若者組による四国遍路への接待

　『維新前後社会教育の調査』という史料がある。愛媛県立図書館所蔵の資料で、昭和十一年に愛媛県教育会が県内の各小学校に調査報告を求めて作成したものである。その中に若者組の行事として、四国遍路への接待の記事が散見できるので紹介しておきたい。
　日高村（今治市）では「各若連中ニテ多クノ相違ハアルモ大略（一）旧三月四日ニオ接待トテ四国遍路ニ対シ米餅ナドヲ分与ス（二）氏神祭礼ニ獅子奴ノ行列ヲナス（三）祭礼ニ幟立トテオ旅所ヘ幟ヲ立ツルコト（四）祭礼ニ『オドリコ』トシテ現今ノ万歳ノ如キ催シヲナス。」とあるように、旧暦三月四日の四国遍路の順拝者に対する米や餅の接待や、神社祭礼の際の幟立てなどの準備、祭礼への獅子舞や奴行列等を担当することになっており、やはり若連中の主な行事は、年中行事や祭礼に関することが主であったが、注目されるのは、上記の上朝倉村の事例も同様で、四国遍路への接待が行事の一つに位置づけられていることである。
　四国遍路への接待については、愛媛県内の多くの若者組織で行っていたことが、この『維新調査』の調査票からわかる。新立村新宮（四国中央市）では「旧三月二十一日の日を期し『おせったい』と称し、各組々から集めた米で握り飯をこしらへ、家重に入れ大師遺跡奥之院に至り遍路者に与へた。これは維新後のことであるが現今はこの風習（行事）は絶へて居る。」とあり、日高村では旧暦三月四日であったが、新立村新宮では旧暦三月二十一日とされた。接待場所は「大師遺跡奥之院」とあるので、仙龍寺（四国中央市馬立）で行われたと思われる。また、拝志村（東温市）では「春三月四日接待米ヲ集メテ高井ノ西林寺ニ行キ遍路ニ奉捨ス」とあり、三月四日に第四十八番札所西林寺（松山市高井町）で、米の接待をしていた。「接待米ヲ集メテ」との記述から、若連中が主体となって村内から米を集め、西林寺に持っていったと考えられる。同様の事例は原町村麻生（砥部町）にもあり、「接待（若連中ニテ各戸ヨリ米ヲ集メ四国遍路ノ接待ヲナシタリ）」と記載されているとおり、若連中が各家々から米を集めていたことがわかる。村の中での接待の世話・担い手としての機能が若者組織にはあったのである。ちなみに愛媛県歴史文化博物館では、志津川村（東温市）の若連中の接待に用いられたニナイを展示している（森正史氏寄託資料）。このニナイの蓋裏には「明治二巳年三月吉日」、「若連中」の銘があり、米や餅などの接待品の運搬には特定の運搬具が用意されていたことがわかる。
　四国遍路への接待の時期については、「旧三月四日」とするのが、先に挙げた日高村、拝志村以外に上朝倉村（今治市）があり、「旧三月十五日」とするのが高光村（宇和島市）、日は記載されていないものの、「三月」とするのが上分町（四国中央市）、「三、七月」と年二回行っていたのが松山市清水・潮見村（松山市）である。また、接待の場所が記載されているのは、上記の他に、味生村（松山市）が「太山寺、石手寺等」、松山市清水が「長健寺」、内海村中浦（愛南町）は「時々、平城四十番霊場にておせったいヲナス（遍路ニ食物ヲ献ズ）」とあり、第四十番札所観自在寺で接待を行っていた。
　接待の月日・場所の記載は無いものの、上記以外に接待を行っていた事実が確認できるのは、金生村下分・妻鳥村・松柏村・寒川村・野田村（四国中央市）、徳田村・中川村・桜樹村楠窪（西条市）、乃万村・九和村（今治市）、浅海村・石井村（松山市）、御荘町平城（愛南町）である。若者組織の行事として四国遍路への接待を実施していたという事例は、現在の四国中央市、今治市、松山市、愛南町が多く、しかも接待場所が近隣の札所であることから、札所の近隣に位置する村において顕著に見られることがわかる。日帰りできるような近隣に札所のない地域では稀であり、若者組織の行事となり得なかったのは理解できるが、久万高原町や内子町、大洲市など、札所があったり、遍路道沿いの地域でも、若者組織による接待の記述が全く出てこないところもある。
　なお、「順礼」と称する事例で、四国遍路とは無関係の別の行事もあり、三机村塩成（伊方町）では、「旧正月十七日より二月初午まで順礼と言って若連中の者が西国三十三番の御詠歌を流しつつ各家をまわってゐた」といい、若連中が西国三十三観音霊場の御詠歌を、若連中が各家々を巡って詠んでいた。

（なお、『維新前後社会教育の調査』の記載内容の分析については、拙稿「若者・青年組織の民俗－近代愛媛の事例－」（『愛媛県歴史文化博物館研究紀要』第１０号、2005年3月）にて紹介しています。）

2005-09-24