もともとの意味から外れて使われる言葉の一つに「鳴かず飛ばず」がある。長いこと知らなかったのを白状しつつ記せば、中国の『史記』などの「三年飛ばず鳴かず」が元だそうだ。雄飛の時に向け、はばたかず、鳴きもせず、力を養う鳥を人の営みに重ねていて、さげすむ意味はなかったという▼「飛ばんとするものは翼伏(ふ)す」のことわざ同様、雌伏の時の重みを伝える言葉か。いきなり空高く舞う天才たちがいる野球の世界で、鳴かず飛ばずの日々に力を蓄えて、だれより高く飛んだ人だろう。巨人・上原浩治投手である。四十四歳での引退を今週、表明した▼尊敬する人はと問われたら「一生懸命勉強している浪人生」と答えるそうだ(著書『覚悟の決め方』)。高校時代は控え。受験に失敗し、予備校生活を送っている。猛勉強の日々で野球は週一回の草野球。後年の米大リーグ・レッドソックスの「胴上げ投手」は軟式の捕手も務めている▼どれほど野球が大切かを雌伏の時代に知ったという。反骨心が芽生えた。人一倍の練習につながる。故障の日々を浪人時代のつらさを思って乗り越えたという▼特別な身体能力には恵まれていないそうだ。心身すべてで球史に残る名場面を生んできた▼まだできるの声もある。優勝争いの時期を避けたいと身を引いた。翼のたたみ方の見事さも、鳴かず飛ばずの時を生きた人らしい。