筑波大学硬式野球部のブログ

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#08 心を奮わせる言葉 (大澤宏貴/体育2・磐田南)

2021年03月03日 18時00分00秒 | 2021年 俺の話を聞いてくれブログ

 

「諦めたらそこで試合終了ですよ」by安西先生

皆さんにとって心を奮わせる言葉にはどのようなものがありますか?
テレビに出てる有名人の言葉、学校の先生や友達の言葉、映画の主人公の言葉など人それぞれ心を奮わせる言葉と
これまでに出会ってきたと思います。

僕にとって心を奮わせる言葉との出会いは「漫画」が圧倒的に多いです。

野球やチームへの熱い思いは皆さんが語っているので今回のブログでは、僕の趣味の漫画について少し話していきたいと
思います。
(冒頭の名言は、スラムダンクの安西先生の名言です。スラムダンクは好きな漫画の1つで僕の心を奮わせる言葉が
溢れていました。映画化することも決まったので非常に楽しみです。)




なぜ漫画が好きになったのか。



男3兄弟で育ち、歳が少し離れた兄2人が漫画好き、両親も漫画好きという家族の影響を受けたことは間違いないです。

小さい時から兄が買ってきた漫画を読んでいたことや、週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジンを毎週買ってくること、
家の近くにBOOK・OFFがあったことなど漫画に触れる機会が非常に多く、自然と好きになりました。

ここで最近の漫画関係の楽しみを少し話させてください。

毎週水曜日に週刊少年マガジンが発売されるのですが、清水大海くん(青桐寮2階 次期フロア長)とジャンケン、
たまにゲームをしてどっちが買うか決めて、買って読んだ後に今週の内容の話を軽くするというこの1連の流れが
意外と好きで、楽しみな自分がいます。好きな漫画の話を色々と出来るのはとても楽しいです。

しかし、この間僕がまだ読んでないのに話のネタバレを思い切りしてきた時は、彼の性格を疑いました。
次は許しません。
(大澤と大海、不仲説を提唱している片岡さんはきっと喜んでいるでしょう)





野球の話も少しだけさせてください。


これまでの2年間全く結果を残せていません。
チームに貢献もあまりできてません。

いつも一緒にいる坂本朗くんと共にシートノックで高投して試合前の集合の際、
「お前ら情けない、なにを練習してきたんだ」と言われたこと、

A戦に呼ばれた試合で代走で出場し、ライナーバックをミスったこと、

一塁ランナーコーチャーをやっていて、コールドスプレーを持っていくのを忘れて怒られたこと、

自主練で守備をせずバッティングしかしてないと言われたこと、など

本当にしょうもないことしかしてません。
失敗ばかりです。
なかなか上手くいきませんね。

しかし、こんな時も僕のメンタルを支えていたのは、、、、、、、

 

 

そうです、漫画です!!!!

僕にとって漫画は、一種の精神安定剤みたいな存在なのかもしれません。もはや中毒です。

漫画を読んでいると登場人物の言葉一つ一つが、野球で上手くいかず沈んでいる僕の心に深く染みます。

そう、心を奮わせる言葉です。
頑張ろう、やってやろう、と気持ちを奮いたたせてくれます。S

これまでに色々と読んできた中でもサッカー漫画の「DAYS」はオススメです。
皆さんのやる気スイッチを押してくれるような言葉、シーンが多く読んでいてポジティブになれます。
ぜひ読んでみてください。

DAYSに登場する名言を1つ紹介します。

「人生に迷ったら、より難しい道を選べ。それがもっとも美しい生き方だ。」


人間誰しも辛いこと、難しいことより楽な方、楽な方へと行きたくなると思います。僕も出来れば楽をしたいと
思ってしまいます。

でも、楽な方、楽な方へと行ったところで得られるものってあまりないような気がします。
確かにその時は楽で簡単で、失敗することは無いかもしれないけど大きく成長することもないのかなと思います。


