カーリングのまちとして知られる北海道北見市常呂(ところ)町の特産はホタテである▼今年、常呂であったカーリングの日本選手権では、北京冬季五輪で銀メダルを獲得した地元拠点の女子チーム「ロコ・ソラーレ」が名物の「ほたて燻油漬(くんゆづけ)」をお土産として対戦相手に贈って話題に。業者に注文が殺到した▼常呂の漁港のホタテ水揚げは国内有数。昔は豊漁と不漁の落差が大きく、地元のオホーツク海沿いのサロマ湖で古くから養殖法を研究した。湖で育てた稚貝を外海に放流する方式を考案。海を4区域に分けて、放流、水揚げの海区を毎年替える手法を確立し、水揚げは安定したという▼東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に反発する中国の日本産水産物禁輸。ホタテの打撃が大きい。中国向け輸出が従来多く、オホーツク海沿岸地方の関連企業などの7割超が「影響がある」と答えた調査も。冷凍庫に在庫が山積みの会社があるとも報じられた▼長く苦労して漁獲を安定させてきたのに、直面した理不尽。販路の新規開拓も簡単ではなかろう。常呂漁協の組合長らは宮下農相との面会で禁輸に関し「外交的に解除する努力を」と訴えた▼カーリングは、相手の出方を読みつつストーンを配する戦略性が求められ「氷上のチェス」と呼ばれる。凍結された商いを再開させるべく、強硬な先方と向き合う戦略を国は描けているだろうか。
1929年、世界恐慌が起きた当時の米大統領、ハーバート・フーバーはあまり笑わぬ人だったらしい。写真を確認するとどの顔も機嫌が悪そうで、お世辞にも陽気な人とは思えぬ▼28年の大統領選で陣営はフーバーの無愛想な顔に苦労した。これでは人気が出ない。ある日、選挙対策チームの一人が気づいた。フーバーさん、飼い犬と一緒にいるときだけは顔が優しく、穏やかになる。陣営は大急ぎで犬とフーバーの写真を大量に配り、しかめつらのイメージを改善した▼ホワイトハウスで暮らす、こちらの犬は大統領を笑顔ではなく心配顔にさせているようである。2歳オスのジャーマンシェパード、コマンダー。「司令官」とは立派な名だが、大統領の警護官にかみつく事故をたびたび起こしているそうだ▼先日もまた、やらかし、これで11回目とは警護官もたまったものではない。議会対応で共和党に手を焼く大統領だが、このままでは飼い主としての指導力も問われよう▼「われは虎いかになくとも犬はいぬ」。犬にかまれないためのおまじないを警護官に教えたくなるが、犬の方にもかむ事情があるはずだ。人の出入りが多い、ホワイトハウスでの暮らしはやはり、若い犬にはストレスなのかもしれない▼フーバーさんを助けた犬。一時、ホワイトハウスで暮らしたが、まわりとなじめず、かわいそうだとよそに移された。
『暗夜行路』などの作家、志賀直哉は濃い味が食べ物のお好みだったようだ。嵐山光三郎さんの『文人悪食』に教わった。「たいがいのものは塩辛くないとうまくない」が持論だった▼濃い味が好まれる東北の生まれというのも関係があるか。関東、東北の人間は関西の人よりも2割、多く働くため、その分、塩分が濃くなると主張し、関西の薄味は「活動しない人」の味覚とまで決めつけていたらしい。今なら、関西方面で「なに抜かしとんのや」の声が上がるだろう▼当時としては88歳と長寿の作家だが、塩分の取り過ぎが体に障るのはいうまでもないだろう。高血圧や心臓病にもつながりやすい▼「小説の神様」に特別なお箸を1膳、進呈したくなる。ユニークな研究に贈られるイグ・ノーベル賞。今年の「栄養学賞」に明治大の宮下芳明教授と東大大学院の中村裕美特任准教授による、味を変える箸の研究が選ばれた▼微弱な電流を通した箸を使って食べ物を口に運ぶと感じる味を変化させることができるそうだ。20年近く続く研究で、既に減塩した食べ物でもちゃんと塩味を感じる装置も開発している▼イグ・ノーベルとはノーベル賞と英語の「ignoble(不名誉、不誠実)」を組み合わせた造語だが、塩の摂取量を減らし、健康を増進する名誉ある研究だろう。体重増に悩む身は甘さを強く感じるフォークが欲しい。
1隻の日本の汽船の動向に世界が注目した歴史がある。船の名は「駒形丸」▼1914年、シーク教徒を中心としたインド人が「駒形丸」で、新天地での生活を求め、カナダを目指した▼夢はかなわなかった。カナダ側は当時、同じ英国の「臣民」であるにもかかわらず、インド人に対する反移民感情から入国を拒否した。結局、大半の乗客は船でインドへ向かうが、待っていたのは「コルカタの悲劇」である。乗客と警察当局が衝突し、大勢のシーク教徒が死亡した。『駒形丸事件-インド太平洋世界とイギリス帝国』(秋田茂、細川道久著)に詳しい▼「駒形丸」を拒否した過去の差別。これを2016年に謝罪し、二度と繰り返さぬと表明した首相としては、カナダに住むシーク教徒の不可解な死を見過ごしにはできなかったのだろう。トルドー首相はシーク教指導者が6月、カナダで殺害された事件にインド政府の工作員が関与している可能性を指摘した▼殺された指導者はインドがテロリストと判断した人物という。インドとシーク教過激派の長い対立の歴史は理解しても、これが事実なら、トム・クランシーの国際スパイ小説ばりの荒っぽいやり方が許されるはずもない▼インドはカナダの主張を強く否定し、両国関係は急速に悪化に向かっている。今は両国が同じ船に乗り、真相解明という港に向かうのが筋であろうが。
「イギリスじんの ちがにおう/いきていようが しんでいようが/ほねをこなにして パンにやくぞ」(谷川俊太郎訳)-。英国の伝承童謡集「マザーグース」にこんな詩がある。少し、怖い▼同じ英国の童話『ジャックと豆の木』の基になった伝説にもそっくりの文句が巨人のせりふとして出てくる。かの地の巨人の決まり文句みたいなものらしい▼ジャックのように、とはいかなかったが、巨人を苦しめた。ラグビーワールドカップ(W杯)の日本代表。12-34は善戦である▼相手は過去に日本が10回挑み、一度も勝てなかったラグビー発祥国。今回も日本大敗の下馬評もなくはなかったが、踏ん張った。試合中、予想以上の手ごわさにイングランドの選手が動揺しているように見えたのはこちらの身びいきばかりではなかろう▼とりわけ前半のスクラムは巨人をしのいだ印象さえある。決して詩のように「ほねをこなに」などされなかった。イングランドに冗談のようなヘディングからのトライがなければ…▼60-7。1987年の第1回W杯で日本が大敗したイングランド戦のスコアを思う。数字の語呂合わせで「無情な」と読むのは苦しいか。今回のスコアは「オイッチニサンシ」と読む。世界の頂点を目指す日本代表。近道はない。それは長い旅路を歩む地道な掛け声なのだと思うことにしよう。1次リーグはなお続く。