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今日の筆洗

2021年04月30日 | Weblog
 人類で初めて月に降り立ったのは「小さな一歩」のアポロ11号、アームストロング船長である。続いて、オルドリン飛行士が歩いた。二人が月面で活動していたその時、ひとり司令船で、月の周回軌道にいた人物は、印象が薄い。「忘れられた宇宙飛行士」「歴史上最も孤独な男」「第三の男」と語られるマイケル・コリンズさんだ▼月の裏側に入ると、地球が見えない。生まれ育った星と人々、そして仲間から、通信も含め、切り離された時空を経験している。再び見えてきた地球は「青と白の宝石」だったそうだ▼<そこには国境などはなく、人種のちがいや、大都市と農村の区別もなかった>と述べている。<一面とてもこわれやすそうに見えた>とも。月面に足跡を残す栄誉にあずかった同僚らよりも、神秘に触れ、思索にひたることができた人だったかもしれない▼コリンズさんが九十歳で亡くなった。地球帰還後、公職も務めているが、メディアのインタビューなどにはあまり応じていなかったという。「忘れられた」といわれる理由の一つであろう▼世の政治指導者たちが同じように地球を見ることができればいいのに。そうすれば「劇的に考えが変わるはずだ」とも語っている▼母なる星を見た人はつい先日、「地球ほど美しく、こわれやすいものは多くない。ともに守ろう」とネットで呼びかけたばかりでもあった。

 


今日の筆洗

2021年04月29日 | Weblog
「ルーシアン」と読むのだろうか、手もとの英和辞典には見つからない。米国発のニュースで見かけた形容詞「Ruthian」である。米大リーグのベーブ・ルースから生まれた単語であるそうで、「ルースの」「ルース流の」を意味するようだ▼単語に名前が残るのは数々の記録を残す大打者にして、好投手でもあった偉大な選手ならではだろう。ルーシアンには「傑出した」「信じられないほどの」といった意味合いや「投打二刀流」の含みもあるらしい▼この形容詞とともに、エンゼルスの大谷翔平選手が語られていた。故障を乗り越えて、また一歩、リーグを象徴する選手に近づいたようだ。辞書を手に大谷選手をたたえる米メディアの記事を読みながら、驚きとほこらしさを感じさせてもらった▼月曜日の試合、本塁打リーグトップの選手として先発登板した。ルース以来百年ぶりという。打でも活躍し、勝利投手になっている▼『ベーブ・ルース自伝』で記録をみると、百年前のシーズンのルースは主に野手であった。登板は二試合とある。全力で「どちらも」の大谷選手を見ることができたなら、ルースさんも驚こう▼「三舟の才」という言葉がある。和歌、漢詩、管弦の船が、仕立てられる中、どれに乗っても才能を発揮できる王朝時代の貴人の挿話に基づく。走、攻、守、どれでもの「大谷流」にはこの先もある。

 


今日の筆洗

2021年04月28日 | Weblog
 ライオンを見たことがなかったキツネがいた。初めてライオンを見た時は死ぬほどびっくりした。次に出くわした時は怖かったけれども、初回ほどではなかった。そして、三度目に見た時はわざわざライオンに近寄って、話しかけるほど大胆になった▼「イソップ寓話(ぐうわ)集」(岩波文庫)の「ライオンを見たキツネ」。イソップは「習慣は恐怖をも和らげることをこの話は説き明かしている」と書いているが、恐ろしさを忘れ、ライオンになれなれしく近づくキツネの身が心配にもなる▼もしかして、そのキツネはコロナ禍のわれわれではあるまいな。新型コロナウイルスの対策で、東京都など四都府県に三回目の緊急事態宣言が発出中だが、思ったほど人出は減っていないようだ▼昨年四月、宣言が初めて出た時は繁華街から人が消えたようになったのに比べて今はさほどでもない。三度目とあってはあのキツネのように気が大きくなり、外出自粛にも耳を貸さぬか▼恐怖には慣れただろうが、コロナの恐ろしさに変わりない。コロナによる死者が一万人を超えた。増加のペースはなお高い水準にある。感染力が強いとされる変異ウイルスの拡大も懸念される。今は本気で恐れ、警戒する時なのだろう▼政府の唐突なやり方への不満やコロナ疲れで宣言に背を向けたくなるのは分かるが、大胆になりすぎたキツネをライオンは許すまい。