この言葉にある「美しい生き方」っていうのは、何事も上手くいって自分の思い通り、理想的な人生ではなく
難しいことに挑戦して失敗や挫折を経験して、もがいたり、苦しみながらもなんとかくらいついていき、
日々成長していくような泥臭い生き方が美しく感じるということなのではないかと思います。

つまり何が言いたいかと言うと、
難しい道へ進んで色々と挑戦しながら泥臭く生きていきましょう。ということです。

これからの人生で大事な選択をする場面が何回かあると思います。その時にふとこの言葉を思い出して、勇気をもって
難しい道へ踏み出してもらえたら嬉しいなと思います。

もちろん、僕は難しい道へ進んで行きます。
もし僕が楽な方へと行こうとしてたら皆さん全力で止めてください。ブログで難しい道進むって言っただろと。



まだまだ話したいことはありますが今回はこの辺で終わりにしようと思います。

これからも新たなジャンルの漫画にどんどん挑戦して世界を広げていきたいと思います。
皆さんのオススメの漫画やあの言葉、心震えたわ、みたいなやつがあればどんどん教えてください。
色々な話聞かせて欲しいです。

野球ももちろん日々精進していき、チームに貢献出来るよう頑張りたいと思います。

最後まで僕の趣味の話にお付き合いいただき、ありがとうございました。





体育専門学群2年 大澤宏貴
静岡県立磐田南高校出身

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#07 「泥臭く、貪欲に、向き合う」 (山本祥平/体育3・佐野日大)

2021年03月02日 18時00分00秒 | 2021年 俺の話を聞いてくれブログ

 

こんにちは。筑波大学硬式野球部の山本祥平と申します。平素より弊部へのご支援、ご声援ありがとうございます。

これまでの4人が書いてきたブログを毎回読みながら、ユーモアにあふれながらも、自分の伝えたいことを文章に
まとめ上げるみんなすごいなぁ、なんてシンプルに読者としてこの企画を楽しみにしていました。
それがまさか、こんなに早いタイミングで自分に回ってくるなんて思ってもいなかったことなので、
オフ返上で、ありもしない頭を振り絞って文章を考えています。



まあ、オフといっても一緒にどこかへ出かけるような彼女もいませんし、コミュニティが狭い僕は野球部以外の友達が
ほぼ皆無なので、早朝から松木君と喫茶店でモーニングを食べながら勉強することくらいしかすることないので、
全然いいんですけどね(笑)。

あ、それと今日はお昼ごろに吉本君が僕に彼女ができたドッキリを仕掛けてきたんですけど、
4年目ともなれば、彼に彼女なんてできるわけがないという信頼度が違います。最初から最後まで嘘であることを疑わずに
対応することができました。もともと人に騙されやすい性格なので、今日の出来事でこの3年間での成長を実感しました。

もしこの記事を読んで、僕や吉本君、おせっかいかもしれませんが中澤君を筆頭とする野球部員に興味を持ってくれる人
がいれば、野球部が運営するInstagramの方から連絡を入れてくださればいつでも対応いたします。

 

さて、前置きはこれくらいにして本題の方に入ろうと思います。


僕の場合は、これまで投稿してきた4人のように(僕が書いている時点では4人でした)ヘッドコーチでもなければ、
SSDでもないですし、選手としてAチームにはいますが、僕がいなくなったらチームが緊急事態になるような選手では
ありません。いうなれば、「普通」の人です。

意外に思う人がいるかもしれませんが、僕はこの「普通」という言葉が好きです。

人はだれしも、特別であることが好きなはずです。誰かにとって、どこかの所属組織にとって特別であると認められる
ことは、自分の存在価値を認められているということであり、自分がかけがえのない存在であると認識しやすいから
だと思います。

でも、世の中の大抵の人は「普通」です。

僕が「普通」を好きな理由は、そんな大勢いる「普通」の中でも必ず、その人なりの価値があるはずだからです。
つまり、誰しもが特別であると言えるからです。

「あの人は特別だから」と言ってしまえばそれまでですが、ではそれを言っている本人は特別ではないんでしょうか?

