田辺市は田辺祭の傘鉾や山車も有名であり、そこにも惹かれ、また熊野信仰とも関わりが深い。また、柱松行事も行なわれていたところ。そして何より、南方熊楠が居住していた場所である。興味のあることだらけで、以前から田辺には行かねばならぬと思っていたので、それが実現して満足。

写真は、南方熊楠顕彰館に保存されている書斎である。

本当は一週間ほど滞在したいのだが、お仕事が待っている。これから愛媛に帰らねばならぬ。

名残惜しい。


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五反田柱祭りと金剛院の伝説

2011年08月15日 | 年中行事
ごく最近の出来事。7月下旬のこと。私は愛媛県八幡浜市の五反田柱祭りの記録撮影のため、五反田地区に行った。この柱祭りは愛媛県指定無形民俗文化財であり、盆の火投げ行事として知られている。盆の行事なので精霊供養や新仏供養という意味合いかといえば、実はそうではない。非業の死を遂げた修験者の霊を慰めるための行事として江戸時代以前から連綿と続けられている。

祭りの由来伝承は戦国時代に遡る。当時この五反田にあった元城が、土佐長宗我部氏に攻め込まれる際に、五反田から九州に修行に行っていた修験者の金剛院円海法印が知らせを聞いて急ぎ戻ったところ、敵と間違えられて射殺されたという伝承がある。

その後、五反田に疫病が流行した際、神官が「これは金剛院の祟りに違いない」と主張し、その霊を慰めるために盆の8月14日に川原に約20メートルの柱を立てて、その頂部に据え付けられた漏斗に、火のついた麻木を投げ入れるという行事が始まったといわれている。この行事の開始は、戦国時代とも江戸時代初期とも、あるいは幕末ともいわれ、諸説あってはっきりしないが、少なくとも戦国時代に金剛院が誤殺されたという伝承は既に江戸時代には知れ渡っていたようである。

さて、この修験者・金剛院は現在、五反田の中で金剛院神社として祀られている。数坪程度の小さい境内であるが、祠があり、その中に無縫塔が安置されている。無縫塔とは僧侶や修験者の墓石として用いられるもので、これが一種、神社のご神体となっている。

金剛院や柱祭りにまつわる祟り話は現在でも五反田で生きづいている。先日聞いた話では、金剛院神社境内の銀杏の木の枝を切ったら、家族に不幸があったので、もう関わりたくないという話。他にもある。ここでは書く事ができないが、地元五反田の人に言わせれば、そんな祟り話は枚挙にいとまがないという。明治時代にも祭りが派手だということで警察から中止命令が出て一年止めたとたん、悪い病気が流行ってその後は毎年続けられている。最近の話も記しておきたいが、リアルすぎるのと、個人が特定される恐れがあるので、具体的には紹介できない。地元では、いまだ金剛院の霊は鎮まっていないと認識されているようにも感じる。

さて、金剛院神社に案内してくれた地元の方のご配慮で、祠の中の無縫塔を見せていただいた。中には他に霊璽もあったのだが、何故か転がって倒れていたので、丁重に拝んで立てておいた。少し気味が悪いというか、金剛院のいろんな話を聞いた後だけにいわばご神体を直接触ることには鳥肌が立った。一通り、境内を見せていただいて、同行の方と一緒に歩いて帰りながら世間話をした。金剛院神社を出て、川を渡る橋の上で「そういえば今日は蝉の声も聞こえないな。異常気象で今年は蝉が鳴き始めるのが遅かったから」と彼は言った。

夏真っ盛りの昼間の会話である。近くは雑木林の山に囲まれている。当然、蝉も泣き続けている。少なくとも私の耳にはうるさいくらいに聞こえる。

地元の同行者の聴覚に異常が出たのだろうか。まさか、金剛院の祟りなのか。そしてその会話は、金剛院神社前の橋の上での会話だったので、余計怖さを感じた。しかも、偶然以外の何者でもないが、その橋の欄干の近くには何故か女性の靴が並べて放置されている。靴には蜘蛛の巣が張っていたので古い物とすぐに解ったが、思わず橋の下の川を見入ってしまった。

私は不可思議なことだと思ったが、彼には「直接、蝉がうるさいくらいに鳴いていますよ」とは言えないまま別れて、私は五反田を離れてしまった。

その後、金剛院の祟り話が脳裏から離れないが、今にいたるまで、自分の身には何事もない。でもそれ以来、慎んで生活をしないと心の安寧が来ない。



※これは私の実体験をもとに若干、フィクションも加えています。あしからず。どこがフィクションかはヒミツです。







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今年で最後の和歌山県すさみ町の佐本川柱松

2011年08月15日 | 年中行事
紀伊民報によると、和歌山の投げ松明行事の佐本川柱松。こちらも継承の危機に直面していて、今年の柱松を最後に保存会が解散するとのこと。


http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=215248



柱松継承へ黄信号 保存会、今年で解散


 和歌山県すさみ町佐本地域で220年続く伝統の盆行事「佐本川柱松」の継承が危ぶまれている。担い手不足や材料確保の難しさが原因で、地元住民でつくる佐本川柱松保存会(浦愛一郎会長)が、今年の柱松を最後に解散することを決めた。ただ、大学生や町職員ら地域外の若者から協力の申し出もあり、地元住民は「できれば途絶えさせたくない。何とか続けられたら」と話している。


