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今日の筆洗

2021年10月30日 | Weblog
米人気作家のスティーブン・キングが、恐怖とともに記憶に強く残る十歳のころの経験を書いている。一九五七年、見ていた映画がいい場面なのに中断した。知らせたいことがあると言って突然現れた映画館の支配人の声が、震えている。<ロシアが地球周回軌道に人工衛星を打ち上げました。スプートニク、というのがその衛星の名称だそうです>▼映画を止めてまで伝えられた話の重みをすぐに理解した。<ロシアが、宇宙で、わがアメリカに水をあけたのだ…それは、まぎれもなく頭上にあった…あいつらのスプートニクが>(『死の舞踏』)▼技術で劣るはずの敵国の兵器がわが頭上に…。核攻撃を想像させて米国民を動揺させたスプートニク・ショックである▼数十年ぶりに恐怖がよみがえったか。中国が実施したと報じられる極超音速兵器の実験に関し、米軍高官が先日スプートニクの衝撃に「極めて近い」と述べた。中国は否定するが、音速の数倍で飛び、迎撃困難、核兵器搭載可能という▼軍事技術で他を圧倒した国が、頭上から狙われる立場になった衝撃であろう。軍拡競争がまた加速しないか。心配になる▼<犬一匹宇宙の旅をしつづけてその鳴く声の地球にとどく>林圭子。犬を乗せたスプートニクの2号を詠んだとおぼしき歌が、『昭和万葉集』にあった。再びのショックには、歌になりそうな趣はみえない。
 

 


今日の筆洗

2021年10月28日 | Weblog
漫画で風をどう表現するか。やや細い斜線で空気の流れを描き、風に舞う木の葉でも描けばそれらしく見えてくる▼この人の筆は風に登場人物の心情まで乗せて描くことができた。穏やかな風ではない。一揆や決闘の場面。あるいはおびただしい数のしかばねが折り重なる原野。背景には冷たい風が吹いていた。『忍者武芸帳 影丸伝』『カムイ伝』などの漫画家、白土三平さんが亡くなった。八十九歳▼徹底的に弱い者の立場から物語を描いた。「だって強い者から見る経験がないから」。インタビューの言葉が印象に残る。戦中戦後の貧しい生活。中学の時、小松菜だけを弁当箱に詰めて持っていったそうだ。裕福な家庭の子が持ってきた餅を「食い飽きた」と捨てた。拾えなかった▼弱者の視点に立ちながら弱者に安易なハッピーエンドを用意する人ではなかった。農民が中心となる時代をつくろうと暗躍した影丸もついには信長勢に捕らえられ、処刑される▼白土さんが描いた冷たい風は人間の悲しみの象徴だったかもしれぬ。それでも闘い、幸せを求め続けよ。そう訴えたかったのだろう。影丸は死の間際、信長に伝えよとこう言い残す。「われらは遠くから来た。そして遠くまで行くのだ…」▼それは希望の言葉である。圧政をくじく第二、第三の影丸は必ずやって来る。希望を力強く描いた人が旅立たれた。風が冷たい。
 

 


今日の筆洗

2021年10月27日 | Weblog
作家の山本周五郎は頼まれてもめったに結婚式には出席しなかったらしい。その人が珍しく結婚式に出て、祝辞まで述べたことがあったと、作家の山口瞳さんが書いていた▼お弟子さんに当たる方の娘さんの結婚式だったそうだ。祝辞を求められると立ち上がり、壇上ではなく、新婦のところへ向かった。そして耳元で何かをささやいて自分の席に戻ったそうだ▼何を言ったのか。新婦の父が山口さんに教えてくれた。「いま、あなたにオメデトウとは言わない。あと、十年経(た)ち、二十年経ち、立派な家庭を築いたときに、はじめてオメデトウと言います」▼皇室を離れたので「様」ではなく、「さん」と書く。秋篠宮家の長女眞子さんと小室圭さんが結婚された。「ゴールイン」とはよく言ったもので、圭さんの母親の金銭トラブルなど何かと苦労の多かった結婚までの長い道のりである。周五郎さんとは違い、いまオメデトウと言う▼記者会見で、今後も自分や圭さんとその家族への「誹謗(ひぼう)中傷」が続くのではないかと心配していた。晴れの日にこんな不安があるとは、お気の毒だが、お二人の幸せな日が続くことで結婚によい顔をしなかった一部の空気もやがては変わっていくだろう▼なるほど、オメデトウを言わなかった周五郎さんの祝辞の意味が分かる。嫌みではなくがんばれと言ったのであろう。十年経ち、二十年経ち…。
 

 