特別の定義が、センスとか才能などであればそうかもしれませんが、そうではないはずです。センスや才能がある人が自分の存在価値を認識しやすいのは当たり前です。でも、それはあくまでも「しやすい」だけであって、普通の人が認識
できないなんてことはないと思います。

「一般的に特別と呼ばれる人は手にできないが、一般的に普通と呼ばれる人が手にできるものは何ですか」と
質問が来た時に、みなさんはどう答えるでしょう?

僕は、自分の存在価値を認識したときの喜びなんじゃないかなと思ってます。才能やセンスがある人は、
自分の存在価値があることが当たり前であり、それについて深く考えることはそんなにないんじゃないでしょうか。
それに対して普通の人は、それを見つけるために
泥臭く、貪欲にもがき苦しみ、そうして自分の価値を確立していくのです。

苦しんだ分、それを見つけたときの喜びはたまらないはずです。だから、僕は「普通」が好きなんです。

前の記事で河崎達成君が「独特」について書いていましたが、僕の「普通」好きの根底には彼のマインドも
入っているような気がします。もし、違っていたらごめんなさい。今度討論しましょう。

最近教職の授業で、尾上君や大友君などに騙されて僕だけ違うグループで活動したおかげで、こんなことを深く考える
きっかけになりました。将来先生になったときに、生徒の相談にうまく乗れたらその時は感謝します。今はまだ感謝
できる気持ちになりません。

 


今回のテーマである、「泥臭く、貪欲に」は高校から浪人時代を経なければ語れません。

僕は高校の頃、関東ではいわゆる強豪と言われるような高校で副主将をやっていました。しかし選手としてもチーム
としても思うような結果は残せず、不完全燃焼で僕の高校野球は終えました。筑波大学に進学することを決めたのは、
野球部の恩師であるコーチと担任の先生が筑波大学出身という縁もあり、高いレベルで野球を学びたいと思ったから
です。

ですが、如何せん筑波大学は難関国立大学であり、野球漬けの高校生活を送っていた僕は当然のように浪人を強いられる
こととなりました。

何が分からないのかわからないような状態だったので英語はbe動詞から、古文は助動詞から、本当に気が狂いそうな程
勉強しました。あまりにも成績が上がりすぎて、四谷学院の翌年のパンフレットにまで載ったほどです。これほどまで
貪欲に勉強ができたのは、筑波で野球がやりたいという一心でした。筑波の浪人界隈で僕ほど底辺からの大逆転を体現
した人はいないのではないでしょうか(※2浪という現象を除く)。すみません、ついつい自分語りしてしまいました。


ともあれ、無事筑波大学に入学したのはいいものの、周りのレベルの高さや自分の体の変化についていけずに、見事に
挫折しました。それは中学の頃からのプライドが捨てきれずに、自分がしたいプレーだけを追求した結果でした。

そんな僕が変わるきっかけになったのが、2つ上の学生コーチだった糸数格郎さんです。1つ断っておきますが、
僕は糸数さんとめちゃめちゃ親しいわけではありません。当たり前のことを淡々と言われるので、どちらかというと
怖いです。でも嫌いじゃありません。

糸数さんがよく言ってくれていた「嫌なことに向き合う」という言葉は、今ではすごく好きな言葉です。嫌なことに
向き合うにはどうしても根気が必要で、そのためにはどんなことにも泥臭く、粘り強くやらなければなりません。

野球において、高校でも大学でも自分は泥臭くやるんだと言葉では言っていましたが、この時本当の意味での泥臭く、
貪欲に野球をやるとはどういうことなのか分かった気がします。糸数さんがこの記事を読んでいるかはわかりませんが、
本当に感謝しています。さし飯はきついですが、ご飯には連れて行ってもらいたいです。

 

もしかしたら、みなさんの中でも嫌なことに向き合うことが大切であるということが分かってはいるけど、
嫌なことだからこそ、そこに向き合いきれないという問題を抱えている人もいるかもしれません。僕も昔はそうでした。

僕はいい意味でも悪い意味でも、あまり自分に関心があるタイプの人間ではありません。悪い意味で捉えるならば、
自分の為にどうすればいいかということにはあまり関心が持てないからこそ、自分の伸ばすべき長所や目を向けるべき
部分に目が届かないのです。