 


今日の筆洗

2021年04月27日 | Weblog

 映画館では、耳をそばだてることにしている。上映中ではなく、終映後のロビーで聞き耳を立てる。悪趣味は分かっているが、同じ映画を見た他の人がどんな感想を持ったか知りたい▼先日は四十代ぐらいの女性お二人が今終わった映画について語っていた。「もう少し年を取ったら、こんな生活もいいかも」。別の女性は「絶対にいや!」。映画は今年の米アカデミー賞作品賞に選ばれた「ノマドランド」。独特な映像美とそこに巧みに織り込まれた米国の「今」。順当な受賞だろう▼経済的な事情で家を手放し、車で旅をしながら生活する六十代女性の話である。米国にはこうした暮らしをする人が増えていると聞く。仕事は移動先で見つける▼頼りない浮草ぐらしをつい想像してしまうが、そうではなく、主人公はその生活の中から前向きに自然や国を見つめ直そうとしている。ノマド同士の助け合いもある。その暮らしにロビーの二人の女性の意見が分かれたのはもっともである▼「ホームレスじゃない。ハウスレスなの」。そんな主人公のせりふがあった。「ハウス」という建物はないが、「ホーム」という「人間的な営み」はあると言いたいのだろう▼車上生活には苦労もあれど、その旅と「ハウス」での決まり切った生活とどちらが人間的か。息苦しいコロナ時代だから、なおさら共感が広がったところもあるのだろう。


今日の筆洗

2021年04月26日 | Weblog
 宇宙船の中に一人、「イヤな奴(やつ)」がいる。他の隊員にケンカの種になるようなことばかりをする。隊員たちはこの男を嫌って、結束するようになる。藤子・F・不二雄さんのSF漫画「イヤなイヤなイヤな奴」である▼実は、「イヤな奴」は宇宙船を所有する会社が雇った「にくまれ屋」。長い宇宙旅行の中では隊員同士のいさかいも考えられる。共通の敵として「にくまれ屋」を忍ばせておくことで隊員たちの結束を維持するという話だった▼そこまでではないにせよ、宇宙ステーションという閉ざされた空間での共同生活にはわれわれの想像もつかない苦労があるだろう。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の星出彰彦飛行士を乗せた新型宇宙船クルードラゴン2号機は国際宇宙ステーションに無事到着。星出さんは船長(コマンダー)として五カ月間、ステーションでの任務に入る▼二人目の日本人船長である。同じく船長を務めた若田光一さんがクルーとの関係について語っている。意見の違いは出てくると▼そういう場合、ささいなことでもしこりを残さぬため「時間のある限り、十分に話し合う」のだそうだ。なるほど、船長とは気働きの求められる仕事なのだろう▼宇宙ステーションが地上から肉眼で小さな流れ星のように見えることがある。あの流れ星の中で今度は星出さんがどんな活躍をするか。任務の成功を祈る。

 


