岩坂恵子著
素敵な書評ブログで見つけた本。女性を主人公にした、9つの短編で構成されている。
どの話も、ありきたりで、そのへんに掃いて捨てるほど転がっている、どうでもよい日常。しかし、そのどれもに、いいようのない空虚、孤独がひそんでいる。
特に、題となった『掘るひと』は地味な話だ。物語としては、他の短編の方が、よほどおもしろかったのだが・・・不思議と、最後に心に残ったのは、やはり、この作品だった。
姑と二人で生活する主人公。夫は、単身赴任で、家に帰るのは、たまにだ。
彼女は、生ゴミを捨てる穴を掘ることで、自分の中の穴を確認している。
あるいは、深く、深く掘りすすめる先に、答えでも見つけようとしているのか?大きくなる穴に、快感を覚えているのだろうか?いや、もしかしたら・・・掘り返した土を、自らの心の穴に埋め返しているのかもしれない。
埋まることのない深い穴。他の短編でも、女達は、それぞれに空虚を抱えて生きている。それは、マーマレードであり、たまごやきであり、指輪であり・・・流しの穴だ。そして、どの物語にも共通する、日常にひそむ空虚・むなしさ・孤独。
ああ。きっと、どの物語の女たちも、穴を掘っているのだ。そして、彼女たちの多くが、自分の中の穴に気づいたとき、、、なぜか、ほんの小さな、幸せにも似た感情を抱く。不思議だ。
物語の女たちの中に潜む空虚を見つける度に、自分の中の穴を指でたどっている自分がいる。同じ穴なんじゃないか?どっちが深いだろうか?
一つ一つの穴をたどり、確かめ、深さを量っている自分がいる。まるで、自虐的行為だ。そして・・・本を閉じたときに感じたのは、彼女たちと同じ、ほんの少しの幸せだった。
不思議な本。岩坂恵子。他の作品も、是非、読んでみたい!
J.D.サリンジャー 作
村上春樹 訳
『星の王子さま』を無事に読み終えた後、本棚に眠ったままの本たちを、読み返してみようと心に決めた。まずは、大好きな村上春樹訳の本。
村上氏の著書は、すべて読んでいるはず(たぶん)だが、訳した本は、殆ど読んでいない。村上氏が好きな作家なのだから、きっと読めるだろうと思うのだが、やっぱり・・・駄目。
その中でも、この物語は特別だ。始めて会ったのは、大学生のとき。村上訳では、なかった。
たぶん・・・だけれど、心理学の教授が、授業中に勧めてくれた。買ったのは、白水社から出ている1984年に初版された野崎孝一訳。
けれど、何回挑戦しても、全寮制の学校を退学になる主人公・ホールデンが、お世話になったスペンサー先生に挨拶に行くという、冒頭のシーンを読んだところで終わってしまう。
何回、ホールデンがスペンサー先生を訪ねただろう?
とにかく、なぜか、いつもそこまでしか読めなかった。そして、本棚行き。
二回目に読もうと再決心したのは、村上氏が、この本について書いたものを読んだとき。
けれど、やっぱり、ホールデンはスペンサー先生に会いに行き・・・本棚。
三回目に読もうと思ったのは、村上氏が訳した、この本が出版されたとき。
(野崎氏の訳したものはそのままで、現在は、両方が白水社から出版されている)
ところが・・・読めなかった。しかも、例の箇所まで。
だから、今回(四回目)、ホールデンがスペンサー先生の家を出て、寮にもどってきたときには、「ああ!今回は、最後まで読めるぞ!」と確信してしまった。スピードに乗ってくると、今まで苦労してきたことが嘘のように、スラスラ読める。
けれど・・・あまりにスピードに乗りすぎたのだ。2・3日前から、具合悪くなってしまった。
心が、だ。
感じやすいホールデンは、(たぶん)大好きだった弟を亡くしてしまってから、この世界すべてを敵に回して生きている。
権力、金、性欲。すべてをオゾマシイと考え、すべてを憎んでいる。
なのに、結局のところ「いいとこのボンボン」から抜け出すことが出来ない。
一晩のうちに金を湯水のように消費し、憎むべき大衆の集まる場所に行き、クソ食らえな映画や演劇を観て、そして、好きでもない女の子とデートする。
そして、その度に、世の中をののしり、憎むのだが、反面、彼は、それがないと生きていけない。けれど、それに気づくことが出来ないのだ。
この本を勧めてくれたのは、やはり、心理学の先生だったのだろうと確信した。
感じやすい若者の、大人の作り出したものへの、異常なほどの嫌悪感。
私は、もがき苦しむ主人公に共感するような若さも、パワーも、すでに持ち合わせていない。少々、いや、かなり年をとりすぎてしまった。私は、もう哀れみを通り越して、呆れてしまうしかない。けれど、たしかに「それ」は、今も、私の中にある。
そう気づいたとき、急激に気持ちが悪くなってきた。心が重い。元はといえば、心理学の先生が勧めた本だったのだから、もう少し、用心して読むべきだった。
今朝、読了したときには、もう、心が重くておかしくなりそうだった。・・・ハマリすぎです。
今日が、晴れでよかった!