 「佐本川柱松」は高さ20メートル前後の丸太の先に、松の枝や稲わらで作った「巣」を付け、火が付いたたいまつを巣に投げ入れる行事。着火するまで続けられる。夏の夜空に火が弧を描く幻想的な行事を見ようと帰省客や見物人ら300~400人が訪れ、地域人口の2倍近くの人でにぎわう。

 江戸時代後期の1787(天明7)年から2年間、夏に疫病がはやり、多くの村人が死亡したことから、供養と無病息災の祈願のため始められたとされる。1970年代からしばらく途絶えたが、83年に「佐本親子クラブ」が復活させた。主催はいったん地元区長会に移り、90年代からは保存会が営んできた。

 保存会会員は出身者らを合わせて14人。全員40歳以上。60代と70代が8人で全体の半数以上を占めている。家族が初盆に当たる人は関われないため、年によってはさらに担い手が減る。当日朝に行われる柱松作りも人手や技術がいる。以前は参加者が持参していたたいまつも保存会が約250本作って用意している。

 また、欠かせない材料の松も松食い虫の影響で、年々確保が難しくなっている。
 そのため、昨年は取りやめになり、そのまま会の解散も検討された。昨夏から児童を引率し、旧佐本小校舎を拠点にキャンプに来ている摂南大学(大阪府寝屋川市)のクラブ「ボランティア・スタッフズ」から「柱松を楽しみにしていた子どものためにも実施してほしい」と保存会に働き掛けがあったため、保存会は6月の会員総会で、今年の柱松を最後に解散することにした。

 同クラブは、キャンプの日程に柱松を組み込み、児童に参加させる。学生は当日朝、柱松作りを手伝ったり、会場の河原の掃除をしたりする。町職員ら地域外の若者もボランティアで手伝う予定で、賛同者を呼び掛けている。

 松については一昨年から集めてきたものがあり、たいまつは保存会会員が7月に入ってから作り始めている。

 保存会の浦剛さん(68)は「昨年は地元の人も帰省する人も寂しがった。保存会の行事としては最後になるが、新たに続けていける仕組みを考えられれば」、会員最年長の白滝寛志さん(79)も「材料や人手不足など課題はあるが、伝統が消えていくのはもったいない。応援してもらえれば何とか続けていけるかもしれない」と期待している。

 摂南大卒業生で、柱松実施に向けて活動しているすさみ町のNPO「魅来(みらい)づくりわかやま」の武田真哉さん(30)は「地域の伝統文化が廃れると過疎が進む。今後も学生が協力を続けたり、地域出身者らに積極的に協力してもらえるような仕組みをつくったりし、応援していきたい」と話している。

 柱松は13日午後7時から古座川支流の平野渕である。学生は午後4時半から旧佐本小で「夏祭り」を開く。食べ物やゲームの屋台や子どもや学生らの音楽演奏がある。

 同時に摂南大学とすさみ町教育委員会が12~15日に旧佐本小校舎でキャンプを開く。学生50人、寝屋川市の小学生100人が来町予定。希望した町内の小学校4~6年生も13、14日の1泊2日で参加。柱松に参加するほか、夏休みの宿題をしたり、川遊びをしたり、肝試しをしたりする。


【たいまつを作り、柱松の準備を進める佐本川柱松保存会会員(和歌山県すさみ町佐本中で)】

(2011年08月04日更新)

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愛媛八幡浜の柱祭りと三重県鳥羽市の盆祭行事

2011年08月14日 | 年中行事
実家の盆の年中行事である「五反田柱祭り」が先ほど終わった。今年は7月末からこの祭りの準備等について記録用の写真撮影を集中的に行った。それが天候にも恵まれて無事終わってホッとしている。この柱祭りは四国では唯一の盆の柱松・投げ松明行事であり県指定無形民俗文化財であるため、詳細を文章にまとめる準備に入っており、そのために以前から全国各地で行われる類似する火投げ行事を比較のため調査している。

そこにさきほど気になる情報が入ってきた。明日、8月15日に行われる三重県鳥羽市松尾町の盆祭行事が中止となったというのだ。ここの火投げ行事はかなり注目していた。というのもここの行事は国重要無形民俗文化財であり、2010年3月に鳥羽市教育委員会から調査報告書が刊行されたばかりなのだ。今年、できれば見に行ってみたいとも思っていたが、別の地域の行事(和歌山県)に行く事になったので、今年はあきらめていた。(明日の早朝に出発して、和歌山県内の盆行事を現地調査に行ってきます。)

中止につては、毎日新聞8月10日朝刊に記事が掲載されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110810-00000147-mailo-l24