今日の筆洗

2021年04月25日 | Weblog
 作家の向田邦子さんが『眠る盃(さかずき)』というエッセーを書いている。いったい「眠る盃」とは何か▼子どもの時の思い違いの話である。<春高楼の花の宴 めぐる盃かげさして>。「荒城の月」の「めぐる盃」を「眠る盃」と間違って覚えていたそうだ。お父さんが酔いつぶれて眠る様子に「眠る盃」が結びついたか▼大型連休は「めぐる盃」ではなく「眠る盃」の方か。東京、大阪など対象の四都府県ではお店の「盃」も当面、静かに眠らせておくしかあるまい。新型コロナウイルスの感染対策で政府は三回目の緊急事態宣言を発出した。左党には不評だろう。酒類を提供する飲食店に休業を要請している▼一年間の禁酒を宣言した男ががまんできず、禁酒期間を二年に延長する代わりに夜は飲んでもいいことにし、最終的には三年に延ばして昼も夜も飲むことにした−。そんな小咄(こばなし)があったが、今回の宣言はこれとは逆。期間をひとまず十七日間と短くする代わりにこれまで以上に「がまん」の内容を厳しくしている▼ただ、話は禁酒ではなく、経済との両立を図らねばならないコロナ対策である。休業要請は百貨店、映画館などにも広く及ぶ。人出を抑えたいのは分かるが、厳しすぎれば、経済はもちろん、コロナ疲れしている人の心にも重荷だろう▼辛抱し、効果を願うか。「めぐる盃」が「めげる酒好き」とも聞こえてしまうが。 

 


今日の筆洗

2021年04月24日 | Weblog
 切ったときは、気分がいいかもしれないけれど、後の道のりには、苦労が待っている。なぞかけではないが、世の中にいくつかある。しら、啖呵(たんか)、空の手形に大見得(みえ)…▼同じ列に加えたいわけではない。むしろ拍手を送りたいが、後に続く道のり、やはり厳しそうである。先日の米国主催の気候変動に関する首脳会合で、菅首相が切った温室効果ガス排出に関する「46%減」のカードである▼二〇五〇年の排出実質ゼロ実現に向けた三〇年度の一三年度比の目標だ。国際的にもそれなりに迫力のある野心的な数字であっただろう。大見得か啖呵か。表明する首相には誇らしさがあったという▼気候変動対策に背を向けていたトランプ前政権から、意欲的なバイデン政権へと米国が変わったことで、わが国に求めるものも厳しくなった。目標を厳しくした一因らしい。従来の目標が26%減だったことや経済界に難色を示す声があることからも、困難のほどは予想される▼競争力を損なわないようにしながら、目標達成はできるか。再生可能エネルギーを導入するだけでは及ばないだろう。切り札を切った首相に具体的な筋道はみえているだろうか▼風呂の湯が少なければ、ひざを曲げてつかれ、そうすれば、肩まで湯が来る−。そんな話で欲望のほうを伸縮させよと説いたのは二宮尊徳だったか。社会の側にも、影響は大きそうである。

 


今日の筆洗

2021年04月22日 | Weblog
 英語でトリガー・ハッピーといえば、ささいなことに対し暴力、主に銃を使うことをためらわない人の意味らしい▼米黒人ソウル歌手、マービン・ゲイが「インナー・シティ・ブルース」で歌っている。発表から半世紀となる名盤「ホワッツ・ゴーイン・オン」のB面の最後の曲といえば思い出す方もいるか。<トリガー・ハッピーの警察。パニックは広がる。ぼくらはどこに向かうのか。神のみぞ知る…>▼米国のすべての警察官がトリガー・ハッピーだとは言わぬが、警察による過剰な暴力を考える上でこの判決は大きな意味を持つ。昨年五月に起きた黒人男性ジョージ・フロイドさん暴行死事件でミネソタ州地裁は当時警察官だった被告に対し、第二級殺人などの罪状で有罪とする評決を出した▼被告に膝で首を押さえられたフロイドさんが「息ができない」とうめく当時の映像が嫌でも浮かぶ。その後の反黒人差別運動の契機となった事件でもある▼米国では警察官が職務上、容疑者を死に至らしめても訴追されるケースは少なく、殺人で有罪となるのはまれだという。正当防衛が認められやすい上、殺意を立証するのが難しいためと聞くが、訴追されにくいと知っていれば、警察官はトリガー・ハッピーに陥りやすかろう▼そしてその過剰な暴力の最大の犠牲者が黒人である。有罪評決に歓喜の涙を流している理由が分かる。