新渡戸稲造は『武士道』でこう述べている。<戦闘におけるフェア・プレイ。この野蛮さと…原始的な感覚のうちに、なんと豊かな倫理の萌芽(ほうが)があることだろうか>▼野蛮な世界から生まれるから<フェア・プレイ>は尊い。そんな主張だろう。<英国を偉大にしているかなめの石>であるとし、武士道に通じると説いた▼サッカーワールドカップの日本代表「サムライ・ブルー」にとってフェアプレーは命綱だった。警告の少なさによるフェアプレーポイントでH組突破である。年代、男女を問わず日本代表の警告は少ない。持ち味は誇っていい▼圧倒されたのは西野監督の賭けだ。ポーランド戦終盤、負けているのに警告と失点を避け、攻めない。セネガルの負けを待った。恐れず戦うというサムライらしいイメージさえも、賭けのテーブルに置いた感がある。裏目に出れば損失も批判も莫大(ばくだい)だ。それでも別の試合に命運を委ねたことに驚かされ、うならされる▼「日本はフェアプレーに貢献せず」「試合が死んだ」。それまでたたえていた欧州紙にそうある。イメージはやはり多少なりとも傷ついた▼ただ賭けは、勝ちだ。<賭けとは全身全霊の行為であるが、百万円持つていた人間が、百万円を賭け切るときにしか、賭けの真価はあらわれない>(三島由紀夫)。道に反したという批判も背負っての次。また驚かしてくれるか。
街を歩いている男性の携帯に友だちから着信があった。近くにはいないはずなのに、現在地を言い当てられた。手の中に小銭があること、さらにその額、車をどこに止めたかまでも▼手品じみた出来事のタネは、警察が管理している街頭の監視カメラにあった。ネット上で公開が始まった多数のカメラからの映像を友人は見ていたのだ。米紙ニューヨーク・タイムズが、今月伝えたところによれば、米東部ニューアークで、男性のようなことが実際に起きているという▼通常、映像は公開されないはずだ。しかし犯罪多発に悩むニューアークの警察は発想を変えた。当局のカメラ映像をだれでも見られるようにし、「怪しい出来事を通報してほしい」と呼びかける▼歓迎の声が上がっているという。一方で批判もある。当然だろう。相互監視の社会へ一歩踏み込んだように見えるからだ。いつだれに見られているか分からず、何かを報告されているかもしれない。オーウェルが名作『一九八四年』で描いた抑圧された社会さえ思わせる。自由の国米国で始まっているのにも驚く▼カメラはわが国でも増えている。事件解決や捜査の役に立つ例は実に多い。治安に欠かせないという点は大いにうなずける▼有用だからこそ踏み越えてならない一線が気掛かりになる。向こう側に行かないためにも米国の先駆的な取り組みの先が気になる。
交番を襲う。拳銃を奪う。奪った拳銃で銀行に押し入る。もちろん許せぬが理解はできる。拳銃を奪う。奪った拳銃で恨みのある人物を殺害する。これも理解はできる。どちらも犯罪だが、拳銃を奪う目的がある▼警官を刺殺し、拳銃を奪う。小学校で警備員に発砲し殺害する。現時点での情報に限れば、警官や警備員に恨みがあったわけでもなさそうだ。おそらく面識もない。だとすれば、この凶悪事件の目的が分からない。二十六日の富山市内での事件である。いったい、この二十一歳の元自衛官は拳銃を奪い、最終的に何がしたかったのか▼その日はアルバイトをしていたという。その日常から、時を置かずしてナイフとおのを手にまがまがしい世界へと向かっていく。目的もその男の心も見えぬ分、この事件に震える▼どうなってもかまわぬ、そんな心で引き起こされた事件が続いている気がしてならぬ。先日も東海道新幹線車内で見知らぬ乗客をナイフで殺害する事件があった。容疑者は二十二歳だった▼決めつけるわけにはいかぬが、仕事や人間関係でうまく折り合えず、自暴自棄になった若い心が凶器を握らせてしまう部分がないか。失うものなど何もないと道を踏み外し、無関係な人の命を奪う▼甘ったれるなと思う一方、この手の事件の正体を見破らぬ限り、拳銃管理を厳重にしただけでは再発防止にはなるまい。