文章もここに引用しておきたい。

火祭り:鳥羽の国指定重要無形文化財、人手足りず休止 /三重

毎日新聞 8月10日(水)12時3分配信

◇志摩加茂五郷、最後に残った400年前から続く松尾町の盆行事
◇市教委「復活へバックアップ」

鳥羽市松尾町に伝わる盆祭行事「火祭り(松明(たいまつ))」(国指定重要無形文化財)が今年、人手不足を理由に休止されることになった。400年前から続く志摩加茂五郷の盆祭行事の中で唯一、地元民によって開催されてきた松尾町の火祭り。市教委は「来年は何とか復活させたい」と話している。
火祭りは先祖の霊を供養し霊を送るため、8月15日夕方から行われていた。大きな鉦(かね)や楽共(がく)と呼ばれる太鼓などを打ち鳴らしながら町内を巡る。火が燃やされるのは深夜で、共同墓地に立てられた杉柱にわらなどで作った直径2メートル、深さ2・5メートルの逆円すい形の壺桶(つぼき)を取り付け、たいまつを投げ入れて燃やし、杉柱の倒れた方向で吉凶を占う勇壮な行事だ。
行事は厳しい年齢階層制の中で行われ、全員が何らかの役割を持って参加する。河中宇一町内会長によると、行事を行うには90~100人の人手が必要とされ、「過疎と少子化が進み、人数確保が難しく、今年は休止せざるを得なかった」と話す。6月19日に町内会の臨時総会を開き、休止を決めた。
加茂五郷(松尾、河内、船津、岩倉、白木町)の盆祭行事は、戦国時代末期の水軍の将である九鬼嘉隆の時代に始まったとされる。嘉隆に従い朝鮮出兵した戦死者の霊を弔ったなど由来は諸説ある。当初は五郷が集まって開かれていたが明治になり各町に分散。1987年に国の文化財に指定された当時は5町とも開かれていたが、火祭りは松尾、河内両町のみとなり、河内町は07年を最後に行事を休止した。
市教委は「やむなく今年休止になったが、伝統の火祭りを来年は復活できるよう町をバックアップしたい」としている。【林一茂】
〔三重版〕8月10日朝刊


国指定であり、調査報告書も出たばかり。このような事例でも継承は難しい状況。これには少し衝撃を受けた。私の地元の五反田柱祭りは継承者不足には陥っていないが、いつ伝承の危機が訪れるかわからない。これらの盆行事の継承の現況についても各地の事例を確認しておく必要を感じさせられた。実家の盆行事の終えた安堵感が一瞬にして吹っ飛びました。



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本日、棚田の写真展 大洲市長浜町戒川にて。

2011年08月13日 | 日々雑記
棚田の美しい大洲市長浜町戒川の樫谷地区。今日8月13日17時から、旧戒川小学校にて棚田写真展が開催されます。戒川に帰省した方に見てもらいたいと、松山市の棚田写真家•河野豊さんが協力して実現。盆時期の帰省者との交流イベントとして、写真展以外にも飲食コーナーや高校生による書道パフォーマンスもあります。

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【開催報告】ふるさと怪談トークライブin愛媛

2011年08月12日 | 災害の歴史・伝承
ふるさと怪談トークライブin愛媛、無事終了しました。ご来場いただいたみなさま、みちのく怪談プロジェクト支援の募金、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。

【開催結果】

2011年8月7日(日) 13:30開場 14:00開演

入場者数 143名

総募金額 102,436円 (2011年8月12日 ネットバンク経由で入金)
(内訳) 入場料0円(無料)、募金 102,436円


【場所】
愛媛県歴史文化博物館 多目的ホール(愛媛県西予市宇和町卯之町4-11-2)



【出演者】
宇佐美まこと(作家)

大本敬久(愛媛県歴史文化博物館学芸員)

土井中照(フリーライター、デザイナー)

東雅夫(文芸評論家)


【主催】
「ふるさと怪談トークライブIN愛媛」実行委員会


【協賛】
今回のトークライブ、協賛していただいたのは次の企業でした。

オンラインブックストア ビーケーワン
(株)学研パブリッシング
(株)角川学芸出版
(株)東京創元社
(株)筑摩書房
(株)平凡社
(株)ポプラ社
(株)メディアファクトリー


【お世話になった方々】

トークライブで登壇した東雅夫さん、宇佐美まことさん、土井中照さん。

ふるさと怪談トークライブを支える事務局の門賀さん。

当日の受付や講師対応、会場設営など活躍してくれた大氣さん、松井さん、上甲さん、寺川さん。

「愛媛の怪談」7編のナレーション吹き込みをしていただいた南海放送の戒田アナ。
(「愛媛の怪談」の上映したイラストは土井中さん作!重ねて感謝。)

登壇者のプロフィール略歴紹介の吹き込みをしていただいたテレビ愛媛の堀本アナ。

イベント全体の記録のためきれいな写真を撮影していただいた中村さん。

ビデオ記録してくれた典子さん。

事前の開催予告や翌日にも記事を掲載してくれた愛媛新聞の門田さん。

あと、事前にポスターを掲示したり、チラシを配布してくれた多くの施設や店舗のみなさま。

そして当日ご来場いただいたみなさま。

などなど、本当に多くの方々のおかげで開催することができました。

ありがとうございました。


【ふるさと怪談トークライブ公式WEBサイト】
http://hurusatokwaidan.web.fc2.com/






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