今日の筆洗

2021年10月26日 | Weblog
一九三三年、酒の販売、輸送を禁じる禁酒法が米国で廃止され、お酒が解禁された夜、酒場ではある歌が夜通し、演奏されたと伝わる。「HAPPY DAYS ARE HERE AGAIN」。幸せな日が再び−。歌いたくなる気分がよく分かる▼<幸せな日々が帰ってきた。空は再び晴れわたる。歌いましょう。心配もトラブルも過去のもの>。そんな歌である。二九年発表の曲だが、禁酒法廃止を訴えたフランクリン・ルーズベルトが大統領選のキャンペーンソングとして使い、有名になった▼禁酒法の廃止ではないが、通常営業の再開に歌いだしたくなる人もいるだろう。東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県はコロナ対策で求めていた、飲食店の営業時間短縮や酒類提供の制限を全面解除した。東京では約十一カ月ぶりの通常営業となる。長かった▼苦しい経営を迫られた飲食店側はもちろん、酒類の提供時間や営業時間を気にしないですむ利用者にとっても<空は再び晴れわたる>というところだろう▼なるほど、新規感染者数は激減している。が、あくまで「今は」である。小言めくが、通常営業になったからと感染対策まで忘れてしまえば感染リスクは再び高まる▼英国などリバウンドに苦しむ国がある。おそるおそる酒場を楽しむとするか。歌とは違って<心配もトラブルも過去のもの>とはまだ決して言えない。
 

 


今日の筆洗

2021年10月25日 | Weblog
二十世紀を代表する作曲家のショスタコービッチはピアニストを目指していた。一九二七年の第一回ショパン国際ピアノコンクールにも出場している。二十歳のころである▼本選に進むも入賞には至らず、ディプロマ(特別賞)。こんな話がある。当初の審査では三位だったが、地元ポーランドの出場者を上位に入賞させるため審査員がソ連のショスタコービッチを外したというのである▼今では考えられぬが、当時は審査にも政治が付きまとった。だが、その後の生涯を思えば、結果は必ずしも不幸とはいえない。入賞していればピアニストとして活躍したかもしれないが、果たして、大作曲家としての地位を築き、数々の交響曲を残せたかどうか▼別のピアニスト。サッカー選手を目指していたが、子どものとき、転倒し、大けがを負った。サッカーをあきらめ、ピアノに向き合うようになったそうだ。先日の第十八回ショパンコンクールで二位に入賞した反田恭平さんである▼サッカーがだめなら、ピアノ。不運や挫折に泣きたくなる日があろうとも精進すれば、別の道で花開くこともある。そんなことを子どもたちに教えたくなる話である▼反田さんはご存じだろうか。ショパンコンクール開催のきっかけはサッカーらしい。創設者は若者がサッカーに熱狂している姿を見てピアノにも夢中になってとコンクールを思いついた。
 

 


今日の筆洗

2021年10月23日 | Weblog

情趣は文学の世界で生きている。そんな絶景がある。秋田の象潟(きさかた)は知られているだろう。鳥海山を背景に、大小さまざまな島が浅い海に浮かんだ景色は、松島と並んで称賛され、古くから歌枕になった▼<象潟の桜は波に埋(うず)もれて花の上漕(こ)ぐ海人(あま)の釣舟>。西行が詠んだと伝わる歌は往時をしのばせていよう。芭蕉も『奥の細道』で美しさをたたえた。その後の一八〇四年に起きた直下型地震で土地が隆起し、潟は埋まってしまう。現在の景観にも趣はあるが、かつての情趣にひたるには、歌や俳句を頼りにする必要があろう▼アフリカの有名な絶景の地にも異変が起きている。地球温暖化が今のまま推移すると、最高峰のキリマンジャロ山など三つの山の氷河が二〇四〇年代になくなり、大陸から氷河が消える。驚きの見通しを世界気象機関(WMO)が先日、公表した▼<全世界のように幅広く、大きく、高く、日をうけて信じられないくらい白く、キリマンジャロの四角い頂があった>。ヘミングウェーの小説『キリマンジャロの雪』の一節だ。映画も印象深かった▼雄大なあの景色にも、いずれ影響は及ぶのだろうか。趣が文学や映画の世界に生きる時がくるかと思えば、切ない▼気候変動とは、かけがえのない景色を一方通行で文学の世界に、やってしまうものかもしれない。失われる絶景は他にもありそうだ。警鐘だろう。


今日の筆洗

2021年10月22日 | Weblog
前回の総選挙だったか。公約を訴えた野党の文章の言葉を覚えている。「多様性こそが、力です」。同じスローガンを掲げる大手企業の社会貢献事業もあったが、多様性は社会が目指す目標であるだけでなく、社会を強くするものであるという理念だろう。変化や危機の時代には、「一様」より「多様」のほうが強そうで、説得力を持つように思えた▼どうも、よからぬ目的のためにも多様性は力であるらしい。北朝鮮の度重なるミサイルの発射に暗たんとしつつ、そんなことを思わされる▼先月から、長距離巡航ミサイル、鉄道を使う弾道ミサイル、極超音速ミサイルと主張する兵器ときて、先日、日本海に落下したのは、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の新型という。頻繁な発射には、これほど多様な兵器を持っているのだと、内外に示す狙いがあろう▼SLBMは探知や迎撃を避けやすく、他を破壊された時にも、温存できる可能性がある。核開発をしている国が着実に核兵器の運搬手段を増やして、高度にしている。脅威は増す一方ではないか▼国内の経済的な困難と裏腹のミサイル開発でもある。止めるべきときに、国連安全保障理事会は緊急会合を開きながら、またしても非難声明を出さなかった。中ロの姿勢が、影響しているようだ▼一様であってほしいときにそろわない足並みもまた、脅威を大きくしている。
 