何度も読み始め、何度も挫折した。
そのことを職場の先輩に話したら、日に焼けて、茶けてしまった
古ぼけた本を貸してくれた。
先輩が言う。
「この本の歴史を感じたら、きっと、最後まで読めるわよ。」
昭和40年版。値段240円!!
頁をめくると、壊れてしまいそうな本。
慎重に、丁寧に頁をめくる。なんだか、不思議な感覚です。
そして今日、とうとう・・・王子さまは、行ってしまいました。
驚きと、ほんの少しの喪失感を味わった休日。
心にとめたい言葉が多すぎて、何度も言葉を飲み込んでいる。
この本。もう少しだけ、我が家にいてもらうことになりそうだ。
『おりの中の秘密』
ジーン・ウィリ 著・千葉 茂樹 訳
今日は、私の読んだ本の読書日記。
児童書や絵本を紹介してくれているブログで、この本を知った。
その記事を読んだ瞬間、とにかく読みたい!と思った。不思議な位、惹かれた。
ところが、図書館では、いくら探しても見つからず・・・図書館員の方に教えてもらって借りることができた。
そう。児童書コーナーではなく、ヤングアダルトというコーナーに、静かに眠っていたのだ。
そんなコーナーがあることすら知らなかった・・・どういう基準で、このコーナーに置かれるのかしら?そんな疑問を感じつつ、本を広げる。
そして、そのまま、読みつくしてしまった。まさに、むさぼるように!
こんなに夢中になって読んだのは、久しぶりかもしれない。
耳はしっかりきこえてる。頭もちゃんと動いてる。ぼくはただ、話せないだけ。どうしてなのかはだれにもわからない。話せないからといって、話したいことがないわけじゃない。話したいことならいくらでもある。
そんな言葉で始まる、この本の主人公「ぼく」は、話せない11歳の男の子。
ぼくは、周りの友だちや大人たちの言葉に傷つけられ、疲れ果てている。
そして、言葉を話さないものたちと一緒にいたくて、動物園に行く。
ある日、ぼくの母さんが、一緒に動物園に行きたいと言い出し、二人は、あるオリの前で足を止める。
ゴリラのおり。
そこから、物語は一気に流れ出す。
ぼくは、知ってしまったのだ。その、おりの中にかくされた秘密を。
ぼくが、周りの人たちに傷つけられていく様は、あまりに悲しく、切なく・・・恐ろしく胸が苦しくなった。
ぼくの周りの人間には、これっぽっちも悪気はない。
それが十分すぎる位わかるから、こんなにも悲しく、切ないのだ。
言葉の魔力、言葉の恐ろしさ。
私の紡ぎだす言葉たちは、誰かを傷つけてはいないだろうか?
そんなことを、深く深く考える。
最後に起こる、ぼくとゴリラの奇跡は、最高に温かく、希望に輝いている。
良かったね。心から、そう言って、本を閉じることができた。
そして、そんな温かい気持ちを抱きながらも、また、言葉について考える。
・・・そんな本だった。
難しい漢字にはルビもふってあるし、なぜ、この本が児童書のコーナーにないのか、とても不思議だ。
あんな児童書のハズレのハズレ、漫画の隣に設けられた小さなコーナーでなく、是非、児童書のコーナーに持ってきてほしい。
いつか、少しだけ大人になった息子に読んで欲しい本。