三つ子の魂百までとはうまく言ったもので、なかなか人間の根本的なマインドを一気に変えるのは難しいものです。
僕自身、
ある日突然嫌なことに目を向けられるようになったわけではありません。

チームの為に今自分ができることは何か、それを考えるうちに自然と向き合えるようになっていったのかもしれません。
もちろん、今の僕でもまだまだ向き合い切れていない部分は多くありますが。

林ヘッドコーチ風に言わせれば、まだまだ若僧といったところです。それでも、自分が変わるきっかけになったのは、

チームに対して自分がどう関わるか、
チームの中で自分はどうあるべきか、
そして何より自分自身がチームに何を思うのかという部分であり、そのきっかけを与えてくれたのは
このチームが好きだからこそ何か自分にできることはないかという気持ちでした。

だから、今自分に目を向けられずに困っているという人は、まずはチームを好きになることだったり、
チームにとっての自分というものについて考えてみるといいのかもしれません。
そこから次第に、本当の意味で自分を見つめることができるようになるかもしれません。
まだまだ僕自身も未熟では
ありますが、若僧なりの見解を述べさせていただきました。

 

先述したように僕はこのチームが大好きです。このチームで日本一になるためなら、僕にできることは何でもやります。

もちろん自分にとって嫌な部分に向き合わなければならないこともたくさんありますが、このチームに貢献できるので
あれば、このチームが好きだからこそ、嫌な部分にも目を向けることができます。

チームの為に何かをやることが、まわりまわって自分の為になる時がきっと来るはずです。もっと言えば、
自分を輝かせるためにあるのがチームであると言ってもいいのかもしれません。
そうやって、自分の成長がチームの成長に、チームの成長が自分の成長に相互に働いていくと僕は思っています。

大好きなチームで最高の成長をするために僕は泥臭く、貪欲に、向き合っていきます。

 



記事はこれで以上になります。
普段、自分はこういう発信をする機会が少ないので、貴重な機会を設けていただいたことに感謝いたします。

拙い文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今年も筑波大学硬式野球部へのご支援・ご声援の程宜しくお願い申し上げます。

 

体育専門学群3年 山本祥平

佐野日本大学高校卒

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#6 「勘違い」 (平川航/社会3・足立学園)

2021年03月01日 21時35分42秒 | 2021年 俺の話を聞いてくれブログ

こんにちは。筑波大学硬式野球部3年の平川航です。



僕は本音で話すことが苦手です。恥ずかしいので意図的に避けてきました。


しかし林さん→市村→哲司の流れで、もう素直に本音を書いていくしかなくなりました。

なので今回は僕なりに自分の半生を振り返り、僕が思っていることを書いていこうと思います。

拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。

 

 

 

僕は、頭のいい子供だったと思います。

 

 ここで言う「頭のいい」は「勉強ができる」という意味もありますが、今回はその意味合いがメインではありません。
ここでの意味は、「自分の向き不向き」「自分の立場の理解力」「要領がいい」という意味です。

 

小さいころから、自分の能力の限界、器に対する理解があったという自負があります。

ときに他人ができない姿を見て、
「どうして自分の限界が分からないんだろう」「身の程知らずだなぁ」とも思っていました。

と同時に、自分はこうはなりたくないなと思っていました。
だから、不得意なことは早めに見切りをつけて、得意なことに力を注いできました。


不得意なことの筆頭例はサッカーです。幼稚園の頃にサッカーを少し習いましたが全くボールが足につかなかったので、これは向いていないと感じ辞めました。僕とサッカーをしたことがある人なら納得がいくと思います。

具体的に言うと、
リフティング10回できない、ゴールキックを蹴るとほとんど右方向に大きく逸れます。それくらいのレベルです。

 

その一方野球は「俺、向いてる」と思いました。

小学3年生の頃に、4歳上のいとこがカッコよかったこと、1年生の頃から坂本君に誘われていたことから
野球に興味を持ち、通っている小学校の野球チームに体験へ行きました。