 


今日の筆洗

2021年10月21日 | Weblog
老い、傷つきながら大物カジキと必死に闘う漁師、サンチャゴ。もちろんヘミングウェーの「老人と海」である。「手よ、引っ張ってくれ。脚も頑張ってくれ。頭も最後までこらえるんだぞ。おれのためにこらえてくれ」(訳・野崎孝)▼球場に冷たい秋風が吹く。海の中のあきらめぬ老漁師を見た気になる。初球は高めのボール。球速は百十八キロしかない。二球目はなんとかストライク。そしてボール、ボール、ボール。松坂大輔投手の最後のマウンドは四球だった▼ぶざまと見た人はおるまい。かつての百五十キロを超える剛速球は消えた。ボストンを熱狂させた鋭いスライダーもない。肩の痛み、右手のしびれ。四十一歳となった「平成の怪物」が歯を食いしばり投げている▼延長十七回の対PL戦。イチローから三つの三振を奪い「自信が確信に変わった」と語った対オリックス戦。ワールドシリーズでの一勝。大投手の名場面は数々あれど最後の四球こそ一層大きく掲げよう▼制球定まらぬ百十八キロの直球。それは最後までもがき、野球に立ち向かった証しである▼あの漁師はけがと闘う強打者ジョー・ディマジオを自分に重ね、励みとしていた。サイモンとガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」のひと節を思い出す。<ディマジオ、どこへ行ったんだい。国中が寂しい目をしているよ>。「怪物」の名に替え、口ずさむ。
 

 


今日の筆洗

2021年10月20日 | Weblog
 「一人の子どもを育てるには一つの村がいる」。子育てに関するアフリカのことわざだそうだ▼どんな意味かお分かりか。この人の幼少期がそれを地でいくような毎日だったそうだ。十八日、八十四歳で亡くなったコリン・パウエル元米国務長官▼育ったのはニューヨークのサウス・ブロンクス。当時は犯罪が多い地区で黒人の子どもが道を踏みはずしやすい環境だったそうだが、そうならないよう近くに住んでいた大勢の親類がいつも目を光らせていたそうだ。悪さをすれば親類が両親に「通報」する▼学校の成績は普通。野球は下手で、音楽もだめ。それでも腐ることなく、まっすぐな道を歩めたのは誰の子どもでも大切に育てる親類という「村」のおかげだと振り返っている。そしてその道は黒人初の大統領補佐官(国家安全保障担当)、黒人初の米軍統合参謀本部議長、黒人初の国務長官につながっていた。黒人初。そう書くのは簡単だが、その裏側にある苦労と努力を思う▼「自分の死亡記事にはその汚点について書かれるだろう」。あることをずっと悔やんでいた。イラク戦争の大義を訴える二〇〇三年の国連演説である。イラクが大量破壊兵器を隠していると非難したが、実際には見つからなかった▼痛恨の失敗だが、それをごまかさず、批判を真正面から受け止めていた。口うるさい「村」の教育のおかげなのだろう。
 

 


今日の筆洗

2021年10月19日 | Weblog
長州藩が外国船などを砲撃した下関戦争の直後の話なので一八六四年の秋のことか。長州藩の伊藤博文が英外交官、アーネスト・サトウに西洋式の夕食を用意した▼サトウが料理の感想を書いている。ウナギのてり焼き、スッポンのシチューはおいしかったが、ゆでたアワビと鶏肉は「論外」となかなか厳しい▼「素晴らしかった」と書いているのがデザートである。何を出したかといえば、柿。皮をむいた半熟の柿を四つに切って甘い米酒(みりん)に浸したものを出した。なるほど、おいしそうだ▼柿の季節である。「素晴らしかった」と言うサトウの感想に柿好きは胸を張りたくなるが、柿の良さは味ばかりではなかろう。この季節、柿の実がなっている里の光景を見れば、懐かしさに胸がいっぱいになるようなことがある▼「日本の秋は悲しいほど美しい」。俳優の森繁久弥さんが柿の実の光景について書いていた。終戦後、満州から帰国した時のことだそうだ。柿の実のなる家を見て「これが祖国というものだ」と一人うなずいていたそうだが、なんとなく分かる▼二週間ほど前にセミの声を聞いた。妙に暑い十月かと思えば今度は急に寒くなってきた。昨日の東京は十一月中旬並みの冷え込みだそうだ。秋が深まっていく。岐阜に住む人が赤い実をつけた柿の木の写真を送ってくれた。ちょっとすえた、においを思い出す。