とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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1985年の奇跡

2007年02月09日 22時31分15秒 | 書評
1985年10月16日。
この日、私はテレビの野球中継を観るべくテレビの前に陣取っていた。
生まれて初めて、我が愛すべき阪神タイガースがリーグ優勝する瞬間を目撃するためであった。

思えば1985年というのは、歴史に刻まれる重大事件の多い一年であった。
前年からその兆候は見られたものの、バース、掛布、岡田を中心とする猛虎打線(この3人のHR数の合計数は貧打横浜の全HR数を上回った)は数々の伝説を生み出しながら、優勝へ向かって駈け続けた。
その間、球団社長が8月12日の羽田発伊丹行きの日航123便に搭乗し、他の500余名の人たちととも御巣鷹山にその命を散らしたこともまた、大きな出来事として私たちの脳裏に焼き付けられることになった。

この阪神の優勝という慶事と日航機墜落という惨事がこの年の一番大きな出来事であったが、伝説のアイドル、おニャン子クラブがデビューしたのもこの年であったことを、私は五十嵐貴久著「1985年の奇跡」を読んで気づかされたのだった。

この小説を関空の国際線出発ロビーにある書店の書棚で見つけた時「1985年の奇跡」というタイトルから、私はヒョコヒョコと神宮のグラウンドに歩いてくる吉田義男監督のぎこちない胴上げシーンを私は連想した。
しかし手に取ってパラパラと捲ってみると、そこにはタイガースとはなんら関係のない高校生たちのめちゃくちゃ明るい青春ドラマが展開されていたのだった。

「僕たち」と読者に語りかける主人公を中心とするその仲間たちは、なんの変哲もない都立高校の野球部員たち。
興味の中心は夕方のテレビバラエティに登場するおニャン子クラブの女の子。
国生さゆり、新田恵利(注:利恵ではない)、福永恵規、河合その子などが、彼らの話題の中心だったのだ。
(なお、私は渡辺満里奈のファンである。)
野球でもなければ、勉強でもない。
ホント普通の高校生たちなのだ。

その普通の高校生たちが普通ではない物語を繰り広げていくのが、本作である。
全体的には質のいいテンポのある喜劇なのだが、その中に誰もが一度は経験したことがあるはずの青春の輝き(我ながらクサイ表現だが)が溢れていて、涙あり、笑いありで、一度読みはじめると止めることができない面白さがある。
もちろん小説なので、少し無理をした展開がないこともないが、その無理を許させてしまうようなエンタテーメントとしての痛快さを存分に備えている作品なのである。

物語はまさしく1985年の奇跡のように終るのだが、その爽快感とセンチメンタルな感情は是非ともの本書を読んで味わっていただきたい。
そう思えるオススメの一冊であった。

~「1985年の奇跡」五十嵐貴久著 双葉文庫刊~