すると直感で「これだ!」と、ビビっと来ました。

でも正直体験に行く前から、向いているのではないかとうすうす気づいてはいました。
50m走は学年で1番だったし、ソフトボール投げは学年で2番でした(1位は坂本君)。

こうして将来プロ野球選手になることを夢見て、野球を始めました。


中学生の頃はまだ、当然プロになれると思っていました。

投手をクビにはなりましたが捕手に転向し、足と肩と打撃を活かして比較的早めに試合に出られました。
嬉しいことに地区選抜にも選出されたので、「やっぱりまあまあできるんだな」なんて思っていました。

高校に入ればもっと伸びるのだろう、と自分を疑いもしませんでした。 


しかし現実は甘くありません。


高校入学後は気づけばそれほど身長も伸びず、いつの間にか盗塁される回数が増えていきました。
ノーヒットの試合も増えました。気づけば50m走のタイムは中学3年生の頃が一番いいタイムでした。
強豪校と対戦すると通用しませんでした。

どんどん自分が想像していた成長曲線から離れていきました。

この頃から「自分はプロにはなれないのではないか」という不安が頭にチラつき始めました。

でも小学校の頃からずっとプロになれると思って野球をしてきたので、
「プロになれない自分」なんて認めたくはなくて、目を背けました。

たまたま打てなかっただけ、刺せなかっただけだろうと、自分に言い聞かせました。

 

しかし試合ではやっぱり結果が残せません。

だから「プロになれる」なんてことは自然と思わなくなりました。

いや、思い返すとどこかでまだプロへの未練はあったのかもしれませんが、恥ずかしくてとてもじゃないけど
人には言えませんでした。

 

 

こうして高校野球を終えた自分ですが、高校で野球を辞めようとも思っていませんでした。

それは、心の中で「俺はこんなもんだ」と思いつつも、「まだまだ俺はできる」とも思っていたからです。

自分が井の中の蛙と分かっていながらも、自分に期待している自分がいました。

だから、レベルの高いところで野球をしたらどうなるんだろうと思っていました。

 

しかしそう思ったのには、もうひとつ理由がありました。

それは、
「現実が分かっているふりをして、それっぽい理由を付けて逃げる癖がついている」という自覚があったからです。


高校受験の時がそうでした。進路選択の際、甲子園も狙える強豪校に入ることを考えました。
しかし「甲子園に行けるかもしれない」可能性より、「自分が試合に出られないかもしれない」リスクを恐れてしまった僕は「文武両道のため」「気心知れた仲間と野球をするため」と理由を付けて、強豪校を受験しませんでした。

実際は、逃げただけです。

「競争を勝ち抜いて、甲子園に出る」という覚悟を持てばよかったというだけの話です。

でも先の分からない道が怖くて、踏み出せませんでした。

その後入った高校では最後の夏の大会の結果にはそこそこ満足しているし、第1志望である筑波大学にも入学できたし、
結果だけから見たら十分すぎる高校生活だと思います。過ごした高校生活を全く後悔はしていません。

それでも、僕自身は心のどこかで「逃げた」という感覚を抱え続けていました。


 

自分は、自分が過ごしやすい場所しか選べていない。



井の中の蛙と自覚していてそこから出たいと思っているのに、どんな世界かわからないという不安に負けて
出ることができない。

そんな自分が嫌いでした。

だから僕は、大学くらいは全く通用しなくてもいいから競争する環境に身を置いてみようと考え、筑波大学を
目指しました。

 

 

嬉しいことに受験勉強の成果が実り、筑波大学に合格することができ、野球部に入部しました。

想像以上にレベルの高い環境の中で、上達できるように練習へ取り組みました。

その成果か、幸い何度かAチームに上がることができました。でも、かといって何もできずすぐBチームに落ちる。
そんな日々がずっと続いていました。

 

その日々の中で、自分の中に疑問が浮かびました。

それは「どうして大学まで野球を続けてきたのか?」という疑問です。

プロにはなれない。社会人でも続ける実力はないのに、じゃあどうして?