アメリカン・ニューシネマを代表する映画「イージー・ライダー」の日本公開は一九七〇年だから、思い入れのある世代といえば、七十歳前後になっているか▼日本でも大ヒットし、あの頃の若者の下宿部屋にはハーレー・ダビッドソンにまたがるピーター・フォンダとデニス・ホッパーのポスターがよく貼ってあった気がする▼映画の中で、ピーター・フォンダが腕時計をぱっと投げ捨て、走り去る場面が印象に残っている。時間という名のくびきからも逃れ、自由と、本当のアメリカを探す旅。ニュースにその場面をつい思い浮かべる。そのハーレー・ダビッドソンが一部の生産を米国外に移転させると発表した▼米トランプ政権のEUなどに対する鉄鋼・アルミニウム関税上乗せがそもそもの原因である。報復措置としてEUが米国製品への追加関税を発動。EUで売り上げを伸ばすハーレーとしては追加関税を受けては商売にならぬと考えた上での移転のようだ。国外移転は欧州向けの生産に限るが、米国のシンボルともいえる企業が故郷を離れる▼米国を守るためと打ちだした鉄鋼・アルミニウムの関税強化が結局、米国自身の首を絞めている。貿易戦争の無意味さが分かろう▼トランプ大統領はハーレーを批判しているが、ばかげた政策を足蹴(あしげ)に砂じんを巻き上げ、別の場所を目指すハーレーの姿というのは痛快でもある。
Easy Rider - Intro - Born to be wild!
Slavik Kryklyvyy & Karina Smirnoff - Cha Cha - 2016
Oleksandr Kravchuk - Olessia Getsko Rumba
古道具屋の亭主が汚い太鼓を仕入れてくる。おかみさんはそんなものが売れるはずがないと叱る。「どうしておまえさんはものが分からないのかねえ」。ところがさる大名に三百両で売れる。落語「火焔太鼓(かえんだいこ)」の一場面。お金を目の前にしたこのおかみさんの豹変(ひょうへん)ぶりがおかしい。「あらあ、おまえさんは商売が上手」▼落語「御慶(ぎょけい)」のおかみさんの変わり身も早い。富くじを買うという亭主に当たるはずがないと反対する。「そんなに富(くじ)がいいなら、富と一緒になったらいいじゃないか」。そう言いながら的中すると「だから、富はちょくちょく買わなきゃって言ってたのよ」▼ばつの悪そうな二人のおかみさんの顔が浮かんでくる、ワールドカップ(W杯)ロシア大会での日本代表の奮闘である。二度もリードされながら追いついたセネガル戦に未明の眠さを忘れた▼開幕前の不振、直前の監督交代で日本代表に対する世間の期待は二人のおかみさんと同じとは言わぬまでもかなり冷めていた▼低い期待や逆境にもめげることなく、難敵と懸命に渡り合い、結果を残す。そのひたむきな姿が世間の声をすっかり「あらあ日本代表はサッカーが上手」に変えた。大したものだ▼16強入りが見えてきた。今まで通りののびのびしたプレーを願う。どんな結果になろうと日本代表への世間の評価はもはや豹変しようがなかろう。
米大リーグの長い歴史の中には信じられない退場劇がある。一九八六年六月、サンディエゴ・パドレスのスティーブ・ボロス監督は試合開始前に退場させられた▼きっかけは前日の試合でパドレスの三塁走者が本塁ベースに触れているのに審判は得点を認めず、アウトを宣告。腹の虫の治まらぬボロス監督は次の試合前、その審判に歩み寄り、何やら進呈。問題の場面が収められたビデオだった。審判を侮辱したとプレーボール前の退場となった▼オリックスの福良監督の怒りはそれどころではないだろう。なにせ相手チームのファウルが決勝本塁打と認められてしまった。しかも審判がビデオ映像でその場面を見直すリプレー検証を行いながらである▼試合後、再度の見直しによってファウルだったと審判団も認めているが後の祭り。球史に残る珍事件である。映像でも見間違えたとあってはリプレー検証の意味はない▼判定見直しを求めるリクエスト制度のない時代なら、どんな抗議にも極端にいえば「俺がルールブックだ」で押し通せたかもしれぬが、映像という動かぬ証拠がある以上、こういう事態になるとかえってややこしい▼やはり、その場面の直前からの再試合というのが適当か。このままでは審判がファウルと判定した本塁打が記録上に残る。そして、日本野球機構には大量のビデオ映像と眼鏡が届くことになる。