とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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みどりの窓口を支える「マルス」の謎

2005年11月09日 21時42分56秒 | 書評
昨日、大阪へ帰る切符を買おうと水道橋駅のみどりの窓口へ行くと、2つあるカウンターが両方とも埋まっていた。
どちらも客は老齢のオバサンで、切符を買うのにもたもたしている。
「仙台からの切符と合計で1万4千○○円になります」
と駅員さんが説明しているのに、件のオバサンは一万円札一枚しか握っていない。
もう一方のオバサンはホテルの予約がどうとか、バスがどうとか、人数がどうとかギャアギャア言って駅員さんを困らせていた。
ホントのところ一番困ったのは私で、
「早よせんか、このオバハンども。東京駅から乗る新幹線が、だんだん遅くなるやんけ。ほんで、なんでこんな水道橋みたいなところに、学生でもビジネスマンでもない普通のオバハンがおるねん」
とイライラしていたのだ。
10分ほど待ってやっと切符を買うことができたのだが、みどりの窓口を出ると改札の手前に新幹線の指定券をクレジットカードで購入できる自動券売機があるのを見つけ「もっと目立ったところに置いとかんかい」と思ったのであった。

ところで、最近、窓口でなくても券売機で指定券が買えるくらい情報技術が発展してきているのだが、そこまで到るまでの道のりは決して単純ではなかったのである。
私が物心ついたときは、父はまだ給料とりで、それも安給料とりだったので、特急列車などに乗れなかった。
初めて座った指定席は、新幹線が岡山まで開通したときに乗車したひかり号だったように記憶する。
新大阪の駅で切符を買うと、駅員さんが大きなタブレットにピンを刺して行き先や希望座席を入力していたのを覚えている。
随分デカイ機械だな。凄いな。さすが国鉄だな。
と子供心にも感心したものだ。

この国鉄に始まりJRに受継がれている座席予約発行システムのことを「マルス」という。
本書「みどりの窓口を支える「マルス」の謎」は、このマルスの開発と進化の物語と、やがて訪れるであろう劇的な予約システムの変革を予想した、なかなか面白い技術歴史読本だ。

もともと手作業で行っていた列車予約業務がパンクして、それを電子計算機(コンピューター)で処理できないかという、1950年代後半当時では無謀ではないかということにチャレンジして始まったシステム開発だったらしい。
完成時はたった4本の列車の予約を処理しただけだったのが、やがて全国になり、新幹線が加わり、航空機の予約を始め、今ではレンタカーから宿泊、コンサート、各種イベントのチケット販売までこなしてしまう総合情報システムへ進化しているのだ。
フランス国鉄の資料によると、全世界で1日に鉄道を利用する人口は1億6千万人だという。
そのうちの実に6千5百万人が日本人であるという事実を、私たち日本人はあまり知らない。
マルスは日本が誇る情報処理技術の生きたモニュメントと言えるのだ。

1日に120万座席の販売をこなすマルスというシステムを知ることは、生産管理や営業分析など、今ではどんな業界でも当たり前になっているIT技術の基礎中の基礎を知ることでもある。
本書を読んで、JRに乗り、切符をじっと見つめていると、巨大な電脳世界の姿が浮かび上がってくるのだ。

~「みどりの窓口を支える「マルス」の謎」杉浦一機著 草思社刊~