そして浮かんだ一つの答えは、

「辞めることができなかっただけではないか」という答えでした。

 

自分という人間は、小学3年生で野球を始めた頃から「野球」がアイデンティティだった。「自分は野球に向いている」、そう信じてずっと野球をしてきた。

だから大学に入っても野球を続けるのは自分の中では当たり前だった。

実際のところ野球以外に特にやりたいことは思い浮かばない。だから辞める理由もない。

その野球を辞めてしまったら何が残る?

もし辞めたら自分でこれまでの自分を否定してしまうことになるのではないか?

その「何もなくなってしまった姿」を想像すると怖くて、辞めるという選択ができなかったのではないか?

そんな考えに行き着きました。

でもその答えが100点の正解ではないような気もしていました。

 

 

その後3日くらい悩んでも答えはなかなか出ませんでした。

そんな中寝る前に音楽を聴いていると、ある一曲がめちゃくちゃ沁みました。

それは、あいみょんの「さよならの今日に」という曲です。

「泥まみれの過去が纏わりつく日々だ」という歌詞の始まりがやけにその日は引っかかって、曲を聞き終えた後、歌詞を見ながら曲を聞きました。

するとふと、小学生の頃試合で全く打てず、悔しくて泣きながら素振りをしたこと、中学2年生の頃、全く勝てず監督に
ずっと怒られて辞めようと思ったこと、高校2年生の頃レギュラーを外されて、帯同した二軍の試合でもボロボロで
帰って風呂で泣いたことを思い出しました。

その時、野球を始めたきっかけは「できる楽しさ」「向いてる」だったかもしれない、
けど続けた理由は「できない事への悔しさ」であり、また、それを克服する過程を楽しんでいることに気づきました。

できないとすぐに拗ねてよく親に怒られて、でも出来ないままじゃ嫌で練習して。
そして成果が出たら嬉しくてまた次も頑張って、という感じで気づいたら大学までやっていました。

レベルの低い、井の中の蛙の自己満かもしれないけど、続けてきた原動力は「悔しさ」でした。

本当に些細なきっかけかもしれませんが、あの日に「さよならの今日に」を聞けたおかげで原動力に気づけて、
明日も頑張ろうと思えました。

 

 

さて、ここまでごちゃごちゃと言ってきましたが、結局のところなぜ野球を続けてきたのかに対する答えは、
1周周ってシンプルに「野球が好き」だからだと思います。

だからこそ上手くなれる可能性を自分には期待してしまうし、失敗して落ち込んだとしても簡単には諦められない。

筑波大学に入学して野球部に入部したからこそ、このことに気付けたと思います。

ボコボコにされて、お前はこんなもんだよと教えてもらったおかげで世間知らずにならずに済みそうです。それだけでも大きな価値があると思っています。他人から見れば開き直りだ、言い訳だと一刀両断されるかもしれません。

でも僕が自信を持って価値がある時間だと言えるので、それでいいかなと思っています。

そして高3の時、一歩踏み出してよかったと心から思います。

 

もう一つ気づいたことがあります。

それは、僕も諦めの悪い身の程知らずな人間ということです。

僕は今、Bチームにいます。リーグ戦には一度も出られていません。つまり下手です。


ということは小学生の時に感じた「俺向いてる」という感覚は勘違いだったかもしれません。そして、小さいころから
諦めの悪い人間、身の程知らずは嫌いだったはずなのに、客観的に見たら自分は「1回もリーグ戦に出場できていないのにまだ野球を続けている」人でした。つまり今の僕は、小さい頃の僕がなりたくなかった「諦めが悪い人間」になっていました。

冒頭で自分は頭が良いなんて言いましたが、むしろ逆でした。

でも、そんな自分が嫌いじゃないのでそれでいいと思います。

 

 

野球人生もあと残り1年を切りました。

自己満かもしれないけど、ダサいかもしれないけど、まだできると思えている自分がいるうちは、もう少し自分の可能性を信じて頑張ってみようと思います。

 

長く拙い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました。

 

社会・国際学群社会学類3年 平川航

東京都足立学園高等学校出身

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#05 吼える (島剛輝/社工2・日立第一)

2021年02月26日 19時33分00秒 | 2021年 俺の話を聞いてくれブログ

今回お話しするテーマは「自分のスタイル」についてです。






打席での「いくぜー」が代名詞(に既にもうなったと自分では思っています。)なように、僕は結構、暑苦しいスタイルを大学に来ても貫いています。

 

スカしていることで有名な寺崎君は、隙あらば「絶対辞めるタイミング失ってるやん」と気持ち悪いイントネーションの関西弁もどきで僕を罵ってきます。かまちょでかわいいですね。



実はこのルーティン、小学生から続けています。

しかし皆さん思い返してみてください。

小学校時代、多くの方がやっていたのではないでしょうか。

いいや、きっとやっていたはずです。

 

それが中学に入るにつれて数を減らし、高校では「たまにやる人いるな」ぐらいになり、

大学までこれば、僕以外やっている人を見たことがありません。

 

それでも、僕はずっとこれを続けています。



「貫け」



今年のチームの合言葉です。

 

小学校から続けている「いくぜー」を、合言葉である「貫け」につなげてしまうのは、少しおこがましさもありますがお許しください。

 

この「貫け」。新4年生が決めた合言葉ですが、僕はとても気に入っています。

ですが、決めたことを貫くこと、これは本当に難しいことだと思っています。

 

「自分たちが決めた徹底することを貫く」

本当に小さなことでも、毎日継続することは大変なことです。

 

しかし、自分たちで徹底すると決めたこと、いわば自分たちのスタイルを貫いた先に得られるエネルギーはとても大きいと僕は信じています。



高校の夏大、僕が打席に立って毎打席吼え続けた結果、僕が吼えるタイミングで応援の人たちも吠えるという現象が起きました。まじで打席で鳥肌が立ちました笑

これは貫いた先に得たエネルギーであると思っています。





「貫く」

言うは易し行うは難しですが、この合言葉を信じることはもちろん、貫いた先の未来も信じて、自分たちの、自分のスタイルを貫いていきましょう。

 

僕はもちろん打席で吼え続けます。

そして、リーグの打席で応援の皆が一緒に吼えてくれる時を想像しながら、日々精進していきたいと思います。

これからも暑苦しく生きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

 

こんな島剛輝を含む筑波大学硬式野球部に、あたたかい応援をいただけますと幸いです。




最後まで読んでいただきありがとうございました。



理工学群社会工学類 3年 島剛輝

茨城県立日立第一高等学校出身

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#04 常に上には上がいる (河崎達成 / 知識情報3・日大習志野)

2021年02月09日 20時00分16秒 | 2021年 俺の話を聞いてくれブログ

私は今、盲腸のなか文章を書いています。

 

この部にいた3年間で骨折に脱腸に盲腸にと特に内臓系が絶好調です。もう体に怖いものはありませんので両親には安心して欲しいと伝えたいです。




さて、本題のお話ですが前回の哲司くんのような壮大な文章というのは書けるはずがなく、ただの自叙伝のようになってしまうことは重々ご承知ください。

 

しかしながら1番独特なもので印象に残したいという意気はあります。

そう、この「独特」という言葉が僕は好きです。

人とはまた違うというような、平凡ではない道を歩きたいとずっと思ってきました。思ってきて、今のカワサキが出来上がりました。

 

どうでしょう、独特な出来上がりは。

だけど平凡がいいな、楽だなと思う時があります。




なんでこんなのを求めていたのか。

 

それは高校野球に原点がありました。




僕の高校は強豪には勝てないくらいのチームでした。そのため強豪との試合で自分の力を試すという感じでした。

僕自身はというと球は速くないけど左投手独特の角度から癖のあるボールと言われ、苦しませる投球をする投手でした。ノーヒットノーランは公式戦で2回はしましたし、フライB率はおそらく7割近くあった気がします(結構本気で数えて65%あった)。

 

投手は、まずは球速で振り分けられる時代にあり、癖のある球という評価が自分には嬉しく思って、そこから平凡を求めなくなりました。

 

いま、冷静に分析してみると癖のある球が実際の数値的に想像が付いたので書いておきます。

 

ストレート 122km/h 2100回転 回転効率92% 縦変化40cm 横変化35cm

 

回転数は多かった方だとは思いますが、僕は軟式上がりで球を撫でるリリースなのでこのくらいだと思います。だから寺澤くんとか熊倉くんは同じ傾向にあります。指にかける感覚を持つと球速も上がるそうです。

 

急になぜ球質評価をしたかというと、SSDのラプソード担当大臣をしているからです。昨年任命されたこの役職は日々ラプソードを監視下に起き、100万円相当のものを取り扱っているという危機感を常に持ち、管理につとめるというものです。

話を戻して、大学に入ってからの野球選手としてのお話をすると端的に言ってしまえば不完全燃焼でした。しかしある意味では、まだ追い求めてる部分でもあります。

 

高校から体重は16キロ上がりました。

球速は下がりました。コントロール力も下がりました。

増えたのは怪我率でした。中でも特筆すべき事項としては、暴投するという怪我に悩まされました。キャッチボールで毎回2、3度は放り込んでいました。しかしながらこれが治ったきっかけがありました。

 

それは初動負荷トレーニングでした。

 

この大学へ入って1番僕に影響を与えた漢、掛布くんと出会い、このトレーニングに出会いました。これまた人とは違うトレーニング方法でした。不安も混じりながら、彼を信じて新宿まで通いました。鳥取の合宿にも行き、野球人生変わったなという感じでした。

終わってみると、このトレーニングなしに最後の僕はなかったと思います。

また行きたいなー、鳥取の寿司屋。

 

という感じの野球選手でした。

 

不完全燃焼は確かですがこれからの人生、野球と共に歩んでいくことをこないだ決めました。今度はアナライザーという立場からです。

 

これまた独特を追い求めたいカワサキ。正直、指導すること自体が独特なものをもつというのはもちろんですが、コンピュータ的な部分にも力を入れたアナリストになりたいと考えています。

 

世の中に情報を扱うことができる人は、上には上が、山ほどいます。野球の指導にも上には上がいます。

では情報を取り扱った指導力という面ではどうでしょう。コンピュータで適切なアセスメント、課題点の自動抽出などなど、思いつくものがたくさんあります。とても楽しそうなので日々取り組んでいるところです。

僕はここで「独特」な存在になる。



河崎達成=魚と考えている人が多い気がするので、これを最後の話題に書こうと思います。

 

なんで魚なのかというと、魚を捌きまくって綺麗な写真をSNSに上げていたら、食べたいという人が多くいまして、今のところ累計70人ほどに食べていただきました。そこからカワサキは魚しか食ってないからその体などと言われるようになりました。

あんまり言いにくいのですが、最近は肉の方が好きです。

 

魚と本気で向き合い始めたのは小学5年生の時で、「日本さかな検定(ととけん)」の2級を取りました。魚への愛はこの辺から始まりました。周りには魚がこれほどまで好きな人は珍しがられました。ここでも独特と評されることが多くありました。

 

魚は、今となれば僕のコミュニケーション手段の1つになっているため、敬意を表したいくらいお世話になっています。将来、魚の研究も視野に入れましたが、野球とのふるいにかけた結果、野球が見事に勝ちました。



ほんとのほんとに最後、展望を話したいと思います。

 

今年の投手陣はこれまた独特の集団です。

 

選手それぞれに、一色一色の色を持たせることをコーチ陣と共に作ってきました。ここからもう一踏ん張り、チーム佐藤はONE UPしていきたいです。




どの土俵にも上には上がいます。

 

「満足はしない、新しいことを現実に」

 

このスローガンを胸に、チームの強化並びにSSDの持続可能な発展を目指し戦っていきます。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今季も筑波大学硬式野球部のご声援のほどよろしくお願いいたします。

 

情報学群 知識情報・図書館学類3年 河崎達成

日大習志野高校卒

 

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